柔軟な感性と偏りのない知性のために

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造と感性についての一考

「重要なことは、人工的な独創性や、個人的な技巧を求めることではない」
「重要なことは正しく考えることである」

フランスの画家ミレーの言葉です。
正しく考えることの意味は深くて難しいですが、
創造分野に関わる人ならば頭の片隅に置いておかなければならない言葉だと思います。



感性、それは偏らない心。創造、それは偏らない視点。デザインに大切なもの。

音楽とは何だろう?
カエルの声、月のささやき、鳥のさえずり、森々とした空気の音。
やっぱりそれは耳を澄ます事。自然と人の心を行き来する波長の事。

絵って何だろう?
青々とした海、灼熱の太陽、人間の煩悶、屹立する山々。
やっぱりそれは遠くを見つめる事。心の振幅を色と形で感じる事。

文学って何だろう?
孤独の荒野、雑踏の都会、氾濫する河川、うずくまる猫。
やっぱりそれは触れる事。心の起伏を鉛筆の芯で捉える事。

デザインって何だろう?
きっとそれはやさしさと調和だと僕は思うけど・・・

ものづくりを愛する若き人へ

感性と技術。何かを表現するためには不可欠な2つの要素です。何事に置いても技術がなければどうしようもないと考えるのは当然ですが、感性のあるなしはそれ以上に大きな問題だと思います。必死の努力をすればある程度到達出来る技術に比べ感性は身につけるためのセオリーと言うようなものがないのでとても厄介で難しいものです。

あらゆる体験や経験が感性に影響する事だけは確かですが何をすればどうなると言うものでもありません。1つだけ言える事は感性を培うためには無理な事に向かったり、無駄な事をやってしまう事、いわゆる既成概念にとらわれず、自己防御本能を抑えて行動した結果が感性を少し成長させることは確かです。

生まれつき勇敢な人はともかく、それをするためには場合によっては無分別に近い心境が要ります。だれでも無理な事はいやですし煩わしい事は避けて通りたいし、無駄な事はやりたくありませんが、「あえてやる」ことが感性を磨くためにはとても大切だと思うのです。感性は若い時しか身につかないと言われる事がありますが、それは少し違って若い時の方が「無理したり、無駄したり、不利な事に立ち向かう事」がしやすいからです。


 

創造的な仕事はどの分野も計り知れない奥行きがあります。ゆえにその道を目指すには一途な思い入れと不断の探究心が不可欠ですが、それでも思考の偏りは創造にとって最大の敵だと思われます。何故なら最も大切な感性と想像力が磨かれるのは人や自然に対する垣根のない自由な心と多角的な視点によるところが多いからです。

 

ベートーヴェンに甥のカルルがいなければあの壮大な交響曲は生まれなかったでしょうし、シャーロックホームズの聡明な推理もヴァイオリンがなければ生まれなかったでしょう。それは「専門的技術や能力以外の人間的な要素」です。ホームズを描いた作者のドイル自身の考え方がそこにあります。音楽、絵画、文学、科学、どれも創造や創作、独自の発想や感覚が必要なジャンルです。偏りのない、ある種苦悩と愛がなければなにも生まれないのは歴史が証明しています。工業デザインの製品フォルム一つ考えるにしても、自然科学や音楽的な感覚が有効ですし、グラフィックにしてもインテリアにしても日常的な無数の体験を偏りのない心でとらえる事が発想の原点となります。技術は知識と訓練の積み重ねと言う時間的要素で体得できる可能性がありますが、感性はそう言う性質のものではなく、ある時期、あるタイミングに身につけなければ知識や修練で補えるものではない事は事実だと思えます。

 

子供の頃の旺盛な好奇心と行動力。それは多くの人に備わった本能的な衝動です。たしかにそれぞれ固有の特性があって興味を示すもの示さないもの、好きなもの嫌うものの差はあるでしょうが、それは大人の指導によってかなりの部分の偏りを是正出来ます。逆に言えば大人の指導によっては偏見や偏狭さも植え付けられます。それでも学校での環境、教師があり、友人があり、新しく出会う書籍や、映画があり、音楽があり、スポーツがありそれらに関わる事で、初期の家庭環境の影響は当然変化するはずです。

 

にもかかわらず近年の青少年のある種の平均化、独自性のなさはそもそも戦後の均一教育、経済優先のために各分野における専門分化教育が過ぎた結果偏った大人が多くなってしまったためです。彼らは自由で想像力のある子供たちや若者を指導するにはあまりに思考が偏っています。一つの物事に特化された人間は確かに形の決まった生産分野においてはとても有能で、それはまさに企業や役所が望む人材だとは思いますが、自由や平和を考える人材、新しい発想や創造を担う人材の育成には不向きです。いつの時代も国民を啓蒙しなければならない芸術家、学者、教育者、政治家などまでが専門分化されてしまっては、のびやかな若者が育つ道理がありません。

 

バースの寺子屋に書いた幾つかのものの見方考え方はごくたわいないものではありますが、本当に簡単な基本的とも言える感覚の持ち方、視点の置き方すら今の教育の現場ではないがしろにされているのではないでしょうか。美しい自然に接して感動する心。いい本やいい映画に人生の伴侶を見いだし、こんな人間になろうとか目指そうとか、こんな冒険をしよう、こんなものを作ろう、これだけは守ろうとか・・・人間1人1人の可能性は無限です。もともとある無限の可能性を台無しにしてしまうのが、偏見や偏狭な心です。全ての物事はつながっています。絵も音楽も文学も科学もその中に共通して流れるのは自然への驚きであり、感謝であり、発見であり、感動する心です。そう言う心持ちの上に知識や技術が積み重なってこそ音は響き、絵は輝き、小説や詩が胸をうち、科学は平和でゆたかな未来へ人類を導くのだと僕は思います。

 

 

 


Copyright (C) 2010 Masaki Matsuura. All rights reserved.

 

身の回りの色々な現象を感じて考えること

 

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