bars60 本は未知への入口、未来への羅針盤、そして困った時の隠れ家にもなります。

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■読書のすすめ■

 

 

 

 

長い人生の中で 本から学んだ事は たくさんあります

 

人にとって本を読むことは最も根元的な知的欲求のような気がします。現在のように色々なメディアが登場してきた社会でも本はその独自の地位を保っています。パソコンの普及で、本の需要は減るのではないかと思われた時期がありましたが、逆に出版される本は増えています。パソコンがいかに軽量小型化されても、文章を読むと言うニーズだけではない精神性のようなものが本にはあって、紙が持つアナログな時間性、風化性といったものがデジタルな世界にはないからです。本を手に取る感覚、ページを繰る感触、手垢や汚れやインクのシミなど気がつかないけれど五感を刺激する要素が本にはあるのです。

 

<使い勝手の良さ>

 

本が普遍的なのはその使い勝手の良さがあると思います。文庫本はポケットに入れてどこででも読むことが出来ます。電車の中でも山の中でも歩きながらでも読むことが出来ます。投げても落としても壊れず、折ったり丸めたりも出来ます。万一破れたってテープで補修する事もできます。いつか、テレビで東南アジアやアフリカの未開地域の子供達が、日本のボランティア団体から贈られた数冊の絵本を囲んで目を輝かせて見入っているシーンはとても印象深いものがありました。

うれしくて、うれしくてたまらないという彼らの表情は、本がいかに人間にとって大切で価値のある物かを再認識させてくれました。現在の日本のように、物があふれて書物さえゴミと一緒に捨てられている状況は間違っています。子供の頃、大好きになって、一緒に抱いて寝た絵本のように、本は大切にされなければならない物です。いい本には読み返すたびに新しい発見があります。自分の経験や視野の範囲が広がれば広がるほど本はまた新しい発見をもたらしてくれます。10年、20年経ってよく読んだ小説などを読み返してみるとその時には見えなかったもの、理解出来なかったものが見えて来るのです。


 

<本は五感を刺激します>

 

新品の手の切れるような紙の感触。そして何とも言えない印刷のインクの匂い。ぱらぱらとページをめくる心地よい音。そして逆に味わいぶかい年期の入った本。本は視覚だけでなく手触りや臭覚、聴覚をも刺激して内容の記憶を複合的に高めてくれます。辞書のように長く使い込んだ本は、指先の感覚だけで目的のページを一発で開くことが出来ます。本は知識だけではなくまさに経験と勘を養う道具です。

この道具としての機能が読み手との間で進化していくのも本の不思議で魅力的な一面です。古い書物がまるで骨董品のように物としての風格や重みを持つのは本が単に記録や記述媒体だけではないことを表しています。この紙によって作られた本は、どれだけ科学技術が進んでも文明の発展のための重要な役割を続けていくのでしょう。そういう意味では本は神からの贈り物かもしれません。

古い絵本などの書籍に接して思う事があります。汚れたり日にやけたりしてしていることがその本に書かれたり描かれたりしている内容を深く認識するための「要素」の1つになっているのではないかと。古い本にはその本が生まれた時代とその本が経験した時間が本とともに封じ込められているのかも知れません。


 

創造と本との関係

 

<本はどこでもドア!>

 

多角的で多彩なアイデアを必要とする人たちにとって、本はそのページを開くだけでもう一つの仮想空間に浸ることが出来る便利な道具です。心をニュートラルにして手に取ったほんの世界に入り込めば視界は一瞬に変わってしまいます。どらえもんの、どこでもドアと似ています。アマゾンの探検記を開けば、そこは動物の鳴き声が飛び交い、見慣れない植物が鬱蒼と茂る世界です。自分がその地に立つことも、空中から眺めることも出来ます。悲しくて苦しくて何も手につかず、ふらっと電車に乗って行くあてもなく漂って、知らない町の本屋さんで手に取った一冊の本が悩みを氷解させてくれる事もあります。人生には一冊の本によって救われる事も1度や2度はあるものです。

手元にある見慣れた本でもちょっと視点を変えて読んでみると同じ文面から違う世界が見える事もあります。本の力を借りて自分の小さく偏った環境から脱することが出来ます。宙を睨んでも、目をつぶっても、歩き回ってもアイデアが浮かばない時は、ポケットに文庫本でも入れて出かけるのが1番です。場所を変えて何も考えずに本の世界に入り込める環境を作り出す。そうすれば本を閉じて自分の世界に戻ったとき、アイデアの一つぐらいはズボンの裾にくっついているものです。

 

<本は食べ物?>

 

大人になると偏食が体に悪いのはだれでも知っていますが、子供の頃はそれが分からず、嫌いな物はなかなか食べることが出来ません。大きくなるに従って、自分自身の好奇心や、友人の影響や人付き合いのなかで偏食は治っていきます。それとともに悪い癖や偏った考え方も直っていきます。それよりも色々なものを食べる事が出来れば、楽しみは自然と大きく広くなります。

本を読むこともこれと同じで偏ると体や心に良くありません。ところが食べ物と違って読書は子供の頃より大人になればなるほど偏る傾向があります。だれでも子供の頃は絵本や漫画の様な形で色々な世界の事を興味をもって読んでいたはずです。一寸法師や桃太郎や鉄腕アトムやミッキーマウスなど何も色分けせずに読んでいたはずです。多くの子供にとって面白いと感じるものの範囲はかなり広かったはずなのです。

それらは道徳本であったりSFであったり、伝説本であったり、図鑑や旅行記、いろいろあったはずです。ところが大人になると自分の生活や仕事に直接関係するテーマにしか関心をもたなくなる人が多いようです。それは美術であったり、ビジネスであったり、スポーツであったり、音楽であったり、映画であったり、人それぞれですが、興味がある世界に偏ってしまうと、閉塞した意識は外部環境や他者に対して無関心という壁を作ってしまいます。それは創造や創作を目指す人にとっては命取りです。心の中に、無関心という壁が出来てしまうと、新しい発想やユニークな考え方をするのがむづかしくなります。とにかく子供の頃の好奇心を持ってたとえ興味のない本に出会っても一度位はページを開いてみる気持ちが大切です。

 


<偏らない事、これが一番です>

 

創造力と本との関係の中で大切なのはこの子供の頃のスタンスではないかと思います。何かを企画、発案したり表現したりするためには、その対象となる事物の見えない部分をどれだけ見てとれるか、感じ取れるかと言う事です。そのためには偏りのない視点が不可欠で、常日頃からいろいろな本に興味を寄せる事はその訓練にもなります。アイデアを出さなければならない対象に対して一見関係のないような事柄について見たり読んだりする事が逆に効果的になります。例えばあなたがもし料理人で斬新な肉料理を考えようと取り組んでアイデアが浮かばない時、逆に精進料理の本や考古学の本などを読めば思わぬ発想が生まれるかも知れません。

創造力を高めるためにはもちろんですが、偏らないやさしい心を持ち続けるためにも、出来るだけ色々なジャンル、色々な形式の書物に関心を持ち、読書したいものです

Copyright (C) 2010 Masaki Matsuura. All rights reserved. 


 

次は五感についてです


 

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