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文学 哲学 科学 先住民

 

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科学010203
<先住民2>

<日本・ロシア>

アイヌ
日本とロシアにまたがる北方先住民族である。ウタリはアイヌ語で同胞、仲間を意味し名称などで使用されるが、民族呼称ではない。アイヌとはアイヌ語で「人間」を意味する言葉で、もともとは「カムイ」(自然界の全てのものに心があるという精神に基づいて自然を指す呼称)に対する概念としての「人間」という意味であったとされている。

ウィルタ
UILTA民族は、樺太(中部以北)の先住民族で、ツングース系である。アイヌからはオロッコ (Orokko) と呼ばれた。本来の言語はツングース諸語の系統であるウィルタ語である。樺太では中部・北部に暮らし、シベリアのツングース系諸族と交流をもったほか、樺太中部のニヴフ、南部のアイヌとも交易をしていたらしい。

ニヴフ
Nivkhi)は、樺太中部以北及び対岸のアムール川下流域に住む少数民族。古くはギリヤーク、Gilyak(ロシア語での複数形はGilyaki)と呼ばれた。アイヌやウィルタと隣り合って居住していたが、ウィルタ語の属するツングース諸語ともアイヌ語とも系統を異にする固有の言語ニヴフ語を持つ。

琉球民族
旧琉球王国の領域であった沖縄県の沖縄諸島と先島諸島、そして鹿児島県奄美群島に住む人々の言語、生活習慣、歴史的経緯から、独自の一民族であると定義した場合、それを指していう。

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台湾原住民
17世紀頃に福建人が移民して来る以前から居住していた、台湾の先住民族の呼称。台湾では現在、平地原住民と山地原住民に分けられており、両者の変化はこの10年は小さく、山地原住民が52.9%である。


<中国>

アチャン族
中国の少数民族の一つ。2000年の第5次全国人口普査統計では人口は33,936人で、中国政府が公認する56の民族の中で39番目に多い。

イ族
中国の少数民族の一つ。2000年の第5次全国人口普査統計では人口は7,762,286人で、中国政府が公認する56の民族の中で8番目に多い。イ族は中国西部の古羌の子孫である。古羌は、チベット族、納西族、羌族の先祖でもあるといわれる。

ウイグル
4世紀から13世紀にかけて中央ユーラシアで活動したテュルク系遊牧民族並びにその国家及びその後裔とも20世紀の政治的必要性からの名乗りともされる「ウイグル」を自らの民族呼称とする民族を指し、後者は現在中華人民共和国の統治する新疆ウイグル自治区やカザフスタン・キルギス・ウズベキスタンなど中央アジアに居住している[3]。人口は約1千万人。

ウズベク
西トルキスタン南部、ホラズム地方からフェルガナ地方にかけてに広がって居住し、中央アジアで最大の人口を抱えるテュルク系民族。ウズベクを率いたシャイバーニー朝が16世紀はじめに南下、ティムール朝を滅ぼしてトランスオクシアナ周辺に定住して以来、ウズベクとは西トルキスタン南部に住むテュルク系遊牧民のことを指した。

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エヴェンキ
ツングース系民族の一つで、主にロシア国内のシベリア連邦管区にあるエヴェンキ自治管区に居住する。ほか、ロシア国内ではサハ共和国などにも居住し、中国国内でも興安嶺山脈周辺の内モンゴル自治区・黒竜江省などに居住している。民族を代表する生業は狩猟とトナカイ遊牧で、狩猟では皮革採取や肉・内臓の食用のために鹿類、テンなどが捕獲の対象である。

オロチョン族
アルタイ諸語のツングース系の言葉を話す民族(ツングース系民族)。主に北東アジアの興安嶺山脈周辺で中国領内の内モンゴル自治区、その近隣のロシア領内に居住する。人口は約7千人。もともとは狩猟をしながら移動していたが、現在は定住化が進んでいる。

回族
中国の少数民族の一つで、中国最大のムスリム(イスラム教徒)民族集団である。回族とされる人々は、言語・形質等は漢民族(漢族)と同じだが、イスラム教(イスラーム)を信仰する。中国全土に広く散らばって住んでおり、人口は2000年の時点で約980万人で、中国に住むムスリム人口のおよそ半数を占める。

カザフ
中央アジア西北部のカザフステップに広がって居住するテュルク系民族。カザフスタンにおよそ800万人が住んで同国人口の半数を占める他、中国の新疆ウイグル自治区北西部に約130万人が住む。

キルギス人
主にキルギス共和国を中心として中央アジアに分布するテュルク系民族。自称はクルグズ。キルギス共和国の約260万人のほか、周辺の旧ソビエト連邦諸国や中国の新疆ウイグル自治区などにも数十万人が住み、中国55少数民族のひとつに数えられる。

高山族
広義には、台湾原住民の総称、狭義には台湾原住民のうち漢化(漢人化、漢文化化)しなかった部族の総称。漢化が進んだものは平埔族と呼ばれる。台湾原住民のうち、山地や東海岸や離島に居住し、漢人への同化が進まなかった民族を指す総称だが、現在はほとんど用いられない。人口は約50万人。

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コーラオ族
商代、周代から西漢の頃には百濮、東漢から南北朝期には濮、僚と呼ばれ、隋唐代以降各時代で葛僚、M?と民族の名前が変遷している。コーラオ族にはオリジナルのM?語(タイ・カダイ語族カダイ語群)があるが文字はない。現在、コーラオ語を話す人は千人ほどしかいない。

サラール族
テュルク系民族で、少数民族の一つである。イスラム教を信仰し、2000年の第5次全国人口普査統計では人口は104,503人で、中国政府が公認する56の民族の中で36番目に多い。サラール族は中央アジアのサマルカンドから移住してきたオグズ族がチベット人、漢人、回族と混交した結果に形成された。

ジーヌオ族
主に雲南省のシーサンパンナ・タイ族自治州景洪市基諾(ジーヌオ)郷とその近隣の山間部に分布する。2000年の第5次全国人口普査統計では人口は20,899人で、中国政府が公認する56の民族の中で44番目に多い。

シェ族
シェ族は福建省における最多の少数民族である。また、浙江省、江西省、広東省、安徽省にも居住している。独自の言語を保持する人々は広東省に数百人居るだけであるが、彼らは自分たちを「Hone」と呼んでいる。

シベ族
ツングース系の少数民族。ヌルハチがその支配する土地を満洲と名乗った当時の、女真族の一支族であるシベ(錫伯)氏族を起源とする人々。2000年の人口調査ではシボ族人口は188,824人で、中華人民共和国政府が公認する56の民族の中では31番目に多い。

ジン族
中国国内に居住するキン族。中国語では「京族」と表記する。主に広西チワン族自治区防城港市東興市江平鎮の山心、万尾、巫頭等の小島やその付近の地域に居住する。 2000年の第5次全国人口普査統計では人口は22,517人で、中国政府が公認する56の民族の中で43番目に多い。

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スイ族
中華人民共和国貴州省、広西省からベトナムにかけて住む少数民族。自称は「アイ・スイ」(「水辺の人」の意)。他民族との交流が古くから盛んで、特に漢族との接触により中国語を使う若者が増え、スイ語を話さなくなった地域もある。女性の鮮やかな青い民族衣装、銅鼓、11月の端節の祭りでの競馬、歌垣などが特徴。

タジク人
タジキスタンを中心に、アフガニスタン北部、ウズベキスタン東部、中国領新疆ウイグル自治区の西部などに居住するイラン系民族を指す近現代的民族区分。もともとは中世から近世にかけての中央アジアやイラン高原といった中央ユーラシアの乾燥地帯において、住民を2つのグループに大別しタージーク(タジク)とテュルクと呼んでいたことに由来する。

タタール人
おもにロシア・CIS諸国(旧ソ連)に居住するテュルク系民族。タタールという名は、もともとキプチャク・ハン国支配期のロシア人によって東方・南方の草原地帯に住むモンゴル帝国のモンゴル系・テュルク系の人々を漠然と指す民族名称であったのが、ロシア帝国の拡大とともにロシア支配下の旧キプチャク・ハン国系のテュルク系ムスリム(イスラム教徒)の人々を指す語に転じ、やがて自称としても用いられるようになったものである。

タイ族
タイ・カダイ語族のうち南西タイ語(South-Western Tai、タイ語やラーオ語等)を母語とする人のこと。タイ族の発祥はアルタイ山脈の麓あたりとされており、年代を経るにつれて南下をしていることが分かっている。

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ダウール族
アルタイ系で、モンゴル系の民族。中国領内の内モンゴル自治区北部のホロンバイル市、黒竜江省等が元来の居住地であり、また清代の乾隆年間(18世紀後半)には新疆に駐屯兵が派遣され、その末裔数千人が旧駐屯地(現在のタルバガタイ地区)に分布している。人口は約13万2千人。

チベット民族
主としてユーラシア大陸中央部のチベット高原上に分布するモンゴロイド系の民族。チベット民族はチベット高原一体に分布し、シナ・チベット語族チベット・ビルマ語派のチベット語を用いる。7世紀、国王ソンツェンガムポの命によってインドに派遣されたトンミ・サムボータによって作られたという伝承を持つ独自の表音文字(チベット文字)を持つ。

チャン族
中華人民共和国の少数民族のひとつ。人口は約30.6万人(2000年)。チャン族(羌族)はシナ・チベット語族のチベット・ビルマ語派に属するチャン語(英語版)を話す、チベット系の民族である。

朝鮮族
中国の民族識別工作に由来し、少数民族の一つと定義されている。中国の国籍を所有し、かつ中国戸籍法に基づく戸籍上の民族欄に”朝鮮”と記載(登記)されていることが朝鮮族と見なす条件である。

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チワン族
主に中国南部やベトナム北部に住居する原住民族である。中国では広西チワン族自治区中西部や雲南省南西部、広東省東部、貴州省南部、湖南省南部などの山間部に約1,854万人(2010年の第6回全国人口調査統計による)が住み、中国最大の少数民族となっている。

チンプオ族
主にミャンマーのカチン州、中華人民共和国雲南省に住む民族。水田耕作、焼畑耕作を主とするミャンマーのカチン州およびシャン州、中国雲南省、インドのアッサム州などに分布するチベット・ビルマ語族。広義にはマル族、ラシ族、アツィ族などを含めた諸民族の総称としても用いられる。

トゥ族
中国のモンゴル系少数民族。中国政府が認定する民族である。人口の大半は青海省・甘粛省全般に居住している。人口は中国政府が2000年に行った国勢調査で約24.1万人。トゥ族は古来モンゴルに居住していた民族である。しかし1227年にチンギス・カン率いるモンゴル帝国が中国西北部に栄えた西夏王朝を征服し、モンゴル帝国領地となった現在の青海省・甘粛省に居住するようになった。

トゥチャ族
中華人民共和国が公認した55の少数民族のひとつで、主に湖南省、湖北省、重慶直轄市(旧四川省)の交界地帯に住む。人口約600万人、言語はシナ・チベット語族のチベット・ビルマ語派に属する。長く漢族と交わって暮らしてきたため、現在ではトゥチャ語を母語とする者は約7万人程度とされ、ほとんどが中国語を母語としている。

トーアン族
ミャンマーのシャン州から中国の雲南省にかけて住む民族。ミャンマーではビルマ語名の「パラウン族」と呼ばれる。中国では「パラウン」の音訳で「崩?族」(beng long zu)と呼称していたが、1985年に「檮V族」と改称された。

トーロン族
中国の漢族・チベット族系の少数民族。中国政府に認定されている民族である。人口の大半は雲南省怒江リス族自治州貢山トーロン族ヌー族自治県のサルウィン川河口に居住している。人口は約7500人にも満たない小さな民族であるが、古来中国に存在していた民族である。

ドンシャン族
中国政府によって認定された55個の少数民族の一つ、サルタ(撒爾塔;Sarta)と自称している。イスラム教を信仰し、2000年の人口調査で人口が513,805人。ドンシャン族の服装は町によって異なっていて、男は大抵褐色を帯びた黒色の服、女はイスラムの伝統的なドレスを着用している。

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トン族
人口はおおよそ二百五十万人程度で貴州省・広西壮族自治区・湖南省の比較的環境のいい山間部から河谷平野部にかけて居住し、とくに貴州省には?族全人口の過半数の百四十万人近い?族が住んでいて、近年は観光地としても注目されている。

ナシ族
雲南省北部を中心に、四川省南部やチベット自治区東部の茫康県にも一部分布する。民族自治区域としては地級市である麗江市に所属する玉竜ナシ族自治県があるが、麗江市の中心部である古城区にも多く居住している。2000年の人口調査では中国内のナシ族人口は308,389人であった。

ヌー族
中国の少数民族のひとつ。怒族とも書き、どぞくとも読む。主に雲南省に住み、人口は約2万8000人(2000年)。チベット・ビルマ語派のヌー語(怒語)を用いるが、周囲との差が激しく、碧江県、福貢県、蘭坪県などと通じない。独自の文字がなく、ほとんど中国語(漢字)を用いる。

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ハニ族
中華人民共和国の少数民族のひとつ。中国語では「哈尼族」と表記する。主に雲南省西南部、紅河西側の哀牢山区にある新平、鎮源、墨江、元江、紅河、元陽、緑春、金平、江城などの県に住む。2000年の人口調査によれば、ハニ族人口は1,439,673人であった。ミャンマー、タイ、ラオスにおいてはアカ族(英語版)の名で知られている。

バオアン族
中華人民共和国に居住するモンゴル系民族、中国政府によって認定された55個の少数民族の一つである。バオアン族は元代から明代にかけて青海に駐屯し、同治帝の治世時(1862年 - 1874年)に甘粛に定住し始めたムスリムのモンゴル兵士の末裔だと考えられている。

プーラン族
中華人民共和国雲南省に住む少数民族。人口は約9.2万人(2000年)。居住地は穏やかな気候と豊富な降水量に恵まれ、11月の乾季にプーアル茶を栽培している。森林には原生林やサクラ、アブラギリ、クルミのほか、高品質の木、薬草もある。家は木と竹で造られ、床や家具は竹で造られる。

プイ族
中華人民共和国、ベトナムに住む少数民族。ベトナムではハザン省、ラオカイ省に分布している。

プミ族
中華人民共和国の少数民族のひとつ。中国語では「普米族」と表記する。主に雲南省の蘭坪、維西、麗江市永勝などの県に住む。言語はシナ・チベット語族チベット・ビルマ語派チャン諸語に属するプミ語を使用する。プミ語は南と北で2つの方言に分かれ、その差は大きい。

ペー族
中国雲南省大理ペー族自治州を中心に住む民族。2000年の統計では人口1,858,063人。内、約124万人はシナ・チベット語族チベット・ビルマ語派のペー語を話し、残りは主に中国語を使用している。雲南省以外では、貴州省畢節地区、四川省西昌市、湖南省桑植県、ミャンマー北部などにも分布している。

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ナナイ
ツングース系の民族。分布は主にアムール川(黒竜江)流域で、ロシア国内に約1万人で、中国国内にも居住している。2004年人口調査時の中国国内人口は約4640人。55の少数民族の一つとして認定されている。河川でのサケ・マス漁などの漁労が民族の特徴的な生業で、中国ではキャビア採取のためなどのチョウザメ漁も行う。シャーマニズムを信仰し、生活の一部が観光化されてもいる。

マオナン族
中華人民共和国の少数民族のひとつ。中国語では「毛南族」と表記する。主に広西チワン族自治区北西部の環江県の上南、中南、下南の山間部、および河池、南丹、宜山、都安などの地区に分布している。

満州民族
満洲(中国東北部、沿海州など)に発祥したツングース系民族。古くは女真族といった。17世紀に現在の中国およびモンゴル国の全土を支配する清を興した。同系のツングース民族にオロチョン、ウィルタ、ナナイ、エヴェンキ、シボがある。中国の少数民族では、チワン族回族に次ぐ人口である。

ミャオ族
中国の国内に多く居住する民族集団で、同系統の言語を話す人々は、タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナムなどの山岳地帯に住んでいる。中国では55の少数民族の一つである。山間盆地や斜面に集落を営む山地民である。焼畑を営んで陸稲や畑作物を作って移動を繰り返してきた人々と、棚田を巧妙に作って水稲稲作を行う定着した人々がいる。

ムーラオ族
中華人民共和国広西チワン族自治区に住む少数民族。特に羅城モーラオ族自治県、忻城県、宜州市、柳城県、都安ヤオ族自治県、環江マオナン族自治県、河池市に居住する。人口は約20.7万人。

メンパ族
チベット系の民族のこと。主にチベット自治区の墨脱、林芝、錯那などに居住する。一部はメド地区に住んでいる。メンパ族はチベット族同様、チベット仏教を厚く信仰しており、ラマ僧として出家する人も多い。これまでに第6世ダライニフマ・ツァンヤンギャムツォなど高僧を出したこともある。

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モンゴル族
中華人民共和国が、国民を民族識別工作によって民族別に区分した際、領内のモンゴル系の諸集団の多くを包含して成立させたカテゴリー。 ダグール族、トゥー族のように、伝統的に自身をモンゴルの一員と認識していながら、蒙古族とは別個の民族として識別されてしまった例もある。55の少数民族の1つとして位置づけられている。

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ヤオ族
中国湖南省から雲南省、東南アジア北部の主に山地に広く住む中国の少数民族である。自称はIu Mien。道教の神である盤古を信仰し、宗教指導者は漢字を用いる。古代中国の王女と犬の間に生まれた12姓のヤオ族を始祖とするという民族の伝承を有し、この伝承が史記に取り入れられ、後に日本に伝わって南総里見八犬伝に取り入れられたとされている。

ユグル族
テュルク・モンゴル系民族、中国政府によって認定された55個の少数民族の一つ。2000年の人口調査で人口が13,719人。モンゴル語群に属する東部ユグル語を使うユグル族は13世紀に中国の北部を侵略していたモンゴル人の一団の末裔と思われる。ユグル族は最終には1696年、康熙帝の治世に清朝に取り込まれた。

ラフ族
東南アジアに暮らす少数民族グループのひとつ。中華人民共和国の公式に認定されている56の少数民族のうちのひとつで、雲南省に45万人が暮らすと言われている。ミャンマーに15万人暮らす。タイには10万人が暮らし、6ある山岳民族のうちのひとつである。ラオスに1万人。ベトナムでは1500人が暮らし、54の民族グループのうちのひとつ。

リー族
中国の少数民族のひとつ。その約90%以上が海南島に住む。現在は人口124.8万。黎語を話し、1957年に黎語ラテン文字化方案が考案された。古くより漢族との交流があり、中国語に通ずる者も多い。「鬼神」と呼ばれる精霊的存在へのアニミズム信仰を持ち、旧暦3月3日「三月三」と呼ばれる豊穣を祈る祭礼を行う。粥など米類を主食とするが、特色のある料理として、竹筒に米を入れて作る竹筒飯などがある。

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リス族
中華人民共和国が公認する56の民族の中で21番目の人口を持つ民族である。リス族は自然崇拝の原始宗教を信仰していたが、近代になって西方宣教師の布教によりキリスト教に入信する者が増えた。リス族は独自の華麗な民族衣装を着用しており、その色彩によって白リス、黒リス、花リスに分けられる。

ローバ族
主に中華人民共和国チベット自治区、山南地区、ニンティ地区やインド北東部の少数民族のひとつ。ロパ族とも和訳される。全人口は中国国家民族事務委員会発表では1980年代頃は約30万人であったが、現在は約60万人としている。

オロス族
中華人民共和国のロシア系住民の内、「オロス族(ロシア族)」の民族籍がある者。55の中国の少数民族の一つ。17世紀後半、アルバジン人の先祖となるコサックたちが北京などに初めて到来した。19世紀から20世紀初頭にかけて、イリ・カザフ自治州とアルグン市、海林県、嫩江流域にベロクリニツキー派、礼拝堂派、ネートフツィ等の古儀式派が移住した。

ワ族
中国南部から東南アジア北部の山間部に分布するアウストロアジア語族(南アジア語族)モン・クメール語派の少数民族。カンボジア人のように皮膚の色は黒い。竹で作った高床住居に住み、男性は黒いターバンで頭を包む。自称を「アワ」といい、近年まで首狩りの風習があった。

 

<カリブ>

アラワク族
(Arawak)とは、南米ボリビアの北西部やペルーのモンクーナヤ地方、スリナムとガイアナおよびアマゾン下流域などに定住するインディアンで、アラワク語を話す。スペイン人による新大陸侵入以来、アラワク族は急激にその数を減じて行った。特に、西インド諸島に定住していたアラワク族は、敵対していたカリブ族やヨーロッパ人の侵攻などにより、民族としての滅亡への道を辿る。

タイノ族
(Taino) は、アラワク族語系に属するキューバ、イスパニョーラ島(ハイチとドミニカ共和国)、プエルトリコ、そしてジャマイカを含む大アンティル諸島とバハマ諸島の、クリストファー・コロンブス到着以前から先住するインディアン部族である。南アメリカのアラワク族が航海してきたものと見られる。

シボネイ
Ciboney、は、西インド諸島に定住していたインディオである。南米からカヌーで西インド諸島の島々からフロリダ半島に渡って来たシボネイ族はアラワク諸族に属し、フロリダ半島、キューバ、ハイチや他の一部のカリブの島々に定住し、主に洞窟で暮らし魚を獲りながら自給自足して暮らしていた。

カリブ族
Caribs、カリナゴ族、Kalinagoとも言う)とは南アメリカを原住地とするカリブ語系のインディオである。西インド諸島は小アンティル諸島の島嶼カリブ、中米カリブ海沿岸のブラック・カリブ、コロンビア、南アメリカのベネズエラ、ガイアナ、スリナム、仏領ギアナ、ブラジルに散在する大陸カリブの3つに区分される。

ナソ族
パナマ・コスタリカの民族の一つである。テリベ族と呼ばれることもある。人口はパナマに約二千人、コスタリカに数百人いると見られる。インディアンの一つで君主制を現在も続けている。近年まで3もしくは4世代前のナソ族は珍しいことに自治生活を送っていた。氏族や屋敷ごとに散らばり、世界から地理的にほぼ孤立していたナソ族は語法と一族の制度をとおして自給自足文化が発展し育成された。

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<中米>

アステカ*
Aztecaとは1428年頃から1521年まで北米のメキシコ中央部に栄えたメソアメリカ文明の国家。伝説によればアステカ人はアストラン(英語版)の地を出発し、狩猟などを行いながらメキシコ中央高原をさまよっていた。やがてテツココ、アスカポツァルコ、クルワカン、シャルトカン、オトンパンなどの都市国家が存在するメキシコ盆地に辿りつき、テスココ湖湖畔に定住した。

チョチョ族
Chocho)は、メキシコに住む民族。メキシコ、オアハカ州北部、ミシュテカアルタ一帯に住む。雨がまれにしか降らず、降れば豪雨になる土地であるが、極めて多くの野菜類を栽培している。主食はトウモロコシ。チョチョ族の作るヤシの葉の帽子は、美術的に高く評価されている。

ワベ族
Huave)は、メキシコに住む民族。メキシコ、テワンテペク地峡に近いチアパス州の太平洋岸に住んでいる。ワベ族の住む一帯の海岸部は塩水潟、マングローブの茂る沼沢および森林で、内陸部は草地と砂漠性の雑木林である。地勢が多様であるため、経済生活は地域によって異なる。

イチャテコ族
Ixcatec)は、メキシコに住む少数民族。メキシコ、オアハカ州北部の高山地帯に住んでいる。富の程度に応じて、瓦ぶきの石造りの家あるいはヤシぶきの小屋に住む。農業を生業とし、主食であるトウモロコシ、豆類、カボチャのほか、マゲイ(アガーベ属に属する多肉質の植物)、マドロニャにつく虫、ハチミツを食べる。

レンカ族
レンカ族はメソアメリカのチブチャ語族系先住民で、中米ホンジュラス西部の高地、エルサルバドル東部に暮らす。現在10万人がホンジュラスに、3万7千人がエルサルバドルで生活している。スペイン人による征服初期、レンカの人々による激しい抵抗は10年続いたが、首長レンピラの死とともに終結した。しかしながら彼らの言い伝えによると、レンカ族の血は途絶えることなく、どこか違う場所で違うときに復活するとのことである。

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マヤ人
メキシコ南部から中央アメリカ北部にかけての地域に居住するアメリカ州の先住民族である。ただし、"マヤ"というまとまった一つの民族として存在しているわけではなく、文化と言語の一部を共有する、異なる多くの集団、社会、エスニックグループを総称したもので、それぞれは彼ら自身の伝統、文化、歴史的なアイデンティティを保持している。

この地域に居住しているマヤ人の人口は、21世紀初頭では700万人と推定されている。グアテマラ、メキシコ南部とユカタン半島、ベリーズ、エルサルバドル、それにホンジュラス西部に大きな共同体が存在しており、今も古代の文化が多く継承され残っている。

イシル族
Ixil)は、グアテマラに住む部族でマヤ系民族である。グアテマラ、イシェコ渓谷北西の高地に住んでいる。家は一室の石造住宅で、畑地の諸方に散在している。いちおうカトリック教徒とされているが、実際には現地に伝わる神々を信仰している。土着の神の中では「山々のあるじたち」が最も重要とされている。

マサテコ族
Mazatec)は、メキシコに住む民族。メキシコ、オアハカ州のプエブラ州、ベラクルス両州に接する一帯に住む。海面とほぼ同位の平野部から高山地帯に及ぶ広い範囲に暮らす。インディオ社会としては例外的に共同作業に重きを置き、必要ならば役員から一般部族民とも義務として協力する。

ミシュテカ
(Mixteca)はメソアメリカの先住民で、メキシコのオアハカ州、ゲレーロ州、プエブラ州を合わせてラ・ミステカとして知られる地方に住む。ミシュテカ諸語はオト・マンゲ語族の中の大きな分派である。先コロンブス期、ミシュテカはメソアメリカの主要な文明の1つだった。ミシュテカの重要な古代の中心地にはティラントンゴの古都に加え、アチウトラ、クイラパン、ワフアパン、ミトラ、トラシアコ、トゥトゥテペック、フストラワカおよびユクニュダウィの遺跡が含まれる。

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オルメカ*
(Olmeca)とは、紀元前1200年頃から紀元前後にかけ、先古典期のメソアメリカで栄えた文化、文明である。アメリカ大陸で最も初期に生まれた文明であり、その後のメソアメリカ文明の母体となったことから、「母なる文明」と呼ばれる。オルメカとは、ナワトル語で「ゴムの国の人」を意味し、スペイン植民地時代にメキシコ湾岸の住民を指した言葉である。巨石や宝石を加工する技術を持ち、ジャガー信仰などの宗教性も有していた。

ポポルカ族
Popoluca)は、メキシコに住む民族。メキシコ、テワンテペク地峡の東端、ベラクルス州南部のメキシコ湾岸に住んでいる。居住地一帯はカシ、ヤシの森林に富む肥沃な丘陵地帯と、サバンナの低地地帯からなる。

ラビナル族
Rabinal)は、グアテマラに住む民族。グアテマラ中西部高地に住んでいる。ラビナル族が住む一帯は、草地と樹木に富む乾冷な土地である。たいがいの家には蒸し風呂がある。蒸し風呂は石積みの小さいもので、這って出入りする戸が一ヶ所ついている。病気治療に効果があると信じられている。

テオティワカン*
(Teotihuacan)とは、メキシコシティ北東約50キロの地点にあり、紀元前2世紀から6世紀まで存在した、テオティワカン文明の中心となった巨大な宗教都市遺跡。当時のアメリカ大陸では最大規模を誇っていた。テオティワカン人の宇宙観、宗教観を表す極めて計画的に設計された都市で太陽のピラミッド、月のピラミッドそして南北5キロにわたる道(「死者の大通り」)が基点となり各施設が配置されている。

テキストラテコ族
Tequistlatec)は、メキシコに住む民族。メキシコ、オアハカ州中南部、南シエラマドレ山中に住む。家は2室からなり、各部屋に別々の家族が住むのが普通である。経済は農業を基盤としているが、畜産、狩猟の役割も無視できない。主食はトウモロコシ粉で作るトルティーヤ、ヒョウタン、インゲンマメ、マゲイ。

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トルテカ帝国
メソアメリカ(メキシコ)に、テオティワカン崩壊後、チチメカ侵入前までに存在したと考えられてきた伝承上の帝国。トルテカ帝国の存立したとされる時期は、年代で言えば7世紀頃〜12世紀頃に当たるが、12世紀とされるチチメカ侵入を11世紀に置く研究者もいる。テスカトリポカとトピルツィン・ケツァルコアトルの伝説などで知られるこの帝国は、メキシコ中央高原を支配したとされた。

トリケ族
Trique)は、メキシコに住む少数民族。メキシコ、オアハカ州の山地、森林に住んでいる。一室住居の密集した町に住むのがほとんどである。山地のトリケ族は、広々とした放牧場に家を建てて暮らす。農業と、野ブタ、シカ、ハト、ウサギ、リスの狩猟によって生活している。主食はトウモロコシ、豆類。また、ある種のクモ、アリ、カエル、カブトムシの類、バッタも食べる。

サポテカ文明*
メキシコ南部、オアハカ州のモンテ=アルバンを中心として栄えていたとされる文明。その開始時期については、先古典期前期末のサン=ホセ=モゴテのティエラ=ラルガス相(Tierra Largas;1400B.C.〜1150B.C.)の時期と考えられる。石碑3号に刻まれた犠牲にささげられた捕虜の名前の「一の地震」は、現在のところ確認可能なメソアメリカ最古の文字の使用例であるとともに、最古の260日暦の使用例であることで知られる。サン=ホセ=モゴテは、500B.C.頃放棄されたと考えられる。

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ソケ族
Zoque)は、メキシコに住む民族。メキシコ、チアパス州西部、トゥストラグチエレスの町からタバスコ州に至る帯状の地域に住む。隣接部族のミヘ族の住む土地より低く、起伏も少ない。一部には瓦ぶきの丸太小屋に住むものもいるが、大部分のソケ族は草ぶき屋根の小屋で暮らす。


<アンデス>

ケチュア
Quichua)は、かつてインカ帝国(タワンティンスーユ)を興したことで知られるインディオ。また、この民族が用いている言語。現在では、ボリビア、ペルー、エクアドル、チリ北部、コロンビア南部など、主に南米大陸各国で1300万人が使用している。ボリビアとペルーでは公用語の一つになっている。過去にはインカ帝国において公用語であった。

アイマラ
Aymara)は、南アメリカのボリビア、ペルーやチリのアンデス地域に住む先住民族、インディオの一部族。ボリビア、ペルーのチチカカ湖周辺、およびチリやアルゼンチンの一部に住む。人口はおよそ300万人といわれている。アイマラ語を話す。いずれにせよ、歴史上、確実にアイマラ族がチチカカ湖沿岸に現れるのは、ティワナク社会崩壊後の紀元後13世紀頃からである。この時期には、アイマラ諸王国(ルパカ、パカヘ、コリャなど)がチチカカ湖沿岸に割拠していたといわれている。


<アマゾン>

ヒバロ族
Jibaro)はアマゾン川上流に住む少数民族。サンチアゴ川上流のウンツリ、同河川下流のツム、およびパスタサ川のアチュアラの3族に分類される。全体の人口は不明であるが、1960年時で14000人前後。「ヒバロ」という言葉はスペインによる統治時代には「野蛮人」の意味を持っており、シュアール(ヒバロ)族はこの呼び名を蔑称と見なしている。

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グアラニー族
(Guaranies) とは、アメリカ州の先住民族の一つで、主にパラナ川からパラグアイ川にかけてのラ・プラタ地域(現在の地域でアルゼンチン、ボリビア東部、パラグアイ、ウルグアイ)と、ブラジルに住んでいたが、純粋な民族としてはほとんど絶滅し、グアラニー語を話せる者の多くはメスティーソになっている。

マプチェ族
Mapuche、は、チリ中南部からアルゼンチン南部に住むアメリカ州の先住民族。民族名は、彼らが話すマプチェ語で「大地」(Mapu)に生きる「人々」(Che)を意味する。マプチェ族は、南アメリカ南部を支配し、インカ帝国やスペインの侵略に対し長く抵抗を続けた民族として知られている。

チャルーア族
(Charrua,チャルーア)とは現在のアルゼンチン北東部のリトラル地方、ブラジル南部、そしてとりわけウルグアイに住んでいたインディオの部族である。当初は狩猟民であり、漁労と採集により生計を立てていた。大きな建築物を建てることはなく、最後までテントで暮らしていた。

ヤノマミ族
Yanomami)はアマゾンの熱帯雨林からオリノコ川にかけてひろく居住している南米の先住民族の一部族。狩猟と採集を主な生活手段にしている。「ヤノマミ」とはヤノマミ語で「人間」という意味である。

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<マレーシア>

ダヤク族
Dyak)は、ボルネオ島に居住するプロト・マレー系原住民の総称。関連民族毎に細分化され、カヤン・ダヤク、クニャー・ダヤク、ヌガジュ・ダヤク、海ダヤク、陸ダヤクなどと複合名称として用いられることが多い。

オラン・アスリ
(Orang Asli) は、マレー半島の先住民族。18の民族からなり、17の民族はマレーシア(約9万人)に、1の民族はインドネシアに主な居住地区を持ち、身分制による階級社会が残存している。約6万年前にアフリカから渡ってきたものと推定されている。


<太平洋諸島>

チャモロ人
(Chamorro) は、ミクロネシアのマリアナ諸島の先住民。チャモロは、スペイン語の「刈り上げた」とか「はげ」という意味を表す言葉である。チャモロ以前は、外部に対してはタオタオ・タノ(土地の人)と自称していた。17世紀以前は4万人から6万人の人口を保持していたが、1710年の人口調査ではグアム島とロタ島の人口は3539人に激減していた。人口激減の背景には、スペイン人による殺戮や、天然痘などの疫病があるとされている。

カナカ族
カナカ族 (Kanakas) とは、ミクロネシア、マーシャル諸島、パラオ等の島々の住民を一般的に呼ぶ俗称。ポリネシア語で「人」あるいは「男」を意味する「タガタ」が音韻変化によりカナカとなった。

チャモロ人
(Chamorro) は、ミクロネシアのマリアナ諸島の先住民。チャモロは、スペイン語の「刈り上げた」とか「はげ」という意味を表す言葉である。チャモロ以前は、外部に対してはタオタオ・タノ(土地の人)と自称していた。

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パプア人
主としてニューギニア島の西部と南部と内陸部に住む先住民族である。ニューギニア島からニューカレドニアにいたる島々の内陸部にも住む。


<オーストラリア>

アボリジニ
(Aborigine)は、狩猟採集生活を営んでいたオーストラリア大陸と周辺島嶼の先住民。"aborigine"とは、英語において日本語の原住民に当たる言葉であったが[1]、先住民という概念が広がるにつれオーストラリア先住民という意味合いで使われることが多くなった。


<ニューウジーランド>

マオリ
アオテアロア(ニュージーランド)にイギリス人が入植する前から先住していた人々である。形質的・文化的にはポリネシア人の一派をなす。考古学的には、ポリネシア地域のクック諸島またはタヒチが起源とされ、9世紀から10世紀頃までにアオテアロアに移住し、狩猟採集生活を送る。



<スペイン>

バスク人
vascos, とは、系統不明の民族で、イベリア半島のバスク地方に分布する。古代の時点でローマから自治を許され、中世から近世にはバスク人の王(イニゴ・アリスタ)の末裔達がイベリアの並み居る王家を継承するなど権勢を誇った。

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カタルーニャ人
(Catalans)は、インド・ヨーロッパ語族に属する民族で、イベリア半島のカタルーニャ地方に分布する。カタラン人、カタロニア人とも。文脈により以下の定義を有す。

ガリシア人
(Pobo galego)は、イベリア半島のガリシア地方に出自を持つエスニック集団で、スペインの他地方とは、言語、文化、習慣、伝統が異なる。その主要な言語は俗ラテン語に由来するガリシア語である。

アンダルシア人
(Andalusian people)は、インド・ヨーロッパ語族に属するエスニックグループで、イベリア半島のアンダルシア地方に分布する。彼らが民族なのかカスティーリャ人の一勢力なのかは議論が続けられており、取り分けアンダルシア方言を言語とするかどうかについて激しい意見が交わされている。


<フランス>

コルシカ人
Corsican people)はインド・ヨーロッパ語族イタリック語派に属する民族で、主にコルシカ島に分布する。

ブルトン人
Bretoned)は、フランス、ブルターニュ地方に主として暮らすケルト系民族のこと。彼らの先祖は4世紀から6世紀にかけてグレートブリテン島南西部から移住してきたブリトン人である。

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<イギリス>

ウェールズ人
Welsh people、ウェールズ語: Cymry)は、ウェールズ国民、またはウェールズを父祖の土地とする民族のこと。

スコットランド人
Scots fowk)は、スコットランド国民、またはスコットランドを父祖の土地とする民族のこと。現代的な用法では、スコットランド人またはスコッツは、言語、文化、家族の先祖または遺伝的起源がスコットランド内にある者を指すため使われる。

アイルランド人
アイルランド島を舞台に形成され、現在西ヨーロッパ、特にアイルランドに居住するケルト系民族をさす。


<ヨーロッパ>

ロマ
ジプシーと呼ばれてきた集団のうちの主に北インドのロマニ系に由来し中東欧に居住する移動型民族である。移動生活者、放浪者とみなされることが多いが、現代では定住生活をする者も多い。

チャーンゴー人
マジャル人(ハンガリー人)の民族集団のひとつ。本来起源的にはトランシルヴァニア域内に居住していたハンガリー人たちが外に出て行き定住したと考えられることからこのように呼ばれるようになったと思われる。

サーミ人
スカンジナビア半島北部ラップランド及びロシア北部コラ半島に居住する少数民族。フィン・ウゴル系。サーミ語を話すが、ほとんどがスウェーデン語、フィンランド語、ロシア語、ノルウェー語なども話すバイリンガルである。

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<オーストラリア>

アボリジニ
(Aborigine)は、狩猟採集生活を営んでいたオーストラリア大陸と周辺島嶼の先住民。"aborigine"とは、英語において日本語の原住民に当たる言葉であったが、先住民という概念が広がるにつれオーストラリア先住民という意味合いで使われることが多くなった。


<ニュージーランド>

マオリ
アオテアロア(ニュージーランド)にイギリス人が入植する前から先住していた人々である。形質的・文化的にはポリネシア人の一派をなす。考古学的には、ポリネシア地域のクック諸島またはタヒチが起源とされ、9世紀から10世紀頃までにアオテアロアに移住し、狩猟採集生活を送る。


<アフリカ>

コイコイ人
Khoikhoi)は、南アフリカ共和国からナミビアの、海岸線から高原地帯、カラハリ砂漠などに居住している民族である。以前は「ホッテントット」と呼ばれていた。

マサイ族
ケニア南部からタンザニア北部一帯の先住民である。ナイル系のマー語(マサイ語)を話す。「マサイ」とは、「マー語を話す人」という意味だという。

サン人
San)は、南部アフリカのカラハリ砂漠に住む狩猟採集民族である。砂漠に住む狩猟採集民族は大変少なく現在ではこのサン人ぐらいしかいない。

ベルベル人
北アフリカ(マグレブ)の広い地域に古くから住み、アフロ・アジア語族のベルベル諸語を母語とする人々の総称。北アフリカ諸国でアラブ人が多数を占めるようになった現在も一定の人口をもち、文化的な独自性を維持する先住民族である。

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科学010203
<先住民2>

 

 

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