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ソロモン諸島
Solomon Islands

大洋州

■歴史
紀元前1000年までにはメラネシア系の住民が定住していた。旧石器時代にサフル大陸から人類が移住してきた南限となっているので、ここを境に、これよりもおおよそ北西にある島々をニアー・オセアニアと呼び、これよりもおおよそ南東にある島々をリモート・オセアニアと呼ぶようになった。

■1568年
スペイン人探検家のアルバロ・デ・メンダーニャ・デ・ネイラがヨーロッパ人として初めて渡来。ガダルカナル島で砂金を発見し、これが捜し求めていた古代イスラエルのソロモン王の財宝だと考え「ソロモン諸島」と名付けた。

■1893年
1893年にイギリスの植民地となり、1900年にはドイツ領だったソロモン諸島の北部もイギリスが獲得した。同年にはコプラ産業も開始。第二次世界大戦では、ガダルカナル島が日米の激戦地となっており、1942年に日本軍に占領され、1943年には、日本からアメリカが占領した。

■1976年
自治権を獲得。2年後の1978年に、イギリス連邦加盟国かつ英連邦王国として独立した。

■2006年
首都ホニアラで反政府運動が勃発して、チャイナ・タウンが集中して襲撃された。

■2007年
4月2日、地震が発生した。津波被害が顕著で同国政府は、3日、50人以上の死者が出たと発表した。


メラネシア
(Melanesia)は、オセアニアの海洋部の分類の一つ。概ね赤道以南、東経180度以西にある島々の総称。オーストラリア大陸より北−北東に位置する。ギリシャ語で メラス「黒い」+ ネソス「島」から「黒い(皮膚の黒い人々が住む)島々」の意味である。ニューギニア島、ビスマルク諸島、ソロモン諸島、フィジー諸島、サンタクルーズ諸島、ロワイヨテ諸島、チェスターフィールド諸島などで構成され、パプアニューギニア、ソロモン諸島、フィジー諸島、バヌアツの各国と、フランスの属領であるニューカレドニア島が含まれる。

メラネシア人
(Melanesian)は、西南太平洋のメラネシアに住む人々の総称。広義にはパプア人を含める場合もある。人種的にはオーストラロイドと混血したモンゴロイド系の民族であるが、島嶼間の交流の結果、様々な移住者が入ったことから体格・風貌も様々であり、人種的特徴を一概に挙げることは困難である。彼らは約5000年前にメラネシア水域の島々にやってきたと考えられており、ソロモン諸島、ニューヘブリディーズ諸島、フィジー諸島、ニューカレドニア島などに居住する。

ポリネシア人
(Polynesian)は、太平洋のポリネシアに住む人々の総称。オーストロネシア語族に属しており、メラネシア人やミクロネシア人と密接な親縁関係を持つ。身体的特徴、文化的特徴、言語的特徴に関してメラネシア人のような多様な地域差は無く、同質的である。

ミクロネシア人
(Micronesian)は、西太平洋のミクロネシアに住む人々の総称。人種上はモンゴロイドに分類されるが、メラネシア人やポリネシア人との混血化が進んでおり、変異も大きい[1]。短身痩躯で褐色の肌に黒髪を有する。


ソロモン諸島の野鳥一覧
ソロモン諸島で観察された野鳥のリストを示す。ソロモン諸島はオセアニア区(動物地理区)に属する。種数は約280種。うち固有種が約70種。


■地理
南西太平洋のニューギニア東方の100余の島々で構成している島嶼国家。主な島々は首都ホニアラが位置するガダルカナル島などがあるニュージョージア諸島とサンタクルーズ諸島である。険しい火山島と熱帯雨林に覆われている。最高峰はガダルカナル島のポポマナセウ山(2440m)である。


ソロモン海
Solomon Seaは、太平洋南西部の海。パプアニューギニア近隣海域である。ニューギニア島の東に位置し、北はニューブリテン島、東はソロモン諸島に囲まれ、南は珊瑚海に開けている。海域南西部にはダントルカストー諸島やトロブリアンド諸島がある。

サフル大陸
ニューギニア、オーストラリア、タスマニア島など今のオセアニアを形成している国をカバーする大陸である。現在の大陸棚が示す範囲が更新世の氷河期に1つの陸地として地表に現れていた。この大陸棚をサフル大陸棚と呼ぶ。サフルという言葉は最初17世紀のオランダの地図に見られる。現在のアフリカ大陸・南アメリカ大陸・インド亜大陸・南極大陸・オーストラリア大陸などを含む超大陸が先カンブリア時代末期の約6億年前に誕生した。その後、ゴンドワナやパンゲアなど超大陸の分裂・形成があり、現在のような大陸になっていった。

フロリダ諸島
Florida Islandsは南太平洋にある諸島。ソロモン諸島中部に位置し、行政面では中央州(Central Province)にある。ンゲラ諸島(Nggela Islands)とも言う。主な島はンゲラスレ(Nggela Sule)島、ツラギ島、ガブツ(Gavutu)島、タナムボゴ(Tanambogo)島。フロリダ島の名前自体は諸島で最大の島、ンゲラスレ島にも使われる。

ニュージョージア諸島
New Georgia Islandsは、ソロモン諸島の西部州に属する諸島。ガダルカナル島の北西に位置しており、山が多く熱帯雨林に覆われている。主な島は、ニュージョージア島、ベララベラ島、コロンバンガラ島、ギゾ島、バングヌ島、レンドバ島、テテパレ島である。島々はサンゴ礁に囲まれており、世界最大の塩水ラグーンであるマロボ・ラグーンも存在する。


ガダルカナル島
Guadalcanalは、ソロモン諸島最大の島であり、同国の首都ホニアラがある。第二次世界大戦の激戦地で、展開した日本軍部隊の多くが補給路を絶たれ、多数の餓死者を出したことから、餓島(がとう)とも呼ばれた。1567年 - スペイン人探検家オルテガが「発見」する。出生地であるグアダルカナル(現スペインアンダルシア州セビリア県、英語:ガダルカナル)にちなんで命名した。

ガダルカナル島の戦い
Battle of Guadalcanalとは、第二次世界大戦において1942年8月以降日本軍と連合軍が西太平洋ソロモン諸島のガダルカナル島を巡って繰り広げた戦いである。 米軍は戦力の大半を欧州戦線に投入しており、この戦いに投入されたのは一個師団のみであった。・・・ミッドウェー海戦とともに、太平洋戦争における攻守の転換点となった戦闘とされている。一般に、ガダルカナル戦は日本軍が米軍の物量に圧倒されて敗北した戦いと認識されている。川口支隊の敗北までの時点で、その点を冷静に判断し、兵を引いていれば、その後の泥沼のような消耗戦で何ら得るところなく戦力と継戦能力をすりつぶす事態は避けられたと考えられる。


サンタイサベル島
(Santa Isabel Island) はソロモン諸島の北部に位置する島。別称サンタイザベル島、イサベル島、イザベル島。島は南東から北西に向かって細長い形をしている。南東にマライタ島、北西にチョイスル島、ニュージョージア海峡を挟んで南西にニュージョージア諸島がある。面積は3,780km2あり、国内の島で3番目に大きい。

サンタクルーズ諸島
(Santa Cruz Islands) とは南太平洋、南西部ソロモン諸島に属する火山島の諸島。ソロモン諸島のテモツ州を結成する火山諸島で最高地点が517m。ネンドー島が一番大きい島で中心地のラタがある。

ニュージョージア島
New Georgia Island)はソロモン諸島・西部州で最大の島。西部州で比較的大きな島の大部分を含むニュージョージア諸島のうちの一島である。長さおよそ72km(45マイル)であり、ニュージョージア海峡の南側境界の一部を成している。島西部にあるクラ湾の向こうにコロンバンガラ島が横たわり、東にはブングヌ島、南のブランチェ水道(Blanche Channel)の向こうにはレンドバ島がある。島は起伏が激しく、深い森に覆われている。

ベララベラ島
ソロモン諸島西部州の島。ニュージョージア島の西にあり、ニュージョージア諸島の一部である。ベララベラ島の西にはトレジャリー諸島がある。1568年にスペインの探検家メンダーニャが発見したとされている。

ウラワ島
Ulawa Island)は、ソロモン諸島にある島。マライタ島の近くに位置し、マキラ・ウラワ州に属する。65.92 km2の面積と4,429の人口を有する。アルバロ・デ・メンダーニャ・デ・ネイラが1568年に到達した。小山のような島であり、島の最高点は海抜181mである。平均気温は年間をとおして約27°C、年間平均降水量は約2800 mmである。

マライタ島
Malaita Islandはソロモン諸島の北東に位置する島。別称マレータ島。面積は4,307km2あり、国内の島でガダルカナル島に次いで2番目に大きい(地理上のソロモン諸島ではブーゲンビル島、ガダルカナル島に次いで3番目)。南北方向に伸びた島であり、長さ164km、幅37km。地形は山がちで熱帯雨林に覆われている。最高所の標高は1,435m。人口は約140,000人で、国内で人口が最も多い島でもある。マライタ島はマライタ州の中核をなし、中心地は西海岸のアウキ(Auki)。

マキラ島
(Makira)はソロモン諸島の南部に位置する島。旧称サンクリストバル島。南東から北西に向かって細長く伸びた形の島で、長さ139km、幅40kmである。北西にガダルカナル島、マライタ島がある。面積は3,090km2あり、国内の島で4番目に大きい。マキラ・ウラワ州に属する島で最も大きく、州都のキラキラ(Kirakira)が北岸にある。

ツラギ島
ソロモン諸島領の小さな島。フロリダ島の南に浮かぶ。島と同じ名前の町、ツラギは人口1750人である。1568年にスペインの探検家メンダーニャが発見したとされている。1896年から1942年までソロモン諸島保護国の首都であり、現在は中央州の州都である。

コロンバンガラ島
Kolombangaraはソロモン諸島、西部州にあるほぼ円形の島。ニュージョージア諸島の一部。成層火山で標高は1770m。島はニュージョージア海峡の南の境界の一部になっており、北西にはベラ湾を隔ててベララベラ島、ギゾ島が、南東にはクラ湾をはさんでニュージョージア島がある。

チョイスル島
Choiseul Islandはソロモン諸島の北部に位置する島。別称チョイセル島、ショアズール島、ショワズール島。島は南東から北西に向かって細長い形をしている。南東にサンタイサベル島、北西にブーゲンビル島がある。面積は2,971km2あり、国内の島で5番目に大きい。

サボ島
Savo Island)は、ソロモン諸島の比較的小さな火山島。サボ島はガダルカナル島北端の北東にある。ガダルカナル州(Guadalcanal Province)に属する。第二次世界大戦中ガダルカナル島へ向かう日本の輸送部隊の護衛艦隊と、アメリカ合衆国海軍との間で数次にわたる戦闘(サボ島沖海戦)が行われたことで知られる。

ラッセル諸島
(Russell Islands、ルッセル諸島とも)は主要な2つの島といくつかの小島からなる火山諸島。ソロモン諸島の中央州(Central Province)に属し、ガダルカナル島のおよそ48km(30マイル)北西に位置する。島はココナッツ農園があり、ヤンディナにはコプラの製油所がある。またヤンディナには商店、郵便局、空港を含む基本サービスがある。ラヴカル人(Lavukal)が住み、使用言語はラヴカルヴェ語である。またここにはティコピア島から再移住したポリネシア人が定住している。


アイアンボトム・サウンド
Ironbottom Sound)は、ソロモン諸島のサボ島、フロリダ諸島の南方、ガダルカナル島の北方に存在する海域(海峡)のことである。太平洋戦争中、日米の大消耗戦となったガダルカナル島の戦いにより多数の艦船、航空機がこの海域に沈んだ。海底を鋼鉄の残骸が埋め尽くしていることから、アイアンボトム・サウンド(鉄底海峡)と称されるようになった。現在は、スキューバ・ダイビングの名所として有名である。


熱帯雨林
年間を通じて温暖で雨量の多い地域に形成される植生、またはその地域のことである。熱帯降雨林とも呼ばれる。植物生態学では熱帯多雨林が正しい名称である。ジャングル(英: jungle)、セルバとも呼ばれる。熱帯雨林が形成される条件として年間1,000mm以上の降水量があること、熱帯にあって年間を通して温暖であることがあげられるが、実際にはそれ以外にも様々な条件が組み合わさって形成されている。


<世界遺産>
東レンネル
東レンネルはソロモン諸島の中でも一番南に位置する島で、世界でもっとも大きな珊瑚島である。ユネスコでは37km2もの陸地外その他、島から3海里を保護の対象としている。レンネル島にあるテガノ湖は、島の面積の約2割を占める南太平洋最大の湖(汽水湖)で、その所有権は政府ではなく周辺住民のものであるとされている。またこの地域は、年間4,000mm以上の降水量があるため、ほとんど濃霧に覆われている熱帯地域。レンネルオオコウモリやウミヘビ、マイマイなど特異な動物が数多く生息している。また植相も固有のランやタコノキが自生している。

ソロモン諸島 Islands
南太平洋のメラネシアにある島嶼群であり、またその島々を国土とする国家である。オーストラリアの北東、パプアニューギニアの東に位置する。北にはナウル、東にはツバル、南東にはフィジー、南にはバヌアツがある。イギリス連邦の一員にして英連邦王国の一国。首都はホニアラ。

ホニアラ
Honiaraは、ソロモン諸島の首都であり、分割統治されているが、ガダルカナル州の州都でもある。1999年の人口は49,107人、2003年は54,600人であった。街から10km離れた場所にホニアラ国際空港がある。産業としてはいくつかの飲料、クッキー工場がある。主要な輸出品は材木、ココナツ、コプラ及び魚である。最も重要な貿易相手国はマレーシア、日本、韓国及び台湾である。


ホニアラ国際空港
Honiara International Airport, 旧名ヘンダーソン国際空港(英: Henderson International Airport)、大戦中の名称ヘンダーソン飛行場(英: Henderson Field)とは、ソロモン諸島ホニアラにある国際空港である。第二次世界大戦中にはこの飛行基地を巡って日米両軍が熾烈な戦いを繰り広げたことでも知られる。ホニアラ国際空港を建設したのは日本軍である。日本軍は1942年(昭和17年)5月3日に近隣のツラギ島に進出し、水上機の基地を建設していたが、ソロモン諸島空域の制空権確保のため、6月下旬にガダルカナル島に陸上機の基地を建設することを決定した。


ソロモン諸島/ナショナルジオグラフィック


日本・ソロモン友好協会
「最近のソロモン事情」
2012年は7月に首都ホニアラで、太平洋芸術祭(4年に一回南太平洋島嶼国間で順番に開催)が開かれた後、8月に入りガダルカナル戦70周年記念行事がとり行なわれ、この2つの行事に参加すべく多くの訪問客がソロモンを訪れました。

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アウキ
(Auki)はソロモン諸島にある町。マライタ州の行政府所在地であり、マライタ島の北西岸にある。首都のホニアラからは船舶及び航空機の定期便が運航されており、アウキ飛行場は町の中心部より北へ11kmの地点にある。マライタ島は自給的農業が主産業であり、アウキは島唯一の交易市場がある。日本のODAにより、新しい市場及び桟橋の建設が計画されている。

ギゾ
Gizoはソロモン諸島西部州(Western Province)の州都。人口は2005年の概算で6,154名。首都ホニアラから380km西北西にあるギゾ島に位置する。より大きなコロンバンガラ島の南西でもある。またギゾの町の東寄りには小さいが舗装された滑走路がある。それによって町は、他の地域の定住地に比べて比較的開発が進んでいる。

キラキラ
Kirakiraは、ソロモン諸島マキラ・ウラワ州の都市であり、同州の行政府所在地である。州最大の島であるマキラ島の北岸に位置する。空港(Kirakira Airport)がありソロモン航空(Solomon Airlines)が就航している。ホニアラなどへの便がある。

ムンダ
ムンダ(Munda)はソロモン諸島・西部州(Western Province)に属するニュージョージア島で最大の居住地で、多くの村から成る。同島西部の南西端にあり、ムンダ・ポイントと呼ばれる場所に位置する。ムンダで最大の村、ランベテ(Lambete)には現在多くの店がある。また国立ソロモン銀行、郵便局、電話局、滑走路、小さな港がある。ムンダの海岸沿いに現在では唯一の旅行者向け宿泊施設で小さなホテルであるアグネス・ロッジ(Agnes Lodge)がある。

レンドバ島
Rendova Island)は、南太平洋にある島。ソロモン諸島に属し、ニュージョージア諸島南西部に位置する。北東にニュージョージア島があり、南西側はソロモン海に面している。ほぼ全土が熱帯雨林で覆われている。太平洋戦争中の1943年、レンドバ島を占領したアメリカ軍はPTボートのための基地を設けた。ジョン・F・ケネディ率いるPTボートが大日本帝国海軍の駆逐艦と衝突して小島に漂着した際、ソロモン諸島の住民であるビウク・ガザとエロニ・クマナが、ケネディがメッセージを刻んだココナッツを丸木舟を約60km漕いで運んだのはこのレンドバ島であった。

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レンネル島
(Rennell Island )はソロモン諸島のレンネル・ベローナ州で最大の島。120から150mのがけによってほぼ完全に周囲を囲まれ、主に隆起したサンゴの石灰岩から成っている。東の端には汽水湖のテンガノ湖(テガノ湖とも)があり、一方西側は北の海岸から南の海岸まで比較的平坦な土地となっている。牧草地とならず森林となっているところは起伏のある丘があるが、これらは火山起源である。レンネル島はサンゴの環礁が隆起した島では世界一大きい。テンガノ湖は太平洋で最も大きい淡水湖であり、現在は世界遺産に登録されている。

ピジン語
ピジン語 (Pijin Language) はソロモン諸島で話される言語。パプアニューギニアのトク・ピシン、バヌアツのビスラマ語、オーストラリアのクイーンズランド州にあるトレス海峡諸島のトレス海峡諸島クレオール語と密接に関連している。ピジン語はおよそ30万人の使用者がいて、ラテン文字で表記される。


中央州
(Central Province)はソロモン諸島の州。ソロモン諸島中部の州であり、フロリダ諸島およびサボ島を中心としている。ガダルカナル州の北に位置する。1995年にレンネル・ベローナ州を分離している。行政府所在地はツラギ島のツラギ(Tulagi)。1999年の人口は21,577人。

チョイスル州
(Choiseul Province)はソロモン諸島の州。ソロモン諸島北部の州であり、チョイスル島および周辺の小島より構成されている。チョイスル州は1995年に西部州から分離して設置された。行政府所在地はタロ島。1999年の人口は20,008人。

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ガダルカナル州
(Guadalcanal Province)はソロモン諸島の州。ソロモン諸島中部の州であり、ガダルカナル島を中心としている。行政府所在地は首都でもあるガダルカナル島のホニアラ。1999年の人口は60,275人。ホニアラ自身は1983年に首都地域(Capital Territory)としてガダルカナル州からは分離されている。


■政治
国家元首はエリザベス二世女王。その権限は総督が代行する。総督は任期5年で、議会の決定に従い、女王が任命する。行政府の長は首相である。議会によって議員の選挙後に第1党の党首が選出されるのが慣例である。内閣は20人の閣僚によって構成される。閣僚は議員の中から、首相の助言に従い、総督が任命する。


■経済
捕鯨擁護国。自給自足的な経済と貨幣経済が併存している。経済格差が大きく、木材とコプラ、パーム油に鰹と鮪が主要品目である。なお、部族紛争勃発前までは日本が最大援助国であったが、現在の最大援助国は豪州である。ガダルカナル島の武装勢力の対立が経済を直撃し、現在、国家財政は破綻状態である。

■情報・通信
ソロモン諸島には国営放送のSolomon Islands Broadcasting Company(SIBC)があり、同国でのワールドカップの中継権も持っている。インターネットにおいてはSolomon Islands Network Information Centreというプロバイダが主流である。 新聞は売店などでの販売が主流。

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■国民
人種構成は、メラネシアン 93%、ポリネシアン 4%、ミクロネシアン 1.5%、ヨーロッパ人 0.8%、華人 0.3%、その他 0.4%。
約96%がキリスト教徒(英国国教会 45%、カトリック教会 18%、United (Methodist/Presbyterian) 12%、バプティスト 9%、セブンスデー・アドベンチスト教会 7%、その他のプロテスタント 5%)。他の約4%は、地域固有の精霊信仰。


1.面積:2万8,900平方キロメートル(岩手県の約2倍)
2.人口:536千人(2010年、世界銀行)
3.首都:ホニアラ
4.民族:メラネシア系(約94%)、その他ポリネシア系、ミクロネシア系、ヨーロッパ系、中国系
5.言語:英語(公用語)の他、ビジン英語(共通語)を使用
6.宗教:キリスト教(95%以上)

■主要貿易品目(1)輸出 木材、魚類、ココア(2)輸入 燃料、食糧、機械・車両


ソロモン諸島ドル
ソロモン諸島ドル(ソロモンしょとうドル SBD)は、ソロモン諸島で1977年から用いられている通貨。SI$とも記述される。補助単位はセント(cent)、100セントで1SI$。

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太平洋諸島フォーラム
Pacific Islands Forum、PIF)は南太平洋の独立国および自治政府を対象にした地域経済協力機構。もともとはフランスの核実験などに反対して結成された政治的圧力団体であった。太平洋諸国会議、太平洋島嶼国会議ともいう。旧宗主国主導の南太平洋委員会 (SPC、1947年設立された地域協力機構。現在の名称は太平洋共同体)に対して、島嶼国の主体性を堅持し、結束を図ることを目的として1971年8月に南太平洋フォーラム (South Pacific Forum、SPF) として創設され、2000年10月に太平洋諸島フォーラム (PIF) と改称された。


■メラネシアの美術
メラネシアの美術は非常に多様化しており、世界的な民族美術と言われる。その特徴は精力的な彫刻と彩色にあり、カヌー、楽器、仮面、土器、生活用具などさまざまなものにその造形を見ることができる。ニューギニア北東部のセピック川沿岸の村に建てられた精霊の家(葬儀用の建築物)は屋根、破風、柱、梁、天井、壁などあらゆる部分に精霊や動物の彫刻・彩色が施された荘厳なものとして知られる。


ソロモン
Salomon, 紀元前1011年頃 - 紀元前931年頃)は、旧約聖書の『列王記』に登場する古代イスラエル(イスラエル王国)の第3代の王(在位紀元前971年 - 紀元前931年頃)。父はダビデ。母はバト・シェバ。エジプトに臣下の礼をとり、ファラオの娘を降嫁されることで安全保障を確立し、古代イスラエルの最盛期を築いた。


フランク・カブイ
Sir Frank Utu Ofagioro Kabuiは、ソロモン諸島の法律家。2009年7月7日から、同国の総督を務めている。1945年から1946年に生まれた。1975年にパプア・ニューギニア大学を卒業し、ソロモン諸島初の法科卒業生になった。高等裁判官、検事総長のほか、ソロモン諸島弁護士協会(SIBA)会長を2度務め、総督に任ぜられた。

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アルバロ・デ・メンダーニャ・デ・ネイラ
1541年 - 1595年は、16世紀に活動したスペイン人の探検家。財宝を求めた航海を通じ、西洋人として初めて南太平洋のソロモン諸島及びエリス諸島などに到達した。1567年、現地のインディオに伝わる黄金伝説を信じ、私兵を募り、南太平洋へ乗り出した。ソロモン諸島の各島に上陸を試みるものの、次々と原住民の猛反撃に遭い撤退、財宝(そもそも金・銀・宝石類を産する地域ではない)を入手する目的を達することなく、翌年、ペルーへ帰還する。

ルイ・アントワーヌ・ド・ブーガンヴィル
(Louis Antoine de Bougainville、1729年11月11日 - 1811年8月31日)は、フランスの航海者・探検家・数学者・軍人。1729年にフランスのパリで、公証人の息子として生まれる。アカデミー・フランセーズ会員に選ばれた歴史家のジャン・ピエール・ド・ブーガンヴィルは彼の兄である。大学で学んでいるときには、特に数学と法律学とに秀でた才能を示した。ポルトガル人航海者ペドロ=フェルナンデス=デ=キロスの発見したサン=テスプリ諸島(1980年の独立達成以来ヴァヌアツと呼ばれているがニューヘブリディーズ諸島)を再発見し、ルイジアード諸島沿いに航海し、スペイン人メンダーニャが1567年に発見したのち200年間ヨーロッパ人が訪れなかったソロモン諸島に達した。

ラ・ペルーズ伯ジャン=フランソワ・ド・ガロー
(Jean Francois de Galaup, comte de La Perouse, 1741年8月23日 - 1788年?)は、フランスの海軍士官及び探検家。太平洋における遠征航海の指揮をとり、最後はオセアニアで消息を絶った。ラ・ペルーズは、イングランドの優れた航海者ジェームズ・クックがしたように、太平洋の島を巡ろうとしていた。114名の乗員のうち10人が科学者だった。天文学者であり数学者のダジェレ、地理学者のラマノン、植物学者のラ・マルティニエール、医師、3人の自然科学者、そして3人の絵描きドゥシェ・デ・ヴァンシーと、プレヴォスらである。

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