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フィジー共和国
Republic of Fiji

大洋州

フィジー政府観光局
フィジー大使館


フィジー旅行STW
フィジーは南太平洋の中央部に位置しており、寒暖の差がほとんどない常夏の楽園。322の小さな島々からなるフィジーは、自然が色濃く残り、誰もが美しい海に魅了されまる事請け合いです。大韓航空やキャセイパシフィック航空を使ってリゾート&シティの2カ国を楽しむ事ができるのもフィジー旅行ならではです。

オセアニア
(Oceania)は、六大州の一つ。大洋州とも。狭義には、ニュージーランドを含むポリネシア、ニューギニアを含むメラネシア、そしてミクロネシア全体を指す。広義にはオーストラリアとオーストラリア領のインド洋上の島も含む。また稀に、 米 英 仏領以外のオセアニアをアジアに含める場合もある。


ビティレブ島
Viti Levu Islandは、太平洋南部のフィジー諸島最大の島。首都スバ、国際空港のあるナンディなどの都市があるフィジーの中心となる島である。面積は10,388km2だが、全般的に山がちで平野は少ない。一番高い山はトマニビ山(Mt. Tomanivi、旧称ヴィクトリア山Mt. Victoria)の1,324mである。

オバラウ島
Ovalauは、フィジーの島。フィジーで6番目に大きな島で、ロマイビチ諸島最大の島である。南緯17.70° 東経178.8°付近に位置し、首都スバから北東に60km、ビティレブ島東岸からは20km東に位置する。島は南北13km、東西10kmあり、面積は102.3平方キロである。島の人口は9000人で、中心都市は島の東岸にあり、かつてフィジーの首都であったレブカである。島には24の町や村がある。

バヌアレブ島
バヌアレブ島(Vanua Levu)は、フィジーの島。面積人口ともにビティレブ島に次ぐフィジー第2の島である。面積5,587.1 km2、人口13万人。島は東西180km、南北50kmで東西に細長く伸びている。島の最高峰は1111m。東西に脊梁山脈が伸びており、南東からのモンスーンがぶつかって降雨をもたらすため、サブサブ等南部は湿潤であり、一方ランバサなど北部はやや乾燥しており、これが島の主要産物であるサトウキビの生育に向いている。


パプア人
パプア人は、主としてニューギニア島の西部と南部と内陸部に住む先住民族である。ニューギニア島からニューカレドニアにいたる島々の内陸部にも住む。固有の言語にはダニ語(インドネシア、32万人)、エンガ語(PNG、22万人)などがあるが、顕著に有力なものはない。トランスニューギニア語族など約10の語族に分類される。それらは便宜的にパプア諸語あるいはパプア・ハルマヘラ諸語などと総称され、約816の言語が属し、約460万人が話している。中等位の身長、暗褐色の皮膚、長頭、かぎ鼻、厚い唇でアボリジニに近い身体的特徴を持つ。


フィジーウォーター
FIJI Waterは、フィジー共和国のミネラルウォーターのブランドである。背面ラベルの内側に南国風のイメージが印刷されており、前面から透かして見ることができる独特なパッケージデザインを採用している。水質は硬度が比較的高い軟水で、中硬水とも表記される。フィジーウォーターを生産しているのはアメリカの企業。アメリカを中心とした海外では、ハリウッドセレブなど多くの有名人が愛飲していることでも知られ、高級レストランやホテルの水としても採用されている。


<歴史>
紀元前1300年以前と推定される土器類がヴィティ・レヴ島から発掘されている。約8000年前、この地にメラネシア系パプア人が住みついた。その後、トンガ人が移り住み、ポリネシア文化の影響を受けた。

■1879年
イギリスは1916年まで砂糖のプランテーションのため大勢のインド人労働者をフィジーに移民させる。その多くはフィジーに定住し、フィジー社会を劇的に変化させる事になる。

■1987年
ティモチ・バヴァドラ首相が政権をとるが、5月と9月にシティベニ・ランブカ陸軍中佐によるクーデターが起こり10月に共和国宣言をし、イギリス連邦を離脱。同年10月、ロツマ島出身の空手家で王位を自称していたヘンリー・ギブソンが移住先のニュージーランドでロツマ共和国の独立を宣言。同年12月に鎮圧される。

■2006年
12月にフランク・バイニマラマ軍司令官によるクーデター。以降、ニュージーランド・オーストラリア・EUなどが援助停止や入国禁止などの圧力を加えるのに対し、中国が援助を急増させる。

■2011年
2月に国名をフィジー共和国と改称。


植民地
国外に移住者が移り住み、本国政府の支配下にある領土のこと。古くはフェニキアや古代ギリシアにも見られるが多くは植民元との関係は維持しつつ独立した体制となっており、侵略によって獲得した海外領土の類型は古代ローマに見られる。一般に帝国主義的先進国が植民地を原料工場・市場として経営するとともに、住民を政治・文化・言語的に抑圧支配する。植民地を獲得する過程では、ほとんどのケースで在来住民との軍事的な衝突が起こり、その全殺戮にいたることもある。スペインによるアメリカ大陸の植民地化やイギリスによるアメリカ大陸の植民地化の過程ではしばしば現地住民が激減し、フランスもカリブ海西インド諸島のマルティニーク島の原住民を1658年に殲滅し、純粋な島民は絶滅した。


英連邦王国
Commonwealth realm)は、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(英国)の王座にある者を自国の国王として戴く国家形態、また該当する国を指す。現在、計16ケ国ある。この語の複数形は、これらの人的同君連合を指す。英連邦王国はいずれも英連邦に属する。英国以外の英連邦王国は、かつて英国の植民地支配下に置かれた地域だったが、今日では英国に従属しない独立国である。


クーデター
一般に暴力的な手段の行使によって引き起こされる政変を言う。歴史的には、アフリカ・アジア・ラテンアメリカの諸国においてはしばしば政治変動はクーデターによってもたらされている。政治的な暴力としてはクーデターだけではなく革命 (revolution) や反乱 (rebellion) などの概念もあるが、クーデターの概念はその暴力行為の政治的な意図によって区別される。

軍事政権
military dictatorship)は、当該国の軍隊が統治を行う形の政権。さらに広く、軍の武力を背景に政治を行う国家という意味で軍事国家(ぐんじこっか)等とも呼び、また軍を中心に行われる政治は軍閥政治(ぐんばつせいじ)と言う。

非常事態宣言
国家等の運営の危機に対し緊急事態のための特別法を発動することである。対象には武力攻撃、内乱、暴動、テロ、大規模な災害などのほか、鳥インフルエンザやAIDSなど疫病もある。措置には警察・軍隊など国家公務員の動員、公共財の徴発、最高責任者による政令の発布や検問、令状によらない逮捕・家宅捜索などを許す事の他、集会の自由やストライキなどの行為の制限である。


フィジー語
ィジーで話される言語。オーストロネシア語族に属す。第一言語としての話者は35万人、第二言語としての話者は20万人。1997年にフィジー協会が発足し、英語、ヒンディー語にならんで国語としての独立の運動を行っている。


■住民
フィジー系が51%、インド系移民が44%、ヨーロッパ人や他の太平洋の島民、華人などが5%である。




■宗教
キリスト教が52%、 ヒンドゥー教が38%、イスラム教が8%、その他2%である。

ヒンドゥー教
インドやネパールで多数派を占める民族宗教である。ヒンドゥー教徒の数はインド国内で8.3億人、その他の国の信者を合わせると約9億人とされ、キリスト教、イスラム教に続いて、人口の上で世界で第3番目の宗教である。「ヒンドゥー」 Hindu の語源は、サンスクリットでインダス川を意味する sindhu が古代ペルシアで転訛したもの。「(ペルシアから見て)インダス川対岸に住む人々」の意味で用いられていたものが、インドに逆輸入され、定着した。


ディーワーリー
Deepawali)は、インドのヒンドゥー教の新年のお祝い。別名「光のフェスティバル」とも呼ばれ、10月末から11月初めのインド歴の第七番目の月の初めの日になる。この日は新月と重なる。この日は、ヒンドゥー教の女神ラクシュミーをお祝いする。この日は、ジャイナ教の開祖マハーヴィーラが究極の悟りを開いた日だともいわれる。


復活祭
キリスト教の典礼暦における最も重要な祝い日で、十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念する。「復活の主日」、あるいは英語で「イースター(en:Easter)」とも言われる。正教会では「イースター」よりも「パスハ」の呼称の方が好まれる。復活祭は基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、年によって日付が変わる移動祝日である。

イスラム教
正式名をイスラームという。 稀にイスラーム教とよばれることもある。イスラム教とは、唯一絶対の神(アラビア語でアッラーフ)を信仰し、神が最後の預言者たるムハンマド(預言者)を通じて人々に下したとされるクルアーン(コーラン)の教えを信じ、従う一神教である。




■言語
英語、フィジー語、ヒンディー語(フィジー・ヒンディー語)が公用語。

ヒンディー語
インドの主に中部や北部で話されている言語で、憲法によればインドが制定している公用語の内、1番目にくる(2番目は英語)。インドで最も多くの人に話されており、話者の数は約5億人に上る。日常会話の話者数では中国語の約14億人、英語の約5億1000万人に続き、世界で3番目に多くの人に話されている言語。


太平洋諸島フォーラム
Pacific Islands Forum、PIF)は南太平洋の独立国および自治政府を対象にした地域経済協力機構。もともとはフランスの核実験などに反対して結成された政治的圧力団体であった。太平洋諸国会議、太平洋島嶼国会議ともいう。旧宗主国主導の南太平洋委員会 (SPC、1947年設立された地域協力機構。現在の名称は太平洋共同体)に対して、島嶼国の主体性を堅持し、結束を図ることを目的として1971年8月に南太平洋フォーラム (South Pacific Forum、SPF) として創設され、2000年10月に太平洋諸島フォーラム (PIF) と改称された。

■オーストラリアやニュージーランドとの関係
オーストラリアやニュージーランドとの貿易額はシンガポールについで大きく、フィジーはオーストラリアから小麦粉や食料品その他を輸入している。ニュージーランドからは牛乳や肉その他食料品の輸入が多い。

■中国の進出
オーストラリアとニュージーランドの度重なる内政干渉による圧力のため、近年フィジー軍政は新たな活路として中国との関係を強化している。以前は、ほとんどいなかったとされる中国人がフィジーを訪れるようになり、年間1万人にまでになった。このため首都スバ市内には中国人経営の店舗が拡大している。

インド系移民と在外インド人
People/Persons of Indian Origin, PIO)と在外インド人(ざいがいインドじん、非居住インド人、Non-Resident Indians, NRI, 総称してNRI/PIOとも)は、インド国外に居住するインド系の人々。在外インド人 (NRI) はインド国籍を保持・取得している国外居住者を意味し、インド系移民 (PIO) は非インド国籍になった者とその子孫を意味する。日本語ではこの両方を含む意味合いで印僑(いんきょう)という術語が用いられることも多い。


シチベニ・シビバツ
Sitiveni Waica Sivivatu, 1982年4月19日 - は、フィジー・スバ生まれのニュージーランドで活躍するラグビー選手。ポジションはウィング(WTB)。15歳のときにフィジーからニュージーランドへ移住。ジョナ・ロムーの出身校ウェズリー・カレッジへ進学。2001年から2003年までエアー・ニュージーランドカップのカウンティース・マヌカウ所属、2004年からワイカト所属。2002年にディビジョン2年間最優秀選手賞を受賞。2003年からスーパー14のチーフスに在籍。

ビジェイ・シン
Vijay Singh, 1963年2月22日 - は、フィジー・ラウトカ出身のインド系プロゴルファーである。メジャー大会に3勝を挙げた実力者であり、世界ランキング1位の座にもついた。2007年1月7日、シンはツアー開幕戦の「メルセデス・ベンツ選手権」で優勝し、40代での18勝目を挙げた。この優勝により、彼はサム・スニードの17勝を抜くツアー新記録を樹立した。

アポロシ・ナワイ
Apolosi Ralawaki Nawai, 1885年 - 1946年)はフィジーの政治家。イギリスの植民地行政による支配でバナナが不当に買いたたかれていることを知り、1913年、フィジーで初めてのフィジー人による会社組織を起こし、この運動は「ヴィチ・カンバニ」と呼ばれる。彼はキリスト教を主体としながらもポリネシア的な神の存在を説き、フィジー中に賛同者を増やした。そして1915年に「ヴィチ・カンバニ」を設立する。しかし、創立と同時に当局に「危険人物」とされ、18か月の禁固刑を受ける。その後、首長としての最高名誉である「ナンディ」の職を受けた。1917年9月、またもや危険人物として逮捕され、ロトゥマ島へ7年間の流罪となる。

 

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フィジー共和国 Fiji
オセアニアの国家で、イギリス連邦加盟国(2009年より完全資格停止)である。首都はビティレブ島のスバ。南太平洋のフィジー諸島と北に500?程離れた保護領のロツマ島に位置する島国である。300余の火山島と珊瑚礁からなる。西にバヌアツ、東にトンガ、北にツバルがある。

スバ
Suvaは、フィジー共和国の首都であり、中央地域(Central Division)の首府でもある。スヴァとも。ビティレブ島の南東に位置し、フィジーで最も大きな都市である。南太平洋島嶼国の中でも人口200,000人(2005年)は最大である。14階建てのフィジー準備銀行ビル(Reserve Bank of Fiji Building)は、市内唯一といっても過言ではない高層ビルである。良港があり、港町として栄え、国内各地への船便が発着している。1882年にイギリス植民地政府の首都がオバラウ島のレブカより移されてから発展した。


ナンディ国際空港
Nadi International Airportは、フィジー、ナンディにある国際空港。80年代後半まで日本航空がニュージーランド線の経由地として就航していたが、寄港を中止。のちにニュージーランド線も休止している。2008年まで、エア・パシフィック航空による成田-ナンディ線が唯一の直行便として存在したが、現在は休止となっている。フィジーで最も多くの旅客機が離着陸する、同国最大の空港である。

ナウソリ国際空港
Nausori International Airportまたはルブルブ空港(英語: Luvuluvu Airport)とは、フィジー共和国ビティレブ島南東部のナウソリ地区にある空港である。ナウソリ国際空港はナンディ国際空港に次いで、フィジーで2番目の規模の国際空港であり、主に近距離国際線や国内線が就航している。

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ラウトカ
Lautokaは、フィジーの都市。人口52220人(2006年)。面積16平方キロ。ビティレブ島西部に位置し、首都スバに次ぐフィジー第2の都市である。ナンディから北に24kmの地点にある。フィジーのサトウキビ栽培の中心地に位置し、精糖業が主産業で、砂糖の主要積み出し港であるなど、町全体が砂糖業を中心としているため、「シュガー・シティ」の異名を持つ。

ランバサ
Labasa,Lambasaは、フィジーの都市。フィジー第2の島であるバヌアレブ島最大の都市である。人口27,949人(2007年)。英字綴りの影響でラバサとも呼ばれる。ラバサはバヌアレブ島中央部北岸に位置する。周辺で栽培されるサトウキビを製糖するフィジー砂糖公社の製糖工場があり、ラバサの基幹産業となっている。住民はインド系が多い。

サブサブ
(Savusavu)は、フィジーの都市。バヌアレブ島中央部南岸に位置する。人口3,372人(2007年)。サブサブは交易の中心として建設され、白檀やナマコ、コプラの交易が経済の中心だったが、近年観光開発が進み、スキューバダイビングやセーリングを楽しむ観光客のためにリゾートホテルやヨットハーバーが建設されるなど、リゾート地として成長してきている。

シンガトカ
(Sigatoka)は、フィジーの都市。フィジー語の発音に従い、シガトカではなくシンガトカと記述する方が原音に近い。ビティレブ島南西部に位置し、シンガトカ川の河口に位置する。都市名は河川名に由来する。ナンディから69km離れている。人口7940人(1996年)。ナドロガ・ナボサ州の中心都市である。

レブカ
(Levuka)は、フィジーの都市。フィジー中央部のオバラウ島東南岸に位置し、フィジー東部地区の州都である。1874年から1882年までの間、イギリス植民地フィジーの首都であった。人口は3745人(1996年)で、これはオバラウ島の人口の3分の1を占める。

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(Ba)は、フィジーの都市。ビティレブ島北西部に位置し、バ州の州都である。ラウトカから37km、ナンディから62kmに位置する。面積327平方キロ、人口14596人(1996年)。バ川の中流域に位置し、市名もそれに由来する。バは長い間、大交通渋滞を引き起こす1車線しかない長い橋で有名であったが、1990年代の洪水で流された。ラウトカと首都スバを北周りで結ぶキングス・ロード沿線に位置する。

ナウソリ
(Nausori)は、フィジーの都市。人口47604人(2007年)。ビティレブ島東部に位置する。レワ川中流域に位置し、レワ川の舟運によって発展したが、現在は19km南東の首都スバのベッドタウンとなっており、両都市間はスバ=ナウソリ回廊と呼ばれ、フィジー最大の大都市圏を形成している。都市の規模としても、スバ、ラウトカ、ナンディに次ぐフィジー第4の都市である。


南太平洋大学
University of the South Pacificは、オセアニアの12の小規模島嶼国家群が共同で設立した公立大学である。本部及びメインキャンパスであるラウカラ・キャンパスはフィジーの首都スバに置かれているが、法学部はバヌアツの首都ポートビラにあるエマルス・キャンパスに、農学部はサモアの首都アピアにあるアラフア・キャンパスに置かれている。


外務省:フィジー共和国
在フィジー日本国大使館


フィジーの交通
1995年現在、総延長は597kmで、610mmゲージを使用している。この鉄道はフィジー政府所有のフィジー砂糖会社(Fiji Sugar Corporation)がサトウキビを輸送するために利用しており、一般の乗客や貨物の利用には使われない。

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■国名
正式名称は、Republic of Fiji(リパブリック・オブ・フィージー)。通称、Fiji。1998年にフィジー共和国からフィジー諸島共和国へと改称したが、2011年2月に再度フィジー共和国に戻った。


1.面積:1万8,270平方キロメートル(四国とほぼ同じ大きさ)
2.人口:849,218人(2009年、世界銀行)
3.首都:スバ
4.民族:フィジー系(57%)、インド系(38%)、その他(5%)(2007年、政府人口調査)
5.言語:英語(公用語)の他、フィジー語、ヒンディー語を使用
6.宗教:フィジー系はほぼ100%キリスト教、インド系はヒンズー教、回教。
全人口に占める割合はキリスト教52.9%、ヒンズー教38.2%、回教7.8%


643年 蘭人探検家タスマン、フィジー諸島の北部発見
1874年 英国の植民地となる
1970年10月10日 英国より独立(立憲君主制)。(国名:フィジー)
1987年5月、9月 ランブカ中佐による無血クーデター
1987年10月 英連邦から離脱し、共和制へ移行。(国名:フィジー共和国)
1990年7月 フィジー系を優遇する改正憲法発布
1997年9月 英連邦再加盟
1998年7月 民族融和を目指す新憲法発効。(国名:フィジー諸島共和国)
1999年5月 労働党党首のチョードリーが初のインド系首相に就任
2000年5月 武装グループによる国会占拠事件が発生
2000年7月 ガラセを首班とする暫定文民政府が発足
2001年9月 総選挙を経てガラセが首相に就任
2006年5月 ガラセ首相が再任
2006年12月 バイニマラマ国軍司令官による無血クーデター、セニランガカリを暫定首相に任命
2007年1月 セニランガカリ暫定首相辞任、バイニマラマ司令官が暫定首相に就任、暫定内閣が発足
2009年4月 国名を「フィジー共和国」に変更

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■主要産業:観光、砂糖、衣料が三大産業

■主要貿易品目(1)輸出 衣類、砂糖、金、魚類、木材チップ(2)輸入 機械・輸送機器、工業製品、食料品、雑貨品、鉱物燃料、化学品


フィジー・ドル
フィジー・ドルは、フィジーの通貨。補助単位はセントで、1ドル=100セントである。1969年から発行されている。1867年から1873年にかけて、最初のフィジー通貨としてフィジー・ドルが発行されたものの、フィジーがイギリス領になったため通貨はイギリス・ポンドに、さらにフィジー・ポンドになり、再びフィジー・ドルがフィジーの通貨となったのは1969年のことだった。


プランテーション
(plantation) とは、大規模工場生産の方式を取り入れて、熱帯、亜熱帯地域の広大な農地に大量の資本を投入し、先住民や黒人奴隷などの安価な労働力を使って単一作物を大量に栽培する大規模農園のことである。経営主体は、国営、企業、民間など様々である。この「安価な労働力」は、かつては植民地の原住民あるいは奴隷であり、現在は発展途上国の農民であったり、土地自体が先住民から奪われて経営者に売られていたりなどするため、労働者の人権が問題とされることがある。また水質汚染・森林破壊・農薬問題などの環境破壊が問題とされることも多い。

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ミクロネーション
Micronations )は、モデル・カントリーや新規国家プロジェクトとも呼ばれ、独立国家または州と酷似しているが、各国政府や主要国際機関によって認められていない実体である。別名ミクロ国家、自称国家とも。これらの“国家”は、しばしば書類上やインターネット上、或いは創造者の心の中にのみ存在する。ミクロネーションは、実際の独立運動や民族自決運動とは異なり、個人または家族によって小規模に行なわれ、しばしば風変わりなものと見なされることが多い点が特徴である。


ミネルバ共和国
アメリカ合衆国のマイケル・オリバーが、太平洋に浮かぶミネルバリーフ(南緯23度 西経178度)で作ろうとしたマイクロネーション。ミネルバはもともと、1852年にアメリカ人捕鯨漁師達が発見した。太平洋戦争中にアメリカ軍がこの環礁を占拠する1942年頃までは特にここを領有するものはいなかった。


■政治
パプアニューギニアと並ぶ南太平洋の島嶼国のリーダーで、現在は軍事政権。軍事政権は、2009年3月に民政復帰のための総選挙を実施するとしていたが、延期することを明らかにした。2009年4月高裁が軍事政権を違法と判断を下したため、イロイロ大統領は憲法を廃止して自らが政府の実権を握ったと言明し、バイニマラマ軍司令官を暫定首相に再任し、国内に30日間の非常事態宣言を発令し、総選挙を2014年に先送りすると表明した。軍事政権はメディアへの検閲を開始し、オーストラリアABC放送の記者らを国外退去させた。市民生活は通常通り。

■経済
主に農業や衣料や観光で成り立っている。観光で得る収入は2億7000万ドルにのぼり、耕地面積は26万haある。農業に従事する人は13万人いる。貿易は大幅な輸入超過である。 輸出品は、野菜や果物、アメリカで人気の高いフィジーウォーター、砂糖、マホガニー、パルプ、衣料品、コプラ、ココナッツ石鹸、食料品などである。

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地熱発電
地熱(主に火山活動による)を用いて行う発電のことである。再生可能エネルギーの一種であり、太陽の核融合エネルギーを由来としない数少ない発電方法のひとつでもある。ウランや石油等の枯渇性エネルギーの価格高騰や地球温暖化への対策手法となることから、エネルギー安全保障の観点からも各国で利用拡大が図られつつある。

サトウキビ
Saccharum officinarum)は、イネ科サトウキビ属の植物。別名、カンショ(甘蔗)。ちなみにこれは慣用読みで、本来はカンシャ。テンサイと並んで砂糖(蔗糖)の原料となる農作物。栽培種の起源はニューギニア島とその近くの島々と言われ、世界各地の熱帯、亜熱帯地域で広く栽培される。

砂糖
砂糖の生産は、まずサトウキビを利用して始まった。サトウキビの原産地は、南太平洋の島々で、そこから東南アジアを経て、インドに伝わったとされる。紀元前2000年ごろにインドで砂糖が使われており、サトウキビから砂糖を作ったのは、インドが最古である。インドの砂糖やサトウキビは、アラビア人によってペルシャ・エジプト・中国などへと伝えられた。


ライセニア・ガラセ
Laisenia Qarase、1941年2月4日 - )は、フィジー諸島共和国前首相(2000年7月4日 - 2006年12月5日在任)。1966年、オークランド大学 商学士。1983年、フィジー開発銀行勤務。1998年、Fiji Merchant Bank。2000年、フィジー首相

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ジョセファ・イロイロ
Josefa Iloilo、1920年12月29日 - 2011年2月6日)は、フィジーの政治家。同国における部族長クラスの称号“ラツ”(Ratu)を頭に付けてラツ・ジョセファ・イロイロと表記されることもある。同国の大統領(第3・4代)を務めた。

ジェームズ・クック
James Cook, 1728年10月27日 - 1779年2月14日は、英国の海軍士官、海洋探検家、海図製作者。通称キャプテン・クック(Captain Cook)。一介の水兵から、英国海軍の勅任艦長(Post Captain)に昇りつめた。太平洋に3回の航海を行い、オーストラリア東海岸に到達、ハワイ諸島を発見し、自筆原稿による世界周航の航海日誌を残し(第2回航海)、ニューファンドランド島とニュージーランドの海図を作製した。史上初めて壊血病による死者を出さずに世界周航を成し遂げた(第1回航海)。

ウィリアム・ブライ
(William Bligh、1754年9月9日 − 1817年12月7日)はイギリス海軍の士官。海軍中将、王立協会会員、植民地管理者。有名な「バウンティ号の反乱(1789年)の際の艦長として知られている。軍艦「バウンティ」の反乱は彼の指揮に対して起こされた。彼をはじめとする19名は反乱者によって「バウンティ」の搭載艇に乗せられ海上に送り出されたが、非凡な航海術によってティモール島まで辿り付いたことで記憶されている。

 

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