freedom

セントルシア
Saint Lucia
<中南米>

北中アメリカ

■地理
ウィンドワード諸島南部に位置し、島の北部にはセントルシア海峡を挟んでマルティニーク島があり、島の南部にはセントビンセント海峡を挟んでセントビンセント島である。火山島で最高峰は標高951mのジミー山である。山がちな島で豊かな熱帯雨林があり、島の南西部、スフリエールの南の方にあるプチ・ピトン山(748m)とグロ・ピトン山(798m)は双子の山として有名である。2004年にはピトン管理地域として世界遺産に登録された。


西インド諸島
West Indies、は、南北アメリカ大陸に挟まれたカリブ海域にある群島である。アメリカ合衆国のフロリダ半島南端、および、メキシコのユカタン半島東端から、ベネズエラの北西部沿岸にかけて、少なくとも7000の島、小島、岩礁、珊瑚礁がカーブを描くようにして連なる。これらの島々が、大西洋と、メキシコ湾、カリブ海の境界線を形成している。

ウィンドワード諸島
Windward Islandsは、カリブ海の小アンティル諸島南部に連なる小規模な島々を指す。北はリーワード諸島につながり、南には南アメリカ大陸がある。ギニア湾沿岸を発して南北アメリカ大陸・西インド諸島へ向かう奴隷交易船は、最初に西インド諸島東南端のこれらの島々と出会うこととなった。大西洋を渡るもっとも速いルートを提供したのは海流と貿易風であり、帆船が到着する付近をおおまかな境として、「ウィンドワード諸島」「リーワード諸島」の名が付けられた。

マルティニーク
(Martinique)はフランスの海外県の1つであり、カリブ海に浮かぶ西インド諸島のなかのウィンドワード諸島に属する一島。海を隔てて北にドミニカ国が南にセントルシアが存在する。「世界で最も美しい場所」とコロンブスに呼ばしめ、彼を魅了したマルティニーク島の語源は島に住んでいた、カリブ人の言葉でマディニーナ(Madinina、花の島)、またはマティニーノ(Matinino、女の島)がマルティニークの語源になっている。

セントビンセント島
(Saint Vincent)は、カリブ海のウィンドワード諸島にある肥沃な火山島。面積は344km2、人口約11万人。最高峰は標高1234mのスフリエール山(La Soufriè臆臆臆臆鱚進厩傾年4月に最後の噴火を記録)。セントビンセント島の海岸は黒色の浜辺がほとんどで、良質の海綿の産地である。

リーワード諸島
Leeward Islandsは、カリブ海の小アンティル諸島北部、プエルトリコの東側からドミニカ島にかけて、西北−東南方向に連なる小規模な島々を指す。西インド諸島の一部にあたり、南はウィンドワード諸島につながる。


貿易風
trade wind)は、亜熱帯高圧帯から赤道低圧帯へ恒常的に吹く東寄りの風のこと。"trade wind" は、貿易のために帆船がこの風を利用して海を渡ったことに由来するといわれているが、実際は以下のような意味である。もともとは「決まった経路を吹く風」という意味であった。中世後半の英語(中英語)において tradeは、現在の英語で言う path や track 、つまり、経路や通り道を意味しており、貿易とは無関係の用語であった。


熱帯雨林
年間を通じて温暖で雨量の多い地域に形成される植生、またはその地域のことである。熱帯降雨林とも呼ばれる。植物生態学では熱帯多雨林が正しい名称である。ジャングル(英: jungle)、セルバとも呼ばれる。


アメリカ州の先住民族
Native Americansは、ヴァイキングやクリストファー・コロンブスによるアメリカ本土への到達以前からアメリカ州に住んでいる諸民族を指す。「アメリカ州の先住民族」には、「インディアンとインディオ」と「エスキモー・アレウト人(エスキモーとアレウト)」、「ハワイ原住民」がいる。またアメリカ州ではないが、アメリカ合衆国やチリが領有する太平洋の島々には「アウストロネシア人(ポリネシア人・チャモロ人・トンガ人・ミクロネシア人など)」がいる。


ギアナ地方
(Guiana, Guyana, Guayana) 、あるいは単にギアナは、南アメリカ大陸北東部の大西洋に面した一画である。北東で大西洋に面し、北西はオリノコ川で画され、南は赤道またはアマゾン川とその支流ネグロ川で画される。


■国民
住民は、90%がアフリカ系である。また、混血が6%、インディオが3%、白人が1%である。


混血
現在残っているヒトはすべて同じ生物種(ホモ・サピエンス)であり、完全な交配が可能である。このため人の混血とはあくまでも文化的な概念と考えられる。また、2種類の人種・民族だけではなく何種類の人種・民族から生まれる場合も混血という。特に古くから国際的な交流ないし交易があった地域や、または他民族の流入が激しかった地域では、人種・民族などの混乱や交雑がみられる。この場合は、自らの民族的ルーツを模索し、自らの価値観(好み)に沿う民族文化を選択するケースもある。

インディオ
インディオはラテンアメリカの先住民族の総称の一つ。先史時代には陸橋となっていたベーリング海峡を通ってユーラシア大陸からアメリカ大陸に渡ったアジア系人種(モンゴロイド)の末裔と考えられる。インディオという言葉に侮蔑的な響きがあることから、現在は先住民のことをナティーボ (nativo,旧来の住人の意)やプレイスパニコ (prehispanico, スペイン以前の意)、インディヘナ(indigena,土着の人)などということが多くなってきている。


■言語
公用語が英語である。また、フランス語をベースとしたパトワと呼ばれるクレオール語が使われる。


英語
English language)は、インド・ヨーロッパ語族のゲルマン語派に属し、イギリス・イングランド地方を発祥とする言語である。実に、約80の国・地域で話されており、世界で最も多くの国・地域で使用されている言語でもある。

パトワ
Patois)は、言語学における公式の定義ではないが、ある地域(特にヨーロッパのフランス語圏)の標準語や有力言語に対する方言や少数言語全般を指す用語である。パトワという用語は、フランスと他のフランス語圏の国々では、1643年以来、非パリ風フランス語と、ブルトン語、オック語、アルピタン語などのいわゆる地域言語を指すのに使用されてきた。

クレオール言語
意思疎通ができない異なる言語の商人らなどの間で自然に作り上げられた言語(ピジン言語)が、その話者達の子供によって母語として話されるようになった言語を指す。公用語や共通語として話されている地域・国もある。ピジン言語では文法の発達が不十分で発音・語彙も個人差が大きく複雑な意思疎通が不可能なのに対し、クレオール言語の段階ではそれらの要素が発達・統一され、複雑な意思疎通が可能になる。

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<世界遺産>

ピトン
カリブ海は小アンティル諸島のウィンドワード諸島に位置する島国セントルシアにある2つの小さな火山である。セントルシア南西部の海岸部に位置し、スフリエールから南のジャルジにあり、ショワーズルの町の北に位置する海岸にある。高さ743mのプチ・ピトン山と隣の高さ798mのグロ・ピトン山の2つの山からなり、双子の山と呼ばれている。豊かで驚くほど美しい自然を残しており、2004年にピトン管理地域として世界遺産になった。


■経済
農業はバナナが中心で、他にはココアやコプラなどもある。また、観光業も有望である。2005年の国際通貨基金の調査では、一人当たりGDPは4,658米ドルとなっている。


バナナ
(甘蕉、実芭蕉、学名 Musa spp. )はバショウ科バショウ属のうち、果実を食用とする品種群の総称。また、その果実のこと。いくつかの原種から育種された多年草。種によっては熟すまで毒を持つものもある。原産地は熱帯アジア、マレーシアなど。バナナの栽培の歴史はパプアニューギニアから始まったと考えられている。「バナナの木」と言われるように、高さ数mになるが、実際には草本であり、その意味では正確には果物ではなく野菜(果菜)に分類される。

ココア
cocoa、とは、カカオマスから一定の割合のココアバターを分離した固形分。又は、その粉末ココアパウダーの略称。あるいは、ココアパウダーを溶かした飲料の略称として用いられる。カカオは古代マヤ族によって中米に伝わりオルメカ、トルテカ帝国、アステカによりメキシコで栽培され、スペイン征服前にはメソアメリカとカリブで共通通貨として用いられた。

コプラ
copra)は、ココヤシの果実の胚乳を乾燥したもの。灰白色で約40~65パーセントの良質脂肪分を含む。主に東南アジア諸国や太平洋諸島で生産され、住民の貴重な現金収入源となっている。圧搾したコプラ油(椰子油)は、生のココナッツミルクなどに比べて酸敗の恐れが少ないことから、マーガリンなどの加工食品の原料油脂になるほか、生体への攻撃性の少なさから石鹸、蝋燭など日用的な工業製品の原料となる。


国際通貨基金
International Monetary Fund、IMF)は、通貨と為替相場の安定化を目的とした国際連合の専門機関。本部はアメリカ合衆国のワシントンD.C.。2011年9月現在の加盟国は187ヶ国。加盟国の経常収支が著しく悪化した場合などに融資などを実施することで、国際貿易の促進、加盟国の高水準の雇用と国民所得の増大、為替の安定、などに寄与する事を目的としている。


■宗教
ローマ・カトリックが90%、聖公会が3%、プロテスタントが7%である。

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カトリック教会
ラテン語: Ecclesia Catholica)は、ローマ教皇を中心として全世界に12億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派。その中心をローマの司教座におくことからローマ教会、ローマ・カトリック教会とも呼ばれる。

聖公会
Anglicanism, Anglican Church)は、イングランド国教会 (Church of England) の系統に属するキリスト教の教派。聖公会は自らを、西方教会におけるカトリック教会とプロテスタントの中間として位置づけ、そのことから「中道(Via Media)」の教会であると自認している。

プロテスタント
Protestantism、Protestant)は、宗教改革運動を始めとして、カトリック教会(または西方教会)から分離し、特に(広義の)福音主義を理念とするキリスト教諸教派を指す。日本ではローマ・カトリック(旧教)に対し、「新教」(しんきょう)ともいう。


シラクサのルチア
Saint Lucy 伝承による生没年:283年-304年は、聖ルチアの名で知られるキリスト教の殉教者。ルーテル教会・聖公会・カトリック教会・正教会で聖人。目、及び視覚障害者、そしてシラクサの守護聖人。ルーテル教会信徒が圧倒的に多いスウェーデン、フィンランド、デンマーク、ノルウェーで崇拝される数少ない聖人の一人である。これら北欧諸国では、キリスト教伝来前の晩冬の祝祭『光の祭り』がルチア信仰と結びつき、12月13日に『聖ルチア祭』として国中で祝われる行事となっている(他にスカンディナヴィア諸国で知られる聖人は、洗礼者ヨハネとノルウェーの守護聖人聖オーラヴである)。また、彼女はナポリの船乗りたちの守護聖人でもあり、サンタ・ルチアという有名なナポリ民謡も作られている。街中には同名の港もある。

ジョン・コンプトン
(Sir John George Melvin Compton, 1925年4月29日 - 2007年9月7日)は、セントルシアの政治家。3度にわたって同国の首相を務めた。イギリス植民地であった1964年から1979年までセントルシアを率いて、1979年の独立後は最初の首相に就任した。その後、1982年から1996年に再び首相を務め、2006年から3回目となる首相に就任していたが、在任中の2007年9月7日に急逝した。

アーサー・ルイス
(Sir William Arthur Lewis, 1915年1月23日 - 1991年6月15日)は、イギリスの開発経済学者。1979年にルイスはセオドア・シュルツとともにアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞を受賞した。ルイスは平和賞以外のノーベル賞を受賞した初の黒人である。1983年アメリカ経済学会会長。1915年1月23日 西インド諸島セントルシアに生まれた。セントルシアの高校を卒業。1934年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に入学。1937年 1937年に理学士号を取る。

セントルシア Saint Lucia
西インド諸島のウィンドワード諸島中央部に位置する英連邦王国の一国たる立憲君主制国家で、イギリス連邦加盟国である。島国であり、海を隔てて北にフランス領マルチニーク、南にセントビンセント・グレナディーン、南東にバルバドスが存在する。首都はカストリーズ。

カストリーズ
カストリーズ(Castries)は西インド諸島にあるセントルシアの首都である。2006年の人口は12,904人。この都市は1650年にフランスによって建設され、当時はカルナジュ(安全な停泊地の意)と呼ばれた。カストリーズと改称されたのは1756年のことで、フランスのシャルル・ウジェーヌ・ガブリエル・ド・ラ・クロワ・ド・カストリー元帥にちなんだ。1651年に建設された当時の開拓地は現在のフェリーターミナルから見て港の向かい側にあるビジーという場所にあったが、1780年にハリケーンで甚大な被害を受け見捨てられた。カストリーズには1796年と1813年、そして1948年6月19日に大火災が起き、とりわけ1948年の火災は最も深刻な被害をもたらした。火災が起きるたび市街は復興した。


外務省:セントルシア
在トリニダード・トバゴ日本国大使館兼轄


■交通
道路は西部と南東海岸に限られる。山の多い内陸部は歩くかラバに乗って行くしか手段はない。空港は南部のビュー・フォートにヘウノラ国際空港がある。


ヘウノラ国際空港
(Hewanorra International Airport)は、セントルシア・ビュー・フォート地区にある国際空港。

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■歴史
アラワクと呼ばれるアメリカ先住民が3世紀頃に南アメリカ大陸のギアナ地方から海を渡って定住したが、その後、カリブと呼ばれる別のアメリカ先住民が進出してきた。ヨーロッパ人による島の「発見」の歴史的経緯ははっきりとしていないが、1500年頃にスペイン人の探検家 フアン・デ・ラ・コーサによって発見されたのではないかと考えられている。ヨーロッパ人による定住はフランスが最初で、約100年間ほどフランスが島を統括していた。現地語のクレオール語がフランス語を語源とするのは、ここに由来する。


アラワク族
(Arawak)とは、南米ボリビアの北西部やペルーのモンクーナヤ地方、スリナムとガイアナおよびアマゾン下流域などに定住するインディアンで、アラワク語を話す。かつては南米からカヌーでカリブ海の島々に渡り住んでいた。スペイン人が新大陸侵攻を始める前は、カシーケと言われる首長を頂点に、近隣の部族との戦争でとらえられた捕虜を奴隷として使う成層社会を形成していた。

カリブ族
Kalinagoとも言う)とは南アメリカを原住地とするカリブ語系のインディオである。西インド諸島は小アンティル諸島の島嶼カリブ、中米カリブ海沿岸のブラック・カリブ、コロンビア、南アメリカのベネズエラ、ガイアナ、スリナム、仏領ギアナ、ブラジルに散在する大陸カリブの3つに区分される。バーベキューやハリケーン、カニバルなどの単語をもたらした。


西インド連邦
West Indies Federationは、1958年から1962年までの間に存在したイギリス連邦内の自治国である。カリブ海地域のイギリス植民地で構成され、連邦制を採用していた。カリブ海のイギリス領島嶼を統合し、将来的な独立を視野に入れた、外交と防衛を除く自治権を有する半独立国としてスタートした。しかし、広大なカリブ海に点在する島々を無理矢理繋ぎ合わせたため、島によって人種、産業、政治制度、歴史の相違は著しく、国の中心的役割を担うトリニダード島とジャマイカ島は1500キロメートルもの隔たりがあるなど、当初から問題は山積していた。それらの歪みは構成国間の対立として現れ、とりわけ国家運営の在り方をめぐってトリニダード・トバゴとジャマイカの対立が深まっていった。

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■政治
セントルシアは立憲君主制(英連邦王国)、議院内閣制をとる立憲国家である。現行憲法は1979年2月22日の独立に伴い施行されたもの。国家元首は国王だが、英連邦王国のため、イギリスの国王がセントルシアの国王を兼ねる。国王の職務を代行する総督は、国王により任命される。政治の実権は行政府たる内閣にあり、その長である首相は総督が任命する。この任命は通常、下院総選挙後に多数派を構成した政党の指導者に対して成される。閣僚は首相の指名に基づき、総督が任命する。総督による任命は形式的なものである。


立憲君主制
Constitutional monarchy)とは、憲法によって規定された君主制である。代表的な立憲君主制国家にはイギリスやタイなどがある。また、制限君主制と混同されやすいが、憲法の有無と君主権の強弱は関係ない。憲法が存在しても、その憲法で君主に絶対的な権力を付与する定めになっていれば絶対君主制である。

議院内閣制
立法権を有する議会と行政権を有する政府(内閣)が一応分立しているものの、政府は議会(特に下院)の信任によって存立することとする制度。議院内閣制は大統領制、超然内閣制、議会統治制などと並ぶ、議会と政府との関係の点から見た政治制度の分類の一つで、議会と政府(内閣)とが分立した上で、政府は議会(特に下院)の信任によって存立する政治制度である。


保守
保守(英: conservative)、あるいは保守主義(ラテン語: conservare、英: conservatism)とは、古くからの習慣・制度・考え方などを尊重し、急激な改革に反対すること。対義語は革新若しくは進歩主義。

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社会民主主義
social democracy)は、社会主義思想、民主主義思想の一つであり、自由・民主主義社会における中道左派思想の一つである。現代的な社会民主主義は欧州で生まれ、冷戦期の西欧・北欧諸国で発展してきた政治思想である。社会民主主義政党は、旧共産党が社会民主主義に転じた東欧諸国も含め、現在の欧州各国で与党や有力な野党となっている。


英連邦王国
Commonwealth realm)は、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(英国)の王座にある者を自国の国王として戴く国家形態、また該当する国を指す。現在、計16ケ国ある。この語の複数形は、これらの人的同君連合を指す。

イギリス連邦
Commonwealth of Nations、は、かつてのイギリス帝国(大英帝国)がその前身となって発足し、イギリスとその植民地であった独立の主権国家から成る、緩やかな国家連合(集合体)である。英連邦(えいれんぽう)、コモンウェルス(the Commonwealth)ともいう。

国家連合
Confederation)は、それぞれに主権を維持した複数の主権国家による連合である。それ自体が主権国家である連邦と異なり、国家連合そのものは、あくまでも複数の主権国家の連合体であり、単独の主権国家でない。ただし、曖昧な要件・定義である。


セントルシアの国旗
独立以前の1967年3月1日に採用された。矢をイメージしており、青地に白い刃と黒いやじり、金の三角形を組み合わせている。また、これは島のシンボルの火山であるピトンも意味している。青地はもともとは濃い青だったが、2002年に現在の淡い青(水色)に変更された。青は国土を取り囲む海を、黄色は国土とその発展を、黒と白は黒人と白人が協力して国づくりを進めることを表している。


■国名
正式名称は Saint Lucia (英語: セイント・ルーシャ)。日本語の表記はセントルシア。セントルシアの名は、クリストファー・コロンブスがこの島を「発見」したとされる日が、聖ルチアの祝日であったという伝承に由来する。聖ルチアは、ナポリ民謡「サンタ・ルチア」で歌われていることで有名なキリスト教の聖人である。


1.面積:616平方キロメートル(淡路島とほぼ同じ)
2.人口:17.2万人(2009年 ECLAC)
3.首都:カストリーズ
4.民族:アフリカ系82.5%、混血11.9%、東インド系2.4%、その他
5.言語:英語(公用語)、フランス語系パトワ語
6.宗教:キリスト教(カトリック、プロテスタント、英国国教会等)等

1814年 英国植民地
1958年〜1962年 英領西インド諸島連邦に加盟
1967年 英国自治領
1979年 独立

■主要産業:農業(バナナ、ココナツ)、観光業
■主要貿易品目(1)輸出 バナナ、衣類、ココア、野菜(2)輸入 食料品、機械、輸送機器、燃料

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東カリブ・ドル
カリブ海の8つの国家と地域で使われて、東カリブ諸国機構の東カリブ通貨同盟で発行される通貨。英語名が「East Caribbean dollar」なのでしばしばECドルともいう。そのうちアンティグア・バーブーダ、ドミニカ国、グレナダ、セントクリストファー・ネイビス、セントルシア、セントビンセントおよびグレナディーン諸島の6つは独立国である。残りの2つ、アンギラとモントセラトはイギリスの海外領土である。


■軍事
正規軍は無く、代わりにロイヤル・セントルシア警察隊が準軍事的組織として存在している。また、警察隊の中に沿岸警備隊が含まれている。地域安全保障システムには1982年の設立当初から加盟している。


地域安全保障システム
Regional Security System、RSS)は、東カリブ海地域の安全保障協定である。1970年代後半から1980年代前半にかけて、地域の安定に影響を与えていた軍事的脅威への集団的対応の必要性から1982年に設立された。


■文学
セントルシア出身のノーベル文学賞作家として、デレック・ウォルコット(1992年受賞)が挙げられる。

ノーベル文学賞
ノーベル賞6部門のうちの1つ。文学の分野において理念をもって創作し、最も傑出した作品を創作した人物に授与される。定数1。アルフレッド・ノーベルは若い頃から文学を好み、自分自身で創作や外国語からの翻訳を行っていた。文学は人類にとって重要なものであると認識し、遺言の中で文学を表彰の対象に含めた。


デレック・ウォルコット
Derek Alton Walcott, 1930年1月23日 - はセントルシア出身の詩人、劇作家。1992年、カリブ海諸国出身者として初めてノーベル文学賞を受賞。当時イギリス領だったセントルシアのカストリーズに生まれる。父方はイギリス系、母方はオランダ系・アフリカ黒人の血を引いている。18歳で初めて詩集を発表。西インド諸島大学を卒業後、ニューヨークで演劇を学び作劇にも進出、トリニダッド・シアター・ワークショップを設立した。2007年までボストン大学の教授を務めた。

クリストファー・コロンブス
Christopher Columbus、1451年頃 - 1506年5月20日)は探検家・航海者・コンキスタドール、奴隷商人。定説の上ではイタリアのジェノヴァ出身とされる。大航海時代においてキリスト教世界の白人としては最初にアメリカ海域へ到達したひとりである。コロンブスと海とのかかわりは10代の頃から始まった。最初は父親の仕事を手伝って船に乗り、1472年にはアンジュー公ルネから対立するアラゴン王国のガレー船・フェルナンディア号拿捕の命を受けた船に乗ってチュニスに向かったという説もある。

エリザベス2世
Elizabeth II、1926年4月21日[注釈 - )は、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)を含む、16か国の主権国家(イギリス連邦王国)の君主である上に、54の加盟国から成るイギリス連邦およびイギリスの王室属領と海外領土の元首である。また、イングランド国教会の首長でもある。2012年現在の今日においては、(現在まで存続している)前述の4か国に加えて、ジャマイカ、バルバドス、バハマ、グレナダ、パプアニューギニア、ソロモン諸島、ツバル、セントルシア、セントビンセント・グレナディーン、ベリーズ、アンティグア・バーブーダ、セントクリストファー・ネイビスが女王を君主に戴いている。

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シャルル・ウジェーヌ・ガブリエル・ド・ラ・クロワ・ド・カストリー
(Charles Eugene Gabriel de La Croix de Castries、1727年2月25日、パリ - 1801年1月11日、1756年、彼はセントルシアへの遠征隊を指揮して、島のカレナージュ地区(Carenage quarter)は彼の名を取ってカストリーズ地区と改名された。次に彼が活躍したのがロスバッハの戦い(1757年11月5日)で、そこで二度負傷している。

 

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