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バルバドス
Barbados
<中南米>

北中アメリカ

■地理
バルバドス島の面積は約431km2で、カリブ海および小アンティル諸島の中で最東端に位置する。島の西側はカリブ海で、東側には果てしない大西洋が広がっている。島のほとんどが平坦であるが、島の中央に丘陵のヒラビー山(314m)が聳え立っている。ブリッジタウン市内には巨大な橋があり、町のシンボルになっている。


カリブ海
Caribbean Seaは、メキシコ湾の南、大西洋に隣接する水域である。カリブ海全域を「カリブ地方」と呼ぶ。カリブ海は多島海で、この海域に浮かぶ数多くの島々を総称して「カリブ諸島」あるいは「カリブ海諸島」と呼ぶ。

西インド諸島
West Indies、は、南北アメリカ大陸に挟まれたカリブ海域にある群島である。アメリカ合衆国のフロリダ半島南端、および、メキシコのユカタン半島東端から、ベネズエラの北西部沿岸にかけて、少なくとも7000の島、小島、岩礁、珊瑚礁がカーブを描くようにして連なる。これらの島々が、大西洋と、メキシコ湾、カリブ海の境界線を形成している。

イスパニョーラ島
Ispayolaは、カリブ海にある大アンティル諸島に属する島であり、西側3分の1をハイチ共和国、東側3分の2をドミニカ共和国が統治している。東はモナ海峡、西はウィンドワード海峡およびジャマイカ海峡となっている。


ギアナ地方
Guayana 、あるいは単にギアナは、南アメリカ大陸北東部の大西洋に面した一画である。北東で大西洋に面し、北西はオリノコ川で画され、南は赤道またはアマゾン川とその支流ネグロ川で画される。面積178万7000km2。ギアナ高地は、先カンブリア紀の岩層からなる標高平均1000メートルの盾状地である。しかし、標高2810メートルのロライマ山がある。高地から幾つもの高い滝が流れ出し、ポタロ川にかかるカイエトゥール滝は世界最大級である。また、この高地からいくつもの大河が大西洋に注いでいるが、そのなかでエセキボ川が最長で、全長1000キロある。気候は、海岸地方が湿潤な熱帯雨林で、内陸はサバンナである。


<歴史>
■先コロンブス期
ヨーロッパ人の到来以前、この島には南米のギアナ地方から、アラワク族系インディオのシボネイ族が移住していた。その最古の移住者が訪れたのは4世紀半ばと考えられている。その後、好戦的なカリブ族にたびたび襲撃された。
■植民地時代
1500年 スペイン人がこの島に渡来。スペイン人はこの島を植民地化はしなかったが、その間、全ての先住民を奴隷としてイスパニョーラ島で強制労働させた。そのため、バルバドス島は無人島化してしまった。
■1620年代
イングランドの艦隊が無人化していたバルバドス島に到達し、1627年にセントキッツ島から来たイングランド人、ジョン・パウエル率いる開拓団により、植民地化を開始した。
■1937年
黒人暴動が起こり、イギリス政府に結社の自由、労働組合の結成を認めさせた。
■1938年
グラントレー・アダムスがバルバドス労働党を設立した。
■1939年
最初の自治議会が開設される。
■1951年
普通選挙制が導入され、1961年には広範な自治権を獲得。
■1958年
西インド連邦を結成し、周辺のカリブ海諸島のイギリス植民地と合同での独立を志向した。初代首相にはバルバドス出身のグラントレー・アダムスが就任し、各植民地で独立のための住民投票を行ったが、ジャマイカの離脱などで連邦は瓦解。
■1966年11月30日
イギリス連邦加盟国かつ英連邦王国として独立を達成。
■独立以後
1976年からはバルバドス労働党が政権を組織したが、1986年の選挙で民主労働党のバーロウが再び首相に就任した。1994年の総選挙でバルバドス労働党が勝利し、以来1999年と2003年の総選挙でも勝利したオーウェン・アーサー首が首相を3期務めた。2008年の総選挙では民主労働党が14年ぶりに政権を奪還し、バーロウの後継として同党を率いたデイヴィッド・トンプソンが首相に就任した。


ラテンアメリカ
Latin Americaは、アングロアメリカに対する概念で、アメリカ大陸の北半球中緯度から南半球にかけて存在する独立国及び非独立地域を指す総称である。多くの地域がスペイン語、ポルトガル語、フランス語などのラテン系言語を公用語として用いており、社会文化もそれに沿ったものであったことから名付けられた。


西インド連邦
West Indies Federationは、1958年から1962年までの間に存在したイギリス連邦内の自治国である。カリブ海地域のイギリス植民地で構成され、連邦制を採用していた。カリブ海のイギリス領島嶼を統合し、将来的な独立を視野に入れた、外交と防衛を除く自治権を有する半独立国としてスタートした。しかし、広大なカリブ海に点在する島々を無理矢理繋ぎ合わせたため、島によって人種、産業、政治制度、歴史の相違は著しく、国の中心的役割を担うトリニダード島とジャマイカ島は1500キロメートルもの隔たりがあるなど、当初から問題は山積していた。


カリブ族
Caribs、カリナゴ族、Kalinagoとも言う)とは南アメリカを原住地とするカリブ語系のインディオである。かつて、好戦的で人食い族として恐れられていたが現在は農業を営み、穏和な集団を築き、民主的に選ばれる独自の首長がいる。また熱心なカトリック信者でもあり、イギリス式の学校教育を受け、市場経済などの影響で急速なドミニカ化が進んでいる。そのため、カリブ族伝統のアイデンティはほとんど失われてしまっている。現在のドミニカ国のカリブ族の人口は黒人や白人の混血も含めると約3400人である。

アラワク族
(Arawak)とは、南米ボリビアの北西部やペルーのモンクーナヤ地方、スリナムとガイアナおよびアマゾン下流域などに定住するインディアンで、アラワク語を話す。キューバやジャマイカやイスパニョーラ島など大アンティル諸島の島々に定住していたアラワク族は強制労働を強いられた。追い討ちをかけるように、ヨーロッパ人が持ち込んだ病気により、免疫力が殆ど無いアラワク族は激減して行った。その結果、現在では、西インド諸島では民族としてのアラワク族は存在しない。


シボネイ
シボネイ族(英: Ciboney、西: Siboney)は、西インド諸島に定住していたインディオである。南米からカヌーで西インド諸島の島々からフロリダ半島に渡って来たシボネイ族はアラワク諸族に属し、フロリダ半島、キューバ、ハイチや他の一部のカリブの島々に定住し、主に洞窟で暮らし魚を獲りながら自給自足して暮らしていた。


ナショナルジオグラフィック公式日本語サイト
バルバドスはカリブ海の島々の中で最も東に位置する。そのためハリケーンの季節には、最初に被害を受ける。西海岸には白い砂浜と穏やかな海が広がるが、東海岸は大西洋の荒波が押し寄せる。


グレープフルーツ
grapefruitは亜熱帯を原産とする柑橘類である。グレープフルーツは様々な種類があるが、例えば「ルビー」などのように果肉の色で呼び分けるのが一般的である。1750年代に西インド諸島のバルバドスで発見されたものが最初とされ、ブンタン(英名:pummelo、学名:Citrus grandis)とオレンジ(学名:Citrus sinensis)が自然に交配したもので前者の特徴を多く受け継いでいる。

サトウキビ
学名:Saccharum officinarum)は、イネ科サトウキビ属の植物。別名、カンショ(甘蔗)。ちなみにこれは慣用読みで、本来はカンシャ。テンサイと並んで砂糖(蔗糖)の原料となる農作物。栽培種の起源はニューギニア島とその近くの島々と言われ、世界各地の熱帯、亜熱帯地域で広く栽培される。

ジェームズ・シスネット
(James Emmanuel Sisnett, 1900年2月22日 - )[1]は、バルバドス在住の長寿の男性であり、現在113歳で、老人学研究団体ジェロントロジー・リサーチ・グループが認定しているスーパーセンテナリアンの中では、1897年4月19日生まれの木村次郎右衛門に次いで、存命人物のうち世界で2番目の長寿の男性として認定されている[注釈 1]。なお、世界全体では第13位である。

デニス・ボーヴェル
(Dennis Bovell、1953年5月 - )はバルバドスセントピーター教区 (en:Saint Peter, Barbados) 出身のマルチプレイヤー(ギター、ベース他)、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア。レゲエバンドマトゥンビ のリーダーであり、ブラックベアード (Blackbeard) という別名義でも活動している 。1953年5月、バルバドスのセントピーターにおいてセブンスデー・アドベンティストの家庭に生まれる[3]。12歳のとき家族とともにイギリスのサウスロンドンに移住する。そこでボーヴェルはジミ・ヘンドリックスなどアフロ・ロックに影響を受け、ギターを始める。

フローンデル・スチュアート
Freundel Jerome Stuart、1949年ごろ - は、バルバドスの政治家。2010年10月23日、デイヴィッド・トンプソン首相がすい臓がんのため亡くなったのに伴い首相職を継いだ。民主労働党(DLP)所属。セント・フィリップ教区生まれ。2010年10月現在で独身だが娘が一人おり、バルバドスの西インド諸島大学ケイヴ・ヒル・キャンパスで社会学を学んでいる。

ホレーショ・ネルソン
Horatio Nelson, 1st Viscount Nelson KB, 1758年9月29日 - 1805年10月21日)は、アメリカ独立戦争、ナポレオン戦争などで活躍したイギリス海軍提督。トラファルガー海戦でフランス・スペイン連合艦隊を破り、ナポレオンによる制海権獲得・英本土侵攻を阻止したが、自身は戦闘中に戦死した。12歳の時(1770年)、父が病床にあり家計が逼迫していたこともあって、戦列艦の艦長だった叔父を頼って海軍に入り、北洋探検航海などに参加した。1774年から東インド方面に勤務するが、マラリアにかかって帰国する。

 

バルバドス Barbados
カリブ海、西インド諸島内の小アンティル諸島東端に位置する、英連邦王国の一国たる立憲君主制国家である。 島国であり、島全体が珊瑚礁で出来ている。 海を隔てて約200kmの北西にセントルシア、西にセントビンセント・グレナディーン、南西にグレナダとトリニダード・トバゴが存在する。首都はブリッジタウン。

ブリッジタウン
Bridgetownは、バルバドスの首都である。人口5,928人(1994年)、都市圏では110,000(2000年)。カリブ海に浮かぶ島にある。1628年にイギリスにより建設され、現在は観光地となっている。町並みはイギリス植民地時代を強く残し、トラファルガー・スクウェア(Trafalgar Square)があり、英連邦で3番目に古い議事堂や、イギリス本国にあるネルソン提督の像、ネルソン記念柱よりも早く建てられたネルソン提督の像がある。


トラファルガー広場
Trafalgar Squareはロンドンのウェストミンスターにある広場である。1805年のトラファルガーの海戦を記念して造られた。当初はウィリアム4世広場という名前だったが、建築家のGeorge Ledwell Taylorの提案によってトラファルガー広場となった。トラファルガーの名は海戦があったスペインのトラファルガル岬に由来するが、元々はスペインに進出したアラビア人がタアリフ・アルガル(洞窟の岬)とアラビア語で呼んでいた。

ネルソン記念柱
(Nelson's Column) はイングランドの首都ロンドンのトラファルガー広場中心に据えられているモニュメント。日本語ではネルソン記念碑、ネルソン記念塔とも称される。1840年から1843年にかけてホレーショ・ネルソン提督の業績を記念するために建造された。高さ5.5mのネルソン像が頂上に据えられており、その台座としては高さ46mの大理石の柱が用いられている。

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グラントレー・アダムス国際空港
Grantley Adams International Airportは、バルバドスの首都ブリッジタウンにある国際空港。 空港名は西インド連邦の初代首相でバルバドス出身のグラントレー・アダムスから名付けられた。


西インド諸島大学
(University of the West Indies, UWI) は西インド諸島の英語を公用語とする17の国と地域が自治・運営する大学である。本学はジャマイカのモナ、トリニダード・トバゴのセント・オーガスティン、バルバドスのケイブヒルの三つのキャンパスがある。


外務省:バルバドス
在バルバドス日本国大使館


■国名
正式名称は、英語でBarbados(バーベイドス(ズ))。国名は、ポルトガル語のOs Barbados(鬚の生えたもの)から来ている。なぜこのような名前がついたかについては、この島に生えている木の根が鬚のように見えたからという説と、この木に生えた苔が鬚のように見えたという説、また木から垂れ下がった蔓草が鬚のように見えたという説などがある。

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1.面積:431平方キロメートル(種子島とほぼ同じ)
2.人口:25.6万人(2009年 ECLAC)
3.首都:ブリッジタウン
4.民族:アフリカ系(約9割)、ヨーロッパ系、混血、インド系、その他
5.言語:英語
6.宗教:キリスト教(英国国教会、プロテスタント、カトリック)、その他

1627年 英国植民地
1652年 英国直轄領
1951年 普通選挙制施行
1961年 英国自治領
1966年 独立

1976年からはバルバドス労働党が政権を組織したが、1986年の選挙で民主労働党のバーロウが再び首相に就任した。1994年の総選挙でバルバドス労働党が勝利し、以来1999年と2003年の総選挙でも勝利したオーウェン・アーサー首が首相を3期務めた。2008年の総選挙では民主労働党が14年ぶりに政権を奪還し、バーロウの後継として同党を率いたデイヴィッド・トンプソンが首相に就任した。

■主要産業:観光業、農業(砂糖)、軽工業、輸出用組立部品

■主要貿易品目(1)輸出 砂糖及び製糖、蒸留酒、食料品、化学品、電気部品(2)輸入 機械、食料、建設資材、化学品、燃料、電気部品


バルバドス・ドル
1935年からの バルバドスの通貨。. ISO 4217 におけるコードは BBD 、そして通常 "$" または、他のドルと区別するため "Bds$" と略される。1バルバドス・ドルは 100 セント。2009年3月9日での通貨の評価は、 en:Standard & Poor's (S&P) によると"A-/A-2".である。

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オランダ東インド会社
■オランダ東インド会社
Vereenigde Oostindische Compagnie、略称VOC)は、1602年3月20日にオランダで設立され、世界初の株式会社といわれる。会社といっても商業活動のみでなく、条約の締結権・軍隊の交戦権・植民地経営権など喜望峰以東における諸種の特権を与えられ、アジアでの交易や植民に従事し、一大海上帝国を築いた。資本金約650万ギルダー、本社はアムステルダムに設置され、重役会は17人会(Heeren XVII)と呼ばれた。18世紀末に政府により解散させられた。


■経済
IMFによると、2010年のバルバドスの国民一人あたりGDPは14,326ドルで世界42位、カリブ海地域において最も裕福な国の一つである。イギリス植民地時代から、バルバドスは安定的な政治と国民の高い教育水準により経済的に豊かな国であった。 歴史的に、バルバドス経済はサトウキビ栽培によって支えられてきた。しかし1970年代後半からは観光業が発展し、バルバドス経済を支える柱となった。 グレープフルーツの原産国でもある。


■政治
国家元首はイギリス国王であり、総督がその代理を務めている。王(女王)の称号は""By the Grace of God, Queen of Barbados and of Her other Realms and Territories, Head of the Commonwealth."(神の恩寵を受けるイギリス連邦の代表であり、バルバドスおよびその他の領域の女王)となっている。なお、バルバドス政府は英国王に代わり、元首となる大統領を設置し、イギリス連邦内の共和国になることを検討中である。


■国民
住民はアフリカ系が90%、ヨーロッパ系が4%、アジア系および混血が6%である。

■言語
公用語は英語であり、バヤン語と呼ばれる英語系のクレオール言語も話されている。

■宗教
プロテスタントが67%、ローマ・カトリックが4%、無宗教が17%、その他が12%。

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プロテスタント
Protestantism、Protestant)は、宗教改革運動を始めとして、カトリック教会(または西方教会)から分離し、特に(広義の)福音主義を理念とするキリスト教諸教派を指す。プロテスタントは主にカトリック教会から分離した教派、さらにそこから分離した教派を指す。正教会をはじめとした東方教会からの分離組を指す事はない(古儀式派などはプロテスタントとは呼ばれない)。

奴隷制
一般に人格を否認され所有の対象として他者に隷属し使役される人間、つまり奴隷が、身分ないし階級として存在する社会制度。有史以来あまねく存在したが、時代的・地域的にその現われ方は複雑かつ多様であった。抽象的にいえば生産力発達が他人の剰余労働搾取を可能とした段階以降の現象であり、始原的には共同体間に発生する戦争捕虜、被征服民に対する略奪・身分格下げ、共同体内部の階層分化、成員の処罰や売却、債務不払いなどが供給源であった。

プランテーション
(plantation) とは、大規模工場生産の方式を取り入れて、熱帯、亜熱帯地域の広大な農地に大量の資本を投入し、先住民や黒人奴隷などの安価な労働力を使って単一作物を大量に栽培する大規模農園のことである。経営主体は、国営、企業、民間など様々である。経営する側をプランターと呼ぶ場合もある。この「安価な労働力」は、かつては植民地の原住民あるいは奴隷であり、現在は発展途上国の農民であったり、土地自体が先住民から奪われて経営者に売られていたりなどするため、労働者の人権が問題とされることがある。また水質汚染・森林破壊・農薬問題などの環境破壊が問題とされることも多い。

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デイヴィッド・トンプソン
David John Howard Thompson、1961年12月25日 - 2010年10月23日は、バルバドスの政治家。1961年12月25日、イギリスのロンドン生まれ。バルバドスで弁護士を務め政界入り。バルバドス民主労働党へ入党。エロル・バーロウ政権の下で財務大臣などを務めた。

リアーナ
Rihanna, 本名:Robyn Rihanna Fenty, 1988年2月20日 - は、バルバドス出身の女性レコーディング・アーティスト、モデルである。身長173cm。 Def Jam Recordings所属。セント・ミッチェルで生まれて、音楽プロデューサーのエヴァン・ロジャースの案内により、16歳でアメリカ合衆国に移った。リアーナは、1988年2月20日にバルバドス人の父と、ガイアナ人の母との間に生まれた。父方の祖母は、アイルランド人である。バルバドスの小学校チャールズ・F・ブルーム記念学校、そしてグラマースクールのコンバーミア中学校(アメリカの工業学校に類似した6学年制の学校)に通い、学校では2004年にミス・コンバーミア・ページェントで優勝、学園祭ではマライア・キャリーの「ヒーロー」を歌うなどした。

クリフォード・ハズバンズ
Sir Clifford Straughn Husbands、1926年8月5日 - は、バルバドスの総督。1926年8月5日 、バルバドスのセントアンドリュース出身。前任のニータ・バーロウの死去にともなって、1996年から総督を務めている。聖マイケル・聖ジョージ勲章(GCMG)、バルバドス勲章(KA)、勅選弁護士(QC)。

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