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リヒテンシュタイン公国
Principality of Liechtenstein

ヨーロッパ

西ヨーロッパ
Western Europe)は、西欧ともいい、ヨーロッパ地域の西部を指す。東ヨーロッパとは地理的特徴よりむしろ歴史、文化により区別される。基本的に、この概念は民主主義と関連していて、イギリスでは大憲章マグナカルタにより議会がつくられフランスでも三部会が開かれたことにより西欧といえば民主主義国家と考えられるようになった。

■経済
主要な産業は精密機械、牧畜と医療。ほかに観光、国際金融、切手発行もよく知られている。スイスとの関税同盟があり、郵便や電話の制度はスイスと共通となっている。タックスヘイブンとしても知られ、税金免除を目的とした外国企業のペーパーカンパニーも集中(人口より法人企業数が多いと言われる)。これら法人税が税収の40%に及び、この結果、一般の国民には直接税(所得税、相続税、贈与税)がない。


欧州経済領域
European Economic Area 略称・EEAは、欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国が欧州連合(EU)に加盟することなく、EUの単一市場に参加することができるように、1994年1月1日にEFTAとEUとの間で発効した協定に基づいて設置された枠組み。

欧州自由貿易連合
European Free Trade Associationとは、1960年にイギリスが中心となって設立された自由貿易連合であり、欧州経済共同体(EEC)の枠外にあった欧州諸国が加盟してきた。英国、オーストリア、スウェーデン、スイス、デンマーク、ノルウェー、ポルトガルの7か国で1960年5月3日結成。1961年、フィンランドが準加盟(1986年正式加盟)。1970年アイスランドが加盟。1973年、英国とデンマークが欧州共同体(EC)加盟に伴いEFTAから脱退。1986年、ポルトガルがEC加盟に伴いEFTAから脱退。1991年、リヒテンシュタインが加盟。

経済協力開発機構
Organisation for Economic Co-operation and Development, OECD、は、ヨーロッパ、北米等の先進国によって、国際経済全般について協議することを目的とした国際機関。本部はパリに置かれ、公用語は英語とフランス語。「先進国クラブ」とも呼ばれる。

欧州評議会
Council of Europe、は、1949年に設立されたヨーロッパの統合に取り組む国際機関。欧州評議会は法定基準、人権、民主主義の発展、法の支配、文化的協力についてとくに重点を置いている。欧州評議会は47の国が加盟しており、それらの国の人口を合計するとおよそ8億人に上る。欧州評議会は、共通の政策、拘束力のある法令、加盟国数が27しかない欧州連合とは異なる組織である。ただし両者は旗など、共通のシンボルを使用している。

シェンゲン協定
ヨーロッパの国家間において国境検査なしで国境を越えることを許可する協定である。欧州経済共同体に加盟していた当時の10の加盟国のうちベルギー、フランス、ルクセンブルク、オランダ、西ドイツの5か国が1985年6月14日にルクセンブルクのシェンゲン付近を流れるモーゼル川に投錨していたプランセス・マリー=アストリ号において署名した文書。


<歴史>
■1699年
ヨハン・アダム・アンドレアスがシェレンベルク男爵領を購入。1712年 ヨハン・アダム・アンドレアスがファドゥーツ伯爵領を購入

■1719年
神聖ローマ皇帝カール6世は、リヒテンシュタイン家が買収したファドゥーツ伯爵領とシェレンベルク男爵領とを併せてリヒテンシュタイン公(侯)領とすることを認可(リヒテンシュタインの始まり)

■1806年
神聖ローマ帝国の崩壊によって独立国となり、翌年にライン同盟に参加する。1815年 ドイツ連邦に加わる。

■1852年
オーストリアとの関税同盟を締結。1866年 ドイツ連邦が解体され、独立する 。1867年 永世中立国(非武装)となる。

■1868年
軍隊を廃止し、その後は軍隊を保有せず。1919年 オーストリアとの関税同盟を解消。1921年 憲法制定。1923年 スイスと関税同盟を結ぶ。スイスフランを通貨とする

■1984年6月
女性参政権を認める。1990年 国連に加盟する。。1991年 EFTAに加盟する1995年 欧州経済領域(EEA)に加盟する

■2003年
憲法を改正


アラマンニ人
Alamanniは、ドイツ南西部のライン川上流地域を原住地とするゲルマン人の部族連合。紀元前後にスカンジナビア半島あるいはユトランド半島から南下し、ローマ帝国の皇帝・アウグストゥスが遠征させた将軍・ウァルスとのトイトブルク森の戦いで名を轟かしたゲルマン部族連合の盟主だったケルスキー族首長のアルミニウスの傘下に属したランゴバルド人とともにゲルマン系の連合部族の一派に遡るという。後に東部ドイツのエルベ川の流域に移住したと伝わる。


リヒテンシュタイン家
Haus Liechtensteinは、ヨーロッパのドイツ系貴族家。その一族はチェコ、ハンガリー、オーストリアなどに分散している。リヒテンシュタイン公国はきわめて小規模な国家だが、リヒテンシュタイン家が国外に持つ所有地は公国の何倍もの面積にもなる。リヒテンシュタイン家はこの財力を基礎として、18世紀以来文化・芸術の保護者としても活動している。またリヒテンシュタイン家は公国から歳費を支給されておらず、経済的に完全に自立している。リヒテンシュタイン家が私有する財産も公国とは無関係に、ハプスブルク家の重臣として蓄積されたものであり、むしろ公国がリヒテンシュタイン家に経済的に従属している観すらある。また、現在の君主ハンス・アダム2世はオーストリア国籍も有している。リヒテンシュタイン公家の公式サイト


ハプスブルク家
Haus Habsburgは、現在のスイス領内に発祥したドイツ系の貴族の家系。古代ラテン人の有力貴族であるユリウス一門(カエサル家)の末裔を自称し、中世の血縁制度を利用した政略結婚により広大な領土を獲得、南ドイツを代表する大貴族に成長した。中世から20世紀初頭まで中部ヨーロッパで強大な勢力を誇り、オーストリア大公国、スペイン王国、ナポリ王国、トスカーナ大公国、ボヘミア王国、ハンガリー王国、オーストリア帝国(後にオーストリア=ハンガリー帝国)などの大公・国王・皇帝の家系となった。ハプスブルク家はスイス北東部(バーゼル近郊)のライン川上流域を発祥地とする。この地にはハビヒツブルク(Habichtsburg:「鷹の城」)古城が現存するが、この「ハビヒツブルク」が訛って「ハプスブルク」になったと考えられている。

スエビ族
Suebi)は、古代ヨーロッパの民族。「スエボス」「シュエビ」「スウェイビア」とも呼ばれる。タキトゥスの『ゲルマーニア』に言及があり、いわゆるゲルマン系に属する民族として描かれるがケルト系の説もあるなど、その民族系統は不明である。スエビ族は元々、バルト海南部を故地とするという。ローマではバルト海南東海域がスエビの海(Mare Suebicum)と呼ばれた。

神聖ローマ皇帝
Holy Roman Emperor)は、神聖ローマ帝国の君主たる皇帝を指す歴史学の用語。実際の称号ではない。カール大帝以降を指す場合とオットー1世以降に限る場合がある。理念的には、中世西ヨーロッパにおける世俗の最高支配者とされた。カトリック世界において普遍的な世俗支配権を主張し、特にドイツとイタリアで国法上最も重要な位置を占め、指導的役割を担った。特に後半期、国号に「ドイツ国民の」が加わったこともあり、ドイツ皇帝と呼ぶ場合もある。


■国民
住民はドイツ系が大半で、ゲルマン系のドイツ・アレマン人が86%、その他イタリア人、トルコ人などが14%である。

■公用語
ドイツ語(現地語は上部ドイツ語に属するアレマン語)である。

■宗教
ローマ・カトリックが76%、プロテスタントが7%などとなっている(2002年6月時点)。

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アレマン語
アレマン語(標準ドイツ語:Alemannisch(Alemannische Dialekte), アレマン語:Alemannisch)は、ドイツ語の一方言、ドイツ南西部の地方言語のひとつ。アレマン諸語の使用地域は、かつてのゲルマン民族のひとつアレマン人(スエビ族の一派という)の住んでいた地である。そもそもアレマン語とはアレマン人の言葉という意味である。

ゲルマン人
Germanic peoples)は、現在のドイツ北部・デンマーク・スカンジナビア南部地帯に居住していたインド・ヨーロッパ系を祖先としインド・ヨーロッパ語族 - ゲルマン語派その他に属する言語を話していたと推定される諸部族(≠民族)の事を指す。

アルザス語
Alsacien, Alsatian language)は、フランスのアルザス地方のドイツ語の方言。アルザス語は高地ドイツ語のうちの上部ドイツ語に属するアレマン語の一方言で、地元のアルザス人によって話されている。アルザス・ドイツ語とも呼称される。

スイスドイツ語
Schweizerdeutsch, スイスドイツ語:Schwyzerdü糘sch)は、スイスで使われるドイツ語の方言で、アレマン語の一方言。しかし、同じスイスのドイツ語圏内でも、バーゼル方言、ベルン方言、チューリヒ方言、ウーリ方言、ツーク方言、ザンクトガレン方言、ヴァリス方言などの各言語に差異があるために、その総称でもあるスイスアレマン語やスイス語とも呼ばれる。

カトリック教会
Ecclesia Catholica)はローマ教皇を中心とし、全世界に12億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派。「カトリック」の語源はギリシア語の「カトリケー:普遍的」やラテン語では「カトリクス(Catholicus)」等である。日本ではかつて「天主公教会」とも称された。


フランツ・ヨーゼフ2世
Franz Josef II.、1906年8月16日 - 1989年11月13日は、リヒテンシュタイン公(侯爵とも、在位:1938年7月25日 - 1989年11月13日)。アロイス2世の曾孫。1938年、フランツ1世の死去により即位。大伯父のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が名付け親であることでも知られる。ナチス・ドイツ政権が誕生した際、リヒテンシュタイン国内でもナチズム勢力が増大していたが、フランツ・ヨーゼフ2世は君主大権を行使して総選挙を無期限延期とし、リヒテンシュタインがナチズム化するのを未然に防いだ。自らも1938年に公領の首都ファドゥーツに居を移し、以来リヒテンシュタイン公はファドゥーツに住まうこととなる。

クラウス・チュッチャー
Klaus Tschutscher、1967年7月8日 - は、リヒテンシュタインの政治家。現首相。ザンクトガレン大学で法律を学び、1996年に法学の博士となった。その後政界に進み、環境大臣などを歴任。2009年3月25日、オットマール・ハスラーに代わって首相に就任した。既婚者であり、2児の父親でもある。現在は家族と共にルッゲルに住んでいる。

マルコ・ビュッヘル
Marco Buchel 1971年11月4日- はスイスのヴァレンシュタット生まれのリヒテンシュタインのアルペンスキー選手。冬季オリンピックには1992年のアルベールビルオリンピックから5大会連続出場している。2008年1月18日に行われたアルペンスキー・ワールドカップのスーパー大回転で大会最高齢優勝(36歳2ヶ月と14日)を果たした。

ハンニ・ウェンツェル
Hanni Wenzel、1956年12月14日 - は、リヒテンシュタインの女子アルペンスキー選手。インスブルックオリンピックにおいて回転で銅メダルを獲得し、一躍注目を浴びた。続く、レークプラシッドオリンピックでは回転、大回転で金メダル、滑降で銀メダルでアルペンスキー3種目ですべてのメダルを獲得した。

カール6世
(Karl VI., 1685年10月1日 - 1740年10月20日)は、ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝(在位:1711年 - 1740年)、ハンガリー王、ボヘミア王。レオポルト1世と皇后エレオノーレ・マグダレーネの次男でヨーゼフ1世の弟。マリア・テレジアの父。ハプスブルク家最後の男系男子でもある。

オットマール・ハスラー
(Otmar Hasler、1953年9月28日 - )は、リヒテンシュタインの政治家。前首相。首都ファドゥーツ生まれ。2001年4月の選挙で市民進歩党が単独過半数を獲得し、同年5月5日に首相に就任。2003年には憲法改正を行った。2005年の選挙で祖国連合と連立政権を組み首相を続投。総務、財務、建設・公共事業相を兼任。市民進歩党党首。

リヒテンシュタイン Liechtenstein
西ヨーロッパの中央部に位置する立憲君主制国家。スイスとオーストリアに囲まれている。首都はファドゥーツ。非武装永世中立国を自称。EFTA(欧州自由貿易連合)加盟国。リヒテンシュタインはかつて存在した絶対君主制国家とは異なるが、立憲君主制国家とも言い難い。リヒテンシュタイン公は君主大権を保持し続けており、君主が強大な政治的権限を有する欧州唯一の国である。

二重内陸国。面積は南北に25キロメートル、東西に6キロメートルと狭い。日本の小豆島とほぼ同じである。世界で6番目に小さい国。ドイツのシュヴェービッシュ・アルプスの延長線上に連なり、国土は山がち(最高地点2599m)だが南風が卓越し比較的温暖である。

ファドゥーツ
Vadoz ファードーツは、リヒテンシュタインの首都。同国中部のライン川上流右岸にあり、スイスとの国境に近い。北緯47度8分、東経9度30分。レティコン山塊の北西麓にある観光の中心地で、美術館のほか16世紀からの城もある。同国中部のライン川上流右岸にあり、スイスとの国境に近い。北緯47度8分、東経9度30分。レティコン山塊の北西麓にある観光の中心地で、美術館のほか16世紀からの城もある。住民のほとんどがドイツ系アレマン人。人口5,100人(2009年)。隣接するシャーンの方が人口は多い。


外務省:リヒテンシュタイン
在スイス日本国大使館兼轄


シャーン
Schaan, は、リヒテンシュタインで最も大きい基礎自治体。首都のファドゥーツの隣に位置している。2000年の調査によると、シャーンの人口は5513人で面積は26.8km2だった。

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トリーゼン
Triesen, は、リヒテンシュタインで3番目に大きい基礎自治体。15世紀からの歴史的な教会がいくつかあり、また1863年からの歴史的な織布工場もある。2001年の調査によると、トリーゼンの人口は4509人で面積は26.4km2だった。

トリーゼンベルク
Triesenberg, は、リヒテンシュタインの基礎自治体。標高884〜2000mに位置している。2001年の調査によると、トリーゼンベルクの人口は2624人で面積は30km2だった。

バルザース
Balzers,は、リヒテンシュタインの南に位置する基礎自治体。2004年の国勢調査によると、総人口は4444人である。842年に初めてバルザースが述べられた。スイスや北イタリアとも地理が近いために、ラテン語(ロマンシュ語、ロンバルト語)の影響が著しい。

プランケン
Planken,は、リヒテンシュタインの基礎自治体である。プランケンという地名は「成長する牧草地」という意味のラテン語が由来である。有名な建築物は、ラッパースウィルの建築家のフェリクス・シュミット(Felix Schmid)によって、1955年に再設計された18世紀の礼拝堂である。そして、19世紀の詩人のマーティン・スミュルク(Martin Smyrk)の出生地でもある。

ガンプリン
Gamprin, は、リヒテンシュタインの中でも最古の基礎自治体。かつてはベンデルン(Bendern)と呼ばれていた。

ルッゲル
Ruggell,は、リヒテンシュタインの基礎自治体。リヒテンシュタインの中で低地に属する最北端に位置する地域で、「ルッゲル」という地名は、古代ラテン語の「ルンカーレ」(Runcare)から来ており、「清涼な陸地」という意味から由来している。観光地としても有名で、保全地区と歴史的な聖フリドーリンの教区教会(St. Fridolin's Parish Church)で知られている。

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エッシェン
Eschen, は、リヒテンシュタインの北に位置する基礎自治体。2001年の調査によると、エッシェンの人口は3863人で面積は10.3km2だった。リヒテンシュタインで4番目に大きい基礎自治体である。

マウレン
Mauren, は、リヒテンシュタインの基礎自治体。1178年に古代ラテン語の「ムーロン」(Muron)として初めて文書で記述された。2005年12月の調査によると、マウレンの人口は3686人で面積は7.5km2だった。


■交通
国内の主要な交通は路線バスであり、各所を結ぶ路線が頻繁に運転されている。黄色い車体のリヒテンシュタインバスをよく目にすることができる。主なバス停は郵便局の前であることが多い。バスはライン川対岸のスイスの鉄道駅(ザルガンスやブックス)のほか、オーストリアのフェルトキルヒ駅への路線もある。また、ユーロで運賃を支払うこともできる。国内を鉄道が走っており、駅が3駅ある。運行をしているのはオーストリア国鉄である。オーストリアとスイスを結ぶ国際急行列車も通るが、リヒテンシュタイン国内の駅は全て通過する。空港は存在しない。もっとも近い主要国際空港はスイスのチューリッヒ空港である。


■国名
公式の英語表記は Principality of Liechtenstein (プリンシパリティ・オヴ・リクテンスタイン)、略称 Liechtenstein。

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1.面積:160平方キロメートル(小豆島にほぼ相当)
2.人口:約35,000人(2006年末時点)
3.首都:ファドーツ(人口約5千人)
4.民族:主としてゲルマン民族(外国人約34%)
5.言語:独語
6.宗教:カトリック約80%、プロテスタント約7%
7.ナショナル・デー:8月15日
8.略史:ヨハン・アダム・アンドレアス侯が、1699年、シェレンベルク領(現在の低地部)を、ついで1712年、ファドーツ領(現在の高地部)をそれぞれ購入し、公国の基礎を固める。

■主要産業:精密機械、医療機器、国際金融、切手


スイス・フラン
Schweizer Frankenは、スイスとリヒテンシュタインの通貨。くわえて、イタリアの飛地カンピョーネ・ディターリアの通貨、ドイツの飛地ビュージンゲンの非公式な通貨である。通貨記号はFr.、SFr.、CHF(ラテン語国名のConfoederatio Helvetica Franc の頭文字)。ISO 4217の通貨コードはCHFで表す。

立憲君主制
Constitutional monarchy)とは、憲法によって規定された君主制である。世界の立憲君主制国家の分布は左図の通り。代表的な立憲君主制国家にはイギリスやタイなどがある。また、制限君主制と混同されやすいが、憲法の有無と君主権の強弱は関係ない。憲法が存在しても、その憲法で君主に絶対的な権力を付与する定めになっていれば絶対君主制である。

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■政治
元首は国家の君主である公(侯)。公はリヒテンシュタイン家の当主による男子世襲制で、欧州他国の君主が象徴・儀礼的存在であるのに対して強大な政治的権限を有している。そのため「ヨーロッパ最後の絶対君主制」と言われる事もあるが、立憲政治、法の支配が確立されており、立憲君主制に分類することもある。またEU諸国と同様、国民の市民的自由は十分に保障されている。

■軍事
外交と同じく、1919年の合意に拠り、スイスがリヒテンシュタインの防衛を担当している。リヒテンシュタインは独自の軍事力を持たず、100名ほどの警察のみを保有している。


ライン同盟
Confederation of the Rhineは、19世紀のドイツにおいて、フランス皇帝ナポレオン1世の圧力により成立した国家連合である。ナポレオンの敗退とともに解体した。ライン連邦とも訳される。1806年7月12日、フランス皇帝ナポレオン1世の圧力により、神聖ローマ帝国内の全ドイツ諸侯は名目だけ存続していた帝国を離脱してフランス帝国と同盟し、ライン同盟が成立した。同盟は、ナポレオンを盟主とし、大司教ダールベルクを総裁としたフランス主導の国家連合であった。

エスノローグ
(Ethnologue: Languages of the World, 民族語の意)はキリスト教系の少数言語の研究団体国際SILの公開しているウェブサイトおよび出版物。2005年に発表された第十五版では、世界の言語6912について話者数、分布、方言、系統、聖書の翻訳の有無などを掲載している。言語に関する目録としてはLinguasphere Observatoryに次ぐ規模であるが、一部の言語では記述が古いままである。

国際連合教育科学文化機関
国際連合の経済社会理事会の下におかれた、教育、科学、文化の発展と推進を目的として、1945年11月16日に採択された「国際連合教育科学文化機関憲章」(ユネスコ憲章)に基づいて1946年11月4日に設立された国際連合の専門機関である。分担金(2011年現在)の最大の拠出国は米国、2位は日本である。


永世中立国
Permanently Neutralized State)とは、将来もし他国間で戦争が起こってもその戦争の圏外に立つことを意味するものであり、自国は中立の立場である事を宣言し、他国がその中立を保障・承認している国家。また、外国軍隊の国内の通過、領空の飛行、船舶の寄港、外国の軍事基地の施設も認めない。軍事的な同盟国がないため、他国からの軍事的脅威に遭えば自国のみで解決することを意味する。


若きライン川上流に
Oben am jungen Rheinとは、リヒテンシュタインの国歌。作詞者に関しては公式文書が残されていないが、伝承によると、リヒテンシュタインの南西部の町のバルツェーアスに1852年から1856年までに、当地に赴任していたドイツ人神父のヤーコプ・ヤウホが1850年に作詞したものと言われている。元々は、5番まであったが、1963年に議会の決議において2番までとされ、現在の形になった。表題にある「若き」とは、スイスからリヒテンシュタイン、オーストリア、ドイツ、オランダを経て北海へと注ぐライン川の流れを人生にたとえた表現で、リヒテンシュタインの辺りがライン川の「上流」にあたることを意味すると共に、リヒテンシュタインが将来に向けてさらに発展していくことを示唆している。

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シェレンベルク
Schellenbergは、リヒテンシュタインの基礎自治体。ライン川上流付近の土手にある低地地域に属し、2003年の国勢調査によると、総人口は947人で面積は3.5km2だった。紀元前にライン川の上流にいた古代ケルト族が、後にゲルマン人とラエティア人が定住し、紀元前15年にローマ帝国がこの地域を征服し、それらをラエティア州の一部にした。さらに、ケルト人、ラエティア人、ローマ人とゲルマン人が混血を繰り返して、アレマン人として形成された。

ヨーゼフ・ラインベルガー
Josef Gabriel Rheinberger, 1839年3月17日 - 1901年11月25日はドイツ連邦(現リヒテンシュタイン)のファドゥーツに生まれ、ドイツ帝国のミュンヘンに没した作曲家、オルガン奏者。7歳でファドゥーツ・パリッシュ教会のオルガン奏者となり、翌年には最初の作品を演奏した。1851年にミュンヘン音楽大学に入学し、1859年には同大学でピアノ演奏の教授となったが、翌年大学が解散したため聖ミヒャエル教会のオルガン奏者となった。1867年にミュンヘン音楽大学が再建されるとオルガンと作曲の教授となった。

エリス (バンド)
Elisは、リヒテンシュタイン公国のゴシックメタル/ゴシックドゥーム・バンド。前身バンド Erben der Schopfung が2000年に結成され、シングル「Elis」とアルバム「Twilight」を発表する。しかしバンドは2003年に分裂し、新たにエリスが結成される。エリスはナパーム・レコードと契約してアルバム「God's Silence, Devil's Temptation」を発表。続くアルバム「Dark Clouds in a perfect Sky」は高い評価を得て、ヨーロッパ・ツアーも実現した。

ハンス・アダム2世
Hans Adam II.、ヨハネス・アダム・フェルディナント・アロイス・ヨーゼフ・マリア・マルコ・ダヴィアーノ・ピウス・フォン・ウント・ツー・リヒテンシュタイン、Johannes Adam Ferdinand Alois Josef Maria Marko d'Aviano Pius von und zu Liechtenstein、1945年2月14日 - )は、リヒテンシュタイン公(在位:1989年11月13日 - )。1989年に即位し、以来リヒテンシュタインの元首として統治を行ってきたが、2004年8月15日に長男のアロイス公子を摂政として統治権を譲り、自らは名目上の元首としての地位のみを有することとなった。

ゲオルギーナ・フォン・ヴィルツェク
(Georgina Gräfin von Wilczek, 1921年10月24日 グラーツ - 1989年10月18日 グラープス、スイス)は、リヒテンシュタイン侯フランツ・ヨーゼフ2世の妻。全名はゲオルギーナ・ノルベルタ・ヨハンナ・フランツィスカ・アントーニエ・マリー・ラファエラ(Georgina Norberta Johanna Franziska Antonie Marie Raphaela)。一般には愛称のギーナ(Gina)で親しまれた。

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