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2009

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野良猫とばあちゃん、じいちゃん
2009/02/05  海辺に走り回る猫。川沿いを悠々と歩く猫。阪神夙川界隈は市内では見かける事の少なくなった野良猫たちの数少ない楽園です。無茶な開発で大阪の風景が壊される前は大阪市内のどの場所でも野良猫は見かけたものです。特に下町の長屋では猫は完全に家族の一員でした。と言うより長屋の住人、住猫であっちのおばあちゃん家、今日はこっちのおじいさん家と家から家へと渡り歩いてどの家でもご飯を貰って昼寝。代わりにネズミを追っ払ってくれたものです。

もしかしたら野良猫や野良犬が住めないような街や建物は人間も住みにくい建物ではないだろうか?孤独死する人間の増加、死んでから何ヶ月も発見されないような事態が起こる住環境は考え直さねばなりません。マンションと言う代物、土地の有効利用を建前に利益追求のためだけに生まれ続ける怪物をどこかで止める必要があるのではないでしょうか。


 

心と顔立ちと人相
2009/02/08  麻生首相の混沌と無責任発言には閉口するけれど友人曰く「このままの支持率ならまた小泉が顔を出してくるに違いない」確かに僕もそう思うけどもともと阿部から福田そして麻生の迷走ぶりの元凶は小泉の強引で優しさのない政策のつけが回って来ただけでその意味では小泉が彼らを批判するのはあんまりのこと。いかに巧言を発しようがあの薄笑いを浮かべた顔は人相が悪すぎます。顔立ちがよくても心根が悪い人間は人相に出ますし少し考えれば言動にだって現れています。

5年前の小泉政権が誕生した時も僕の友人や知人はこぞって小泉の人相の悪さを指摘したのに多くの人は小泉支援に回りました。未だに不思議でなりません。地方が閉塞し古い商店街が軒並みシャッターを下ろし、派遣労働の問題、介護の問題、医療、福祉、教育など多くの問題が弱肉強食の施策によって悪い方向へと流れています。いろいろな職業がありますが政治家だけは言葉ではなく人相で選んだ方が確かではないかとつくづく思います。ブッシュの愚策をアメリカ国民が反省、批判してオバマ氏を選んだように日本も小泉政策の真実を見つめ批判する精神を持たないとオバマ氏のようなリーダーは現れない気がします。


禁煙喫煙禁酒飲酒
2009/02/10  タバコを吸い続けて40年、でもぱたっと禁煙して1年。禁を破ってまた吸っていますがお陰で吸わない人吸えない人の気持ちもよく分かりました。吸わない人にとってあの煙と匂いの嫌さ加減は相当です。飲酒だって楽しいお酒はいいけれど鬱陶しい酔っぱらいの醜態は最低です。それでもお酒もタバコも飲まない人がいいかと言えばそれはとんでもない事でうんざりするぐらい迷惑な人も多々います。

結局何事もエチケットの問題、相手を気遣う心、思いやりの問題だと思うのです。お酒だってタバコだって人類いにしえの文化、映画でも文学でも芸術家でも僕の好きな人はたいていタバコを吸ってお酒を飲んでいます。何故こんな事を書くかと言うと、先日あるショットバーで飲んでいて「あれっ?」と思ったのです。もともとタバコの煙があちこちでゆらゆらしているのが絵になる場所なのに一筋の煙も上がらない。もちろんたまたまですがどこもかしこも禁煙、右へならへ見たいな風潮があるのは事実でなんかちょっと肌寒くなりました。禁酒禁煙よりもっと止めなければならないものはいっぱいあります。嘘をついたり見栄をはったり人を傷つけたり偉そうにしたり、止めなければならない事はいっぱいあると思うのです。


 

タクシードライバー
2009/02/12  最終電車に乗り遅れてタクシーに乗り込もうとすると前方から一人の運転手が怒鳴りながら近寄って来ました。運転席のドアを開けると「なんでお前はそんなにずるい事ばかりするんだ」と運転手を車から引きずり出しながら「みんな順番に何時間も並んで待ってるんだぞ」と胸ぐらをつかんでえらい剣幕です。「まあまあ喧嘩はよして」と割って入りましたが明らかに僕が乗ろうとしたタクシーが悪いようです。前方を見れば客待ちの空車がずらっと並んでいます。

 

乗ろうとしたタクシーは列の後方少し離れたところに空車を止めて客を横取りする常習犯のようです。怒っている運転手は何回も客を横取りされて堪忍袋が切れたのでした。事は一件落着、不埒な運転手は退散しましたがこれに懲りてマナーを守るようになればいいと思いますがどうだかです。不況のさなか規制緩和でタクシーの台数が増え水揚げが減る一方の業界で自分だけよかったらいいと言うようなずるい運転手が増えてるそうです。真面目にやる人間が馬鹿を見ると言うのはタクシー業界に限らず日本全体の風潮ですが今日の運転手さんのように勇気を出して注意するのは大切な事です。見て見ぬ振りをすると悪はどんどんはびこります。でも逆切れして襲ってくるような人間も増えているし正しい事を主張する事だけでも勇気がいっぱいいる世の中です。


 

携帯と軽待
2009/02/16  電車の中、小学生が携帯に見入っています。隣では大学生、その隣ではOLがその隣では中年のおじさんが同じように携帯に見入っています。今や当たり前の光景ですが奇妙な光景です。確かに仕事や緊急の時には有効なツールだけどあまりの携帯依存には人間関係の希薄さを感じてしまいます。携帯のない時代は待ち合わせの約束でも慎重でした。万一行けなくなったり時間が遅れる時でも場所によっては連絡がつかない事があったからです。相手を待たせたり心配させないための約束事を決めておいたりしたものです。相手の生活圏の把握やお互いの信頼感、気遣いはそんな中から自然と生まれる事も多々ありました。携帯が普及して便利なのは確かだけど殺伐とした風潮に拍車をかけているのも携帯ではないかなと思うのです。


ドアノーと京都駅
2009/02/20  先日京都駅ビルのギャラリーでフランスの写真家、ロベールドアノー(1912〜1994)の作品展を見て来ました。パリの街並、パリの人々、ロマンティックで主観的な作品はどれも素晴らしいものでした。モノトーンの写真から当時のパリの匂いが漂って来ます。やさしさ、情感、文化。時を超えて引きつけられるものがあります。すっかりいい気分になってギャラリーを出るとうってかわって無機質な空間。鉄骨とガラスで出来た巨大な空間はおよそ京都には似つかわしくないものです。古の街、京都。建築はよく考えないと環境と文化の破壊につながります。


 

嗚呼、ぎっくり腰
2009/02/22  20年来の古傷、ぎっくり腰の到来です。体験した事のある人ならだれもが共鳴共感する痛さ情けなさ。今回は風邪による咳が伴って最悪の事態です。咳き込むと痛みを直撃するので咳止めは欠かせません。経験上日にち薬だと分かっているのですがいつも不安は新たです。少しましになって無理して出かけると日常は危険がいっぱい。そばを通り過ぎる自動車、自転車の恐怖。駅のホームや階段を早足で歩く人でさえ恐ろしいものです。体の不自由な人やお年寄りの気持ちがよく分かります。ぎっくり腰になるたびに思う事。回復しても決してゆっくり歩いている人を無造作に追い越さないようにしよう。普通の人間、一分一秒を争うような事はそうそうあるわけではないのですから。


 

光陰矢の如し
2008/02/24  気がつけば今月も後わずか、まさに時が矢のごとく過ぎて行きます。と言っても時の流れはいつも感じる事ですが一様ではない気がします。その時々の心のあり方体力の高低で時は早くもゆるやかにも流れを変えます。古代の人々のように月や太陽や星との密接な関係を失った現代人、特に都会に暮らす人間にとって時は主観的な要素が多いのではないでしょうか。陽が昇り陽が沈み月が満ち月が欠けてゆく厳粛な光景。四季折々の変化に富んだ光景。古代人にとって時は自然そのもので自然の息吹はまさに生命の時計、自然の営みは大いなる教師であったに違いありません。現代科学が進むごとに明らかになる古代の智慧。建築、天文学、数学、人間学、古代人が残した不思議な気さえする数々の叡智は自然そのものが教師だったと考えれば納得がいきます。大自然の微粒子としてもっと時と調和しないといけないなと自省するこのごろです。

 

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