bars60

メモトップへ
1

2009

TOP PAGE

謹賀新年
2009/01/01  新しい年が始まりました。憂慮すべき事がありすぎる時代ですが少しでも明るさとやさしさ、そして笑顔が多くなる事を願います。


 

思う事がありすぎて
2009/01/08  思う事がありすぎて書けない事もあります。たつみさん、ありがとう。いつの日か一緒にお酒を飲みたいですね。


 

絵も素晴らしいな
2009/01/09  音楽が好きで映画が好きで人が好きで動物が好きで仕事もコツコツやってるのになんでこんなにしんどいのだろうと友人と顔を見合わせたらお互いの顔を見て吹き出してしまいました。好きな事が多いと言う事は、いろいろ考える事も多いし、考える事が多ければやっぱり悩む事だって多くなるからしんどいのは仕方のない事だよと。彼の言う通り確かにそうかもしれません。しんどい部分は違うだろうけどお互いそれがあるから話が尽きないし、何か分かり合えるんだろうと思います。


 

泉と灯台
2009/01/10  知らない土地に赴いた時、たとえかすかな関わりでもその土地に「知ってる誰か」がいるだけでも心強いものです。別に連絡するわけではないけれど知っている誰かがいる。遠くから見える明かり。人とは灯台のようなものだなと思う時があります。1人心寂しい時に電話出来る誰か、手紙を書ける誰か、信じられる誰か。自分の位置を相対的に見れるのは灯台のような誰かが要所要所に明かりを点してくれているからだと思うのです。それからもう1つ思う事があります。知人であっても全く知らない人であっても心のこもった一言で救われる事があります。心の潤い。人とは泉のような存在だなと思います。人生と言う長い旅路でどれだけ多くの泉に助けられたのだろうと考え込みます。それぞれの泉。自分もまた1つの泉でなければいけませんがどうなんだろう?考え込みます。


 

知性と品性
2009/01/11  とあるビアホールでの事、隣の席で仲のよさそうな男性2人が談笑されていました。少し話したくなって声をかけると気さくに言葉を返して下さったので図々しくもいろいろ話し込んでしまいました。お酒の場のいいところです。僕より少し年配のお二人は学生時代からの親友だと言う事で以心伝心の世界です。友情とはやはり素晴らしい物だなと思いながらお互いのあれこれをざっくばらんに話しました。

人生に対するいろいろな思い、仕事、親、子供、家庭、社会。とりとめもなく出てくる会話に「ああそうなのか」「やっぱりそうなんだ」と考えさせられる事がいくつもありました。閉塞感の漂う今の日本ですが自分にない知性や品性に出会うと少し心が元気になります。またどこかでお会い出来るかも知れないけど、本当にいい時間をありがとうございました。


戦争と平和
2009/01/12  寒気が日本列島を覆っています。東北や北海道はどれだけ寒いのだろうと思いながら日本画を学ぶ友人の展覧会に出かけました。友人が通う美術高校の展覧会です。油絵、日本画、彫刻、デザインなどいろいろな作品が展示されています。でも作品の多くは女学生のもの。自分の母校もそうですが美術や音楽に進む男子は少なくなりました。

どんな分野でも女性が活躍するのはうれしい事ですがちょっと寂しい気がします。ユニークなもの深刻なもの奇抜なもの、作品はどれも素敵でした。何かを学ぶ事、表現する事は素晴らしい事です。今日は成人式。道行く人の中にきれいな着物姿の女性も目立ちます。ふと思いました。空爆におびえるガザ地区のように戦争になれば着物どころではありませんし絵だって描けません。

女優の森光子さんが88歳の今なお舞台を演じ続けると言うニュースを見ました。超人的な精神力です。彼女は成人式の今日、若者に向けてメッセージをのインタビューに応えて「何があっても平和だけは手放してはいけません」と静かにそして強く語られていましたが、全ての人間が何にもまして思い続けなければならない命題だとあらためて噛み締めました。戦争は絶対悪です。


 

個人があるから会話があって
2009/01/15  大阪の下町にある小さな肉屋さん。安くて美味しくて人柄のいい店主がいるお店に久しぶりに行きました。お店に一歩入ると「おひさしぶりですね」と気持ちのいい声が飛んできました。「日が経つのが早いですね」「今年もよろしく」と言うと「本当に一年があっという間です」と笑顔。牛肉を500gと焼豚を500下さい。「牛肉は赤身の多いところにしますか、それとも?」「では赤身の多い所にして下さい」「焼豚は切っておきましょうか」「いや、固まりにしといて下さい」「はい。それならちょっと奥に行って一番美味しそうな所を切り取って来ます」「ありがとう」などなどスーパーならパックをカゴに入れるだけのことなのに大きな違いがあります。

人と人、個人と個人、顔と顔があって会話があります。考えればもともと何かを買うときは必ず会話があったもので、現代社会では日常不可欠な会話がすっぽり抜け落ちてしまってそれが他人とコミュニケーションを取れない人間を作り出している要因の1つです。近所の人、マンションなどの隣人でさえ会話どころか顔さえ合わさない日常生活から「情」などと言う感覚は生まれるはずもありません。相手はどうあれせめて「おはようございます」「こんにちは」ぐらいの挨拶はしようと心がけねばなりません。


 

イスラエルとパレスチナ
2009/01/17  民族や宗教紛争の深いところは分かりませんが、ニュースを見る限りこれは戦争と言うより一方的な殺戮に見えます。ガザ地区への最新兵器による死者が1300人で一方イスラエルの死者は数えられるほどだと言うのには不可解な思いが募ります。湾岸戦争の時も、イラク戦争の時も同じように感じたのですがあまりに一方的です。ガザでの犠牲者の1/3が子供だと聞くとますますやりきれません。

国連が和平決議をしても一番の影響力を持つアメリカは同ぜずこれだけの犠牲者が出ているのにも関わらず一向に双方の攻撃はやみません。世界経済への大きな力を持つユダヤ民族と言う影が大きいのでしょうか僕には分かりませんが一部報道にあるようなハマスの攻撃に対する報復として済まされるような事態でない事は確かです。強者と弱者。いかなる世界でも言える事ですが弱者の声は小さいものです。だからこそ弱者の小さき声には心して耳をすまさねばなりません。これは今の日本のあらゆる問題についても言える事だと思うのです。


 

無限大と無限小
2009/01/18  超高感度望遠鏡で捉えた宇宙。何千光年何万光年先の銀河や星雲が見えるのにこの小さな太陽系ですらよく分からない現実に不思議な気がします。見えるもの見えないもの、果てしない宇宙を考えるとこの地球の事さえ無知で大切にしない人類に何が分かるのだろうかと思う時があります。ミクロの世界からマクロの世界まで人類がそのごくごく一部しか知り得ていないと言う事だけが真実のようです。古代エジプトの建築。古代マヤの天文学と数学。

ギリシャ彫刻と哲学。ダヴィンチやミケランジェロの芸術。ヴェートーベンやシューベルトの音楽。科学や数学もピタゴラスやアルキメデス、ガリレオやケプラー、ニュートンなどの根幹的な発見や理論を超えてはいません。進歩ってなんなんだろう?進化なんて本当だろうか?現代の絵画や音楽などの芸術性が過去より進化しているなんてとても思えません。もしかしたら人間は退化しているのではないか?恐ろしい殺人兵器を罪悪感もなく使う現代の戦争を見ているとふとそう考えてしまいます。宇宙を考えた時、限りなく無限小に近い人間は何故もっと優しく謙虚になれないのでしょう。


 

ケネディーとオバマ
2009/01/20  1960年にケネディーが大統領になった時、世界中の多くの人が期待しました。少なくとも不穏だった世界情勢が平和な方向へ進むのではないかと思いました。当時核戦争の可能性さえはらんだキューバ危機を回避し、ベトナム戦争に関しても早期撤退を計画していた矢先1963年11月22日、ダラスでのあの恐ろしい暗殺事件が起こりました。暗殺の真相は未だ深い闇の中ですがリンカーン大統領と言い平和や人道的な考えを持つ指導者は暗殺されてしまうのではないかと言う恐怖感がずっとあります。

今回米国史上初めての黒人大統領となったオバマ氏にはケネディー大統領が就任した時のような期待感があります。彼なら大国アメリカをいい方向へ導いてくれるのではないかと言う思いはアメリカ国民だけではなく世界中の人が感じているのではないでしょうか。キューバ危機が去った後のケネディーの演説に「我々すべてがこの小さな惑星に住み同じ空気を呼吸している。我々はみな子供達の未来を案じている」と言う一節がありますがケネディーを敬愛するオバマ大統領も同じ思いで重席につくのでしょう。世界が軍縮と平和へ、そして格差のない調和に満ちた世界に一歩でも近づく事を心から祈ります。


日本と世界
2009/01/25  オバマ大統領が国内外の案件を着々と進める中日本では誰が考えても無駄な感のある給付金うんぬん。公明党のゴリ押しに負ける自民党も情けないけどもう少し心ある政策をして欲しいものです。2兆円は住むところもないような本当に困った人、医療や介護で悩み疲れきってる人のために使うべきです。国民の多くがもっと使い道を考えろと言ってるのに本当に奇妙な国です。そんな政治家を選ぶ国民が悪いと言われればそれまでですが日本の政治家の視野の狭さ意識の低さには何度も驚かせられます。アメリカのブッシュもひどかったけど今回は全く違うタイプの大統領をアメリカ国民は選びました。アメリカに追随するのはいいとは思いませんが次の選挙は今回のアメリカの大統領選挙を見習うべきです。


 

新世界の悲しみ
2009/01/29  父に連れられ子供の頃からなじみ親しんだ新世界の街。天王寺から小さな森を抜け美術館の脇を抜けると混沌とした大阪らしい街が現れます。囲碁や将棋の店では真剣な面持ちの大人が所狭しと勝負しています。芝居小屋や映画館が何ともローカルな雰囲気を醸し出して道行く遊び人や労働者と妙に調和する街。昼間っから酔っぱらいが千鳥足で歩いても違和感のない街。

たまにはくだけすぎた街に眉をひそめる人もいますがそれは大抵了見の狭い人です。人と人が、人と店が人情優先でつながっているような街。北や南の繁華街にはない心地よさがあった街、でした。過去形にしたのはすっかり変わってしまったからです。天王寺の森は浮浪者を追い出すために作った味気ない有料公園になり、寝る所がない人たちが肩を寄せ合うように暮らしていた段ボールやベニヤで出来た小屋も取り壊されてしまいました。彼らの多くは大人しく教養もあって景観を乱すどころか周りの掃除も熱心にしていたような人達でした。無慈悲で無神経な役所の施策は森だけでなく人間をも殺してしまいます。


 

そんな殺伐とした流れがあって新世界につながるエリアはすっかり変わってしまいましたが、つい最近まではまだ新世界の街そのものは昔のイメージを保っていました。ところが悪しき時代の流れでしょうか。居酒屋などの昔ながらの小さな店が取り壊され観光客や若者をターゲットにした大規模な串カツ店がぼこぼこと街を占領してしまいました。観光で来た人には分からないでしょうが新世界のイメージとはほど遠い店、地元とはなんの関係もない店なのです。これは推察ですが資本があってお金が儲かったら何の商売でもやるような会社の仕業ではないでしょうか。おまけに店員にきついノルマでもかけているのか店の前を通ると強引に客引きをしています。思わず友人と目を合わせて「悲しいね」と2人嘆きました。商売のやり方にも義憤を覚えますがそんな店がはやる今の世の中、人々の感性と風潮に何か空恐ろしいものを感じるのです。

 

TOP PAGE



birth100

バースデザインビアンスアンディムジークプロニティヘキサグラムアロットユニバーソーリドメモランダムラナコルラブソンググランブルーな人々へ
デザイン寺子屋リンク・県別リンク・世界の国リンク・世界のインテリジェンスリンク・ニュースリンク・サイトリンク・ヒューマニスト

サイトポリシーサイトマップリンクについて著作権お問い合わせ