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2006/08/29  暑さだるさの8月も気がつけばあと数日となりました。暑い暑いを連呼しながら動き回った夏。ヒートアイランド現象が心の中まで熱くした夏でした。でもまるでお湯のようだった水道水にも秋の気配を感じます。ひんやりとする水の感触。冷麺もざるそばもいっこうに冷えなかった夏の水。氷のいらない季節はすぐそこです。さて、平日なのにビアホールは満席。残り少ない夏への思いをそれぞれのビアグラスにたくしているのでしょうか。

 

2006/08/28  うだるような暑さの「うだる」は「湯でる」の変化した言葉だそうです。「夏バテ」は「夏果て」まさしくこの夏が果てる前にダウンしそうな厳しい残暑です。飲酒運転の凶行に親殺し子殺し。連日流れるニュースは暑さのせいの幻聴かと思いたいほど受け入れがたい現実で、悲しさ怒りを通り越して虚脱状態になります。この国は一体どうしてしまったんだろう。信じがたいニュースが氷山の一角にすぎず思いやりややさしさの欠如と言う病気が恐ろしい勢いで蔓延している日本。

人ごとに対してあまりにも無関心な生き方が結局まわりまわってこの悲しすぎる事件の元凶、孤独と人間性の歪みを生み出しているのだと感じます。「生きている以上、自分に無関係な事なんてないじゃないか」とよく友人と語り合いますが、個人として関われる範囲は自ずと限られます、でもせめて意識だけでも社会や自然に向けている姿勢は必要だと思うのです。


 

2006/08/25  闘病中の友人からもらった一冊の本。「君と歩いた街」と表紙に書かれています。どきんとする切なさ。僕にとっては迫力の言葉です。一人で歩いた街、君と歩いた街。つかの間の風景が脳裏を駆け抜けます。夢のような現実。現実のような夢。鮮明な記憶とおぼろげな情感が織りなす一枚の絵。過去ってなんだろう?定着した事実。いまだ漂流する断片。今見ている君がすでに過去ならば、昨日見た君の方が現実に近いんじゃないか、などと考えてしまいます。少なくとも昨日、今日、明日は直線的な連続ではなく、摩訶不思議な曲線でつながっているのだと僕には思えるのです。


 

2006/08/24  「・・・・まで切符を一枚下さい」「はい、座席は指定ですか?」「自由席でいいです」新幹線の切符を買う時の窓口での会話。自由席ってなんだろうといつも考えてしまいます。空席のある時はともかく混雑してる時は連結部分に立ったまま目的地へ。自由席?は指定席より言葉上楽なイメージなのに変。と言っても「お客さん指定にしますか、不自由席にしますか?」と問われればいい感じはしません。些細な事かも知れませんが引っかかります。「自由」は曖昧な言葉です。日本は自由でいいね。本当だろうか?確かにある部分は自由かも知れません。でも、自由とはあくまで自由なはず。今回の旅の往復は「自由席」に座るため利用客の少ないこだまに乗車しました。車掌さん以外だれもいない車内。どこへ座ろうと自由自在。自由っていいものです。


 

2006/08/22  家族は外に向かって咲く花のようなもの。見る人の心を和ませてこそ家族だよ。亡き父はよく僕にこういってました。そういう本人は他人の世話をやくのが大好きで、時として家族は置き去りになることも度々ありましたが、僕はそんな父が好きでした。父いわく、家族はいつも心の中に住んでるからね。確かに。人や家族が孤立した結果の悲しい事件が後を絶たない今の世の中。人も家族も外に向かって咲く花のようであらねばなりません。こっちまで心が温かくなるような微笑ましい家族。旅先でそんな家族に元気をもらった事が幾度もあります。たとえ一期一会の出会いであっても、その笑顔とやさしさは僕にとって生涯のお守りのようなものです。


 

2006/08/21  人と人の出会いなんて簡単なものじゃないさ。人と人の別れなんてもっと簡単なものじゃないさ。おかしな日本語だね。英語ならIf,Believe,Necessity,Eternity,Existence,なんて単語でごまかしたいところだけど、結局一人なんて簡単なこと。何も分かっちゃいないんだから。難しいのは人と人。意味があるのは人と人。君のLyin'Eyesには深い意味があるかも知れないけど、鏡の中の瞳には何もない。

美しく変容する万華鏡を覗く目は向こうから見ればもっともっとミステリアス。人が人と関わった時、それは大いなる謎と向き合う時。決して簡単なものじゃない。あまりに無防備であまりに欲深い僕が混乱するのは当たり前のこと。でも一人なんて簡単なこと。何故って、それは相手の心に映る自分が真実の自分だから。それにしても君の心に映る僕は冴えないけど、僕の心に映る君はいつも素敵でまいってしまう。


 

2006/08/20  数十年に一度の星が降った夜。輝く流星が空一面に走った夜。あれから何年が経つのだろう。多すぎる流れ星に祈る事さえ忘れ、ただ呆然と見ていたあの夜。冷たい空気を切り裂くように走る閃光は夢のように思えるけど網膜に焼き付いていまだ消えない。

世界中の人が星に祈り、日本中の人が願いを込めたあの夜。数知れぬ願いは叶ったのだろうか。星の数ほどの祈りは天に届いたのだろうか。僕の願いはいまだ宙を走り、祈りはまだ手の届くところをさまよっている。夜な夜な流れ星を探す僕と流れ星に乗っている僕が夢の中で奇妙な出会いをする時、やっぱり僕は二人いるんだと納得する。それにしても数年前のできごとが太古の昔のことのように感じるのは何故だろう。もう一人の自分、そしてもう一人の自分。夜が明ける前に話してみよう・・・


 

2006/08/19  「何を優先するか、それが問題だ」ことあるごとに考える言葉です。人は意識的にせよ無意識のうちにせよプライオリティーを実践して生きています。それは何を信じるか、何を愛するかと言う人間にとって基本的な問題と密接につながっています。何を優先するか、それはまさに人それぞれの価値観や心情のあり方そのものだと思えるからです。

もし多くの人が人を愛し、人を信じる事を優先して生きるならば素敵な社会は必然的に生まれるのですが、 現実はそうではありません。本来優先しなくてもいいもの(それは無数にあると思いますが)を知ってか知らずか選択しながら日々をやり過ごしている人も多いのではないでしょうか。生きる上で優先順位など考えなくていいようなものですが、実際それをちゃんと意識していないと結局、怠惰や惰性のような事さえ人は優先してしまうものです。電車の中にわざわざ作られた優先座席。そんなことしなくても全ての座席が優先座席です。老人や体の弱い人をいたわるのは当たり前のことですから。


 

2006/08/16  盆休みも最終日です。いつも仕事帰りにしか会えない友人と昼間からの飲食です。時間はたっぷりあります。政治の話、スポーツの話、食べ物の話、学生時代の話、時間を気にしない会話がゆったりと流れて行きます。夜の3時間も昼の3時間も同じはずなのに今日は何故か長く感じます。どんな話題をどんな切り口で話しても理解しあえるのはうれしいものです。だからこそ友人なのですが、思いつくまま気の向くままの会話が延々と続くなんてやっぱり不思議な気もします。話題によっては何十回と繰り返し話してきたものもあるのに、それもまた新鮮。ここまでくりゃまるで古典落語だなと思いながらジョッキ越しの友の顔に見入ります。


 

2006/08/15  最後までなんて勇気のない人間だろうと思いました。小泉首相の顔を見て心から思いました。もしあの世があればあなたは絶対ばちが当たります。ほんとに僕自身のおじいさんおばあさんが生きてたら許さないだろうと思います。戦争は誰がなんと言っても犯罪です。ものごころついたときから洗脳されて無理矢理戦地へ行った人達。人を殺し、逆に鉄砲の弾さえなく死んでいった人達。

そしてあの原爆。何がお国のために死んでいった人達ですか。そんな人は1人もいません。本当に平和を願うならば沖縄の岬の果てでそれを誓うべきです。長崎でも広島でも大阪でもいい。焼夷弾の下で無意味な死を遂げた人はどれだけいるでしょう。ただ靖国神社だけは違うでしょう。本当に戦死した人の事なんか全く思ってない小泉首相が政治的理由だけでやること、ただ自分のしょうむない権力を行使したいだけで最後までそんな情けないパフォーマンスをやるなんて、僕が言っても始まらないけど、あえて無駄でも言います。

あなたは間違ってます。もちろん分かってやってるのだろうけど、ならばなんのため?誰のため?ですか。なんでもっとやさしく生きれないのですか。戦争記念日に思うことです。


 

2006/08/13   室温28℃。快適温度ですが外は相変わらずの暑さ。この2、3日いろんな人と会って話しすぎたので今日は沈黙を守ろうと机の上に読もうと思う本やら雑誌やらを置きます。ついでに街でもらった反戦詩人のビラや各種広告にうっちゃっておいた請求書の束。ポストに投げ込まれたデリバリーの寿司とピザのメニューなど手当たり次第に机に置くとちょっとした紙の山です。山の上から一つづつのんびりと目を通して行きます。あってもなくてもいいような印刷物。

寿司のメニューの間からひらりと風俗のチラシが床に落ちます。お金のためとは言えこんなものを受注しなくてはならない印刷屋さんはつらいだろうなと思いながらゴミ箱へ。情報技術が激変、進化して視覚表現の自由度は上がっているはずなのに、ここにあるのは20年前と何ら変わらない、むしろ退化したとも思える印刷物。そう言えば電車の中吊りポスターのデザインも同じだなあと考えながらまたゴミ箱へ。

その昔グーテンベルグが発明した奇蹟の技術、印刷。使い方によっては素晴らしいものだけど最悪の無駄にもなります。それは今のコンピューター技術も全く同じ事。有意義なものほど悪用されると言うジレンマが解消される日が来ればいいなと手を伸ばせばそれは恐ろしい請求書の束。マジシャンのように封筒の中の数字を全部ゼロにできないものだろうか。読書に入るまでの長い長いプロローグでした。さて、やっと手にした本は「失われた時への旅」・・・


 

2006/08/obon  1人1人がこの青い空と海をかけがえのないものとして愛し、汚さないために日常のほんの少しの努力をするだけで環境汚染は防げるはずです。家庭ゴミを減らすちょっとした努力。エネルギー消費を少しでも控えるためのライフスタイルへの意識。ただそれだけでも僕は守れると信じます。8月は過去の悲惨な戦争の記憶を一人一人の胸に焼き付ける月です。平和への願い、あの悪夢のような原爆が2度と投下される事のないよう祈る月です。1人1人の平和への願い、戦争は何があってももう嫌だと言う強い意識。世界中の人が同じ思いをもったとき戦争はなくなると信じます。

戦争は永遠になくならない、環境汚染は止められないなどと、まるで不可能問題のようにあきらめてしまって1人1人がそれらの事になんら努力をしなくなる事が一番恐ろしい事ではないでしょうか。全ては可能な問題です。それぞれの人が自分の悲しさ、自分の喜び、自分の快適さの中にほんの少しだけでもこのかけがえのない地球の事、かけがえのない全ての命の事を紛れ込ます事だけで世界はいい方向に進んで行くと思うのです。「エゴイズム、ゴミを取ったらエコイズム」ホームページを始めた頃に書いた言葉。僕はこの言葉が大好きです。


 

2006/08/12  スキマスイッチか福耳か定かではないけれど素敵なグループの素敵な歌を聞きました。「君だけを乗せて」と言うフレーズ。銀河系の彼方まで僕は僕の宇宙船に君だけを乗せて行きたい。そんな思いをきれいな声で何とも言えないニュアンスで歌う彼らの声がラジオから聞こえて来ました。心優しい人を全部運ぶ猫バス。大好きなととろの世界だけれど、僕は結局だれ1人僕の小さな宇宙船には乗せられないのかも知れない。それは自分の夢の宇宙船の設計がいつまでたっても未完成だからなのです。「君だけを乗せて」飛び立つ宇宙船を完成できなければ結局その他の事は全部嘘かも知れない。大好きな人。心かよう人。励ましあえる人。猫バスのような宇宙船が理想だけれどまず小さな小さな宇宙船、君1人しか乗せられない宇宙船を作る事が大切なのだと今日始めて分かりました。


 

2006/08/11  音一つしない盆休みの深夜。パソコンのモーター音がやけに大きく聞こえます。喉が渇いて冷蔵庫を開けると飲み物はなし。常備してる牛乳もウーロン茶もなくて氷水でも飲もうかと思ったとき野菜の下にキラッと光るものがありました。「-196℃」と書かれたなんとも涼しげな缶チューハイ。そうそう、先日入院中の友人を見舞ったとき逆に彼からもらったおみやげでした。一体何が-196℃なんだろうと思いながら氷を入れたコップにチューハイを注ぎます。ごくり!のどごし爽やか、美味しい!考えて見ると缶チューハイを飲むのは始めてでした。これは缶ビールより美味しいかも知れない。居酒屋のアバウトな酎ハイよりずっと美味しい。そうだ、彼の退院祝いの時には売り場に並ぶ缶チューハイを全種類買って飲み比べしよう。-196℃が目に心地よい季節のうちに退院できますよう。


 

2006/08/10  地域によっては朝夕の風に秋の気配が感じられるとか・・・暑い暑い大阪は微塵も秋の気配はありませんが、それでも気がつけば秋というのがいつもの事です。暑い暑いとぼやいていても夏が過ぎ去ろうとすればちょっぴりさみしい思いをするのもいつもの事。あんなに避けていた照りつける太陽に心が残ります。春夏秋冬、それぞれの季節の間に感じる微妙な気持ち。過ぎゆく季節への思い、やって来る季節への期待。僕には夏から秋への移り変わりが一番ドラマチックなような気がします。


 

2006/08/08  雪のように、砂のように、波のように、風のように、繰り返して、溶けて、積もって、引いて、現れて、消えて、人生は流れて行きます。竹刀を打ち込み、木刀をよけれなければ真剣を持てないように人生も段階があるのだけれど、人はいきなり真剣を使ってしまう。美しい舞いには血のにじむ鍛錬があって、やさしい笑顔には数え切れない悲しみが宿っています。見えるもの、見えないもの、意識の目、心の目。考えすぎれば窒息するし、考えなければ生きる価値そのものが危うくなります。「なぜ空は青いんだろ」ふと浮かぶ単純な疑問。地球と言う境界のない球面にへばりつく全てのものは今日も動いて変化していきます。


 

2006/08/07  満月ではないけれど驚くほどはっきりとした輪郭のお月さん。暑いのにちょっと化粧が濃すぎるのではと問いかけると「あなたを元気づけようと思ってきりりとしたのよ」そうなのか。。考えれば過去に何度も勇気づけられた事がありました。「いつもありがとう」高野山の驚くほど大きな杉の木たち。日本海の荒波。瀬戸内のやさしい海。

みんな感情移入の強い僕には手を焼いてるだろうけど感謝してます。やさしさの中のきびしさ。人も自然もきびしさの前にやさしさがあるから、そしてそれがわかるから素直になれます。「お月さん、アイシャドーはブルーベリーの色にして」「これいじょう濃くしたら天文学者がパニックになるじゃない」「そうだね、めったにないメイクアップだからね」素顔もいいけどたまにはいいね。「すっかり元気になりました」


 

2006/08/06  夏まっさかり。高校野球が始まりました。つらい練習を繰り返し積み上げて予選を勝ち抜いてきた球児達。日焼けした顔に白い歯。何十年少しも変わらない開会式です。僕が子供の頃はどの学校のチームも地元の子供達で編成されていて地域の愛着、応援はもっとすごかったけどそれも時代。大阪の子が北海道から出て、東北の子が四国の学校から出たり、まるでサッカーのクラブチームのようですが、同じユニホームを着たらもうみんな一丸。無心で白球を追う若者の姿は最高です。アマチュア精神。かって知人の建築家がいい加減な各界のプロを皮肉って「アマチュアが手を抜いたらプロになる」と言ってましたが、それは皮肉ではなく真実ではないかなと、初日の高校生達の試合を見て思いました。


 

2006/08/05  淀川の花火大会のせいでしょうか。街が華やいでます。色とりどりの浴衣を着た若いカップルが履き慣れない下駄をならして歩いています。風景に夏を実感します。浴衣、下駄、草履。斬新なデザインの浴衣とネイルペイントがよく合ってます。若者の夏。中年の夏。晩年の夏。年齢だけでなくその時その時の思いや状態がつくりだすそれぞれの夏。暑い暑いと連呼してウーロン茶がぶ飲みの夏ではいけないなと反省。そう言えば昔、暑いとぼやく僕に母が言いました。「あんたあほとちゃう。暑いから夏やんか」確かに・・・


 

2006/08/04  戦後60年。6日はあの恐ろしい原爆が投下された日です。毎年この時期になるとNHKを始めとするマスメディアが戦争に関する特集番組を積極的に放送します。なるべく多くの人が戦争と言う悲惨、過去の忌まわしい事実に目をむけ反戦と平和への意識を持つようになることを祈るばかりですが、実際はどうでしょうか。学生の頃繁華街のとある酒場の前を通るといつも軍歌の聞こえる店がありました。

初老の人達が楽しそうに合唱してるのです。僕は戦争を賛美するようなニュアンスの人達が理解できませんでした。その後戦争を体験した人々にお目にかかる機会があり、語るに語れないような戦地での事実を聞かせていただきました。本当に悲惨で恐ろしく、悲しい体験をされた人にとって戦争は思い出すことだけでも苦痛なのだと言うことを知らされました。恐る恐るの僕の質問に、顔を歪め、遠くを見つめぽつりぽつりと真実を吐き出す老人。軍歌どころか過去そのものを消してしまいたいと思うほどの悲しみがあって、その体験すら語れないのが現実ではないでしょうか。

酷い戦争の生き証人が少なくなる中、僕のような戦争を知らない世代は積極的に戦争の恐ろしさを認識しなければなりません。いつの世も戦争の起こる背景には人々の無知と無関心があるからです。


 

2006/08/03  今日も炎天。汗だくで乾燥した体と喉に潤いを!帰宅早々よく冷えたグラスに氷を入れて濃く出したウーロン茶を注ぎます。目にも爽やかウーロン茶。「ごくり!」うわぁああっ!思わず吐き出しました。なんとそーめんつゆだったのです。頭の中で完全に出来上がっていた冷たいウーロン茶が喉を通る至福のイメージが吹っ飛びました。バスタブにバスクリンと間違えてニュービーズを入れて以来の不覚。ライターをくわえて煙草で火を点けようとようとして以来の不覚。お茶とめんつゆをよく似た瓶に入れてはいけない。大根おろしにソースは合わない。数々の失敗が走馬燈のように頭を駆けめぐります。熱中症かもしれない。炎天下調子にのって歩きすぎてはいけない。いくら喉が渇いても慌ててはいけない。十戒の日です。


 

2006/08/02  救いの風もなく問答無用の暑さです。国内ではもうやめてくれと思うほどの悲しいニュースが後をたちません。どのニュースも人間性の喪失としか言いようのないやりきれない事件や事故です。海外ではますます深まるイラクの混迷と破壊。イスラエルのレバノンへの空爆も激しさを増しています。一体どれだけの命が奪われているのか、ニュースを聞く側もマヒしてしまって分からない状況です。地球の環境破壊が危惧される中、人間の心の荒廃を合わせて考えるとそれらは同じ次元のものだとあらためて思い知らされます。国のエゴイズム、民族のエゴイズム、宗教のエゴイズム、そして個人のエゴイズム。全てのエゴイズムは環境破壊へと直結しています。


 

2006/08/01  長く続く雨と突然の晴れ間。湿度と気温もすこぶる高かった7月も終わって、今日から8月。氷にビール、コーラにウーロン茶、コーヒーに牛乳にヨーグルト。冷たい液体を大量に取り込んだ体はすっかり抵抗力をなくしています。氷以外の個体を食べなければいけない。キャスパーやスライムのようにぶよぶよになってしまう。ぶよぶよは可愛くなければ許されない。などとわけのわからない恐怖に駆られながらの8月初日。野菜を食べよう。タンパク質を取ろう。とにかくまず食生活を変えよう。


 


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