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november

あなたたちが住めない国

2006/11/30  美しい日本を目指してなどと、どこから見ても美しくない政治家の人たちが言うけれど、3万人もの人が自殺して、老人は疎外され、子供たちへの虐待が後を絶たないこの国にそんな口先だけの言葉を投げかける事すら間違っています。人の美しさはその人の生き方、内面的なものから生まれて来ます。国の美しさだってその国のあり方、国民一人一人の意識の持ち方から生まれてくるものだと僕は思います。

犬や猫などのペットを偏愛する人が多いこの国。でも、年間数十万の犬や猫が保健所で殺されています。美しい日本のそのずっとずっと前に人間らしい日本に戻さなければなりません。日本各地の美しい風景や情緒をぶちこわしておいて何が美しい日本ですか。日本人が誇るべき情や細やかな神経を破壊してどうするのですか。厚顔無恥な政治家の人たち、人間がなんであるかを忘れてしまった金の亡者のような人たち。美しい日本とはあなたたちが住めない国の事を言うのですよ。


生姜湯の威力

2006/11/29  治りかけてはぶり返しの風邪はロングランでもう一ヶ月になります。いつもなら二三日でけろっと治るのにこんなに長く風邪を引っ張ったのははじめての事。その風邪もプレゼントの生姜湯を飲んだら治ってしまいました。それにしても薬局の売り場に並ぶ風邪薬の種類の多さには驚かされます。

逆に考えると風邪の特効薬はないと言う事でしょうか。風邪は気のゆるみからだとはよく聞きますが、ふと気の緩んだ時に風邪を引く事が多いのは事実です。いろいろあった11月もいよいよ明日まで。体調も心もすっきり整理して慌ただしい12月に備えたいと思います。風邪は万病の元、大事に至らないよう風邪には十分ご注意下さい。


飽きない心

2006/11/25  飽きないこと、どんな人にでもそれはいくつか、いやたくさんあるだろうと思います。飽きないからこそ親友も恋人も存在しますし、人は生き続けることができるのだと思います。何回読み返しても飽きない本。何回見ても飽きない映画。

何回聞いても飽きない曲。飽きがこないってことはよほど好きだということです。いくら一緒にいても飽きない人。いくらしゃべっても、いくら笑っても、いくら見つめ合っても、いくらキスして、もいくら抱き合っても、飽きない人。人と人はそれが全てなんじゃないだろうかと思います。、飽きないこと、それはいつも人の心が変化していて会うたびにいつも新しいからだとも思うのです。

もちろん好きだからこその事ではありますが。近頃頻繁に起こる子どもたちの悲しすぎる自殺。これから出会う事がいっぱいある命なのに死を選ぶなんて残酷すぎます。死に追いやる社会や人間には憎しみを持ちますが、子どもを守れない学校や親にも疑問を持ちます。可能性いっぱいの子どもたちに対して世の中の全ての事に飽きてしまって、絶望するまで生きる事に飽きないで欲しいと願わずにはいられません。


世界一のカフェテラス

2006/11/23  やっぱりここは僕の原風景だなとあらためて思います。中央公会堂へとつづく川沿いの道には枯れ葉がちらほらと舞って通り過ぎて来た時間が流れます。蜃気楼のようなビル群に取り囲まれ川面に浮かぶ貸しボートの姿はなくなってしまったけれどこの場所だけは守るんだと言うバリアがここにはあります。素敵な人さえそばにいればここはいつでも心のパリ、ロートレックやシャガールと出会える場所です。

「世界で一番素敵なカフェテラスへようこそ」「コーヒーは一杯120円です」近くの販売機で買って来た缶コーヒーをそう言って手渡すと「な〜んだ、世界で一番素敵で安い喫茶店と言うのはここの事だったの」と彼女の笑顔がはじけます。ぺったんこの水上バスを目で追いかけながら子犬のようなキス。そうここはセーヌのほとりなのです。


頭が悪いのか心が悪いのか

2006/11/22  紅葉が本当にきれいです。そして素敵な人たちもきれいに輝く季節です。深夜親友からのメール「やっぱり人生自分との戦いやな」のメッセージに「それは違う、あほとの戦いの中で自分自身のスタンスや生き方が決まるだけ」の返信。「それじゃあほってどんな人間?」の問いに「それは心の悪い人間」の返信。あほって言うのは能力の是非や知力の有無ではありません。

形容しがたいけど品性もなく、感性もなく、理性もない人がいます。強欲と見栄と無神経だけみたいな人間、それを妥当かどうかはわかりませんが代名詞として「あほ」と呼ぶならば、人生はあほとの戦いです。友人からの再メール。「お前の言う通りだな、自分との戦いなんてものじゃなくあほと戦うってことは自分がちゃんとした人間でなければあかんもんな」その通り。まあ続きは明日仕事が終わっていっぱい飲みながら話そう。夜中にしょうむないメール打ってくるな!


闇に取り込まれる前に

2006/11/21  もし今思った事を今やらなければそれは永遠に闇に隠れてしまうかも知れない。そんな思いに駆られて実行する事があります。実行したからと言って思った事が実現できるとは限りませんが少なくとも思いを陽の当たる場所へ置いておく事ができます。それは一本の電話かも知れませんし、ただ一行の走り書きかも知れません。その時の表意です。

何かを考え追い求めている時にそれはよく起こります。深夜ふと目覚めて「もしかしたらそうじゃないか」「これが関係するんじゃないか」などと思いついて書きとめる事もあります。その現象は人を愛してる時にはもっと顕著で頻繁です。彼女に伝えたい思い、彼女を理解したい願望、彼女を抱きしめたい欲望。寝ても覚めても思う事は泉のごとくです。

あらゆる想像のシチュエーションの中で、思いもよらない行動をとる事もあります。でもそれは思いが高じた結果の思いもよらない行動で、今思った表意の反映です。もちろん思いはまぶしい光の中で木っ端みじんにくだけ散る事もありますが、何事もなく闇に消え去る思いより僕はいいと思うのです。


動物を見かけない町なんて

2006/11/20  雨が止んで雲間からきれいな青空がのぞいています。雨に濡れた落ち葉がきらきらと輝いて秋らしい雰囲気が公園を包みます。雨宿りしていた野良猫たちも嬉しそうに公園を闊歩して、毛繕いをしています。これからの寒い季節、民家の縁の下やビルとビルの小さな隙間で寒さに耐える彼らにとってはまだ暖かみの残る今の公園はあとわずかの楽園です。野良犬はすっかり姿を消してしまった大阪の街。

敏捷で用心深い猫たちはこんな住みにくい環境で世代をつないでいます。猫たちを我が子のように世話をするおばあちゃんもいるけど、毒を撒いて殺す人たちもいます。何も殺さなくても、野良猫が生き延びる環境自体がどんどん狭まって、いつか野良犬を見かけなくなったように、野良猫も見かけなくなる日が来るかも知れません。人間やペット以外に生き物を見かけなくなるような社会。それはとても恐ろしいことではないでしょうか。


 

魅力が詰まった中身

2006/11/19  人の存在感とか能力とかは僕には分からないけど、ただその人を見ているだけで充足したり、幸せを感じたりできる人がたしかにいます。簡単に言えばそれはその人を好きと言う事なんですが、もっと違う何か、あこがれ、尊敬、本質、器量、心根、才能、多々ありすぎて分かりませんが多くの要素が混然一体となって自分の感性に訴えてくるのだと思います。逆に別に確たる理由はないのだけど、その人を見ているだけでうんざりして嫌になってしまう人もいます。人それぞれ、自分勝手なことなんですけど、素敵な人は確かにいます。


風邪とともに去りぬ

2006/11/15  うかつにも風邪。「これはやばい」と薬を飲んでは横になり、「こんな事はしてられない」と起き上がっては机に向かい、「抵抗力をつけなくては」と食事をしては薬を飲み、「少し体を休めよう」と横になるけど「やっぱり気合いだ」と起き上がり、思い切ってシャワーを浴びる。まるでどたばた喜劇のような一日。6食、6薬、6横、6起。なんとか風邪は克服できたようだけど、今日の一日は「風邪と共に去りぬ」でありました。風邪は万病の元。くれぐれも風邪には気をつけて下さい。


子供は自分の手で守る

2006/11/14  毎日のように報道されるいじめによる自殺。いたいけのない子供が自ら死を選ぶなんてあまりにも残酷です。親は子を守れなかったのだろうか?クラスの中に一人ぐらいいじめと戦う子供はいなかったんだろうか?担任はなぜ気づかないのだろう?いじめる側の子供を育てた親はどんな人間なのだろう?あらゆる疑問が怒りとともに湧き上がって来ます。

確かに要因は複合的で決めつけられないとは思います。人より多感でナイーブな子供たちの避難する場所がない現実。自分さえよかったらいいと言うエゴイストな風潮が蔓延し、そんな殺伐とした大人の世界のしわ寄せが子供たちを襲っている現実。教育システムの改革でどうこうなるような問題にはとても思えません。

教育者の質の低下は随分前から言われていますが、それは医師モラルの崩壊、政治家の堕落、警察官をはじめとする役人の迷走などと同じで今の社会全般の傾向です。僕は可愛い子供の親に一つだけ言いたい事があります。「とにかく学校へさえ行っていれば何とかなるとか間違いはない」と言う考えは危険です。子供が悩んで学校へ行きたくないそぶりや兆候を見つけたら、とりあえず学校には行かせない事です。

一年や二年休学しようが、よしんば退学しても長い人生なんとでも取り返しはつくのですから。可能性のいっぱいある幼い命をとりあえず守ること、そしてそれに匹敵する教育環境なんてほとんど無いに等しい今の日本。ごく少数の人間的な教育者がいらっしゃるのも事実ですが、そんな素敵な先生はどこの学校にも一人か二人。そしてそんな先生が逆に苦境に陥るような摩訶不思議な事が日本では起こっています。それは一般社会でも同じ事です。とにかく子供をまず保護して休ませる事です。義務教育もへったくれもありません。それぞれの手で、自分の手で子供を守る事です。


重力をはねかえすもの

2006/11/13  お互いのきびしい状況をものともせず、ポンと汽車に乗ってただ一瞬の笑顔が見たくて待ち合わせる二人。そんな映画があったけど映画より映画らしいシーンも現実にあります。人が人を好きになって人が人に惹かれる不思議さ。日常のあまたの重力を二人の思いがはね返す瞬間、二人は生きる事の尊さのなんであるかの断片に触れます。真実かもしれない、夢かもしれない一瞬に思いはぶつかりからみ合います。並んで歩く事、見つめ合う事。人は三十三間を歩く間に心が一つになる事もあるのです。


 

もう少し秋のままで

2006/11/12  きれいな秋空が広がってるのに、一カ所だけ小さな雨雲があって、ピンポイントに雨が降っています。降っている場所と晴れている場所を行ったり来たりできる不思議な境界線。青い空にはお月さんもうっすらと顔をのぞかせています。車も少ないし静かな日曜日だけど、お天気だけがいろいろ現象を起こして遊んでいるような感じです。北海道ではもう雪が舞っている季節。大好きな秋をもう少しキープして下さいねと、太陽と月と青空そして爽やかな風にお願いする午後です。


 

いいものを積み重ねたい

2006/11/11  人に会ったりどこかへ出かける予定がないのはずいぶん久しぶりの事。封も切ってない事務所類の山を見ながら「塵も積もれば山となる」と言う諺を実感します。一日数通の封書が数週間でこれだけたまるのですから。日常の些細な事の積み重ねが、いい事も悪い事も知らず知らず蓄積して大きな固まりになる。それはその人の人格の中でもベーシックな部分を形成して、案外その人の運命にも影響するんではないだろうか?そしてどんな小さな事でもやり続ける人は結局大きなエネルギーを作り出すに違いないとあらためて思うのです。


ものづくりは国の礎

2006/11/08  マイドーム大阪で開催されている「大阪ものづくり勧業展」を見てきました。精密機器や金属加工など日本の中小企業の技術のすごさに改めて驚きました。素人の僕には一体何に使われるのかも分からない部品も、その精度の高さははっきり分かります。単なる部品なんだけどずっと見ていても飽きないすごさがあります。それぞれの会社の技術の蓄積。長年のノウハウの蓄積がなければ生まれないような製品がいっぱい展示されています。

これだけのものが作れるのに多くの中小企業が苦しんでる現実。戦後日本の経済発展、技術革新の根幹を支えて来た中小企業の功績を考えれば国として保護するぐらいの配慮が必要だと僕には思われます。ありとあらゆる日本の伝統技術と文化。そして近代日本の工業技術。一度消えてしまえば再生が難しいものはもっと大事にもっと積極的に保護、育成する風土を作らなければ、「もののつくれない日本」になってしまいます。日本が世界に誇れるものそれは誰がどう考えたって、伝統と文化、そしてものづくりなのですから。


 

人を壊す巨大都市

2006/11/07  東京へ来るたびに痛感すること。活気、密度、垢抜け、広さ。大阪は地方都市だなと改めて実感します。京都や神戸から帰った時には大阪の人の多さにうんざりさせられますが、唯一東京は逆です。極限まで膨張した街には魅力あるものや場所がいっぱいあるけれど、ちょっと目を転じれば疲れきった人の多さも大阪の比ではありません。

山手線に乗れば昼間から寝ている人が目につきます。きちんとしたスーツ姿の青年やミニスカートのOLが疲れきってぐったりしてるのを見ると、そこまで無理しなくてもいいのでは、と声をかけたくなります。まるで大阪の夜の環状線風景です。都会の消耗戦の中で精神を病んだ人たち。鞄から書類を出し、何か書いてまた鞄に戻し、すぐまた取り出して、その動作を壊れたロボットのように繰り返すサラリーマン。

「いったいどうしたんだろう?」と心配になる人がそこここにいます。都市の成長とはなんだろう?発展とはなんだろう?どんくさい大阪の街はその分だけストレスを緩和しているのかも知れない。いやいや東京大阪の問題ではなく日本の国全体が「あせり」と「喪失感」の中に放り込まれているような現状は変えなくてはいけない。ゆったりとスローでもいいから、生きてるってことは素敵だなと思える方向へ進まなくては、この国は虚無に飲み込まれてしまいます。


夢をありがとう

2006/11/05  神戸の空にこれ以上ないような満月が輝いています。「きれいだね」同じ想いが月に向かって駆け上っていきます。歩いても歩いても見上げればそこに月が笑っています。「何か食べようか」同じ思いが素敵な店に吸い込まれて行きます。どこか遠い南の国の匂いがするお店。

「ギネスとオールドクロウを」何を飲んでも何を食べても美味しそうな店は何を注文してもほんとうに美味しくて会話がはずみます。「あと数時間で誕生日」こんなに幸せでいいのだろうか。心のこもったプレゼントと笑顔。そっとほっぺをつねってみると痛い。夢ではないんだ。水を足さない濃密な時間がゆっくりと過ぎて行きます。「時を止めようか」二つの想いが一つになります。夢のような誕生日をありがとう。


 

眠りたくない時

2006/11/02  レモンのようなお月さんがぽっかりと浮かんで微笑みが満ちた夜。あれこれと尽きない思いと尽きない語らいが時を刻んで行きます。仕事で疲れきった神経と筋肉が心地よく弛緩していくのを感じながら「出来るならばこのまま眠ってしまいたい」と思う夜。でも、一度眠れば二三日寝てしまいそうな疲れに、もう少し起きていて話をつづけよう、微笑みを交わし合おうとがんばる夜なのです。


 

ロンリーナイト

2006/11/01  今日から11月、霜月。文字通りこれからどんどん寒くなります。夏場ラジオから流れて来たクリスマスソングに「このくそ暑いのに嫌がらせか」と思った事が遠い昔のように思えます。もうすでにクリスマスの足音が聞こえます。「ほら雪がきらきら輝いてるよ」「寒くない?」「も少し歩こうか」さて今年のクリスマスは誰と一緒にいるんだろ?今頃からこんな想像をしているから今年もまたロンリークリスマスになるんでしょうね。でも一人だっていいもの。教会の階段に座って冬空をながめながら缶ビールをごくん。なんてロマンチックなんだろ。えっ、風邪引くって?それって単なる淋しい人じゃないって?想像終わり。

 


 


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