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卯月/4/April


 

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エイプリルフール
2010/04/01  雨のエイプリルフール。そう言えば今日生まれた不運な友人がいました。小学校の時、朝に昼に悪友達は不運な友人にこぞって言います。「今日の誕生日には貯金を全部使って大きなヨットの模型を買っていくからね」本屋の悪友は「こんどこそ新刊の漫画を全部プレゼントするよ」「君が欲しがっていたパーカーの万年筆をあげるよ」想像を膨らませた素敵なプレゼントの約束が次々とかわされて不運な友人は有頂天です。そして夕方それぞれにプレゼントを抱えて家を訪ねるとお母さんが作ってくれた美味しそうな匂いが玄関まで漂っています。不運な友人の部屋には3段重ねの誕生日ケーキが!

うかつな友はまだ気がついていません。毎年こうです。「ヨットの模型だよ」大きな箱から出て来たのはぼろ切れでぐるぐる巻きにされた小さなプラスチックの船。ヨットですらありません。本は新刊どころかすり切れた古本。万年筆は書けなくなって家に転がっていたものでしょう。不運な友人は「あっ!またやられた」と悔しがります。僕たちは大爆笑。ケーキもごちそうも最高に美味しくてみんな幸せそうです。でも本当は騙されていたのは僕たちの方で不運な友人はとぼけた振りをしていたのかも知れません。どんなプレゼントより友人が集まってわいわいやる方が大切だし楽しいですから。

 

富士山と日本人
2010/04/03  なだらかな曲線がすそ野に延々と広がって優美な山です。銭湯のペンキ絵ではないけれど絵や写真でいちばん多く目にしているのはこの山だけれど僕はまだ登った事がありません。あえて登りたいとも思わないのは、あまりにも象徴的で見慣れていて脳裏にまるで紋章のように刻まれているからかも知れません。今日は新幹線ではなく普通電車。車窓から長く長く富士の山を観察する事が出来ました。雄大でまさに永遠不滅のような感はあるけれど実際は不安定な火山で噴火すればその形が変わってしまう事も分かっています。でもいくら形が変わっても日本人なら富士を思えば浮かぶ形は永遠に同じでしょう。

形あるものはいつか形を変えるでしょうが心に刻まれたものは変わらない。20年、30年ぶりに会った友人にお互いの風貌の変化に戸惑いながらも一言かわせば「やっぱり昔のままだ」と安堵する気持ち。人間に対する心象もまた不変でありたいと思います。でも富士山ではないから人間の場合はお互いの努力がいるのは言うまでもありません。


地方の孤立と個人の孤立
2010/04/05  地方の衰退は目に余るものがありますが地元には仕事もなく都会に活路を見出そうとして孤立してしまう人も増え続けています。40年前、18才の頃、仕事の都合で東京で暮らしていた時の事です。一時住むところが無くなってたまたま東京で就職していた友人のアパートに泊めてもらったり、やむなく公園で一夜を明かした事もありますが2度ほど新宿のオールナイト喫茶で夜を明かした事があります。広いスペースの店内には僕と同じような若者がいっぱいいて中には年配の人も疲れ果てた顔をして宙を見つめていました。コーヒーの他にホットドックか何か食べ物を取るのがその店で夜を明かせる条件でしたが、疲れ果ててテーブルの上には手をつけていないホットドックがそのまま残っている席も多くありました。若くて怖さ知らずの時代だったけどその時の店内の憂鬱な雰囲気をよく覚えています。

50人は裕に入れる店だったけど店は一杯でその一人一人が発する孤独感が店内に満ちて逆に自分の孤独感が消えてしまう気がしました。もちろんその時の僕の孤独なんて大したものではなかったのですが。あれから時は流れて新宿も原宿もすっかり変わってしまったけど、どんどん無機質な街になっているのは間違いありません。哀愁みたいなものが全くないのです。この感は地方も同じであの時の喫茶店の若者は挫折しても故郷に帰る事が出来たけれどこれだけ衰退してしまった地方へはもう帰れないのが今の若者の当時とは違う孤独感ではないでしょうか。哀愁とか郷愁とか風景を含め情的なものが消えうせれば孤立や絶望から人が立ち直る事はますます難しくなります。

 

職業と視点
2010/04/07  たくさん会社を辞めました。たくさん仕事を変えました。まともに履歴書に綴れば一瞥しただけで入社は拒否されるのが分かっていたので多くは割愛して記しましたがそれでも面接官に君は根気がないねとか真剣に働く気があるのかね、とかわがままな性格ではないのかね、とか言われる始末。「真実は違うのです、辞めて来た会社はあまりに理不尽で気が弱くて虐げられた同僚や上司のために経営者に意見したら解雇されたのです」と言うと面接官は僕が左翼とでも思ったのでしょうか、丁重に入社を断られた事もありました。喫茶店のボーイに始まって建設現場、漁師の手伝い、写真の現像所、本のセールス、廃材運び、不動産屋、インテリア会社、いろいろな職種を転々としたけれどそれがその後生きるために大いに役立ちました。それは自分のいるポジションによって社会が違って見えると言う事です。

ある職業によっては全く気付かない風景がある職業では見える。社会や人間に対して多角的な視点を持てると言う事です。そしてもう一つ、これはますます実感する事ですが、どんな職業においても人間性と言う大切な視点で捉えれば偏りはないと言う事です。どうしようもない人間はどんな世界にも同じだけいます。人間的な人間もまた少数だけれどどんな世界にも同じだけいます。そこには職業や学歴の隔壁はないように思います。若い後輩にはいつも言います。どんな仕事をしてもそれは決して無駄ではないしむしろ本望だと思う仕事に埋没するよりは敢えて転々と仕事を変えるぐらいの気概がなければ人生面白くないよ。若さとはそう言うもの、そしてその若さゆえの体験が人間性に大きく関与すると思うからです。


さくらと日本人
2010/04/09  さくらが満開です。街をあるけば「この木も桜だったんだ」と思いがけない場所にも咲いています。ほのやかなピンク色の花が人の心をなごますのでしょうかさくら咲くところ人が集まります。澄みきった青空にきれいなコントラストをなして咲き並ぶ木々。満開の花の下で意気揚々、和気あいあいはいいものです。でもところによっては味気ないブルーシートが敷きつめられ、ゴミ箱本体が見えなくなるほどゴミが山積みで風情も何もあったものではありません。厳しい規制や指導がなければ公共の場を守れない人間が自然と融和することなんて出来ないと思うけどそれぞれの桜の木が楚々と咲いているように人もまた一人一人がマナーを持って生きなければせっかくの花見も風情破壊になってしまいます。

 

貧困ビジネス
2010/04/11  嫌な言葉です。窮地に陥った人の弱みにつけ込んでお金を儲けるなんて考えがあまりに非人間的で同じ人間として恥ずかしくなります。でも考えてみれば経済至上主義の社会にあっては多かれ少なかれそう言う要素はあります。人々の無知や不安につけ込んだ商法。あるいはそれぞれのエゴイズムを逆手に取った商法。阪神大震災の時に非常用のブルーシートが不足しているのにつけ込んで高値で売りつけている人間がいましたがひどい話です。少しでも役に立とうとボランティアの人が頑張っているのに人間として差がありすぎます。生活保護のお金をピンハネする人間、孤独な老人をだます人間、わらをもつかみたいほど追いつめられた人に高利でお金を貸し付けて追いつめる人間。彼らを人間と呼んでいいのかさえ疑問を感じるけどそんな人間は後を絶たないのは社会の根幹に「人はどうあるべきか」「人はどうあらねばならないか」と言った人間として最重要な要素が、もともとたっぷりと含まれていた要素が消え失せてしまったのだと考えるしかありません。

 

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