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エンターテインメントの洪水と注意しなければいけない現実

2015/08/18  スポーツ、映画、演劇、コンサート、ゲーム、本・・・娯楽の量はまさに洪水状態で、楽しみ、気晴らしを超えて娯楽からの脱出がいるような時代です。スポーツ1つとっても野球、サッカー、テニス、体操、世界水泳、世界陸上、世界卓球、世界バレー、モータースポーツもあります。高度な技と力とセンス。高度な能力を目のあたりにすると我を忘れて心地よいものです。世の中が平和だからこその快感。でも現在のように庶民に情報が行き渡らない時代、娯楽に熱中する世相の背景で戦争への準備が密かに行われていた時代がありました。

気がついた時にはデモどころか小声でも政権を批判できない恐ろしい状態。言論の自由が封鎖され全体主義、国家主義の強圧の中で平和は消え去ります。娯楽どころではない状態、夢や希望の代わりに恐怖と絶望が覆いかぶさる理不尽な人生。日本だけでなく世界の歴史を見れば戦争の足音が騒音と無関心の中でかき消され、重大事が起った時には手遅れでどうしようもない事が証明されています。戦後70年続いた平和な時代は偶然でも成り行きでもなく戦争や束縛へ向かう足音に敏感に反応する人々がその都度抵抗してきたからです。そして、そのバックグラウンドには世界に誇れる日本国憲法、平和憲法があります。強大で狡猾な権力の暴走を止める防波堤です。スポーツや映画などの娯楽は僕も大好きで、こんな時代が永遠に続いて欲しいと願います。

エンターテインメントの洪水の中で、それに埋没して現実を見る感覚を無くしてしまったら、また娯楽どころではない社会がやってきます。戦争なんてあり得ないとか原発事故なんてあり得ないとか思っている人がいるとしたら、それは間違いで無責任です。現実原発事故は起りましたし、4年経った今も事故原因を始め、ほとんどが未解決です。小さな糸口から戦争だって必ず起ります。アメリカや資本家の言いなりになっている安倍政権を見ているとその感はひときわです。人が人として自由に生きるために1人1人が「entertainment」を楽しむかたわら常にそんな当たり前の状態を守るためにも政治には目を光らせ耳を澄ませてほしいと思います。未来のために。自分自身のために。

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安倍首相の言葉の軽さと悪用、誤謬
2015/08/16  原発の汚染水がコントロールされているとか美しい日本だとか、無責任な言葉が目に余ります。後藤健二さんが殺害された無念な事件の時も口先で国民の命を最優先すると言いながら、その後明らかになった事実では、ほとんど棄民と言えるほどの冷酷な対応でした。この人の心はどうなっているのだろうと多くの人は不安を抱えていますが、今現在その人が日本の最高権力者です。安倍首相が唱える積極的平和主義という言葉がありますが、積極的とか消極的とか以前の問題として平和という概念が狂っています。もちろん承知の上でのまやかしなのですが、本当に卑怯で危険な人間だと思います。積極的平和主義が本来どういう意味なのか、よく分かる記事があったので以下に引用します。・・・・・・

「積極的平和主義」とは

「平和学の父」とも言われるヨハン・ガルトゥング博士は、平和を戦争のない状態と捉える「消極的平和」に加えて、貧困、抑圧、差別などの構造的暴力のない「積極的平和」という概念を提起して、そのような平和の必要性を主張している。ところが、安倍首相の言う「積極的平和主義」とは、実は全くそれとは異なる。それは、アメリカなどに協力して、行き詰まりを「力で打開する」ことを意味し、そのために今まさに安保法制を強引に立法しようとしている。これは、「法の支配」を軽んじて、戦後日本の平和主義を放棄することである。実際、ガルトゥング博士は安倍首相の「積極的平和主義」について、「私が1958年に考え出した『積極的平和』の盗用で、本来の意味とは真逆だ」と述べたという。
小林正弥(2015/08/15朝日新聞(WEBRONZA)

Wikipedia
ヨハン・ガルトゥング(Johan Galtung、1930年10月24日 - )は、オスロ生まれのノルウェーの政治学者。平和研究、紛争研究の開拓者の1人として知られている。
平和を戦争のない状態と捉える「消極的平和」に加えて、貧困、抑圧、差別などの構造的暴力がない「積極的平和」を提起し、平和の理解に画期的な転換をもたらした。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨハン・ガルトゥング

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素晴らしき日本国憲法(第二章 戦争の放棄)
2015/08/15  70回目の終戦記念日。悲惨な戦争の記憶とこの条文があって戦後日本の平和が守られ国際社会の中での信頼が培われてきたのだと思います。今後も憲法九条を堅守し、日本と世界の平和のために努力しつづけたいものです。

第二章 戦争の放棄

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

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素晴らしき日本国憲法(第三章 国民の権利及び義務)
2015/08/06  今の日本でこの条文は厳守されているのだろうかと思う項目がありますが、もし至らない部分があるならば国政を預かる現政権の姿勢と能力の問題です。国民はよく監視し政治家の選択を考えねばなりません。

 

第三章 国民の権利及び義務(抜粋)

第十一条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

第十九条  思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

第二十条  信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

第二十五条  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


第二十六条  すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

第二十八条  勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

第三十四条  何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

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素晴らしき日本国憲法(前文)
2015/08/02  平和憲法と呼ぶにふさわしい意想に基づいた日本国憲法。憲法前文を読むだけでも民主国家にふさわしい規範であることが分かります。国政が国民の厳粛な信託によるものでその権威は国民に由来するものであると明記されています。今の安倍政権のように国民の意想を無視して独善的な政治を行うことそのものが憲法違反です。

 

前 文
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。


われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

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