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2005
  ■熟年離婚 ■誰もいない海 ■犬と人 ■あなた自身のために ■アメリカとカトリーナ ■慈しみの心■大きな穴 ■一人の思い ■考える葦 ■ねこといるか ■あるがままの愛
 

「熟年離婚」

2005/12/20  ここ数年、熟年離婚の話題をよく耳にするようになりました。一体何歳からが熟年なのかはよく判りませんが、45歳ぐらいからでしょうか。結婚にもいろんな形があるように離婚にもそれはあると思います。結婚する人全てが相思相愛なら言うことはありませんが、一方的に押し切る場合、まあいいか見たいな妥協、名を変えた人身売買じゃないかと思うような打算だけの結婚もあります。同情からの場合もあるでしょうし、お互いの孤独から寄り添う場合もあると思います。

僕自身多かれ少なかれ関わった夫婦は100組ぐらいあります。両親や祖父母、親戚、先輩や友人、後輩や仕事関係などで関わった夫婦です。そして改めて思うのですが、結婚とは不可解きわまるものだと言うことです。運命とか赤い糸とかさも必然的な出会いのような言葉がありますが、おそらくそれは万に一つではないでしょうか。夫婦として重ねた年輪にもよりますが、20年以上たってお互い変わらぬ愛を語れるなら、赤い糸でしょう。でも、そんな夫婦は見たことありません。

人類の継承、子孫の継承と言う意味なら容易に理解出来る結婚ですが・・・それなら愛する事って何でしょう・・・連れ添う意味って何でしょう・・・非難を覚悟で言えば、女性の場合は「あきらめと安定」男性の場合は「見栄と怠慢」の結果ずるずると暮らしている場合が多いのではないでしょうか。女性の人権や社会的立場が弱かった過去の時代は女性の一方的な忍耐で持っていた夫婦がほとんどのように思われます。でも、女性が一人の人間としての生き方を見つけだした今、離婚が増えるのは当然の結果だと思うのです。それよりも何よりもどちらかの思いやりが消えたとき夫婦の絆はすでに切れているのです。確かにある年月、共に暮らすと様々なしがらみが出来ます。責任感の強い人ややさしい人ほどしがらみには弱いものです。でも、それは自分の見栄や世間体から来ているものかも知れません。結婚、そして人生。難しい問題です

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「誰もいない海」

2005/11/18  急にきれいな海が見たくなって、和歌山へ向かいました。四国に親戚があった頃、深日港からフェリーに乗って小松島港へ行った事を思い出します。20年ぶりだろうか・・・記憶も定かではありません。寒い冬の海、混雑した客室を避けてふるえながら甲板にいたこともありました。和歌山の街はあの時と随分変わっただろうなと思いながら駅前から新和歌浦行きのバスに乗りました。けやき大通りをバスは進みます。街並はきれいです。人も車も驚く程少なくて深閑としています。
通りに面したお店にシャッターが下りてるお店が多いので、バスの運転手さんに「今日は店がお休みの日ですか?」と訪ねると「不景気でやめちゃったお店が多いんです」との返事。「そうなんですか・・・」そう言われれば大阪の下町や地方へ行くとよく見かける光景です。昔ながらのお店が無くなって行くのはさみしいものです。何かその場所の歴史そのものが消えていく気がするのです。
懐かしい和歌山城を左折して中央通りに入るとシャッターを下ろしたお店がどんどん増えて来ます。深刻です。食堂、薬屋さん、八百屋さん、お菓子屋さん、医院、喫茶店・・・看板だけが残っています。でも、何故か花屋さんだけは、営業しています。バスに乗ってからもう、四五軒は見かけたでしょうか。何故だろう?確かに大阪の下町でも花屋さんは残っています。不況に強いのでしょうか。
終点まで乗ると海が見えてきました。和歌浦の漁港。バスを降りて堤防に上がるとのどかな海があります。波一つないプールのような海です。つながれた漁船が眠っているように浮かんでいます。時間が止まったような風景です。まるでスチール写真。たばこの煙の動きだけが妙に目立ちます。

しばらくして外海が見たくなりました。堤防の脇に回り込めそうな道があります。それにしてもなんでこんなに人が少ないんだろう。小さな漁船の間を道に向かって歩いているとおじさんがこっちへ歩いて来ます。「こんにちは」「人がいなくてさみしいですね」おじさんは「夏場だったら少しは人がいるけど、今の時期はね」「年々人が減ってさみしいもんですよ」僕が海を見に来たことを知ると、おじさんは絶好の場所を教えてくれました。
誰もいない砂浜です。港内と違って海が動いています。心地よい波の音。海面はきらきら輝いています。「最高だな」壊れたコンクリートの破片に上着をひっかけて寝ころびます。目を閉じるとまるで無人島にいるような気さえします。「大阪の雑踏からたった2時間でこんな場所へ来れるのか」不思議です。

明るい空にはオブラートのような月が浮かんでいます。今は使われていない小さな灯台とお月さんが絵になります。「いいな」

青い空と海があって、真っ白な雲と灯台があって、輝く太陽があって、ほのかな月も出ている風景。永遠であってほしいもの。「これでいるかがジャンプでもしてくれたら言うことないな」と海をながめていると、ひょこひょこと犬がやってきました。「君はいるかかい?」言うことのない時間でした。

2005/11/02 「犬と人」
近くの公園へ行くと犬の散歩をしている人によく出会います。猛獣のような犬から、小さな縫いぐるみのような犬まで、様々な犬に出会います。それにしても犬が人に似るのか、人が犬に似るのか、似てるから飼ってるのか分かりませんが、思わず吹き出しそうになるほど相似形の犬と人もいます。最近よく話題にのぼる魚や亀ではありませんが、犬も昔ならめったに見かけないような外来種ばかりです。きれいに手入れされて、中には洋服を着せてる犬もいます。愛らしくて着せたくなる気持ちは分かりますが、犬には迷惑だろうなと思って見ていると犬もまんざらでもなさそうです。

確かにどの犬も可愛いけど、どこかペット、ペットしていて昔からつちかってきた人間と犬との友情や愛情関係とはどこか違うように見えます。子供の頃、学校の行帰りの道で、よく見かけた犬。よぼよぼのおじいさんをいたわるように連れ添う犬がいました。野良犬だった自分を拾って大事にしてくれたおじいさんが好きで好きでたまらない・・・その犬の目にはそんな表情が浮かんでいました。「おじいさんは私が守る」犬の目にはそんな気概が満ちていました。犬と人間が対等だったのです。

町中に野良犬や野良猫が調和して暮らしていた時代。飼えなくても誰かがそれとなくご飯を与えて、犬も猫も町内の一員として生きていた時代。そんなのどかな風景も現代ではごく一部の地方の町でしか見られなくなりました。いつかテレビで見たのですが、どこかの漁師町に住む2匹の野良猫が、ある漁船が帰ってくる時刻になると岸壁でちょこんと座って待っているのです。たくさんの船が帰ってくるのですが、他の漁船には見向きもせずある船を待っているのです。沖合いにその船が見えるとどこからともなく現れて、まるで漁師の奥さんのように首を長くして待っています。

船が着くとその漁師さんは船から渡し板を岸壁に差し下ろします。すると2匹の猫は板の上を慣れた足取りでするすると船に上がって行くのです。その漁師さんは甲板に猫のために魚を残しておいてくれているのです。やさしそうな顔をした漁師さんは言っていました。たまに猫達の姿が見えないとどうしたのかなと思って心配になるんです。猫と人間の対等な関係。僕には友情のように見えました。

犬と人、猫と人。そしてもちろん人と人。対等であること、それは人間の原点であり、目指すものでもあります。

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「あなた自身のために」

2005/10/31  1981年発行のジョンレノンの追悼誌に書かれていた文章です。「あなたはあなた自身のために、何かをしなければならない。それはこの世の中が始まった時から、偉大な人々によって語り継がれてきたことである。彼等は正しい。道標や案内書などは必要ない。私はあなたを発見することはできない。でも、あなたならあなた自身を発見することができる。私はあなたを助けることはできない。でも、あなたならあなた自身を助けることができる」

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「アメリカとカトリーナ」

2005/09/07  先日アメリカのルイジアナ州を襲ったハリケーン、カトリーナによる被害の報道を見ていて、悲しくなりました。それは自由と平等の国と言う美しい化粧の下に隠された醜い素顔の断片が見えたような気がしたからです。自らを世界の警察と呼ぶ驕りと強権の国アメリカ。莫大な資本力と軍事力で世界を自らの都合のいいように変えようと画策するアメリカ。そんなアメリカが自国で起こった最大級の災害に対して、まるで後進国のような対応の遅れです。

災害の犠牲になった数千を超す遺体の収容もままならず、テレビに写し出される惨状を見て、これがあのアメリカか?と疑問を持った人も多いのではないでしょうか。人口の70パーセントを黒人が占めると言う地域での災害。その対応の遅れには人種差別の意識が大きく反映してると思われます。州兵のイラク派遣で、対応が遅れたとか、想定外の被害だったとかブッシュは言い訳していましたが、家を失い家族を失った人達の耳にとても納得できるような言い訳ではありません。

もし被災地が白人の多い地域だったら対応は違っていただろうと、誰もが思ってしまいます。正義かどうかも疑わしいイラク戦争やアフガニスタンの前線へ、アメリカの国旗のもと送り込まれている多くは黒人の兵士です。もともと軍隊へ入る理由の多くは差別社会が根強いアメリカで黒人の収入源が少ないからです。それでもって、今回の黒人の多い地域での政府の対応。長く続いた人種差別に対する戦いはまだ終わっていないのだと、ルイジアナに住む人々は思ったに違いありません。

日本の広島と長崎に原爆を落とし、ベトナムや中東では劣化ウラン弾を始めとする恐ろしい兵器を次々と使用するアメリカと言う国。どう冷静に考えてもこれはアメリカの権力者(アメリカ人の多くは違うと思うけれど)達は有色人種や、自分達と違う文化宗教に対して、極めてエゴイスティックな考えを持っているのではないかと思います。確かにアメリカにはいい部分もあります。でも、全てアメリカをよしとするのはとても危険な事だと今回、自国でのハリケーンによる被害者への対応を見てつくづく思いました。

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「慈しみの心」

2005/08/07  9.11のあの日、目を疑うような映像は一生忘れる事が出来ないでしょう。映画じゃない現実の世界で旅客機が高層ビルに激突したあの衝撃。にわかには理解出来ないほど現実離れしたシーンでした。飛行機の中にもビルの中にも大勢の人がいると思うと、恐怖で震えが来ました。

あの日から世界は変わりました。ブッシュ政権は正義とテロ撲滅をスローガンに星条旗を振り回し、怒りのやり場のない多くのアメリカ市民はそれに賛同したのです。確かにテロは最悪の犯罪です。人間のする事じゃないと思います。でも、同時多発テロの首謀者達は定かではないではありませんか。少なくともイラク戦争で犠牲になった多くの市民、今も混乱のうちに傷つき亡くなっている人達の多くは、あの旅客機とビルにいた人達と同じく、何の罪もないではありませんか。

同時多発テロで愛する人を失った遺族の中には、あえてイラク戦争に反対する人達もいました。悲しみのやり場はないけれど、この同じ思いを決して人にさせたくはないと言う、人間らしい美しい心です。あるニュースで、憎しみにまかせてイラク戦争をけしかけるグループと反対のグループが同時にデモをしているシーンが写りました。同じ悲しみを抱えた遺族なのに、何故人の行為にはこんなに差が出るのかと思いました。

でも明らかな事が一つ見えました。報復戦争を叫ぶ遺族達の顔と、それはしてはいけないと言う遺族達の顔の差です。それは悲しみに心を失った人間と、悲しみを超えて心を持ち続ける人間の明らかな差です。どちらが人間らしいかは言うまでもありませんが、憎しみに燃える人の集団はそれ自体暴力的で怖いものでした。同じく家族を失った人達に暴言を浴びせる人もいました。

今世界中で頻発するテロの根源を解く事はあまりにも深く難しいことかも知れません。ただはっきりと言える事は暴力による解決は決してないと言う事です。イラクを武力制圧した結果、どれだけの血が流されたでしょう。そして憎しみは広がりテロは増加しています。あのアフガニスタンも平和や民主主義とは程遠い状態が続いています。あの戦争は何だったのか?無差別の殺戮を余儀無くされる戦争の後には必ずこの問いがついてまわります。

あの戦争は何だったのか?それはブッシュの言う大義や正義ではなく、悪魔の仕業なのです。もちろんテロもそうです。もし正義を唱えるなら、武器や暴力を使わない戦い方を見つけなければなりません。そしてその答えは同時多発テロで傷ついた遺族のあの慈しみの心の中にあると思うのです。

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「大きな穴」

2005/04/07  父が山での転落事故で死んだときは14歳でした。その時は死と言うものに対してかなり距離がありました。自分自身の心の動揺と言うよりは母や父の友人の動転ぶりを見て「これは、大変な事だ」と、父を愛する人達の悲しみが伝播して、いやおうもなく深い感情に駆られたのです。もちろん僕も父が大好きでした。ただ、「死」と言う概念が僕からは遠いものだったのです。父がもういないと言う現実にショックを受けたのは、それから1ヶ月も経てからです。

当時中学の2年だったのですが、日を経る事に悲しみと淋しさがわき上がってきて、教室の窓から外ばかり見ていたことを思い出します。元気づけようと気を使ってくれた友人の心遣いにも無反応で3ヶ月ぐらい、自分の殻に閉じこもってしまいました。その後普通の状態には戻ったのですが、どこか以前の自分とは違っているのが、自分で分かりました。父の死以前にも、同級生の事故死や親戚のお年寄りの死等、何度か経験してるのですが「死」と言う概念が遠いので、悲しみが把握出来ないと言うと語弊がありますが、それは浅いものだったのです。

それでも、同居していた猫や犬の死に対しては子供の頃から過敏に反応しました。母の記憶によると、僕と仲のよかった猫が死んだとき、悲しみのあまり気がおかしくなるのではないかと心配したそうです。それぐらい深い悲しみを感じたのです。それはきっと猫が僕の心と現実世界の多くの部分を占めていたからかも知れません。それと子供心にも動物はか弱いもの、だから守らなくてはいけないんだと言う思いがあったのだと思います。守れなかった自責の念が大きかったのでしょうか。

 それから時はながれ、昨年母が亡くなるまでのあいだ、2人のおばあさんと2人の叔父さんの死が、身近な世界での死との係わりでした。「死」と言う概念も自分なりに出来つつありました。死は避けられないもの、悲しむだけ悲しんだら、後は故人をいつまでも思い続けていよう。それが僕の愛する人の死に対する心がけでした。今もおばあさんとお餅を焼きながらお月さんの話をしたことや叔父さんと楽しいお酒を飲んだシーンがまざまざと蘇ります。

 昨年母が死んでからもう半年が経ちます。末期癌との壮絶な闘いを半年間そばで見ていて、例え死を持ってしてもこの苦しみから逃してあげたいと心から思ったときが何度もありました。ただもし母が死んでしまったら、僕の心にも弟の心にも大きな穴が空くだろうなと言う予感がはっきりありました。それは早く逝ってしまった父の死による心の空虚を母の存在で埋めていたからです。そして母は亡くなりました。予感よりもっと大きな穴が空きました。半年経っても埋まることのない大きな穴です。ただやっと今、この穴を埋めるにはもっと大きな愛ともっと大きな勇気を培って、心して生きて行かなくてはならないことに気づきました。いろんなものがたくさん入る大きな穴ですから・・・

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「一人の思い」

2005/02/27
一人の人間が思うことそれは計り知れなく強く重いものです。数え切れないやさしき人々の献身的な行為がこの歴史の悪魔的進行に対して、例え無力感をさらけ出しているとしても、今ある今、は素晴らしき人達がブレーキを踏み続けた結果だと僕は思います。もし歴史上のあちこちで、そんな人達がいなかったら人類はとうの昔に終わっていたでしょう。全ては一人の人間にしか出来ないこと、一人一人の思いが重なったときに例え三人でも世界は変わります。いや、それは間違いだけど世界はキープ出来ます。

そしてその思いは人類では少数派かもしれませんが、いるかをはじめ優れた動物では完全に主流派です。この美しい青い海と空を見て、我が事しか考えないような動物は、その動物が仮に進化した動物だとしたらそれは生物学的にも歪み以外の何者でもありません。例え1000人の人間が歪んでいるとしても一人の人間がちゃんとした進化の中で考えること、ただそれだけで歪みを是正するためには充分だと僕は思います。

僕が恐れるのは、一人の人間の考える事なんて、一人の人間が行動出来る事なんて・・・と言うネガティブな思いから、そんな人間が一人もいなくなることです。たった独りでもいい、もし三人いるならそれはもう無敵と思うような心が大切です。それを勇気と呼ぶなら僕は勇気が好きです。それを正義と呼ぶなら僕は正義も好きです。でも願わくば僕はそれを愛と呼びたい、それこそが人間、ヒューマンと僕は呼びたいのです。

青い空が大好きなあなた、ガーナチョコが大好きなあなた、アジアの文化が大好きなあなた、ウィーンの空気が大好きなあなた、ビートルズが、ストーンズが、ツェッペリンが大好きなあなた、やさしい風が見えて、素敵な夢が見えるあなた、そしていつまでもいつまでも身近で不思議なお月さんを愛するあなた、そう思いませんか?

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 「考える葦」

2005/02/09  昔読んだ本を読み返していて、時代は一つもいい方向へ変わっていないとつくづく思いました。なぜならその本は今から40年前に書かれた本で、そこで作者が当時の社会を危惧している心境がそのまま今日現在にあてはまるからです。

岩崎武雄さんの著書「哲学のすすめ」(講談社現代新書) からまえがきを引用させていただきます。1965年ではなく2005年に書かれたとしてもそのまま現代にあてはまると思うのです。

まえがき

「人間は考える葦である」というのは、いうまでもなくパスカルの有名な言葉ですが、まことに「考える」ということこそ、人間を本当の人間たらしめるものであるといえるのではないでしょうか。ところが現代の社会をながめると、わたくしにはなんだか、社会全体がどうもこの「考える」ということを忘れつつあるのではないかという感じがしてなりません。わたくしなどの年輩のものが、旧制の高等学校の学生だったころは、文化系の人も理科系の人も、とにかくいちおう、哲学的ないし思想的書物を読んで、人間いかに生きるべきかという問題を、真剣に考えたものでした。しかしこういう傾向は、このごろではむかしほど一般的ではないように思われます。

これには、いろいろな原因が在するでしょう。戦後とくにはげしくなった入学試験の準備のために、若いひとたちが「考える」余裕をもたなくなってしまったのかも知れません。あるいはテレビなどの普及によって、人々が受動的な態度にならされてしまって、自発的に「考える」ことをしないようになったからかも知れません。しかしなんといってもいちばん大きな原因は、社会全体がただ直接実際に役立つもののみを求めて、どう生きるべきかという根本的なことがらを、それが直接役にたたないという理由で無視しているところに求められるのではないでしょうか。

もとよりこのような現代社会の風潮には、もっともな理由も在するといえるでしょう。それは、戦前までの日本に、あまりにも精神主義的風潮が強かったということへの反省とも見られるからです。

しかしそれにしても、このような風潮は一種の反動なのではないでしょうか。人間が「考える葦」である以上、人間は「考える」ことを忘れるべきではありません。単に実用てきなもののみを重視するのではなく、もっと根本的なことがらの考察を忘れてはなりません。直接役に立つもののみが、ほんとうに役に立つものというわけではないのです。わたくしはこの点を十分認識することこそ、将来の日本の文化というものにとって、もっとも必要なのではないかと考えています。・・・後略・・・

いかがでしょうか。このまえがきが書かれた40年前より現代はもっとこの問題に関して深刻な事態におちいってはしないでしょうか。テレビという完全受動型のメディアだけではなく、インターネットというあらたな参加型のメディアの出現にもかかわらず「考えない」という風潮はますます強くなって来ているように思われてしかたがありません。

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ねこといるか

2005/02/04  何故こんなにいるかが好きなんだろうと思い、あらためて考えてみました。その一番の原因は子供の頃見たテレビ映画「わんぱくフリッパー」の影響です。少年といるかがまるで言葉どころかテレパシーでも話せるぐらい仲良しで、二人の日常での心温まる交流を描いたドラマでした。その中の一話にこんなエピソードがありました。少年が河口近くでボートに乗って遊んでいる時です。少年が誤って河に落ちてしまうのです。そしてその時恐ろしい鰐が少年めがけて近づいて来ます。「あああ、早くボートに乗らんと食べられるやんか」「あかん、あかん!」(たぶん当時は大阪弁。心の中ではこんな感じだったと思います)「怖いやんか、もー」と思わずテレビから目をそらしたくなった時です。

親友のフリッパーが助けに来るのです。でも、僕は思いました。「あんなごっついワニに可愛いフリッパーが勝てるわけないやん」「フリッパーも食べられる」「誰か銃で撃たなあかん」と興奮して拳を握りしめて見ていると予想に反してフリッパーは強いのです。俊敏な動きで鰐の下に潜るとワニのお腹をポンと突いてやっつけてしまったのです。最悪の事態を予想していた僕はぽかんとして「いるかって強〜〜っ」っと感心したのです。あのいかめしい恐竜のようなワニにやさしい目をしたフリッパーが勝てるなんて夢にも思わなかったのです。ドラマですから真偽はともかく、以来いるかは賢くてやさしいだけでなく僕にとっては最強のアイドルになってしまったのです。そしてやさしさとは強さだと知りました。

その後水族館や映像で飽きることなくいるかの姿を見ていますが、どう見ても彼らはいい方向にもっとも進化した哺乳類だと思うのです。そしているかの次に好きなねこたちはひとっつも進化しない割には偉そうに生きることを身につけた、けったいな生き物です。今まで数多くのねこたちと暮らしてきて、可愛さとは身勝手だと知ったのです。

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あるがままの愛

2005/1/24  人を愛することはとてもむずかしい事です。それは、ありのままの相手を受け入れる事だからです。自分のイメージで組み立てた都合のいい相手ではなく、ありのままの人間、ありのままの心を愛せるかどうかの問題だからです。人間は十人十色、近い色合いはあっても同じ色はありません。ましてや全ての色が複雑です。あの人は青だと思ってもそんな単純なものではなく、混合し動き揺らいでる色です。

ありのままの相手を受け入れると言うことは、自分にとって釈然としない、あるいは都合の悪い部分をも心地よく受け入れることが出来ると言うことです。これはとてもむずかしい事です。相手の心が求めるものを自分の心で、同じように求め、その求める気持ちと意味を理解する事。それは同調でも、同意でもなく、相手の心にのっかるとでも言ったらいいのでしょうか。

親子の関係で、親が自分の子供を勝手な理想に見立ててしまって、ありのままの子供を見ようとしなかったばかりに大きな歪みを作ってしまって陥る悲劇があります。それはここで言う子供を愛せなかったと言うことです。十人十色、たとえ親子だって似ている部分があったとしてもそれは実際全然違う色です。ありのままの子供を受け入れ、慈しむ事がいかにむずかしいかが解ります。最近の事件のように子供をまるでもののように扱う親にいたっては、言葉もありませんが・・・

愛には様々な形があります。親、兄弟、友人、恋人、動物、自然・・・そのどれを考えても、ありのままの相手、対象を心底好きになることはむずかしいものです。好きだと信じて疑わないお気に入りの風景も、もしかしたら自分の好きな部分だけを見て、自分の気持ちのいいように構築しているだけかも知れません。もちろん風景ならそれでも構わないと思いますが、自分と同じように、生きてる人間や動物はそうはいかないでしょう。

愛する事はとてもむずかしいものです。だからこそ愛は尊く、いつの時代も至高のものだと思うのです。人はよく愛は理屈じゃないと言いますが、それは愛だと言ってる多くの事が、ちゃんと考えると頓挫してしまうからかも知れません。

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