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ガンビア共和国
Republic of The Gambia

アフリカ

■地理
ガンビア川の両側に国土を有し、最大幅は48kmに過ぎない。ガンビアはもともとイギリス領であり、セネガルはフランス領で、イギリスとフランスが1889年に、ガンビア川の約200マイルをイギリス領とすることで合意した。アフリカ大陸最小の国で1,300平方kmをガンビア川が占める。国土の大部分がサバンナ地帯。

西アフリカ
アフリカの西部地域、具体的には、サハラ砂漠の南側で、かって西スーダンと呼ばれた地域と、中央スーダンの一部、大西洋、ギニア湾に面する「上ギニア」の国々が含まれる地域を指す。アルジェリアなどマグリブ諸国は、歴史的・文化的に地中海世界やアラブ世界としての一体性が強く、通常は北アフリカとする。


ガンビア川
Gambia Riverは、アフリカ西部を流れる河川である。下流部分の半分以上とその両岸からなる、アフリカで一番小さな国であるガンビアのおかげでこの川はよく知られている。ギニア北部のフータジャロン高原から西に向かいバンジュール市の大西洋まで1130キロメートル(700マイル)を流れる。そのうちの約半分ほどが渡航可能である。<ルーツ>アフリカ系アメリカ人の作家、アレックス・ヘイリーが発表した小説。彼自身のアメリカの家族史をアフリカまで辿る物語で、ガンビア川が一つの手がかりとして登場する。

ジャンジャンブレア島
(Janjanbureh Island、又はマッカーシー島、MacCarthy Islandかルメーヌ島、Lemain Islandとも言う)とは西アフリカのガンビア共和国にある島。ガンビア内陸部ガンビア川沿いにあり、中心地のジョージタウンはガンビアで2番目に大きな町である。

クンタ・キンテ島
ガンビアのジュフレやアルブレダに近いガンビア川に浮かぶ島で、ガンビア川の河口から30km上流にある。かつては、ジェームズ島という名であった。ジェームズ要塞という要塞があり、川の北岸にあるアルブレダやジュフレからは数キロメートル程度である。この島はかつて西アフリカの奴隷貿易の拠点となっていた場所で、「クンタ・キンテ島と関連遺跡群」としてユネスコの世界遺産に登録されている。

ジュフレ
Juffre / Juffreh は、ガンビアのノースバンク地方ロウアー・ニウミ地区に位置するマンディンゴ人が暮らす村落である。アレックス・ヘイリーの自伝的小説『ルーツ』およびそれを原作とするテレビドラマの主人公クンタ・キンテの出身地とされ、1970年代以降、観光客が多く訪れるようになった。


<歴史>
■ガーナ王国
10世紀から13世紀頃までガーナ王国に属していた。その後15世紀まではマリ帝国に属した。13世紀にマリンケ族の商人がイスラム教を広め、18世紀まで強い影響力を持っていた。15世紀中頃、ポルトガル人が下流域に商業拠点を建設した。
■植民地時代
16世紀にイギリスが進出、その後フランスと争った末、1783年に植民地となる。奴隷貿易が行われていた植民地支配の痕跡をとどめる遺構の数々は、「クンタ・キンテ島と関連遺跡群」として、ユネスコの世界遺産に登録されている。
<独立>
■1959年
ダウダ・ジャワラがマリンケ人の支持により、人民進歩党(PPP)を結成。1963年ジャワラが首相になり、自治権を獲得。1965年に英王を元首とする立憲君主国(英連邦王国)として独立。
■1994年
ヤヒヤ・ジャメ中尉による無血軍事クーデターが発生し、長期政権となっていたジャワラ大統領はセネガルへと亡命している。軍政となったが1996年9月に大統領選挙、1997年1月に国民議会選挙の実施により民政へと復帰した。


ガーナ王国
(Ghana) 、もしくはガーナ帝国は、8世紀(4世紀頃とも)から11世紀(13世紀とも)にかけて、サハラ越えの金と岩塩の隊商貿易の中継地として繁栄した黒人王国である。金や岩塩のほかにも、銅製品・馬・刀剣・衣服・装身具などの各種手工業製品の交易路を押さえ、その中継貿易の利で繁栄した。


マリ帝国
1230年年代 - 1645年は、現在のマリ共和国周辺の領域で栄えたマンディンカ族の国家。歴代の王は早くからイスラム教を受け入れていたとされる。首都はニジェール川最上流部のニアニという説がある。帝国の創始者で、伝説的英雄スンジャータ・ケイタ (Sundiata Keita) は、マディンゴ族系のマリンケ族を統一することに成功する。その後、サハラ砂漠を越えて北アフリカと岩塩・布地・奴隷、そして金の交易を行い、14世紀には西は大西洋岸まで、東はトンブクトゥ・ガオまで、南はブレ・バンブクにある金鉱に達し最大の繁栄を極めた。


奴隷貿易
ヨーロッパ人によるアフリカ人奴隷貿易は、1441年にポルトガル人アンタム・ゴンサルヴェスが、西サハラ海岸で拉致したアフリカ人男女をポルトガルのエンリケ航海王子に献上したことに始まる。大航海時代のアフリカの黒人諸王国は相互に部族闘争を繰り返しており、奴隷狩りで得た他部族の黒人を売却する形でポルトガルとの通商に対応した。ポルトガル人はこの購入奴隷を西インド諸島に運び、カリブ海全域で展開しつつあった砂糖生産のためのプランテーションに必要な労働力として売却した。奴隷を集めてヨーロッパの業者に売ったのは、現地の権力者(つまりは黒人)やアラブ人商人である。


<世界遺産>
クンタ・キンテ島と関連遺跡群
ガンビア川における奴隷貿易の主要な拠点はジェームズ島(現クンタ・キンテ島)であり、1651年に要塞も築かれた。1661年からはイギリスがジェームズ島を支配し、以降、フランスなどとたびたび領有権を巡って争った。1660年にはイギリスで王立アフリカ企業会社が設立され、奴隷貿易を取り仕切った。この独占は1672年の王立アフリカ会社に引き継がれ、自由化された1698年以降は他の商人たちも奴隷貿易に参入した。しかしながら、セネガンビアからの奴隷の輸出は世紀ごとに減っていき、18世紀にはアフリカ全体の3%を占める程度に過ぎなくなった。この島から送り出された黒人奴隷は3世紀の間で300万人に及んだともいわれるが、現在のガンビア領内から連れて行かれた奴隷の正確な数は不明である。

セネガンビアの環状列石
セネガル、ガンビア両国に跨るセネガンビア地域で見られる環状列石群である。39,000km2に分布しており、遺跡の総数は、1,965箇所で、16,790基の石碑及び石柱が発見されている。また、1,045箇所の環状列石、3,448箇所の石をめぐらせた墓と石を使わない墓があり、9,093個の石が、石を使用した墓や環状列石を伴う墓に用いられている。また単独の石碑ないし石柱は、3,204箇所確認されている。


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マンディンカ族
マンディンカ若しくはマンディンゴ(人)は、西アフリカのマンデ族 (Mandé羽 に属し、生物学的、文化的にサハラをまたいで中東から西アフリカにかけて行われた貿易を支配したマリ帝国 の子孫である。現在マンディンカは100万人を超え、ブルキナファソ、コートジボワール、ガンビア、ギニアビサウ、リベリア、マリ、セネガル、シエラレオネなどの西アフリカの国々に定住している。

マンディンカ語
Mandinkaとはセネガル、ガンビア、ギニアおよびギニアビサウに暮らす約120万人のマンディンカ族によって話されているマンデ語派の言語で、ガンビアの主要言語である。マンデ語派のマンディング語に属している。

マニンカ語
ニジェール・コンゴ語族マンデ語派のマンディング語に属する言語の内、言語分類的に近い関係にある言語や方言の総称である。マンディンカ族の母国語であり、話者はギニアやマリ共和国に約330万人いる。言語分類的に近いバンバラ語は国語である。

フラニ族
フラニ族は、北西はモーリタニアから東はカメルーンまで西アフリカの多くの国に分布する民族。居住地域は主にサヘル地帯に広がっている。ナイジェリアやその他の国で、彼らはフラニ族 (Fulani) と称されるが、彼ら自身はフラベ族(Fulbhe, 単数ではプロpullo)と称する。遊牧民を起源とし、現在でも牧畜を営む人が多い。バントゥーともベルベル人やアラブ人とも異なる。独特の言語体系を有し、豊富な民話を継承している。また、セネガル川中流域には、彼らと近い民族であるトゥクロール族がいる。

ウォロフ族
ウォロフ族はセネガル、ガンビア、モーリタニアに居住する西スーダン系の民族。ウォロフ族は元来定住農耕民族である。ガンビアでは、総人口の約15%を占め少数派である。

ジョラ族
Diolaは、セネガル、ガンビア、ギニアビサウで生活する民族。 セネガルのカザマンス地方が中心地。ジョラ族は、ガンビア川やカザマンス川流域で稲作を行うことで知られている。

セレール族
セネガル共和国で2番目に多い民族であり、ガンビア、モーリタニアにも居住する。スーダン系で、主として中西部シン・サルーム地方で農業や漁業に従事している。セレール族にはシン王国やサルーム王国といった王国があった。


アニミズム
animismは、生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方。19世紀後半、イギリスの人類学者、E・B・タイラーが著書『原始文化』(1871年)の中で使用し定着させた。日本語では「汎霊説」、「精霊信仰」などと訳されている。この語はラテン語のアニマ(anima)に由来し、気息・霊魂・生命といった意味である。


アク
Akus)とは西アフリカはガンビア共和国のクレオール人である。ガンビアの首都バンジュールに12,202人ほど住んでいて、コミュニティを結成している。イギリス植民地時代の英語と、現地のアフリカの語源が混ざり合ったクレオール語の英語を話し、ガンビアはイスラム教徒が多い国だが、彼らはキリスト教徒である。ガンビアの商業や行政事務で活動し、重要な存在となっている。



クレオール言語
意思疎通ができない異なる言語の商人らなどの間で自然に作り上げられた言語(ピジン言語)が、その話者達の子供によって母語として話されるようになった言語を指す。公用語や共通語として話されている地域・国もある。ピジン言語では文法の発達が不十分で発音・語彙も個人差が大きく複雑な意思疎通が不可能なのに対し、クレオール言語の段階ではそれらの要素が発達・統一され、複雑な意思疎通が可能になる。

イスラム教
正式名をイスラームという。 稀にイスラーム教とよばれることもある。イスラム教とは、唯一絶対の神(アラビア語でアッラーフ)を信仰し、神が最後の預言者たるムハンマド(預言者)を通じて人々に下したとされるクルアーン(コーラン)の教えを信じ、従う一神教である。

イスラム主義
イスラーム(イスラム教)の理念を社会において実現することを理想とし、行動目的としてムスリム(イスラーム教徒)の国家をシャリーア(イスラーム法)に基づいて運営されるイスラーム国家とすることを目指す、ムスリムによる政治運動、政治イデオロギーを指す分析概念である。

英連邦王国
Commonwealth realm)とは、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(英国)の王座にある者を自国の国王として戴く国家形態、また該当する国を指し、計16ケ国ある。この語の複数形は、これらの人的同君連合を指す。

パレスチナ
地中海東岸の歴史的シリア南部の地域的名称。西アジア・中東に位置する。民族宗教ユダヤ教の聖典旧約聖書では、パレスチナの地は神がイスラエルの民に与えた約束の地であると説かれ、このためヘブライ語では「イスラエルの地(エレツ・イスラエル、Eretz Yisraël)」とも呼ばれるようになった。


クールラント・ゼムガレン公国
Kurzemes un Zemgales hercogisteは、1562年から1795年までバルト海沿岸部に存在した公国で、ポーランド王冠とその後身であるポーランド・リトアニア共和国の封土。その名前はバルト人の部族である、クール人、セミガリア人にちなむ。


ヘンリー・バサースト
Henry Bathurst, 3rd Earl Bathurst、1762年5月22日 - 1834年7月27日)は、イギリスの貴族、政治家。ガーター勲章勲爵士、枢密顧問官。半島戦争のさなか陸軍を担当する閣僚としての職務を全うした。次官のヘンリー・ゴールバーン(英語版)とともに戦争および植民地省の改革も行い、青書(Blue book)を導入した。ゴールバーンの後任の次官となったロバート・ウィルモット=ホートン(英語版)は、バサーストを以前この職を務めた誰よりも注目に値すると評した。また彼は人道的見地から奴隷制度廃止運動を支持していた。

ガンビア共和国 Gambia
西アフリカ西岸に位置する共和制国家で、イギリス連邦加盟国である。北大西洋に面したガンビア川の河口を除き、周りをセネガルに取り囲まれている。西は大西洋に面する。首都はバンジュール。

10世紀から13世紀頃までガーナ王国に属していた。その後15世紀まではマリ帝国に属した。13世紀にマリンケ族の商人がイスラム教を広め、18世紀まで強い影響力を持っていた。15世紀中頃、ポルトガル人が下流域に商業拠点を建設した。

バンジュール
バンジュール (Banjul、旧名バサースト、Bathurst) は、アフリカ大陸でも最も西に位置する国の一つガンビア共和国の首都。2003年時点の人口は3万4828人。ガンビアは大西洋に注ぐガンビア川に沿った幅20 - 45kmの東西に長い国であり、バンジュールは河口部のセントメリーズ島に位置する。バンジュール島とも呼ばれる。北緯13度28分、西経16度39分。バンジュールはガンビアの最大の都市圏であり、経済、行政の中心でもある。アフリカ諸国のなかでもガンビアの人口密度は4番目に高く、バンジュール以外にも都市圏が存在する。ガンビアの主要産業は落花生加工業である。


バンジュール国際空港
バンジュール国際空港(英: Banjul International Airport)は、ガンビア共和国の首都、バンジュールにある国際空港。バンジュールの南西約15kmのユンドゥムにある。



外務省:ガンビア共和国
在セネガル日本国大使館(ガンビア大使館兼轄)

セレクンダ
Serekunda、Serrekundaは、ガンビア共和国西部の都市。首都バンジュール市の南西に位置し、同国最大の都市である。2006年の人口は約33万人。セレクンダからファジャラ向かうカイラバ通りは、ガンビア最大の商業中心地となっている。

ジャンジャンブレア
Janjanbureh, Jangjangburehはガンビア共和国東部の都市である。ジョージタウンとも呼ばれるが1995年以降は現名のジャンジャンブレアの呼び名でも幅広く呼ばれている。1832年にガンビア川に浮かぶマッカーシー島の上に建てられた。かつてはガンビアで第二の都市として知られていた。現在ではセントラルリバー地方の首府であり、ガンビアの主要な刑務所で知られている。ワス・ストーンサークルはこの町の近くにある。

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バセ・サンタ・ス
(Basse Santa Su)はガンビア共和国東部の都市で、ガンビア川南岸に面している。一般的には「バセ」と呼ばれている。ガンビア東部の商業中心地であり、セネガルやマリなど近隣地域からの商人が多い。

ブリカマ
(Brikama)は、ガンビア共和国の西部地方にある都市でバンジュール市の南方に位置する。彫刻や音楽といった芸術が有名である。

アルブレダ
(Albreda) は、ガンビアのノースバンク地方ロウアー・ニウミ地区に位置するマンディンゴ人が暮らす農村である。ガンビア川に面したこの村には、ポルトガル人が建てた15世紀の礼拝堂跡とフランス西アフリカ会社 (CFAO) の旧社屋が残っており、それらは世界遺産「クンタ・キンテ島と関連遺跡群」に含まれている。

ソマ
(Soma)はガンビア共和国中部の町で、ガンビア川の南岸に位置している。公式な1993年の人口調査では7988人。2007年の推定人口は1万0138人。ガンビアを東西に走る幹線道路とトランスガンビア・ハイウェイが交差する、交通の要所となっている。

タンジ
(Tanji) は、ガンビア共和国西部の町。大西洋に面した漁村である。この村から3キロメートルのところにタンジ野鳥保護区がある。

ファラフェニ
(Farafenni)は、ガンビア共和国中部の、ノースバンク地方に位置する都市。トランスガンビア・ハイウェイ上にあり、セネガルとの国境に近い。ガンビア中部の商業の中心地であり、毎週日曜日に定期市が催される。

クンタウル
(Kuntaur)はガンビア共和国東部にある町である。セントラルリバー地方に位置する。ガンビア川の北岸に面している。


ガンビア川上流地方
Upper River Division)は、ガンビアの州。ガンビア最西端に位置する州であり、三方をセネガルに囲まれている。面積2,070km2、人口183,033人(2003年)。州都はバセ・サンタ・ス。

ガンビア川中流地方
(Central River Division)は、ガンビアの州。面積2,895km2、人口185,897人(2003年)。州都はガンビア川の中州であるジャンジャンブレア島にあるジャンジャンブレア(旧名ジョージタウン)。最大都市はバンサング。

ガンビア川下流地方
(Lower River Division)は、ガンビアの州。面積1,618km2、人口72,546人(2003年)。州都はマンサ・コンコ。

ノースバンク地方
(North Bank Division)は、ガンビアの州。面積2,256km2、人口172,806人(2003年)。州都はケレワン。

西部地方
西部地方(Western Division)は、ガンビアの州。面積1,764km2、人口392,987人(2003年)。州都はブリカマ。


ガンビアの政党
ガンビアの政党制は、愛国再建同盟を与党とする一党優位政党制である。 野党勢力のうち、2005年5つの政党(事実上、全国レベルの全野党)が結集し、民主開発国民同盟を結成した。

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■セネガンビア国家連合
Senegambia Confederationは、西アフリカにかつて存在した国家連合である。1981年7月30日、ガンビアで発生したクーデターに、セネガルが軍を派遣して鎮圧。その後、セネガルとガンビアの間で連合に合意し、翌1982年2月1日にセネガンビア国家連合が発足した。議会、軍事、経済に関して統合を行ったが、主権についてはそれぞれの国で維持したままであった。その後、主権の他、言語を巡る問題(セネガルはフランス語・ガンビアは英語)で両国の関係が悪化し、1989年9月30日、連合を解消した。


人及び人民の権利に関するアフリカ憲章
Afrcan Chater on Human and Peoples' Rights 、はアフリカ統一機構(2002年にアフリカ連合に移行)によって国際連合憲章と世界人権宣言を踏まえて、そのアフリカ地域での保証を目的に1981年ケニアのナイロビにて採択された国際人権条約である。この条約は1986年10月21日21カ国の批准により発効した。現在の批准国は53カ国であり、アフリカ連合の全ての加盟国が批准している。


■国名
正式名称は Republic of The Gambia (リパブリック・オブ・ザ・ガンビア)。通称 The Gambia (ザ・ガンビア)。


1.面積:11,300平方キロメートル(ほぼ岐阜県の面積)
2.人口:170万人(2009年:UNFPA)
3.首都:バンジュール(Banjul人口約3万6千人)
4.民族グループ:マンディンゴ族、ウォロフ族、ジョラ族、セラフリ族
5.言語:英語(公用語)、マンディンゴ語、ウォロフ語等
6.宗教:イスラム教(80%)、キリスト教(10%)、伝統的宗教(10%)


1965年2月 独立(旧宗主国・英国)
1970年4月 共和国となる。ジャワラ大統領就任
1981年7月 クーデター未遂事件
1982年2月 隣国セネガルとの間にセネガンビア国家連合設立
1987年3月 総選挙実施。大統領選挙(ジャワラ大統領再選)
1989年9月 セネガンビア国家連合解体
1992年4月 総選挙実施。大統領選挙(ジャワラ大統領再選)
1994年7月 軍事クーデター発生(ジャワラ大統領セネガルへ亡命)
1994年11月 準将校によるクーデター未遂発生
1995年1月 サバリー副大統領、サデイブー内相によるクーデター未遂発生
1995年7月 台湾と外交関係樹立
1996年8月 改正憲法国民投票
1996年9月 大統領選挙(ジャメ大統領就任)
1997年1月 国民議会選挙
2001年10月 大統領選挙(ジャメ大統領再選)
2002年1月 国民議会選挙
2006年3月 チャン軍参謀総長によるクーデター未遂発生
2006年9月 大統領選挙(ジャメ大統領再選)
2007年1月 国民議会選挙

■主要産業:サービス業(貿易・輸送・通信・観光)農業(落花生)


ダラシ
(Dalasi)は、1971年7月1日より使用されているガンビアの通貨単位。ガンビア・ポンドに代わって導入された。レートは、1ポンド=5ダラシ。 国際通貨コード(ISO 4217)は、GMD。補助通貨単位はブトゥツ(Bututs)で、1ダラシ=100ブトゥツ。

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■政治
ガンビアは共和制・大統領制を採用する立憲国家である。現行憲法は1970年4月24日に制定され、幾度かの改正を経たもの。国家元首である大統領は国民による直接選挙で選出され、任期は5年。再選制限はない。大統領の強大な権力は憲法により保障されている。副大統領職あり。


愛国再建同盟
Alliance for Patriotic Reorientation and Construction)はガンビアの政党。1994年の軍事クーデターを起こした将校らによって、1996年の大統領選挙にて、ヤヒヤ・ジャメの支援組織として形成された。


■経済
農業が主で落花生、米が主要生産品。近年観光業がさかんになり、英語が通じることもあってヨーロッパ諸国から気軽に行ける観光地となっている。

■国民
住民は、マンディンカ族、フラニ族、ウォロフ族、ジョラ族、セラフリ族、ソニンケ族、セレール族など多くの民族集団に分かれる。アクと呼ばれる解放奴隷のクレオール人も少数だがいる。言語は英語が公用語であるが、マンディンカ語、フラニ語、ウォロフ語などが日常的に使われている。


ルーツ (テレビドラマ)
(Roots)はアレックス・ヘイリー原作の小説『ルーツ』を基にした1977年制作のアメリカ合衆国のテレビドラマ(ミニシリーズ)である。アメリカという国家の歴史上、最も暗い側面のひとつである黒人奴隷の問題を真っ正面から描き、社会現象と言えるような大反響を巻き起こした。西アフリカのガンビアで生まれた黒人少年クンタ・キンテを始祖とする、親子三代の黒人奴隷の物語を描いている。


ガンビア大学
ガンビア大学(University of The Gambia)は、ガンビア共和国にある国立大学。1999年に設立された、非常に新しい大学であり、同国で唯一の総合大学である。キャンパスはバンジュール郊外のカニフィングにある。教育活動は学部学生の教育が中心であり、大学院は開設されていない。


■交通
3,000トン級の船舶が内陸のジャンジャンブレアまで行く事が出来る。バンジュールにあるユンダン国際空港はアメリカのスペースシャトルが不時着出来るよう、NASAが1989年に改修した。バンジュール港はアフリカ西海岸で有数の天然港である。

■教育
教育制度は、基本的にイギリスの制度を基にしている。2003年の推計によれば、15歳以上の国民の識字率は40.1%(男性:47.8% 女性:32.8%)である[2]。
主な高等教育機関として、バンジュール郊外のカニフィングにガンビア大学がある。


アレックス・ヘイリー
Alexander Palmer Haley, 1921年8月11日 - 1992年2月10日は、アフリカ系アメリカ人の作家。アメリカ沿岸警備隊のチーフ・ジャーナリストを務め、沿岸警備隊を退役後リーダーズ・ダイジェストの編集主幹となった。彼は1965年にマルコムXの自叙伝を 口述筆記で著した。著書『ルーツ』によって著名である。『ルーツ』は彼自身の家族の来歴を書き表した物であり、1767年にガンビアで掠われ、アメリカ合衆国に奴隷として売られたクンタ・キンテ(およびその子孫たち)の物語である。

ヤヒヤ・ジャメ
Yahya Jammeh、1965年5月25日 - はガンビア共和国の政治家。現在、同国大統領(第2代)。日本の外務省のホームページでは「ヤヤ・ジャメ」と表記されている[1]。1994年7月にガンビア軍の中尉として起こした無血軍事クーデターにより、ダウダ・ジャワラ大統領から実権を掌握。軍事暫定統治評議会議長として、ガンビアを統治。それまでの腐敗政治を改めた功績により、1996年の民主選挙で大統領に選出された。

ダウダ・ジャワラ
Sir Dawda Kairaba Jawara, 1924年5月16日 - はガンビアの政治家。1962年から1970年まで首相、1970年から1994年まで初代大統領を務めた。グラスゴーにて獣医学を学ぶ。1962年から1970年まで同国の首相を務め、ガンビアがイギリス王を国家元首とする立憲君主制から共和制へと移行したのに伴い、1970年4月24日に大統領に就任した。

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