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2009

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軍隊と国際救助隊
2009/10/01  9月30日からインドネシアのスマトラ島で大きな地震が続けて2回起こったと報じられていました。まだ被害の詳細は分かりませんが数百人が死亡、数千人が生き埋めになっている可能性があるとのこと。地震と津波に破壊された島の映像を見てつくづく思います。太平洋に散開する各国の艦船が軍艦ではなく国際救助船で乗組員がレスキュー隊だったら瓦礫の下敷きになった人々の命がどれだけ助かるでしょう。想像してみて下さい、スマトラ島沖合に空母をはじめあらゆる艦船が集結。ヘリコプターと上陸船からレスキュー隊が続々上陸しありとあらゆる科学装置を駆使して人々を救助する光景。

普段から人を殺す訓練ではなく人を助ける訓練を受けた優秀な隊員達が数万人規模で動けばどれだけ頼りになるでしょう。地球温暖化の影響もあって自然災害が今後ますます増える事は分かっています。全ての軍隊をとは言わないけどせめて各国25%ぐらいは軍隊を救助隊に変えるぐらいの事はやらなくては行けません。まず率先して日本の自衛隊がそうなればどれだけ国際貢献できるか計り知れません。「数人!の医療チームが現地に派遣されました」ではなく日本の太平洋第七国際救助隊がスマトラ沖に集結しもうすでに2000人のスタッフが上陸しました。そんなニュースが聞ける日が早くくればいいなと思います。

 

天気と元気、気圧と気持
2009/10/02  雨やどんよりと曇った日が続いた後の青空は本当に気持ちのいいものです。腰痛などの持病がある人にとっては天候の影響は大きいしそれは悩みや体調不良の時でも言えると思います。20年前に重い荷物を無理して椎間板をバキッと傷つけてから何とか手術を回避して自分なりの勉強と療法でかなり回復したけれど気圧の下がった湿度の多い日は不気味な痛みを感じる事が多いのは事実です。椎間板ヘルニアの手術をした知人友人に聞いてもそれはほとんど同じでそれなら「気圧療法」なるものものを研究してみようかと思ったりします。怪我や病気のみならず精神的な面でも鬱陶しい天気の日は気分も重くなります。

若くて元気で憂いのない「いつも心は日本晴れ」見たいな時期ならともかく人間長く生きれば生きるほど心身とも摩耗するけれど逆に自然と人間との関係に気づかされる事も多く自然に対する畏怖と尊敬の心を再認識出来るのは幸運な事です。考えれば人間もまた自然の一部、悩んで落ち込んで真っ暗な気持ちの人と対しているとこちらも落ち込んでしまうけれど、逆にこちらが少し光を発して相手の気持ちを和らげたりも出来る事もあります。人はお互い相手にとって晴れでも曇りでも雨にでもなれる存在だからせめて「いつも心はちょっと晴れ」ぐらいで行きたいなと思うのです。


道頓堀と遊歩道
2009/10/04  知らぬ間に道頓堀に遊歩道が出来ていました。古き良きものをただ目先の利害のためにどんどん壊す日本の風潮にうんざりしている僕は道頓堀もまたと一瞬思いましたが、これは破壊でもなんでもなく逆にコンクリートの河川壁だけだった殺風景な場所が少し良く変わりました。思い出せば熱狂の阪神ファンが道頓堀の橋から優勝の歓喜で飛び込んだ時は彼らはこの汚れた川の水を飲んで大丈夫かと心配しました。とばっちりで投げ込まれたカーネルサンダースの人形も汚泥の中で長い間何を思っていた事でしょう。道頓堀から日本橋方面にかけてしつらえられた遊歩道は無機質だった川の表情をいい感じに変えてくれました。川の水質もだいぶ良くなったような気がします。

のんびりと歩いていると遊歩道の張り出しで狭くなった川の対岸からきれいな音楽が流れて来ました。そばへ寄って見ると対岸に泊まった小さな船上でサンポーニャとギターの演奏が行われています。ペルーの人でしょうか。気持ちのいい音楽です。河川沿いの遊歩道で数人の外国客と路上生活者と見られるおっちゃんが静かに聞いていました。こんな素敵な場所、こんな素敵な演奏なのになんでこんなに人がまばらなんだろう?と思いました。だって道頓堀の橋の上は人でごった返しているし東西南北の通りも人でごった返しているのですから。しばらく演奏を聴いて演奏者にありがとうとつぶやいてから遊歩道から路上へ戻ると街は若者でごった返しています。

こんな場所を歩くよりせっかく出来た遊歩道で南米の音楽をただで聞きながら素敵なロケーションを友人とでも恋人とでも楽しめばいいのに、一体どうしてしまったんだろうと思わずにはいられませんでした。せっかくの遊歩道。でも道頓堀よりも優先して作らなければならないのは心の遊歩道です。

 

在宅介護
2009/10/06  17年間寝たきりの夫を介護した母の祖母と長男夫婦。子供の頃母に連れられて時々祖父を見舞いに行くと祖父は布団の中から僕を呼びます。「こっちへおいで」枕元へ行くと布団の中から手を出して僕の手に何かを握らせます。ちり紙に包んだ10円硬貨2枚。やさしいおじいちゃんでした。その祖父が亡くなって今度は祖母が寝たきりになりました。事情あって施設に入れる事が出来ない祖母を祖父の介護で疲れきった長男夫婦に任せる事も出来ず母はアパートの一室を借りてマンツーマンで亡くなるまで介護しました。

母は病院で介護の仕事をしていた経験もありましたが寝たきりの老人を一人で世話するのは恐ろしい事です。体の小さな祖母でしたが床ずれを防ぐために寝返りさせるだけでも大変な事です。後年母が癌で入院し僕と弟が交代で出来る限りは病床に付き添いましたが、完全介護の病院で一日たった数時間ただ付き添うだけでも困難でした。しかも母が亡くなるまで1年余りでです。

いかに愛情が深くとも責任感が強くとも公的援助がなければ介護は地獄です。介護疲れで親を殺してしまうような悲しい事件が報道されるたびに医療と福祉だけは何よりも最優先されるべきだと思わずにはいられません。それと同時に一個の人間として晩年の自覚と覚悟も必要だと感じます。今なお子供が親を見るのは当然だと思っている人も少なくないからです。親が子供を育てるのは当然だけれど、その逆は違うのではないでしょうか。


寺、神社、教会
2009/10/08  日本全国どこを歩いてもお寺があります。学生時代の無銭旅行で幾度かお寺に泊めてもらって助かった事があります。広い本堂の板間で不気味な静寂さに一睡も出来ずそれでも外の雨風を思えば天国でした。幾人かの住職さんには今も感謝しています。知らない田舎町を歩いていてもよく知ってると思っている都会の雑踏を歩いていてもおやっこんなところにお寺があるんだと驚くぐらいに寺や神社は存在します。教会だって結構あります。それで時々思います。

一つの寺に住職が1人、神社には神主が1人、教会には神父か牧師が1人は必ずいて大きな寺には多数の坊さんがいるはずです。ならば日本全土には相当数の聖職者がいて彼らが時に心を合わせて平和や環境保護、人道的願いをこめた動きをしてくれたなら社会に対して相当大きな影響力を持つだろうと。仏教であろうとキリスト教であろうとイスラム教であろうとその心底は同じです。

それはあらゆる命の尊さを悟り伝承する事だと思うからです。形骸化した宗教の下で個人的な求道感で日常を生きる事ではないと思うのです。想像して見て下さい。全国から集まった膨大な数の坊さんや神父さんが手をつなぎ御堂筋を行進する様。「もっとやさしく生きよう」「地球環境のために一人一人がやれる事はやろう」「弱者をいたわるのは人間として当然の事ではないか」などと書かれたプラカードを持ってただ静かに行進するだけではっと目が覚める人も少なくないはずです。

 

大きな半月
2009/10/10  くっきりと大きな半月が浮かんでいます。太古から世界中の人々が数知れぬ思いを馳せてきたお月さん。その輝きと引力で地上のあらゆるものに影響を与えつづけている不思議な天体です。科学が進歩して月面に人類が降り立って久しいけれど今なお月は多くの未知に包まれたロマンティックな天体です。町灯りの届かない真っ暗な田舎道。懐中電灯がなければ手探りので歩かなければならない道でも月が輝きがあればこんなに明るいんだと感動した事があります。

確かに物理的には重要な月ですが心理的にはもっと重要な力を与えてくれるのがお月さんではないかと思います。いいも悪いも次々にいろいろな事が起こりうつむき加減の夜も多いけれど、時々に夜空の月に思いを馳せるのは大事な事です。以前こんなエピソードがありました。友人が経営するインテリア会社のスタッフがある夜突然訪ねて来て言いました。「うちの社長はあまりにも現実的で打ち合わせしてる時にうんざりするんです」僕が「あいつは確かにそう言うところがあるけれど面白い人間だし経営者はいやおうなく現実的にならざるえないよ」と言うと「でも先日仕事の帰りに社長と一緒に歩いている時にぽっかり浮かんだ満月を見て今夜の月はとびきりですねと問いかけると俺にはただのお盆にしか見えないよと真顔で言うんですから」彼ならさもありなんと思ったけれど若いスタッフの失意は大きかったようです。

月への思い、ただそれだけの違いでも人と人はすれ違ってしまうものかも知れません。


 

読書と心
2009/10/11  不思議な少年、白鯨、日はまた昇る、月と6ペンス、狂人日記、罪と罰、人は何で生きるか、どん底、スカパンの悪だくみ、三銃士、パリの憂鬱、車輪の下、ファウスト、居酒屋、ドンキホーテ、お気に召すまま、ハムレット、デカメロン、赤と黒、カルメン、椿姫、魔の山、シャーロックホームズ、などなど学生時代に乱読した本をもう一度読みなおしてみたいと思ってもとても時間が足りません。今ならあの頃よりももう少し深く理解できるだろうなと思うけど逆に若さ故の感性によるところも多いから五分五分かなと思ったりもします。

文学にしろ哲学書にしろその時々はのめり込んで学校をさぼってまで読んだけどほとんど記憶に残っていない情けない有様。それでも何かエッセンスのようなものが心に残っているのだろうと前向きに考えるけどそれもどうだか。それにしても本屋さんの棚を眺めればまだ手に取ってもいない本がいっぱいあってその中には今の自分がびびっと感じる本があるに違いない。そう考えると無謀にもまた一冊買ってしまいます。手元にあればいつか読めるだろう、そんな思いで買った本がもう一度読みなおしてみたい本に合流して本は増えるばかり。なのに視力は衰えるし時間はないし雑念は増えるし、悩みは深まるし、体力は落ちるし、気力は乱高下するし、とんでもないなと思うばかり。

もっと気楽にもっと必死に読んでおけばよかったなと遊園地で体験出来なかった乗り物を恨めしそうに見ながら帰る子供の心境になるけど日はまた昇る、居酒屋を減らしてお気に召すまま読んで行こうと思う秋です。本に映画に会話に音楽。心に響くものは本当にたくさんあります。

 

音楽と心
2009/10/12  今日はイ・ムジチ合奏団の演奏会。思わぬ抽選が当たって大阪のザ・シンフォニーホールへ。学生時代にレコードで聞き飽きるまで聞いたヴィバルディの「四季」を中心としたプログラムですが実際の演奏会は始めてです。1952年結成の合奏団。1950年生まれの僕にとっては奇妙な親近感があります。指定された席は中央ちょっと後方、好きな位置です。

ヴァイオリンからコントラバスまで11人の弦楽奏者が弓を構える気持ちのいい光景。レコードでは分からない視覚的な緊張感が走ります。演奏が始まった瞬間、聴きに来てよかったと思いました。演奏者と楽器、そして心が一つにならないとこんな音は生まれないだろうけど調和すると言うのはあらためて高度なことなんだと分かりました。四季の演奏は期待どおりに素晴らしかったけど、アンコールで演奏された「赤とんぼ」はそれ以上にこみ上げてくるものがあってぐっとこぶしを握りしめたぐらいです。何とも言えない編曲の美しさ、卓越したヴァイオリンとチェロの音色が心に染み渡って会場の外へ出ても秋の空に永遠に漂っているような気がしました。 


スポーツと心
2009/10/13  何とも死んでしまいたいような二人がいます。小学生、3年生ぐらいでしょうか、二人の友人が野球をしています。ピッチャーとバッター。たった二つのポジションを争ってじゃんけんをしています。僕にとってはちょっと意外ですが二人はピッチャーのポジションを争ってるようです。どんなルールか分からないけど時々じゃんけんをしてずっとバッターとピッチャーは同じでバッターの子は何やら不満そうです。たった二人、せめて後ろに壁か植え込みのあるところでやればいいのに二人は原っぱの真ん中で野球をやります。ピッチャーが投げます。

暴投です。球はころころ遠くへ。バッターの子は「ボール」といいながら球を拾いに行きます。しばらくしてバッターの子が戻って来てピッチャーに球を戻します。ピッチャーは今度こそと思って全力投球、ストライクです。それでもバッターは空振りしてまた球はころころと転がって行きます。こいつらアホではないかと思うけどまたしばらくしたらバッターの子が球を拾って帰って来ます。そしてまた投球、外角高めと思ったら今度はバットに当たって意外にも遠くまで球は飛びます。今度はピッチャーの子が球を拾いに行きます。かなり遠く、それでものんびりと球を拾いに行きます。

バッターの子は当然のごとく見ています。どこまで転がったのかと思うほど遠くへ行ったボールを慌てもせず探しに行く少年。それを当然のごとく見ているバッターの少年。子供達の底知れぬエネルギーとのんびり感を見て僕はちょっと嬉しくなりました。二人はほとんど球拾いに時間を費やしていて投げるとか打つとかの野球の要素はほとんどなし。僕から見たら無駄ばかりの二人野球だけれど彼らには彼らの何か掟のようなものがあるのでしょう。きっちり投げてきっちり打ち返すだけが人生じゃないよ。空振りしてボールが遠くへ行かないように植え込みやフェンスのそばにポジションを取るのは大人の感覚かも知れません。

面倒くさいとか無駄だとか言う考えは少年二人にはないようで、逆にその分真剣に投げたり打ったりしている二人なんだと思いました。リスクがリスクでない二人の少年。大したリスクでもないのにおびえる大人達。考えればスポーツとはリスクだらけではありませんか。友人が投げる、とんでもない暴投。球を拾いに行く。無駄しかないような行為の中に心は芽生えるんではないかと思います。上手く言えないけど二人の気が狂いそうなほどのんびりした野球を見ながら、自分は一体何を合理的に生きてるんだろうと思いました。野球と言う形式よりも球拾いの中に二人の少年の心がつながっているのだろうなとも思いました。

 

政権交代から一ヶ月
2009/10/15  長く続いた自民党政治がもたらした癒着と腐敗の社会構造はそう簡単には戻りません。特に小泉政権による目くらましのような政策の歪みはその後の阿部、福田、麻生首相らに被いかぶさりそれぞれ逃げるようにあるいは意地だけで続けて退陣しました。そして政権交代。この長い政治的怠慢の流れを変える事。それは自民党の罪は当然ですが過去最大野党だった民主党にも責任はあります。もともと当たり前の人道的な政治に戻すための光明は少し見えつつあります。それでも積もり積もったエゴイズムと無情の政治システム、社会システムの流れを変えるには長い時間がかかるでしょう。

いくら正しくとも改革の摩擦と反動は随所に出てくるのは当然だし弊害だって出て来ます。今まで自民党の悪政を悪いと分かりながら半分あきらめ半分無関心で許して来た国民が果たして公平な目でこれからの改革を見つめ正しく支持出来るかが大きな問題です。民主党の議員もこの一ヶ月の心意気を曲げる事なくせめて一年間持ち続けてくれなければあっと言う間に逆戻りするでしょう。


時代が進めば過去が見える
2009/10/17  科学が進めば進むほど過去は見えて来ます。実際ナスカの地上絵やマチュピチュの空中都市など飛行技術がなかれば発見される事もなかったでしょう。大ピラミッドの精緻な建築構造。マヤやアンコールの建造物の高度さ。治水や天文学、数学の高度さ。この地球上に眠っている多くの遺跡の謎が解明されるにはまだまだ今の科学では力不足ですが過去への認識の深さが未来への予見につながる事は間違いありません。自身の偏狭な知識をもとに意味の分からない遺跡や遺物ををおしなべて原住民の宗教儀式や偶然の産物として片付けて来た石頭の考古学者も過去の叡智を認めざるえないところまでは来ました。

科学技術の分野でもやっと自然がいかに深い原理のもとに成り立っているかを少し理解できるようになり、動物や昆虫、植物に至るまでそのまさに理にかなった物理構造に注視し始めています。先日もニュースで日本の科学者がとんぼの羽の解析からわずかな風力で回る風車を開発していましたが、火と水と土と風。エネルギーの未来は太古からの基本、この4つの要素に集約されるでしょうし一匹のカエル、一羽のニワトリから学ぶ事は幾つも出てくるでしょう。科学がもっと進んでその叡智ゆえ人間が謙虚になったとき生きると言う意味も幸福と言う価値観も大きく変わると思うのです。

 

想いと伝播
2009/10/19  想いはあらゆる空間を超えて伝わるだろうか?僕は伝わると思います。一方的であれば弱く、双方的であれば強く伝わる事は幾度となく実感して来ました。それがどんな波長かどんな粒子かおそらくまったく未知の原理なのだろうけど想いは人と人の間のみならず全ての自然に対して伝播されうるモノだと思います。会話していていちばん虚しくて悲しい言葉「そんな事考えたって無駄だよ」とか「いくら想っても通じないよ」とかの言葉。だってそんな否定的な想いが雨あられと降っているのが現実じゃないか。

それは間違いなく悪い意味で伝播されてるじゃないか。と言い返してしまいます。決して楽天的ではない僕としては否定的な言葉を聞かされると「ぐっ」と胸がつまるけどやっぱりそうじゃないと思います。めったに会わないけど元気にしていると感じる娘に想いを馳せます。長く会わない友人、過去に出会ったたくさんの心やさしい人々。それが愛するって意味なのか人間の証明なのかは分からないけど、想いは伝播します。

ならばより人間的でより空想的でより強く想いたいと思います。友人が言います何も出来ないけど「とにかく平和を想おうか」恋人が言います何も出来ないけど「とにかく遠いけど私は知らないけどアフリカの苦しむ少年少女を想おうか」僕はそれでいいと思います。それだけが世界中の誰でもが出来る事、一人一人が出来る事、決して無駄ではない事を感じるからです。


 

合縁奇縁
2009/10/22  今日は母の月命日、お寺の境内は平日と言う事もあって静かです。 愛する人を思う心に寺や墓など何の関係もないけれどあらゆる形式が大嫌いな僕にとっては唯一の形式。境内の一角で静かに手を合わせて元気な頃の母、晩年の病気で苦しんだ母を偲びます。そうすると必ず早くに逝去した父の顔も浮かんで晩年の母と若い父が奇妙なコントラストで一枚の絵になります。

今日は一人娘の誕生日でもあります。もうすっかり大人になって僕より確かな社会人だけど脳裏にはなぜか小さな娘がちょこんと座ってる姿が目に浮かびます。母の命日と娘の誕生日が同じと言うのは何か縁を感じます。二人はとても仲が良かったからです。偶然か必然か分からないけど不思議な縁と言うものは人生で幾度か経験します。時間、空間、数字、価値観。あらゆる要素がこんがらがって出会いと別れは生じます。あの時あの角を曲がらなければ、とかあの時電車に乗り遅れなければ、とか後で振り返ればその結果に驚くような事があります。それでも想いがあるからつながる事、意志があるからこそ導かれる事なんだろうなと自分流に解釈して納得。病気や事故など予測も予防も出来ない事もいっぱいあるけど人と人の出会いはなるべくいい縁にしたいものです。

 

ホームレスの救急車
2009/10/24  フランスのホームレス救済組織「サミュ・ソシアル」を設立した医師のグザビエ・エマニュエル氏のインタビュー記事を読んで人間に対する日本との意識の差にあらためて考えされました。救急医療のやり方をホームレスの救援に生かした仕組みはとても現実的で人間的なものです。エマニュエル氏の言葉の中に「人間は他人から意識される事で自分を意識できるが長く路上生活をしていると社会生活から排除されてきたため体がボロボロでも意識出来ない、(中略)だからその場で治療や保護する方が有効だ」とありますがその通りだと思います。

「サミュ・ソシアル」は看護師とケースワーカー、運転手が3人のチームを作って24時間パトロールを行うもので予算の7割を自前の緊急宿泊施設にかけて必要な場合は住居も提供すると言う事です。93年にパリ市長だったシラク前大統領に談判して協力をとりつけ年間65億円程度の予算のうち国が6割、自治体や大手企業、ホームレスの駅を管理する地下鉄、国鉄などがメンバーとなりプジョーが無償でパトロール車の提供と修理を引き受けるなど企業の多角的な協力もあって実施されています。エマニュエル氏はその実現について「社会的に排除される人を助けるのは正当な施策だと言う事を強く打ち出す事。

問題は資金より、解決なんて無理と後ずさりしてしまう人々の心です」フランスに限らずヨーロッパの先進国より教育や福祉や文化保護などの遅れが目立つ日本ですがその根底にあるのは自分さえよかったらいいと言うエゴイズムが蔓延している事です。生きる事の意味、人間としての意義、その上での価値観が見直されればもともと義理人情に厚い国民性があらゆる面でヨーロッパに負けない人道的な施策が次々と生まれるでしょう。


 

はてしない物語
2009/10/26  ミヒャエル・エンデの書いたファンタジックで誰でも考えさせられる物語と同じように、現実のそこここに、人の心のそこここに「虚無」は存在しそれはいつも世界を、人を虚無化しようと狙っているような気がする時があります。他人や社会に対して無関心になったり、自然の変化や美しさに無感動になったり、何かをしようと言う気力が無くなったりすると「虚無」はむくむくと広がって来ます。エンデがファンタージェンへの入口は無数にあり誰でもがバスチアン自身だと言っているように一人一人の人生はそれぞれ一つ一つのはてしない物語だと思います。

勇気とか好奇心とか思いやりとか想像力とか、人間として不可欠な要素だけれどつねに意識してないとすぐに消え去ってしまうものでもあります。少年であろうが老人であろうが持っている人は持っている心。一度ならず失っても再度とりもどすことの出来る心。挫折や悲しみと出会えば出会うほど育つ心。信頼や希望によってやっと持ちこたえる事ができる心。きわめて観念的な「心」だけれどそれは確かに存在しそれは「虚無」とのたたかいのはてしない物語なのかも知れません。

 

こころのままに
2009/10/29  子供の頃一度だけ父にしかられた事があります。小学3年生の時でした。近所の悪ガキ連中と遊んでいたときごつい顔と体をした中学生に脅されてジュースを買いに行かされたのです。相手が相手だけに卑屈な気持ちはあったけど怖くて言う通りにジュースを買って戻ってくると待っていたのはごつい中学生ではなく父でした。どうやらどこかから一部始終を見ていたようです。

「ジュースを返してこい」たった一言でしたが全てでした。病弱で体の小さかった僕にこころだけは強く持てと言いたかったのでしょう。怖いからといって卑屈になってはいけない。弱いものいじめは最悪だけれど、強いものに迎合服従するのも最悪であると教えられました。中学の時に急逝した父でしたが結局しかられたのはこの1回だけでした。2つ道があればしんどいと思う方を選べ。集団の中では出来る限り少数派の立場に立て。この2つの言葉をことあるごとに言ってた父でしたがすっかりそれは僕のこころに染み付いて人生は苦戦の連続。いつもその通りには出来ないけれど僕にとっては大きな指針です。

もっとのびやかにこころのままに生きれたらどれだけ素晴らしいかとは思うけれどそれは社会全体がもっとのびやかでやさしい状態にならなければ無理でしょう。それでも少しでもこころのままに生きたいものです。

 

やっぱり古き良きもの
2009/10/31  久しぶりの京都の町。市街地を通り町家をぬってただただ歩くと取り残されたような哀愁にもにた風景に出会います。手入れもされず今にも壊れそうで、それでも風雨に耐えて来た自身の歴史を語りかける古びた家屋。何とかこのニュアンスを残したまま補強保存出来ないものかと思います。

おそらく同じような風情ある民家が立ち並んでいたと思われる場所には味気ないマンションが建ち街並としては終わっています。せめて京都の町ぐらいは丸ごと保存出来ないものかとため息が出ます。繁華街を歩くと小規模な古いビルがぽつんぽつんとその時代を主張するように生き残っていますがそれらが消えるのも時間の問題です。

ライトやコルビジェの建築ではないけれど当時の日本の建築家の心意気とセンスが偲ばれる建物。その存在感は新しいビルと比べれば一目瞭然です。それでも取り壊されていく現実。そのほとんどの理由は経済的なものです。経済に偏れば精神が衰退するのは当たり前の事でそれは長い歴史を見れば明らかです。

恐ろしい戦争を体験し苦難をこえて生きて来た老人が大切にされない国。老人しか語れない貴重な記憶の多くは記録される事もなく消えて行きます。京都の消え行く町家や古ぼけたビルを見るたびに胸が痛むのもそれらもまたかけがえのない記憶がしみついているからです。 

 

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