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2016

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赤い風船 ■アニー・ホール ■アメリ ■運動靴と赤い金魚 ■オーケストラ ■キッド ■勝手にしやがれ ■グッバイ、レーニン! 
グラン・ブルー ■汚れなき悪戯 ■シェーン ■スター・ウォーズ  ■自転車泥棒  ■僕の伯父さん ■太陽がいっぱい 
天井桟敷の人々 ■時計じかけのオレンジ ■ネバーエンディング・ストーリー ■真夜中のカウボーイ ■ローマの休日


赤い風船
『赤い風船』(あかいふうせん、Le Ballon Rouge)は1956年のフランスの映画。アルベール・ラモリス監督の作品で、第29回(1956年)アカデミー賞において脚本賞を受賞。また、第9回(1956年)カンヌ国際映画祭において短編パルム・ドールを受賞した。フランス・パリのメニルモンタンを舞台に、少年と風船との“友情”を描いた短編作品である。

・・・ある朝、パスカル少年が登校途中に、浮揚ガスの入った1個の赤い風船が、街灯に引っかかっているのを見つけた。彼はそれを取った後、バスに乗ろうとするが、風船を持っているため乗務員から乗車を拒否されてしまう。仕方なく彼は走って学校へと向かう。学校では門番に風船を預かってもらう。
放課後、彼は風船を手に下校するが、途中で雨が降ってくる。傘を持った通行人を見つけると、自分ではなく風船を雨に濡らさないよう傘に入れてもらう。そのため彼はずぶ濡れになってしまう。帰宅したその姿を見るなり彼の母は叱り、風船を取り上げ空に放ってしまう。しかし風船は飛んで行かずに、まるで意思があるかのように彼の部屋の窓辺に留まっている。以後、風船は常に彼の後をついてくるようになる。


監督 アルベール・ラモリス
脚本 アルベール・ラモリス
出演者 パスカル・ラモリス/シュザンヌ・クルーティエ
音楽 モーリス・ルルー
撮影 エドモン・セシャン
配給 東和
公開 1956年8月24日
1956年10月15日
上映時間 36分
製作国 フランス

https://ja.wikipedia.org/wiki/赤い風船_(映画)

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アニー・ホール
『アニー・ホール』(Annie Hall)は、1977年制作のアメリカ映画。ウディ・アレン監督によるロマンスコメディ。脚本はマーシャル・ブリックマン(Marshall Brickman)との共同執筆。ウディ・アレン作品のなかで最も人気があるものの1つ。作品公開当時は、アカデミー賞をふくむ数々の賞を受賞した。2002年、ロジャー・イーバートは「おそらく誰もが好きなウディ・アレン映画だ」と述べている。

・・・この映画の制作上のタイトルは『Anhedonia』(これは日本語で無快感症や快感喪失と訳される精神医学用語で、普通なら楽しいはずの生活で快感を体験できないという意味の言葉)だが、このタイトルでは売れないとみなされ、ブリックマンが『It Had to Be Jew』という別の提案をした。最終的に、公開タイトルとして『アニー・ホール』の名に決定された。アルビーとウディ・アレンの性格が似ており、またウディ・アレンと以前関係があったダイアン・キートン(アニー・ホール役)の本名はダイアン・ホールでニックネームがアニーであることから、『アニー・ホール』は半ば自伝風の作品だと広く信じられたが、ウディ・アレンはこれを否定している。


監督 ウディ・アレン
脚本 ウディ・アレン/マーシャル・ブリックマン
製作 チャールズ・H・ジョフィ
ジャック・ローリンズ
公開 1977年4月20日
1978年1月21日
上映時間 93分
製作国 アメリカ合衆国
https://ja.wikipedia.org/wiki/アニー・ホール

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アメリ
『アメリ』(原題: Le Fabuleux Destin d'Amelie Poulain, 「アメリ・プーランの素晴らしい運命」の意)は、2001年4月に公開されたフランス映画。パリ・モンマルトルを舞台に、パリジャンの日常を描き、フランスで国民的大ヒットを記録した。ストーリーや映像、美術に愛らしさがあふれる一方、ジャン=ピエール・ジュネ監督らしいブラック・ユーモアや奇妙な人間像、コミュニケーション不全の問題も描かれている。

・・・神経質で元教師の母親と冷淡な元軍医の父親を持つアメリはあまり構ってもらえず、両親との身体接触は父親による彼女の心臓検査時だけだった。いつも父親に触れてもらうのを望んでいたが、あまりに稀なことなので、アメリは心臓が高揚するほどだった。心臓に障害があると勘違いした父親は、学校には登校させず周りから子供たちを遠ざけてしまう。その中で母親を事故で亡くし、孤独の中で彼女は想像力の豊かな、しかし周囲と満足なコミュニケーションがとれない不器用な少女になっていった。
そのまま成長して22歳となったアメリは実家を出てアパートに住み、モンマルトルにある元サーカス団員経営のカフェで働き始める。彼女はクレーム・ブリュレの表面をスプーンで割る、パリを散歩しサン・マルタン運河で石を投げ水切りをする、この瞬間にパリで何人が達ったか妄想するなど、ささやかな一人遊びと空想にふける毎日を送っていた。


監督 ジャン=ピエール・ジュネ
脚本 ジャン=ピエール・ジュネ
ギヨーム・ローラン
製作 クロディー・オサール
公開 2001年4月25日
2001年11月17日
上映時間 122分
製作国 フランス

https://ja.wikipedia.org/wiki/アメリ

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運動靴と赤い金魚
『運動靴と赤い金魚』(うんどうぐつとあかいきんぎょ、英語: Children of Heaven) は、1997年のイラン映画。モントリオール世界映画祭でグランプリを含む4部門を受賞、第71回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート。・・・イランの貧しい家で暮らす少年アリは、妹ザーラの靴を修理してもらった帰りにその靴を失くしてしまう。新たに靴を買う金もない親に知れるのを恐れた彼は、失くしたことを親に告げぬようザーラに頼み、兄妹はアリの運動靴を2人で共有しなければならなくなった。朝はザーラが運動靴を履いて登校し、昼はアリがサンダルで学校の近くまで行き、下校途中のザーラと互いの靴を交換して学校へ行く毎日。そんなある日、ザーラは学校で自分の靴を履いた下級生を見つける。


監督 マジッド・マジディ
脚本 マジッド・マジディ
製作 アミール・エスファンディアリ
モハマド・エスファンディアリ
公開 1999年7月24日
上映時間 88分
製作国 イラン
言語 ペルシア語
https://ja.wikipedia.org/wiki/運動靴と赤い金魚

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オーケストラ
『オーケストラ!』(原題: Le Concert)は、2009年のフランス映画(日本公開は2010年)。さまざまな謎が最後の協奏曲の演奏の中で大団円となって明らかにされていく。

・・・ロシアのボリショイ劇場で清掃員として働くアンドレイは、かつてはボリショイ交響楽団の天才指揮者として知られていたが、共産主義政府によるユダヤ人排斥政策に従わなかったため、30年前に楽団を追われた過去を持っていた。そんな彼はある日、パリの劇場がキャンセルした楽団の代わりとなるオーケストラを探しているという情報を得る。音楽界復帰のチャンスと思った彼は、追放されていたかつての楽団員たちを集め、『ボリショイ交響楽団』になりすましてパリにへ行くことを計画する。


監督 ラデュ・ミヘイレアニュ
脚本 ラデュ・ミヘイレアニュ/アラン=ミシェル・ブラン/マシュー・ロビンス
製作 アラン・アタル
音楽 アルマン・アマール
撮影 ローラン・ダイヤン
配給 ギャガ
公開 2009年11月4日
2010年4月17日
上映時間 119分
製作国 フランス
https://ja.wikipedia.org/wiki/オーケストラ!

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キッド
『キッド』は、1921年に公開されたサイレント映画。監督・脚本・主演(サウンド版では音楽もチャーリー・チャップリン、助演ジャッキー・クーガン。『キッド』は、オープニングで「笑いと たぶん涙の物語」と語っている通り、映画史上初めて喜劇と悲劇の融合が効果的に取り入れられた長編喜劇映画である。当時ヴォードヴィルの一芸人にすぎなかったジャッキー・クーガンは、これを期に映画界で最も有名な子役となった。チャップリンの研究家の多くは、チャップリンの第一子が制作開始の直前に死んでいることが、この映画での子供への親密な愛情表現につながっていると指摘している。貧困と金持ちの傲慢に関する描写は、チャップリンのロンドンでの体験が直接に反映されている。


・・・慈善病院を出たある婦人(エドナ)は、車の中に自分が産んだ赤ん坊を置き去りにする。一方、放浪者(チャーリー)はその車の持ち主が途中で捨てていった赤ん坊を見つけて可愛そうに思うあまり、育てようか悩んだ挙句、通りがかった警官や乳母車を担いだ余所の婦人ににらまれた末、赤ん坊のそばにあったエドナの置手紙を見たことにより、自分の家でその赤ん坊を育てることにした。五年後、育ったキッド(ジャッキー)とともに、チャーリーはキッドにいたずらでガラスを割らせる一方でガラスの修理を行い、被害者から修理代をいただき、生計を立てていた。キッドはいたずらで石を投げようとするところを警官に見つかり、石を放り出して逃げていった。

監督 チャーリー・チャップリン
脚本 チャーリー・チャップリン
製作 チャーリー・チャップリン
出演者 チャーリー・チャップリン
ジャッキー・クーガン
リタ・グレイ
音楽 チャーリー・チャップリン(1971年サウンド版)
配給 ファースト・ナショナル
公開 1921年1月21日
上映時間 オリジナル版/68分
1971年サウンド版/53分
https://ja.wikipedia.org/wiki/キッド_(1921年の映画)

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勝手にしやがれ
『勝手にしやがれ』(かってにしやがれ、A bout de souffle、英題:Breathless)は、1959年製作のフランスの映画。ヌーベルバーグの記念碑的作品であり、フランソワ・トリュフォーが原案、クロード・シャブロルが監修、ジャン=リュック・ゴダールが監督・脚本を務めた。ゴダールにとっては初の長編映画である。

・・・ハンフリー・ボガートを崇めるミシェルは、マルセイユで自動車を盗み、追ってきた警察官を射殺する。パリに着いたものの文無しで警察からも追われているミシェルは、アメリカ人のガールフレンド、パトリシアと行動を共にする。だが、ミシェルが警察に追われる身であることを知ってしまうパトリシア。やがて二人の逃避行が始まるが、心変わりしたパトリシアが警察に通報してしまう。

監督 ジャン=リュック・ゴダール
脚本 ジャン=リュック・ゴダール
原案 フランソワ・トリュフォー
製作 ジョルジュ・ド・ボールガール
出演者 ジャン=ポール・ベルモンド
配給 新外映配給
公開 1960年3月16日
1960年3月26日
上映時間 90分
製作国 フランス

https://ja.wikipedia.org/wiki/勝手にしやがれ_(映画)

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グッバイ、レーニン!
『グッバイ、レーニン!』(英語: Good Bye Lenin!)は、2002年製作、2003年2月に公開されたドイツの映画。監督はヴォルフガング・ベッカー、脚本はベルント・リヒテンベルクとヴォルフガング・ベッカーの共同、音楽は『アメリ』のヤン・ティルセン。東西ドイツ統合後の庶民の身に起こった悲喜劇を家族像と共に描いた作品であり、映画公開後は本国ドイツで大ヒットし、ドイツ歴代興行記録を更新した。また第53回(2003年)ベルリン国際映画祭の最優秀ヨーロッパ映画賞(「嘆きの天使賞」)ほかドイツ内外の様々な映画賞を受賞した。

・・・東ドイツの首都東ベルリンに暮らす主人公のアレックスとその家族。母のクリスティアーネは夫のローベルトが西ドイツへ単独亡命して以来、その反動から熱烈に社会主義に傾倒していた。そんな家庭環境の中、東ドイツ建国40周年記念日である1989年10月7日の夜に、アレックスは家族に内緒で反体制デモに参加、街中で警官ともみあっていた。それを偶然通りがかったクリスティアーネが目撃。強いショックから心臓発作を起こして倒れ、昏睡状態に陥る。彼女は二度と目覚めないと思われたが、8ヶ月後に病院で奇跡的に目を覚ます。しかし、その時にはすでにベルリンの壁は崩壊、東ドイツから社会主義体制は消え去り、東西統一も時間の問題となっていた。「もう一度大きなショックを受ければ命の保障は無い」と医師から宣告されたアレックスは、思案の末、母の命を守るため自宅に引き取った。


監督 ヴォルフガング・ベッカー
脚本 ベルント・リヒテンベルク
ヴォルフガング・ベッカー
製作 シュテファン・アーント
出演者 ダニエル・ブリュール
カトリーン・ザース
公開 2003年2月13日
2004年2月21日
上映時間 121分
製作国 ドイツ
言語 ドイツ語
https://ja.wikipedia.org/wiki/グッバイ、レーニン!

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グラン・ブルー
『グラン・ブルー』(Le Grand Bleu)は、1988年に公開されたフランスとイタリアの合作映画。監督はリュック・ベッソン。フリーダイビングの世界記録に挑む2人のダイバーの友情と軋轢、そして海に生きる男を愛してしまった女性の心の葛藤を描く海洋ロマン。10代からダイビングに親しんできたベッソン監督が、長年の夢だった“イルカに魅せられた潜水夫の物語”を、実在の天才ダイバー、ジャック・マイヨールの協力を得て映画化。撮影は1987年6月から約9ヵ月に渡り、フランス、ニューヨーク、パリなどで行われた。

・・・イタリア人フリーダイバー、エンゾはある男を捜していた。ギリシアの海辺の町で育ったエンゾはガキ大将で、誰よりも素潜りが得意だったが、彼が唯一認めていたのが、潜水夫の息子である一人の気弱そうな少年だった。ニューヨークで働く保険調査員ジョアンナは、自動車事故の調査でペルー・アンデス山脈の高地にいた。そこで彼女は、氷結した湖に酸素ボンベもなしに潜水していく1人のダイバーに出会う。ジャック・マイヨール。彼こそがエンゾが捜していた少年の成長した姿だった。


監督 リュック・ベッソン
脚本 リュック・ベッソン/ロバート・ガーランド
製作 パトリス・ルドゥー
出演者 ロザンナ・アークエット
ジャン=マルク・バール
ジャン・レノ

公開 1988年5月11日
1988年8月20日
上映時間 132分(オリジナル版)/120分(編集版)/168分(完全版)
製作国 フランス/イタリア
https://ja.wikipedia.org/wiki/グラン・ブルー_(映画)

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汚れなき悪戯
汚れなき悪戯(けがれなきいたずら、原題:Marcelino Pan y Vinoスペイン語で「パンとワイン」)は1955年製作のスペイン映画。モノクロ作品。監督はハンガリー人のヴァイダ(・ヴェイス)・ラースロー 。時に英語の題名としてMiracle of Marcelinoが使われる。14世紀イタリア中部ウンブリア地方で起こったと言われる民間伝承を元にしたホセ・マリア・サンチェス・シルバによる1952年発表の小説を原作とする映画。1955年のカンヌ国際映画祭で、特別子役賞を受賞している。
「夢見よマルセリーノ 静かな寝顔」で始まる「マルセリーノの唄」(飯塚広訳詞)は、当時日本でも大ヒットした。・・・映画は祭礼のために丘の上の寺院に向かう人々の流れと逆方向に歩き、町に住む病気の少女を見舞う無名の神父の話で始まる。彼は今日の祭りは何を記念するものか知っているかと少女とその父親に問い、祭礼の起こりを語りだす。
19世紀の前半、スペインのある町の町長を2人のフランシスコ会神父、1人の修道士、計3人が訪れ、侵略者フランス軍により破壊されたまま廃墟となっている丘の上の市有地の修道院を再建する許可を求めた。町民の助けを得て再建された修道院ではやがて12人に増えた修道士たちが働いていたが、ある朝、門前に男の赤子が置かれていた。神父たちは、赤子にその日の聖人の名前、「マルセリーノ」で洗礼を施した。両親は既に亡くなっていたことが判ったので、修道士たちは近隣に里親を求めて歩き回った。
しかし適当と考えられた人々の生活は苦しく、また引き取ると申し出た鍛冶屋は徒弟を乱暴に扱っているため修道士の方で断り、結局赤子は修道院で育てることになった。5年後、マルセリーノは丈夫で活発な少年になっていた。

監督 ラディスラオ・バハダ/ヴァイダ・ラースロー
脚本 ラディスラオ・バハダ
ホセ・マリーア・サンチェス・シルバ
製作 フリオ・ペーニャ
音楽 パブロ・ソロサバル
撮影 エンリーケ・ゲルネル
公開 1955年2月24日
上映時間 91分
製作国 スペイン
https://ja.wikipedia.org/wiki/汚れなき悪戯

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シェーン
『シェーン』(Shane)は、1953年公開のアメリカ映画である。パラマウント映画製作・配給。監督はジョージ・スティーヴンス、主演はアラン・ラッド。カラー、118分。ジャック・シェーファーの小説の映画版。映画批評家のアンドレ・バザンは「sur-Western(新たな西部劇)」と位置づけ、普及したばかりのシネマスコープで西部の風景を壮大に描き、興行的にも成功した。第26回アカデミー賞で撮影賞(カラー部門)を受賞。1993年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。

・・・ワイオミング州の西部に広がる高原、グランドティートン山が前にそびえ立っているジョンソン郡の開拓地では、牧畜業者と農民との間でいがみ合いが続いていた。南北戦争後に政府は西部開拓を積極的に進めるために、入植した農民が5年間耕作すると無償で一定の土地が得られる法律[3]が作られて、農民が新しい土地に開墾に入るとそこに牧場主がいて、各地で争いが生じていた。・・・


監督 ジョージ・スティーヴンス
脚本 A・B・ガスリー・Jr.(英語版)
原作 ジャック・シェーファー
製作 ジョージ・スティーヴンス
出演者 アラン・ラッド/ヴァン・ヘフリン/ジーン・アーサー
音楽 ヴィクター・ヤング
公開 1953年4月23日
1953年10月20日
上映時間 118分
製作国 アメリカ合衆国
https://ja.wikipedia.org/wiki/シェーン

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スター・ウォーズ
『スター・ウォーズ』(STAR WARS)シリーズは、ルーカスフィルムが制作する、ジョージ・ルーカスの構想を中心としたアメリカのスペースオペラである。・・・映画が『エピソード1/ファントム・メナス』からではなく『エピソード4/新たなる希望』から制作されたのは、まずは一作目が商業的に成果を収めねばシリーズ化が望めず、更に一番“冒険活劇”としての完成度の高かった『エピソード4/新たなる希望』を最初に世に出すことが得策だったためである。

・・・映画の製作順では第一作目に当たる『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』が公開され、高い評価を受け商業的にも成功した後にジョージ・ルーカスが、実写映画本編は全九部作であると発表した。だがその後、彼が2つの三部作からなる全六部作であると訂正され、2005年に当時最終作だった『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』をもってシリーズは一度完結した。しかし2012年10月、ウォルト・ディズニー・カンパニーがルーカスフィルムを買収し、新たな三部作の製作を発表した。現時点では再び当初の発表と同じく、3世代の3人の主人公により紡がれる、3つの三部作からなる全九部作が予定されている。・・・遠い昔、はるか彼方の銀河系で…。(A long time ago in a galaxy far, far away....)


多くの異星人種が暮らす世界で、銀河共和国の下での平和を数万年に渡り保っていたのは、フォースを操り、ライトセーバーを振るって争いを解決する「ジェダイの騎士」だった。しかし共和国にも停滞と腐敗が蔓延し、銀河系の秩序と平和は少しずつ崩れつつあった。裏で暗躍し、ジェダイへの復讐の機会を狙っていたのが、負の感情から生まれるフォースの暗黒面(ダークサイド)の力で自らの野望を実現しようとする者達「シスの暗黒卿」であった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/スター・ウォーズ・シリーズ

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自転車泥棒
『自転車泥棒』(じてんしゃどろぼう、原題: Ladri di Biciclette, 英題: The Bicycle Thief)は、1948年公開のイタリア映画である。監督はヴィットリオ・デ・シーカ。モノクロ、スタンダード、93分。第二次世界大戦後のイタリアで作られたネオレアリズモ映画の1本で、ロベルト・ロッセリーニの『無防備都市』、ルキノ・ヴィスコンティの『揺れる大地』と並ぶネオレアリズモ映画の代表作である。役所の広告貼りの仕事を得た失業労働者が、仕事に必要な自転車を盗まれてしまい、息子とローマの街を歩き回って自転車を探す物語。職業俳優を使わず素人を起用しており、父親役のランベルト・マジョラーニは失業した電気工、子役のエンツォ・スタヨーラは監督が街で見つけ出した子供である。

・・・第二次世界大戦後のイタリア、ローマ。2年間職に就けなかったアントニオ・リッチは、職業安定所の紹介で役所のポスター貼りの仕事を得る。仕事に就くためには自転車が必要だと言われるが、生活の厳しいアントニオは自転車を質に入れていた。妻のマリアが家のベッドのシーツを質に入れ、その金で自転車を取り戻す。新しい職に浮かれるアントニオを見て、6歳になる息子のブルーノも心を躍らせる。ブルーノを自転車に乗せ、意気揚々と出勤するアントニオ。しかし仕事の初日、ポスターを貼っている最中に自転車を盗まれてしまう。警察に届けるも「自分で探せ」と言われる始末。自転車がなければ職を失う。新しい自転車を買う金もない。アントニオは自力で自転車を探し始める。


監督 ヴィットリオ・デ・シーカ
脚本 オレステ・ビアンコリ(イタリア語版)
原案 チェーザレ・ザヴァッティーニ(脚色、翻案)
原作 ルイジ・バルトリーニ
公開 1948年11月24日
1949年8月26日
1949年12月12日
1950年9月8日
上映時間 93分
製作国 イタリア
https://ja.wikipedia.org/wiki/自転車泥棒_(映画)

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僕の伯父さん
『ぼくの伯父さん』(ぼくのおじさん、フランス語: Mon Oncle)は、ジャック・タチ監督・脚本による1958年のフランス映画である。第31回アカデミー賞外国語映画賞、第11回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した。
監督 ジャック・タチ
脚本 ジャック・タチ
製作 ジャック・タチ
音楽 アラン・ロマン
フランク・バルチェッリーニ
撮影 ジャン・ブールゴワン
編集 シュザンヌ・バロン
配給 ゴーモン
新外映
公開 1958年5月10日
1958年12月23日
上映時間 120分[1]
製作国 フランス
https://ja.wikipedia.org/wiki/ぼくの伯父さん

DVD解説
タチの永遠のキャラクター“ユロ氏”を本邦に初紹介し、その独創性は他に類を見ない(あえて言えば、チャップリンとその模倣であるルネ・クレールの作品世界と相通じるのだが、にしても、どこか一皮むけている)、ただ“喜劇”と呼んでしまうのもためらわれる、フィルムによる軽快なシャンソンの趣きの映画。四コマ漫画集を映画で見ているのに近い感覚と言ってもいいかも知れない。プラスティック工場(フル・オートメ化されており、当然のごとく「モダン・タイムス」=「自由を我等に」的描写がある)のオーナー社長(J=P・ゾラ)の超モダンな邸宅をその息子(A・ベクール)は全く気に入っておらず、度々、父の兄である伯父さんの住む下町のアパルトマンを訪ねる・・・
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=21416

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太陽がいっぱい
『太陽がいっぱい』(たいようがいっぱい、原題:Plein soleil )は、1960年のフランスとイタリアの合作映画。主演:アラン・ドロン、監督:ルネ・クレマン。・・・パトリシア・ハイスミスの小説 The Talented Mr. Ripley (才人リプリー君)(邦訳本の題名は『太陽がいっぱい』、『リプリー』)を原作とした、ピカレスク・サスペンス。出演はアラン・ドロン、モーリス・ロネ、マリー・ラフォレでルネ・クレマン監督の代表作と言われている。音楽はニーノ・ロータで主題曲も当時ヒットした。

・・・ローマの街角の舗道カフェで話し込む青年が二人。アメリカから来た大富豪の息子フィリップと貧しく孤独な青年トム・リプリー。フィリップはトムを見下している。フィリップをアメリカに連れ戻すよう父親から依頼を受けてアメリカから来たトムだが、フィリップには帰国の意思はなく、約束を果たせず父親から謝礼金を受けることが出来なくなったトムは手持ちの金がなくなり、そしてフィリップの金目当てに彼と行動を共にする。いつしかフィリップから疎まれるようになった。トム自身やフィリップの恋人マルジュに対してフィリップが時折見せる傍若無人な態度にトムの怒りが増す。


監督 ルネ・クレマン
脚本 ポール・ジェゴフ
ルネ・クレマン
原作 パトリシア・ハイスミス
製作 ロベール・アキム
レイモン・アキム
出演者 アラン・ドロン
マリー・ラフォレ
モーリス・ロネ
公開 1960年3月10日
1960年6月11日
上映時間 118分
製作国 フランス
イタリア
https://ja.wikipedia.org/wiki/太陽がいっぱい_(映画)

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天井桟敷の人々
『天井桟敷の人々』(てんじょうさじきの ひとびと、原題:Les enfants du Paradis「天国の子供たち」)は、1945年に製作・公開されたフランス映画。フランス映画史上に残る名作と言われる。

・・・第二次世界大戦中、ヴィシー政権下にあったフランスで製作され、監督はマルセル・カルネが務めた。製作期間に3年3ヵ月を費やし、製作費は16億円にのぼる、当時としては破格の規模で作られた大作映画となった。作品は第一幕「犯罪大通り」(Le Boulevard du Crime) と第二幕「白い男」(L'Homme Blanc) の2幕構成になっている。「愛し合う者同士にはパリも狭い」といった名台詞を生み出したジャック・プレヴェールの脚本でも知られる。

(第1幕)『犯罪大通り』
女たらしで無名の俳優・フレデリックはパリの街角でガランスに一目惚れ。饒舌に愛を語るが、ガランスは軽くあしらうだけだった。そんな美女・ガランスと悪漢で友人のピエール・ラスネール(偽名で劇中ころころ変わる)はパリの犯罪大通りにて、「フュナンビュール座」(en)の無言劇(パントマイム)の余興を楽しんでいた。そしてピエールは、そこの隣で一緒に余興に見入っていた裕福そうな紳士から懐中時計を巧みに盗み去る。そのことで濡れ衣を着せられたガランスであったが、盗難の一部始終を父親から才能がないと罵倒されていた芸人・バチストによってコミカルにパントマイムで再現され、彼女の疑いは晴れる。このことがきっかけで、バチストは夢から覚め恋に落ちる。

(第2幕)『白い男』
ガランスは伯爵夫人として暮らし、一方バチストはナタリーと結婚して男の子を授かる。
フレデリックは「フュナンビュール座」を辞め、別の劇団に移ったものの相変わらず女遊びをしたり借金取りに追われたり、さらには「こんな芝居はたいくつだ」と言って劇中にアドリブで作家達を侮辱するなど、問題を起こしている。偶然にもフレデリックはバチストの芝居を観に行った劇場でガランス再会し、バチストとガランスを再会させようと取り計らうが結局会えなかった。劇中に突然飛び出し失意に暮れるバチストだったが、友人・フレデリックの芝居『オセロ』を見に行きようやく愛しのガランスと再会できる。2人にはもはや言葉はいらなかった。


監督 マルセル・カルネ
脚本 ジャック・プレヴェール
製作 フレッド・オラン
出演者 アルレッティ
ジャン=ルイ・バロー
音楽 モーリス・ティリエ
ジョゼフ・コズマ
撮影 ロジェ・ユベール
マルク・フォサール
公開 1945年3月9日
1952年2月20日
上映時間 190分
製作国 フランス

https://ja.wikipedia.org/wiki/天井桟敷の人々

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時計じかけのオレンジ
『時計じかけのオレンジ』(とけいじかけのオレンジ, A CLOCKWORK ORANGE)は、1962年発表のイギリスの小説家アンソニー・バージェスによるディストピア小説、又はそれを原作にし1971年に公開(日本では1972年4月)されたアメリカ映画。スタンリー・キューブリックにより映画化された。

・・・暴力やセックスなど、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と、管理された全体主義社会とのジレンマを描いた、サタイア(風刺)的作品。近未来を舞台設定にしているが、あくまでも普遍的な社会をモチーフにしており、映像化作品ではキューブリックの大胆さと繊細さによって、人間の持つ非人間性を悪の舞踊劇ともいうべき作品に昇華させている。

・・・舞台は近未来のロンドン。クラシック音楽、中でもベートーヴェンをこよなく愛する15歳のアレックス・デラージ(Alex DeLarge)をリーダーとする少年4人組“ドルーグ”は、今夜もコロヴァ・ミルク・バーでドラッグ入りミルク“ミルク・プラス”を飲みながら、いつものように夜の世界の無軌道的な暴力行為“ウルトラヴァイオレンス”の計画を立てていた。

・・・暴力的表現が多く、論争を呼ぶ内容であったにも関わらず『時計じかけのオレンジ』はヒットし、製作費220万ドルに対しアメリカでの興行収入は2600万ドルにも上った。『俺たちに明日はない』、『ワイルドバンチ』、『ダーティハリー』、『わらの犬』とともに映画における暴力的表現の規制緩和に一定の役割を果たした作品である。アカデミー賞やゴールデングローブ賞などにノミネートされ、ヒューゴー賞をはじめ様々な賞を受賞している。

監督 スタンリー・キューブリック
脚本 スタンリー・キューブリック
製作 スタンリー・キューブリック
出演者 マルコム・マクダウェル
パトリック・マギー
マイケル・ベイツ
公開 1971年12月19日
1972年4月29日
上映時間 137分
製作国 イギリス
アメリカ合衆国
https://ja.wikipedia.org/wiki/時計じかけのオレンジ

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ネバーエンディング・ストーリー
『ネバーエンディング・ストーリー』(Die unendliche Geschichte / The Neverending Story)は、映画及びテレビドラマのタイトルである。原作はミヒャエル・エンデの『はてしない物語』だが、オリジナルの話とは終わり方が異なっている。

・・・主人公、バスチアンはいじめられっ子で、母を亡くしてからは父親と2人だけの寂しい生活を送っていた。そんなある日、いじめっ子から逃げるために飛び込んだコレアンダー書店で彼は不思議な本「ネバーエンディング・ストーリー」と出会う。本を読むと物語の主人公になれる、本の世界に籠にも乗れる、だから本が好きだと力説する彼に書店の主は「だが、それらの本は読み終われば現実に戻される。この本は危険だ。」と止めるが、どうしても読んでみたいバスチアンはこっそりとその本を盗んでしまった。


監督:ウォルフガング・ペーターゼン
製作:ベルント・アイヒンガー、ディーター・ガイスラー
製作総指揮:マーク・デーモン、ジョン・ハイド
脚本:ウォルフガング・ペーターゼン、ヘルマン・ヴァイゲル
撮影:ヨスト・ヴァカーノ
音楽:ジョルジオ・モロダー、クラウス・ドルディンガー、ロバート・ハザウェイ
SFX:ブライアン・ジョンソン
美術、セット:ロルフ・ツェートバウアー
編集:ジェーン・ザイツ
主題歌:リマール(Limahl)『The Neverending Story』(邦題:『ネバーエンディング・ストーリーのテーマ』)
https://ja.wikipedia.org/wiki/ネバーエンディング・ストーリー

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真夜中のカウボーイ
『真夜中のカーボーイ』(まよなかのカーボーイ、Midnight Cowboy)は、1969年公開のアメリカ映画。配給会社はユナイテッド・アーティスツで、監督はジョン・シュレシンジャー。ジェームズ・レオ・ハーリヒーの同名小説をウォルド・ソルトが脚色。主演はジョン・ヴォイト、ダスティン・ホフマン。第42回アカデミー賞 作品賞受賞作品。また、1994年にアメリカ議会図書館がアメリカ国立フィルム登録簿に新規登録した作品の中の1つである。大都会の孤独に流される二人の男性の生き様を描いたアメリカン・ニューシネマの代表作。1969年に制定された映画のレイティングシステムで「成人映画」に該当しながらアカデミー賞を受賞した唯一の作品である(受賞後に成人指定は解除された)。

・・・男性的魅力で富と名声を手に入れようと、テキサスからニューヨークに出てきた青年・ジョー(ジョン・ヴォイト)。カウボーイスタイルに身を固めた彼は女を引っ掛けて金を要求するが、逆に金をふんだくられる。女こそ名うての娼婦だったのである。ジョーはスラム街に住むラッツォ(ダスティン・ホフマン)というびっこの小男に出会い、売春の斡旋人を世話してくれるという約束で10ドルを手渡すが、斡旋人は男色を専門としていた。騙されたと知ったジョーは、ラッツォを捕まえて問い詰めるが、既にラッツォの手には金がない。その代わり、罪滅ぼしにラッツォは、カモ探しに協力する。二人はラッツォのねぐらである廃墟のビルで共同生活を始める。


監督 ジョン・シュレシンジャー
脚本 ウォルド・ソルト
原作 ジェームズ・レオ・ハーリヒー
製作 ジェローム・ヘルマン
出演者 ジョン・ヴォイト
ダスティン・ホフマン
公開 1969年5月25日
1969年10月18日
上映時間 113分
製作国 アメリカ合衆国
https://ja.wikipedia.org/wiki/真夜中のカーボーイ

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ローマの休日
『ローマの休日』(ローマのきゅうじつ、原題:Roman Holiday)は、1953年製作のアメリカ映画。ウィリアム・ワイラーが製作・監督。ローマを表敬訪問した某国の王女が滞在先から飛び出し、一人でローマ市内に出て知り合った新聞記者との切ない24時間の恋を描いている。トレビの泉や真実の口など、永遠の都ローマの名だたる観光スポットを登場させていることでも有名である。王女をオードリー・ヘプバーン、新聞記者をグレゴリー・ペックが演じている。この時に新人だったオードリー・ヘプバーンは1953年度のアカデミー賞において、アカデミー最優秀主演女優賞を受賞している。

ワイラーの演出は非常に凝っており、同じシーンの撮影に何回も繰り返すことで有名であった。スタジオでの撮影ではワイラーの要求が多すぎて、何度もテイクを繰り返すことが多い。ところがこの作品ではローマ市内での屋外ロケが多く、制約が多すぎて、カットをわずかな回数に限定せざるを得なかった。これはオードリーにとっては幸運であった。しかし市内の観光名所や公共施設で撮影するので、騒音対策、交通整理、パパラッチ問題に悩まされて、移動のたびに見物するファンの群れにも対応せざるを得ず、熱い夏で大変な作業を要したと言われている。


監督 ウィリアム・ワイラー
脚本 イアン・マクレラン・ハンター
ダルトン・トランボ
ジョン・ディントン
原案 ダルトン・トランボ
製作 ウィリアム・ワイラー
出演者 オードリー・ヘプバーン
グレゴリー・ペック
エディ・アルバート
公開 1953年8月27日
1954年4月21日(佐世保)
上映時間 118分
製作国 アメリカ合衆国
https://ja.wikipedia.org/wiki/ローマの休日

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