ヒューマニスト21
<その人の指向性、価値観、生き方、考え方>

 


<井戸謙一>

福井・大飯原発:低線量被ばく脅威訴え 停止求める集い、井戸弁護士ら講演−−大津 /滋賀(毎日新聞 2013年06月29日 地方版)国内で唯一稼働中の関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の停止を求める集いが23日、大津市内であった。2006年に北陸電力志賀原発2号機の運転差し止め判決を出した元金沢地裁裁判長の井戸謙一弁護士(滋賀弁護士会)が講演し、低線量被ばくの脅威など原発事故の影響の深刻さを訴えた。井戸弁護士はチェルノブイリ原発事故後の周辺地域について、がん発生率や慢性疾患の子供の比率などの経年変化をデータで紹介。また、東京電力福島第1原発事故後に自ら携わった、福島県郡山市の小中学生が市に対して「集団疎開」を求めた裁判を説明した。今年4月の仙台高裁決定は仮処分申請を却下した。しかし井戸弁護士は「福島に住み続けることの危険性を正当に認めた」と強調し、「福島で暮らす子どもたちを守るため、県外での短期間の保養を行政の責任で行うべきだ」と指摘した。一方、福井県敦賀市の元原発下請け労働者の男性は、原発作業員の労働実態を紹介。被ばくの脅威と隣り合わせで、仕事を失わないために時には浴びた放射線量を低く見せることもあると語り「全ての原発を停止し、廃炉に」と呼びかけた。集いは大津市の市民団体が主催、参加者約50人が耳を傾けた。【千葉紀和】
http://mainichi.jp/area/shiga/news/20130629ddlk25040506000c.html


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第2部 救われた人生<5> 原発差し止め 権力に遠慮しない(2013/05/08東京新聞)
 二〇〇六年初頭、金沢地裁の裁判官だった井戸謙一さん(59)は眠れぬ夜を過ごしていた。冬なのに布団に入ると汗が噴き出す。三月に言い渡す判決の結論は決まっていた。原発の運転差し止め。「批判は覚悟していた。ただ、国策を否定する以上、わずかな論理の破綻も許されない」。理由をどう組み立てるか悩み抜いた。判決ができあがると、もう気負いはなかった。三月二十四日、法壇に立った井戸さんは、淡々と述べた。「主文、志賀原発2号機を運転してはならない」稼働中の原発の運転差し止めが初めて認められた。被告の北陸電力側はぼうぜんとし、原告住民から歓声が上がる。井戸さんは、おだやかな表情で騒然とする法廷を後にした。その時、導いた答えは、五年後の一一年三月に東京電力福島第一原発で起こった事故を予見していた。 「自分が正しいと思ったことは貫かねばならない」。裁判官は憲法と法律にしか拘束されない。国家権力はもちろん、担当外の裁判官からも干渉を受けない。憲法七六条が規定する裁判官の独立だ。

井戸さんは一九九三年に大阪高裁で、七六条を実感する裁判を担当した。九二年の参院選をめぐる一票の不平等訴訟。当時、参院選での違憲判決は一件もなかった。審理の終盤、三人の裁判官のうち主任裁判官だった井戸さんは、裁判長の山中紀行さん(82)から意見を求められる。「違憲にすべきだ」。もめるかと思ったら、山中さんはあっさり、この判断を受け入れた。「判決当日は開廷の一時間以上前に出勤し、裁判官室で緊張していた。大騒ぎになるだろうと思った」と振り返る。後から出勤した山中さんは、何事もないように雑談している。「判決日だと忘れているんじゃないか」と思ったが、山中さんは時間が来ると「じゃ、行きましょうか」と法廷へ向かった。事案の大小に関係なく、法と証拠に基づいて判断し、結論を淡々と言い渡す。井戸さんは、志賀原発訴訟のとき、「山中さんのようにありたい」と思った。

二〇一一年に退官。弁護士となった井戸さんは「司法は少数者の権利を守るために存在する」と話す。そのために独立している裁判官が、官僚組織の一員になってしまっていると感じる。「誰かから『こうしろ』なんて言われることはない。しかし、裁判官の世界で評価され、生き抜こうと思うと、時の政治権力や行政に遠慮する感覚を身に付けてしまう」井戸さんは「今の憲法は人類の英知の結晶。それがないがしろにされているのではないか」と話す。憲法の理念を守るために裁判所は最後のとりでとならねばならない。それを保障するのが裁判官の独立だ。「日本の政治、行政は劣化している。司法にしか期待できないという国民はいっぱいいる。そうした人たちから見られているということを自覚して、重要な職責にあたってほしい」。井戸さんから若い裁判官へのメッセージだ。 =おわり(この企画は飯田孝幸が担当しました)憲法にまつわる体験談や思い、この企画へのご意見をお寄せください。Eメールはshakai@tokyo-np.co.jp 手紙は〒100 8505(住所不要)東京新聞社会部憲法取材班。ファクスは03(3595)6917
http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/kenpouto/list/CK2013050802000176.html


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大飯原発停止 廃炉に元労働者ら危険性語る(2013/06/24中日新聞) 
地裁裁判長の井戸謙一弁護士(彦根市)が、福島に住み続けることの危険性を認めた仙台高裁の決定や、チェルノブイリ原発事故後の周辺地域のがん発生率などを紹介。「福島の子どもたちの保養避難を、行政の責任でやるべきだ」と訴えた。


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東海第二原発訴訟国民の声受け止めよ(2013/01/19日茨城新聞) 
◆志賀原発2号機訴訟の元裁判長 井戸謙一さん 原発訴訟について語る井戸弁護士=滋賀県彦根市の事務所で  東海村の日本原子力発電(原電)東海第二原発の運転差し止めなどを求めて住民らが訴えた裁判の第一回口頭弁論が十七日、水戸地裁であり、被告の国と原電は争う姿勢を示した。東日本大震災後の司法は原発の安全をめぐる三者の主張をど...


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大飯原発の運転差し止め提訴へ 京都や滋賀の弁護士ら(201208/31共同通信)
関西電力大飯原発(福井県おおい町)で事故が起きれば重大な被害が出るとして、京都や滋賀、大阪の弁護士が、関電に1〜4号機の運転差し止めを求める訴訟を京都地裁に起こす方針を固めたことが31日、分かった。地元住民を原告として募り、今秋にも提訴する。訴訟に参加する井戸謙一弁護士によると、訴訟では、東京電力福島第1原発の事故を挙げ「想定を超える事故が実際に起こりうる」と主張。大飯原発の敷地内には軟弱な断層があり、地震で周辺の活断層と連動して地形が変わる可能性があるとして、国の安全設計審査指針が改定されていない現状で、原発を稼働するのは違法だと訴える。
http://www.47news.jp/CN/201208/CN2012083101001380.html


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〈ニッポン人脈記〉石をうがつ:142012年9月24日
気負わず恐れず流されず
真冬の夜。なのに、年度末に迫った判決のことを思うと、布団の中で汗が噴き出す。寝付けぬ夜があった。2006年の初め。金沢地裁の裁判官だった井戸謙一(いどけんいち)(58)は、石川県の志賀原発2号機をめぐる訴訟の判決を書こうとしていた。「住民勝訴、運転差し止め」。審理を尽くし、結論は自分の中で固まっている。それでも、いろんな考えが頭をよぎった。この国のエネルギー政策にどんな影響を与えるか。とっぴな判決を出したとたたかれるだろうか。虚心坦懐(きょしんたんかい)。裁判官として、法と証拠に基づいて判断するだけだ。井戸は、そう自分に言い聞かせた。
    ◇
井戸は大阪府堺市の出身で、父親は国鉄でずっと運転士をしていた。東京大に入学したのは、高度成長期が終わりかけた1972年。寮の友人に誘われ、貧しい家庭の子どもを支援する活動に入った。卒業しても社会の問題にかかわっていきたい。そんな思いで、3年の時に教育学部にいながら法律の勉強を始め、司法試験に合格した。裁判官になった駆け出しのころ、月に1回、令状の担当が回ってきた。逮捕や勾留、家宅捜索といった令状の請求がひっきりなしに来る。「1日に1件は却下するぐらいの心構えでいろ」。先輩に言われた言葉だ。警察や検察の主張に流されず、裁判所としてただすべきところはただす。そんな精神が、井戸の中に育まれていった。

その後、民事裁判に携わるようになった井戸は、92年の参院選をめぐって起こされた「一票の格差」訴訟を大阪高裁で担当した。裁判長の山中紀行(やまなかのりゆき)(81)は、この問題で初めて違憲の結論を導いた。当日もいつもと変わらぬ平静さで法廷に向かい、判決文を読み上げた。事案に正面から向き合い、正しいと思った判断をする。その姿に、また学んだ。志賀原発2号機をめぐる訴訟は、金沢地裁で判決が出るまで6年7カ月を要した。途中で転勤してきた井戸が引き継いでからでも4年に及ぶ。安全性についての情報のほとんどは、事業者である被告の北陸電力がもつ。ならば、安全性は被告側に立証してもらう。井戸は、その構えをとった。
 裁判が終盤に入った05年8月、宮城県沖で地震が起きた。この時、同県内の女川(おながわ)原発で記録された地震動が、当時の耐震設計基準の最大値を超えたことがわかった。

「耐震設計は地震を過小評価し、現実の地震に耐えられない可能性が高い」という住民側の主張が説得力を増した。被告側の反論に、それを超えるものがあるようには思えなかった。06年3月24日。井戸は住民の訴えを認める判決を出した。「裁判長は気負いのない穏やかな表情だった」。地元紙に、そんな記事が載った。
    ◇
井戸は昨春、定年より8年早く退官、弁護士になった。70年代から各地で原発訴訟が起こされる中で、住民側が勝ったのは、井戸の判決を含めて二つ。その井戸の判決も、その後改定された新しい耐震指針を踏まえ、高裁で破棄された。なぜ、あの判決を出せたのでしょう?10秒ほど黙して、井戸は言った。「僕は素直にふつうの見方をしたつもりだが……」裁判所の中で、個々の裁判官の考えが統制されるようなことは、もちろんない。ただ――。国や電力会社の証人として出てくる専門家は立派な肩書をもち、国策を担っている。その人たちが「安全だ」と言うのであれば、見解に従っておく方が無難だろう。自分の判断が非難されることも少ないのではないか。

裁判官がそんな考えに流れることはありうる、と井戸は言う。昨年8月。福井県にある7基の原発の再稼働を認めないよう、地元や周辺の府県の住民が裁判所に仮処分を申し立て、井戸は弁護団に加わった。志賀原発訴訟の弁護団長だった岩淵正明(いわぶちまさあき)(62)とも勉強会で机を並べる。恐れていた事故が福島で実際に起きた。二度と繰り返さぬよう、大事なのはこれからだ。司法は、法曹は、市民のよりどころになれるだろうか。自問を続けながら、井戸の活動は続く。(大久保真紀)

http://digital.asahi.com/articles/TKY201209210300.html


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