ヒューマニスト8
<その人の指向性、価値観、生き方、考え方>

 


<氏本長一>

 

 

氏本 長一(うじもと ちょういち)氏本農園 代表。山口県出身(1950年〜)

瀬戸内海の小さな離島で、放牧豚などによる有畜複合農業に取り組んでいます。過疎、高齢化、農水産業の衰退が進む国内の中山間地域や離島地域は本来地域の資源を有効に活用し、循環的で有機的な農水産業を核とした持続性の強い暮らしを展開してきました。そしてそれらの地域では例外なく「まつり」が暮らしに必要なさまざまな知恵を伝え、人々の絆を維持する文化的、教育的な役目を果たしてきています。今日の日本で、利便性の高い都市的な生活様式がこれだけ普及してきても暮らしの満足度が必ずしも向上しないのは、このような地方の暮らしが守ってきたものを失ってしまったからではないでしょうか。

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〈ニッポン人脈記〉石をうがつ:1(2012年8月31日朝日新聞)
原発いらない なあブー
100キロはあろうかという豚が、一斉に鳴き声を上げて駆け寄ってきた。硬い毛に覆われた豚たちは、盛んに鼻で地面を掘り起こす。この習性で荒れ地を耕してくれているのだという。瀬戸内海に浮かぶ、山口県の祝島(いわいしま)。長く放置され、雑草が覆う耕作地で豚を放牧しているのは、氏本長一(うじもと・ちょういち)(62)だ。「ストレスがないから健康に育つ。なあ、ブー」肉は東京のレストランにも出荷され、ほかの豚とは違う、と食通をうならせる。半日もあれば巡れる島は、外周12キロ、人口は500人弱。人々は日々、魚をとり、畑を耕す。ハート形の島には、集落は港近くの一つしかない。細い路地に家が並び、「つくりすぎたよ」と言っては夕げのおかずをやりとりする。昔からそうやって暮らしてきた。1982年。海をはさんで4キロ先にある本州側に、上関(かみのせき)原発の建設計画が明らかになった。争いを好まぬ島の人も、この時ばかりは気色ばんだ。「海と山があれば生きていける。でも、その環境を失うことがあったら、島はどうにもならない」。反対は島民の9割に及び、10億円を超える漁業補償金も拒んだ。30年たっても結束は変わらず、建設計画は進んでいない。その島民の思いとともに、氏本の畜産もある。

島で過ごした少年時代、氏本は広い大地に憧れた。北海道の帯広畜産大に進み、卒業後は稚内市役所へ。畜産を担当し、44歳の時、第三セクターの宗谷岬(そうやみさき)肉牛牧場で3千頭を育てる牧場長になった。が、戸惑いも覚えた。生産性を第一に何千頭も飼うことが農業といえるのか。もはや「工業」ではないか。30代で訪ねたニュージーランドの農家での体験が心に残っていた。目標を聞かれて「高く売れる牛をたくさん育てたい」と返すと、「その金でどうしたい?」。答えに窮した。年代もののトラクターを「お前より年上だが、よく働く」と自慢げに見せる主(あるじ)の顔が輝いて見えた。自分なりのやり方を模索しようと、07年に島に戻った。放牧する豚の餌は、島民の残飯を利用する。その量からいくと、飼育規模は30頭。通常の3倍ほど、1年半をかけて育てる。食を考えることは、生活の足元を見直し、ひいてはエネルギーのあり方を考えることにもつながった。氏本は「人間も動植物と同じ、自然のなかの一つ。身の程をわきまえて暮らすのがいい」と言う。

原発計画に対し、反対運動の先頭に立ったのは、松江の会社をやめて漁協職員として戻った氏本のいとこ、山戸貞夫(やまと・さだお)(62)だった。その山戸の長男、孝(たかし)(35)も大学卒業後に大阪で就職した後、00年に島に戻った。勤め口が見つからない中、6月のある日、10年近く放置されていた実家のビワ畑に入った。オレンジ色の実がたわわに実っている。口に入れると、汁があふれ、何とも言えぬ甘みが広がった。太陽の味とでも言うべきか。しっかり育てたら、農業で食べていけるかもしれない。島で生きることを意識したとき「原発とは共存できない」という思いは強まった。いま、ビワやヒジキなど、島の産品の販売を進める孝は言う。「島できちんと生きていくことが大切です。それは、地域のため、生活のため、と原発を認める以外の選択肢を示すことにもなる」 昨年1月、山戸や孝、氏本らが中心になって、太陽光や風力などで電力の自給を目指すプロジェクトが始まった。「反対」から一歩進み、原発を必要としない生活を提案したい。小さな島が発信する、大きな試みだ。「原発ゼロ」を求める声が広がっている。石を穿(うが)つ雨垂れのように、「3・11」の前から異を唱えてきた人たちを訪ねる。(編集委員・大久保真紀)
(このシリーズは、文を大久保、写真を伊ケ崎忍が担当します。文中の敬称は略します)

http://digital.asahi.com/articles/TKY201208300337.html

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山口県上関町に、原子力発電所の新規立地計画があることをご存じですか? 原発が計画されている上関町長島は、貴重な生物たちが生息するまさに生物多様性のホットスポットです。 ”生命の海を埋め立てないで!”と私たちはスナメリたちの代弁者として自然の権利訴訟をはじめました。


2010年3月4日木曜日
氏本長一さんの意見陳述書(第3回公判)
上関自然の権利訴訟 意見陳述書

祝島  氏 本 長 一 
1950年3月26日生(59歳)


私は祝島に住む氏本長一といいます。
私は祝島で、豚や牛の放牧、無農薬びわの栽培、甘藷など根菜類の栽培など複合的な農業で生計をたてています。豚や牛は遊休農地や山林に放牧しながら、島民の生活から出る食品残渣などを与えています。 また、びわの栽培や根菜類の栽培にも除草剤などの農薬はもちろんのこと化学肥料もほとんど使用しない有機的な農業です。

私だけでなく、小さな離島・祝島の農民は、以前から化学肥料や農薬の使用を極力抑えた有機的な農業を営んでいます。一時の収穫を増やすために農薬や化学肥料を大量に投入すれば、遠からず農地だけでなく海を傷めてしまい、結果的に島の暮らしそのものが立ち行かなくなることをよく理解しているからです。

過去からの長い期間、祝島ではほとんどの農民は漁業にも従事する半農半漁の生活を続けてきました。 イワシなどから作った魚粕や家畜の糞を農地の有機肥料として活用し、海や山に優しく島内完結性の高い、今日的表現では「地域資源循環型」というべき農業を営んできました。現在でも農地と漁船の両方を所有し、半農半漁の生活をしている島民はたくさんいます。生業としての農業と漁業を通して私たち島民は、山と海は不可分な関係であり、海と山からの恩恵でこれまで生きてこられたこと、これからも海と山の恩恵を受ける暮らしにこそ島の未来が開かれていることを理解しています。それゆえに島民は、海と山を守り次世代に伝えることは全島民の共通責任だと考えています。

島民が海と山〜地域の自然に畏敬と感謝の気持ちで関わってきたからこそ島民社会が持続力を失わなかったことは、「神舞」という神事が千年以上の長期にわたって島内に伝承されているという事実がよく表しています。このような農水産業の在りようこそが、祝島という小さな離島だけでなく、日本という大きな離島でも本来めざすべき農水産業のはずだという確信をもって、私は祝島で農業を営んでいます。そのかたわら島内の仲間とともに、一流の離島をめざす『祝島未来航海プロジェクト』という地域興しの活動に取り組んでいます。その活動の一環として、一昨年3月には自治会に働きかけて「自治会生態系保全規則」を制定しました。 島内に現存していない動植物の持ち込みを自主規制し、島民の義務として島の生態系を保全することなどが盛り込まれていて、自治会レベルでは全国初の規則とのことです。

この「自治会生態系保全規則」制定の目的は、祝島という小さな離島の存立基盤は豊かな自然環境にあること、その自然環境を守ることは島民のいのちと暮らしを守ることと同義であることを島民自らが再認識するとともに、島外の人々に対しては島民の総意として意思表示することでした。その観点からも、祝島の目の前で強行されようとする上関原子力発電所建設とそれを前提とした田ノ浦湾の埋め立ては、原発の放射能の危険性以前に、原子炉冷却用温排水の周辺海域への大量放水も含めて、なにより現存する田ノ浦湾やその周辺の動植物の生活を完全に無視するものです。それは祝島を取り巻く海や山の生態系に深刻な影響を及ぼし、漁業のみならず無農薬を主体とする農業にも重大な懸念が生じることにほかなりません。そのあとに控える上関原発建設も含めて、現在の島民のいのちと暮らしだけでなく、島の将来までをも深刻な脅威にさらすもので、私にとって到底容認できるものではありません。私は、一旦損なってしまうと修復が不可能な生態系や生物多様性を壊してまで田ノ浦湾を埋め立てたり、子や孫は言うに及ばず幾世代もの子孫に放射性廃棄物の処理負担を押し付けながら、原発の電気に支えられた利便性を享受することに、次世代の人々に対し強い罪悪感を禁じえません。

スナメリやカンムリウミスズメは、瀬戸内海にいのちを委ねて暮す私たち島民にとって大切な仲間であり、暮らしの豊かさ〜クオリティ・オブ・ライフの重要な指標であり、人間の傲慢さを戒めてくれ、生態系の一員として生きるための謙虚さを教えてくれる大切な教師でもある、かけがえのない存在なのです。今回の埋め立て認可は、法人としての県が、多数の人間の利便性のためには小さな離島の少数住民や何種類かの動植物の生存権など、少々の犠牲は止むを得ないという切捨ての考えに立っていると受け止めるほかなく、その傲慢で想像力に欠けた人間性の感じられない県に「住みやすさ日本一の元気県づくり」を託す信頼感は微塵も湧いてきません。

現在、人間の経済活動や生活行動と自然環境との関わりを「生物多様性」という視点でとらえることが世界的に大きな潮流となってきていますが、この「生物多様性」と「生態系」は表裏一体の概念です。図らずも今年10月の名古屋市で開催される生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)に向けて、先般日本政府は「生物多様性を2020年までの短期目標として現状より減少させず、2050年までの中長期目標として現状より増加させる」と公表しました。しかしながら瀬戸内海の田ノ浦湾では今日も、政府の生物多様性行動計画と完全に相反する生物多様性を否定する埋め立て工事が続いています。そして残念ながら、現行の国の法律や県の条令はこのような生物多様性や生態系を損なう行為に対し極めて寛容で、私が期待する被害の予防的抑止力を持ちえていません。それでもなお、埋め立てに反対する私たちが、このような立ち遅れた法的枠組みのもとであっても裁判に訴えるのは、この田ノ浦湾の埋め立て認可の理不尽さを正すことが、私のいのちだけでなく、私とともに暮す家族、私にいのちを託してくれている家畜たち、私のまわりの動植物すべてのいのちがかかっている、一人の人間として決してあきらめてはならないことだと確信しているからです。

http://sunameri09.blogspot.jp/2010/03/3_04.html

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