ヒューマニスト66
<その人の指向性、価値観、生き方、考え方>



<柄谷 行人>

 

Wikipedia

柄谷 行人(からたに こうじん、1941年8月6日 - )は、日本の哲学者、思想家、文学者、文芸評論家。本名は柄谷 善男(よしお)。筆名は夏目漱石の小説『行人』に因む、と一般にいわれるが、本人は否定。「kojin」という語感と響きから偶然に思いついたという。兵庫県尼崎市出身。

「国家」「資本」「ネーション」とは区別されるものとして、近年では「アソシエーション」という言葉を強調している。それにもとづき、2000年6月にはNAM(New Associationist Movement)を立ち上げる(2003年1月解散)。1969年、夏目漱石を主題とした「意識と自然」で第12回群像新人文学賞評論部門を受賞[2]。文芸批評家としてのキャリアをスタートさせる。20代の柄谷は、吉本隆明を高く評価していたことが初期論文の「思想はいかに可能か」や「心理を越えたものの影」からうかがわれる。また、評論に夏目漱石を選んだのは、『漱石とその時代』等の漱石論・保守派的な論客で知られる江藤淳に読んでもらいたかったからだという。1973年新左翼運動衰退のメルクマールとなる連合赤軍事件を暗に主題とした「マクベス論」を発表。以降「内面への道が外界への道である」として、文芸批評の枠を超え、理論的(再)吟味を中心とした仕事を数多く行うこととなる。その中心にすえられたのが、価値形態論を中心としたマルクス『資本論』の読み直し・再解釈である。

80年代、立て続けに『隠喩としての建築』『言語・数・貨幣』『探究I』『探究II』を発表。いわゆる「構造主義」「ポスト構造主義」の理論的再吟味とマルクス『資本論』の価値形態論の再吟味を同時に行う仕事を行った。2001年、『トランスクリティーク カントとマルクス』を、その前年に自らも関わって立ち上げた生産者協同組合である、批評空間社から出版、その内容をもとに、2000年6月、アソシエーション=「国家と資本への対抗運動」の活動、NAM(New Associationist Movement)を立ち上げる。・・・柄谷は自身の「トランスクリティーク」という言葉はガヤトリ・C・スピヴァクの「プラネタリー」という言葉と親和性が高いとしている。プラネタリー(惑星的)とはスピヴァクによると グローバリゼーション(地球全域化)という言葉への「重ね書き」」として提案された。実際、短期間所長をつとめた近畿大学人文研のキャッチフレーズは「プラネタリー(惑星的)な思考と実践」「芸術とは何かを発見する術であり、認識を新たにする術であり、社会の生産のあり方をも変革する力、すでに存在する事物の再生産ではなく、まだ認識もされなかった事物を新たに見出し生み出す力、さらにその新たな事物を交換、流通させていくメディアの創設、社会関係の構築」であった。

2011年3月11日の原発震災後、「デモをすることによって社会を変えることは、確実にできる。なぜなら、デモをすることによって、日本の社会は、人がデモをする社会に変わるからです。」と新宿アルタ前広場で行われた、素人の乱主催による「9.11新宿 原発やめろデモ!!!!」街頭集会でスピーチした。

2015年8月15日、第二次世界大戦終結70年の日に、岩波書店が朝日新聞に出した全面広告において、「戦後70年 憲法9条を本当に実行する」という[35]表題のインタビューを岡本厚岩波書店社長から受けた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/柄谷行人

top


BACK

資本主義がネーションや国家との結合において存続する資本主義=ネーション=ステートをいう三位一体構造として存在することを指摘しつつ、それら三項が互いに還元されない独自の交換原理に自らの存在基盤を有していることを、初めて明らかにしたことにある。それは資本と国家への対抗運動を開始する著者自身の決意のなかで見出されたものであることを付け加えておく。

top


BACK

トランスクリティーク [著]柄谷行人(asahi.comBOOK)
カントの『純粋理性批判』は、合理的とされた人間の理性そのものが、幻想(仮象)をもたらす仕組みを明らかにした。一方、マルクスの『資本論――経済学批判』は、貨幣がモノの価値を計る尺度などではなく、人間生活を牛耳ってしまう幻想(フェティッシュ)であることを論証する。西洋思想史にそびえ立つ二つの批判書を縦横に結びつけ、かつ、絶え間なく視座を移動しながら、批判・吟味・再検討する。それが、本書の企図する「トランスクリティーク(批評)」だ。 実際、本書に引用される“きら星”には目がくらむ。哲学者や経済学者は言うに及ばず、クーンら科学史家、ゲーデルら数学者、言語学者のソシュール、アーティストのデュシャンに聖書……。ジェットコースターに乗るように、当代随一の思想家の、思索の軌跡を見るぜいたくさが魅力だ。岐阜県のマリオさん(58)は「マルクスを論じた部分に共感した。最近の金融危機も含め現代資本主義の解説としてマルクスは分かりやすい」と感想を寄せた。

 本書で柄谷氏は「理論は、たんに現状の批判的解明にとどまるのではなく、現実を変える何か積極的なものを提出しなければならない」と書く。そして、資本主義を乗り越えていく可能性をいくつか提示する。だが、生協や国際協力NPOに長年かかわってきた神奈川県の本阿彌久仁子さん(57)は、「LETS(Local Exchange Trading System)はゆきづまった資本主義経済の救世主になるかもしれない。しかし活動の現場は時間、知恵、お金の持ち出しで疲弊しきっている」と手紙に書いてきた。
http://book.asahi.com/zeronen/TKY201006090210.html

top


BACK

柄谷行人 書評委員が選んだ「今年の3点」(2016年12月25日/朝日新聞)
(1)家族システムの起源 1 ユーラシア 上・下(エマニュエル・トッド著、石崎晴己監訳、藤原書店・上4536円、下5184円)

(2)セカンドハンドの時代(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、松本妙子訳、岩波書店・2916円)

(3)世界マヌケ反乱の手引書(松本哉著、筑摩書房・1404円)

 書評ではトッドの『シャルリとは誰か?』(文春新書)を取り上げたが、私はその後刊行された(1)を推したい。というのも、彼の現状分析の根底に、家族構造を世界史的に考究した本書の認識があるからだ。たとえば、近代的と思われている核家族が人類最古の家族制度であること、また、母系制は父系制が確立した後に反動として生まれたことなど、多くの画期的な考えが提示されている。(2)は、ソ連時代にひどい目にあったが、その後の資本主義の中で再び、別種のひどい状況に置かれた人々の「声」を拾い上げた。もはや出口はないが、人々には苦悩する力がある。それが新たな活路を見いだすことになるだろう。それは日本の社会でも同じだ。(3)はいわば、活路を「マヌケ」に見いだしたのである。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12722283.html

top


BACK

中上健次を継いだ津島佑子さん 和歌山で自主講座「熊野大学」(2016年8月31日/朝日新聞)
24年前に亡くなった作家・中上健次の、今年は生誕70年。郷里の和歌山県新宮市で毎夏開かれる自主講座「熊野大学」で、今年も多彩な催しが行われた中、柄谷行人さんが高澤秀次さんとの対談で、今年2月に亡くなった作家・津島佑子さんと中上を並べて語り合った。中上と津島さんは若い頃同じ同人誌に所属し、津島さんは1歳上の中上を「アニ」と慕った。2人をよく知る柄谷さんは、「対照的なようで、よく似た兄妹」とたとえる。戦後生まれで初の芥川賞を受賞した中上は、被差別部落を「路地」と呼んで多くの物語を描き、日本の経済が繁栄を極めた1980年代後半に早い晩年を送った。 津島さんもまた、孤児や障害者ら少数者の側に立って書いてきた作家だが、絶筆となった長編小説『狩りの時代』では、ナチスが障害者に対して呼んだ「不適格者」という言葉がキーワードになる。津島さんの早世した実兄はダウン症だった。つい先頃、相模原市の障害者施設で起きた事件では「ヒトラーの思想」が語られたが、津島さんはもちろん事件を知らない。「兄」中上の死から四半世紀近く、「妹」は、今なお「差別」が続く「狩り」の時代だと書いている。「80年代、経済繁栄で差別は事実上ないことになったが、いままた、差別が始まっている」と、柄谷さんは、公然と行われるヘイトスピーチや貧富の格差・分断の拡大を指摘。「津島さんは、中上がやろうとしたことを継続できた作家」と語り、高澤さんも「中上の死後、津島さんの小説は中上へのアンサーソングだった」と応じた。(大上朝美)

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12537155.html

top


BACK

(書評)『人類進化の謎を解き明かす』 ロビン・ダンバー〈著〉(2016年8月21日/朝日新聞)
■運命を分けた集団形成の差

 気のおけない、互恵的な集団は、150人が限度である。この数は狩猟採集段階の共同体(クラン)から、新石器時代以後の村落、軍隊、地域教会、政治組織にいたるまで共通している。それがヒトの社会の基礎単位であるようで、ダンバー数として知られている。それを提唱したダンバーが、より全面的に人類進化の謎に迫ろうとしたのが、本書である。これまで考古学は、類人猿以来の進化の段階を、いわば「骨と石」に頼ってきた。それでは、認知的側面(心)や社会的側面における進化を見ることができない。ダンバーが提起したのは、二つの仮説である。第一に、「社会脳」の仮説。それは、社会の規模が大きく社会的行動が複雑になると、脳(新皮質)の容量が増大するということである。逆に、その容量から、集団の規模や認知能力を推測することができる。ダンバー数も、それらの相関性から見いだされたものだ。第二に、「時間収支」の仮説。一日の生活は、「摂食・移動・休息」、そして、集団(の絆)を維持するための「社交」からなる。それらのための時間をどう配分するかが、時間収支である。・・・ 言語・祭式・宗教などの起源については諸説ある。それを、このように「社会脳」と「時間収支」を組み合わせて見るのが、本書の新しい点である。もう一つ新しい点は、ネアンデルタール人が絶滅し現生人類が繁栄したのはなぜかという問題にかかわる。これも諸説あるが、著者によれば、ネアンデルタール人は、日差しの弱い高緯度地帯(ヨーロッパ)で暮らしていたため、視覚系(後頭葉)を発展させねばならなかった。そのため、言語機能にかかわる前頭葉は大きくならなかった。一方、後から来た現生人類は、日差しの強いアフリカで前頭葉を発達させてから、高緯度地帯に進出した。その結果生じた認知能力および集団形成の差が、両者の運命を分けたというのである。

 評・柄谷行人(哲学者)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12521379.html

top


BACK

(憲法を考える)9条の根源 哲学者・柄谷行人さん(2016年6月14日/朝日新聞)
 憲法改正論の本丸が「戦争放棄」をうたった憲法9条にあることは明らかだ。自衛隊が米軍と合同演習をするような今日、この条文は非現実的という指摘もある。だが、日本人はこの理念を手放すだろうか。9条には別の可能性があるのではないか。9条の存在意義を探り、その実行を提言する柄谷行人さんに話を聞いた。

 ――安倍晋三首相は歴代首相と違い、憲法改正の発議に必要な議席数の獲得をめざす意向を公にしています。改憲に慎重な国民は参院選の行方を懸念していますが、柄谷さんは講演などで「心配には及ばない」といっています。

 「昔から保守派は改憲を唱えていましたが、いざ選挙となるとそれについて沈黙しました。改憲を争点にして選挙をやれば、負けるに決まっているからです。保守派はこれを60年以上くりかえしているのです。しかし、なぜ9条を争点にすると負けてしまうのかを考えず、この状態はそのうち変わると考えてきたのです。それでも、変わらない。事実、改憲を唱えていた安倍首相が、選挙が近づくと黙ってしまう」 「実は、そのようなごまかしで選挙に勝っても、そして万一、3分の2の議席をとったとしても、改憲はできません。なぜなら、その後に国民投票があるからです。その争点は明確で、投票率が高くなる。だから負けてしまう。改憲はどだい無理なのです」

・・・ ――なぜ9条は変えられないといえるのですか。

 「9条は日本人の意識の問題ではなく、無意識の問題だからです。無意識というと通常は潜在意識のようなものと混同されます。潜在意識はたんに意識されないものであり、宣伝その他の操作によって変えることができます」「それに対して、私がいう無意識はフロイトが『超自我』と呼ぶものですが、それは状況の変化によって変わることはないし、宣伝や教育その他の意識的な操作によって変えることもできません。フロイトは超自我について、外に向けられた攻撃性が内に向けられたときに生じるといっています」「超自我は、内にある死の欲動が、外に向けられて攻撃欲動に転じたあと、さらに内に向けられたときに生じる。つまり、外から来たように見えるけれども、内から来るのです。その意味で、日本人の超自我は、戦争の後、憲法9条として形成されたといえます」・・・――憲法9条はカントの「永遠平和のために」、またアウグスティヌスの「神の国」にさかのぼる理念にもとづくとされます。それが他ならぬ戦後日本の憲法で実現されたのは興味深いですね。

 「私は、9条が日本に深く定着した謎を解明できたと思っています。それでも、なぜそれが日本に、という謎が残ります。日本人が9条を作ったのではなく、9条のほうが日本に来たのですから。それは、困難と感謝の二重の意味で『有(あ)り難(がた)い』と思います」・・・ 

――無意識が日本人を動かすとすれば、国民はどう政治にかかわっていくのでしょう。

 「日本では、ここ数年の間に、デモについての考え方が変わったと思います。これまでは、デモと議会は別々のものだと思われてきた。しかし、どちらも本来、アセンブリー(集会)なのです。デモがないような民主主義はありえない。デモは議会政治に従属すべきではないが、議会政治を退ける必要もない。デモの続きとして、議会選挙をやればいいのです」「現在はだいたい、そういう感じになっています。野党統一候補などは、デモによって実現されたようなものです。このような変化はやはり、憲法、とりわけ9条の問題が焦点になってきたことと関連していると思います」

http://digital.asahi.com/articles/DA3S12407144.html

top


BACK

虐げられたものへ愛と共感 津島佑子さんを悼む 哲学者・柄谷行人(2016年2月23日/朝日新聞)
私が中上健次に紹介されて、津島佑子に会ったのは、1970年代の末ごろである。彼らはかつて同人雑誌「文芸首都」の仲間であった。私が知って驚いたのは、彼女が母親に小説を書いていることを秘していたことである。だから、同人誌の郵送をことわって、自分で取りに行ったという。さらに、彼女は同人たちにも、太宰治が父親であることを隠していた。つまり、彼女は普通なら作家となるのに有利と見えるような条件を打ち消して、ただの人として出発するためにただならぬ苦労をしていたのである。むしろ、それが彼女の文学を形成したといえる。とはいえ、私は、彼女の物語を作る能力は、父親譲りの天分ではないかと常々感じていた。

・・・しかし、津島佑子は中上健次の代理以上であった。私が瞠目(どうもく)したのは、彼女がむしろ近年になって、それまでとは違ったスタイルを、次々と開発したことである。特に私が驚嘆したのは『黄金の夢の歌』(2010年)である。それは、私の『世界史の構造』(10年)と完璧に符合するものであったから。そして、昨年の「ジャッカ・ドフニ」(雑誌「すばる」連載)となると、世界文学史において類を見ないような作品である。この勢いでは、この先、一体何を書くだろうか、と思ったほどだ。日本では知られていないが、津島佑子はノーベル文学賞の有力な候補者であった。それに最もふさわしい多様な作品を書き、国際的な活動をしていた。もう少し長生きすれば、受賞したであろうから残念である。また、私は反原発デモで、何度か、彼女と一緒に国会周辺を歩いた。そういうことが二度とできないのかと思うと悲しい。
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12222205.html

top


BACK

 


 

カウンター
biansline

|バースデザインビアンスアンディムジークプロニティヘキサグラムアロットユニバーソーリドメモランダム物置小屋ラブソンググランブルーな人々へ
デザイン寺子屋リンク・県別リンク・世界の国リンク・世界のインテリジェンスリンク・ニュースリンク・サイトリンク・ヒューマニスト

サイトポリシーサイトマップリンクについて著作権お問い合わせ