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ヒューマニスト59
<その人の指向性、価値観、生き方、考え方>



<むのたけじ>

 

Wikipedia

むのたけじ(武野武治、1915年1月2日 - )は、日本のジャーナリスト。秋田県横手市在住。
秋田県生まれ。旧制県立横手中学校(秋田県立横手高等学校の前身)から東京外国語学校卒業。報知新聞記者を経て、1940年朝日新聞社に入社、中国、東南アジア特派員となるが、敗戦を機に戦争責任を感じて退社。1948年秋田県で週刊新聞「たいまつ」を創刊、反戦の立場から言論活動を続けた。1978年「たいまつ」は休刊。


2011年2月27日に放送された、NHKスペシャル『日本人はなぜ戦争へと向かったのか』シリーズ、第3回「"熱狂”はこうして作られた」の終盤に出演し、96歳で健在な姿を見せた。
2011年8月14日NHK BSプレミアム放送の『100年インタビュー「96歳のジャーナリスト・むのたけじ」』にてジャーナリストとしての思いを直言し、鋭く雄弁に語った。


2012年、花巻市の「宮沢賢治学会 イーハトーブセンター」から第22回イーハトーブ賞を受賞した。
2013年5月10日放送の報道ステーションに出演し、自ら体験した戦前・戦中の表現の自由、言論統制を振り返りつつ、憲法改正の議論に対してジャーナリストの立場から意見を述べた。
著書
たいまつ十六年 企画通信社 1963 のち現代教養文庫
雪と足と 文藝春秋新社 1964
踏まれ石の返書 文藝春秋新社 1965
ボロを旗として 番町書房 1966
日本の教師にうったえる 明治図書出版 1967
たいまつ 人間に関する断章604 詞集 三省堂新書 1967
1968年 歩み出すための素材 岡村昭彦対談 三省堂新書 1968
日本の教育を考える 豊かな人間教育への提言 斎藤喜博、佐藤忠男鼎談 東芝教育技法研究会 1970(TETA新書)
解放の十字路 評論社 1973
われ住むところわが都 家の光協会 1975
たいまつ 詞集 1-5 評論社 1976-2007
むのたけじ現代を斬る 北条常久対談 イズミヤ出版 2003
戦争いらぬやれぬ世へ 評論社 2007(むのたけじ語る 1)
いのち守りつなぐ世へ 評論社 2008(むのたけじ語る 2)
戦争絶滅へ、人間復活へ 93歳・ジャーナリストの発言 黒岩比佐子聞き手 岩波新書 2008
ふみさん、たけじさんの93歳対談 峯山冨美 朝日新聞出版 2008


http://ja.wikipedia.org/wiki/むのたけじ

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戦争絶滅訴えて100歳 ジャーナリストむのたけじさん(2015/02/15朝日新聞)
戦後70年、一貫して「戦争絶滅」を訴え続けるジャーナリストのむのたけじさんが、100歳になった。今の日本は「願いが遠ざかるばかりだ」と、悲憤慷慨(ひふんこうがい)。「めどをつけるまでは死ねん」と、力が入る。秋田県で生まれたむのさんは現在、次男が住むさいたま市で暮らしている。

朝日新聞の特派員として戦場で取材。1945年8月15日に「負け戦を勝ち戦のように書いてきた責任をとる」と退社した。故郷に近い同県横手市で、社会の病巣をえぐる週刊新聞「たいまつ」を創刊。78年の780号で休刊するまで30年間、発刊し続けた。今年1月2日に100歳を迎えたことについて、「気がついたらなっていただけで、何がめでたいのか」という。

100年の間で、最も大きな出来事は戦争だと言い切る。戦で殺し合い、大勢の犠牲を出すようなばかげたことのない世の中にしたい、と願って生きてきたという。集団的自衛権や特定秘密保護法などをめぐり、日本がきな臭くなっていることが気がかり。「ともかく今の状態では死ねない。亡くなったゆかりに申し訳ない」

ゆかりさんは疫痢にかかり、終戦の8カ月前に3歳で亡くなった長女。医者は軍務にとられて不在で、薬は手に入らなかった。むのさんの腕の中で「お手々つないで〜」と童謡を歌いながらチョコレート色の液体を吐き続けて逝った。「あの子の死にゆく体温が、あんな悲しみを二度とつくっちゃダメだ、と今も私の尻をたたき続けているんだ」その戦争が終わった日に退社したことを「早まったかなと思うこともある」。遅くなりましたけど、本当はこうでした、と読者におわびして、これまでの戦争の真実を伝え続けなければならなかった。それに気づかなかった、と悔いている。

地球温暖化や核問題、過激派組織のテロ行為を憂慮する。1月17日に東京都内で行われた「むのたけじ百歳のつどい」で、このような行き詰まった地球の状態を打破するには、奇跡が起きない限り無理だと述べた。

だが「奇跡は起きない」と続け、奇跡は起きるのを待つのではなく、「私たち一人ひとりが起こすものだ」と語り、参加した約30人のジャーナリストらに行動を起こすよう促した。自身もそのために動く決意で、100歳を超えた今、これまで若者たちに語り続けてきた言葉を、改めて自分に言い聞かせているという。

「中途半端なことはするな。迷ったらやめろ。やろうと決めたら死に物狂いで頑張れ。諦めるな」年をとれば体は動かなくなり、生きるのが大変になってきた。しかし知恵や経験は増え続けている。考えの幅も広がった。これまでの積み重ねでそう感じている。だから、「死ぬ時が人間てっぺん」。これからも前を向いて歩き続ける覚悟が、言葉からあふれ出る。(木瀬公二)
http://digital.asahi.com/
articles/ASH1Q659SH1QUJUB016.html?iref=comtop_6_05

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