ヒューマニスト56
<その人の指向性、価値観、生き方、考え方>



<ノーマ・フィールド>

 

Wikipedia
ノーマ・フィールド(Norma M. Field, 1947年 - )は、アメリカ合衆国の日本研究者。
第二次世界大戦後の東京で、日米混血の子として生まれる。1974年、インディアナ大学で東アジア言語文学の修士号を取得。1980年に来日し研究。1983年、プリンストン大学で同博士号取得。シカゴ大学に奉職し、現在同大学東アジア学科教授。
夏目漱石の『それから』の英訳(And Then)に続き、『源氏物語』論である『憧憬の輝き』(Splendour of Longing)で注目された。
1988年の再来日の折に昭和天皇の死去に至る日々を体験。ルポルタージュ『天皇の逝く国で』を著し、この著書の日本語訳によって日本でも一般に知られるようになった。・・・

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(核の神話:23)「沈黙を強いる」日本社会、気がかり(2016年4月26日朝日新聞)

日本で生まれ育ち、米国で教えてきたシカゴ大学名誉教授(日本文学)のノーマ・フィールドさん。原爆投下や原発事故の「被ばく者」に寄り添いながら、日本社会に発言を続けている。いま、福島原発事故の被害者らに「沈黙を強いるメカニズム」が気になって仕方がないという。5年前に福島原発事故が起きた時、シカゴでテレビやネットを見ていて、ある直感にとらわれました。これは、これから余生を捧げる事柄だっていう直感です。もしかしたら、10歳の時に初めて東京の家にテレビが入って、広島の原爆投下直後の映像を見た時の衝撃があってのことかもしれません。こんな大変なことが起きたのに、大人はなぜ平気で毎日暮らしてられるんだろうって、10歳の時に思ったんですね。日本とアメリカが再び戦争をしたら大変。家は日本ですが、学校はアメリカの世界で生きる自分にできることは何か。それは、大きくなったら日本について英語で教えることじゃないかと。それで戦争が阻止できるかのように、10歳の頭で考えたのでした。とっくの前に忘れていた眠っていた思い。もしかしたら福島の衝撃が、10歳の時に感じたものを呼び覚ましたのかもしれません。

 ある風景が頭に焼き付いています。それは(今年3月12日の)「311甲状腺がん家族の会」の発足記者会見です。ユーチューブで動画を2時間。目が離せませんでした。福島県民健康調査(「核の神話:18」で紹介)で小児甲状腺がんと診断された子どものご家族に話を聞くのは難しいと聞いていたので、画期的だと思ったんです。ところが、実際見てみると、会見に出た保護者、お父さん2人なんですが、福島からスカイプでの参加なんです。「カミングアウト(告白)」といわれているものが、顔を見せずに、声も操作されて。それで、「白い服の方」とか「黒い服の方」と司会者に指されるんです。「カミングアウト」と称しても、こういう形を強いる日本の社会のおぞましさ。・・・福島に限ったことではないけれども、一番気になってきたのは、被害者たちの被害性からの自己疎外です。自分で自分の感情や、大切なものを否定しなければならない。そういう効果が最初からあって、それがどんどん強化されている気がして。家族会のようなものが発足すれば、必ずバッシングが起こる。だから、自分が被害者であるということを堂々と言えない人が圧倒的多数でしょう。自分の被った被害を認めない、認めることができない、認めようとしない。それこそが自己疎外です。そこが最初から気になっていました。(2020年の)東京オリンピックが近づくにつれて、もっとひどくなると思うんです。

 上からの圧力は見えやすい。でも、もっと怖いのは、被害者同士がお互いを制することです。それなしには上からの圧力も効かないでしょう。同じような不安を抱えている人たちがその苦しさから逃れるためには、まわりもその不安を表明しないことを欲するじゃないですか。私の心の寝た子を起こさないで、というふうに。そういう素地というか装置がすぐに活性化されるように暮らしのすみずみまで張り巡らされているような気がしてならないのです。・・・日本の原発がこれからどうなっていくかわからないけれども、地裁レベルの判決や差し止めや、たとえ覆されるとしても、ぽつぽつ全国の地裁で再稼働を遅らせる動きがあればいいと思います。そうすると、個々の裁判官にとって、どこか心に響くものがあるんじゃないか、と。あそこで、あいつにこれができたんだ、みたいに。それが、ひとつの動きとして目に見えるようになったらなんとすばらしいか。裁判闘争って効率が悪いけれども、いろんな証拠が出てくるし、法廷が醸し出す尊厳もある。とにかく福島原発告訴団が頑張り抜いて、やっと刑事裁判が開かれることになったので、いろんな人に注目してほしい。関心を示して、公表しないと生かされない。メディアと市民の監視が大事なんです。東京オリンピックが近づいたら、もっともっと福島がなかったかのようにされて、声を上げるのが大変になるでしょう。

市民もメディアもそれを意識しないといけません。・・・2011年の(福島第一原発)事故直後は、これはもう日本から新しい文明論を出すしかないと思ったんです。それが、(私のような)文化系の人間がほんの少し貢献できることかなと思っていました。そして、日本が誇りにしてきた技術も、新しいものへと向けられていたら、どれほど世界的に期待されたことか。雇用も生まれます。それで大変な悲しみと苦労はもちろんあっても、多くの人が気持ちよくがんばれたはずです。でも、原発を再稼働させることからもわかるように、正反対になってしまっている。東京オリンピックに向けた、帰還政策のような「復興」プロパガンダが目立つなか、いろいろ声をあげようとしている人、また恐る恐るだれかにつながろうとしている人が、たくさんいると思うんです。そういう人たちの力になるようなかたちで、存在を可視化することができないでしょうか。可視化ってほんとうに大事でしょう。
http://digital.asahi.com/articles/ASJ4H7H66J4HPTIL02P.html

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原爆開発の地「米にヒバク博物館を」 住民がNPO設立(2015年12月17日朝日新聞)
・・・計画関連3施設の一つ、米ワシントン州ハンフォード。そこの技術者の娘で、法律家のトリシャ・プリティキンさん(65)らがNPO「コア」(CORE:Consequences of Radiation Exposure=放射線被曝(ひばく)がもたらすもの)を設立した。「コア」の理事に就いたシカゴ大のノーマ・フィールド名誉教授は「マンハッタン計画を米国勝利の歴史として称賛せず、自国民の命も犠牲にしていることこそ示すべきだ。福島原発事故後も原発を再稼働する日本政府も、人命軽視という点では米国と同じ。核が人類に強いる犠牲は世界共通だ」と指摘する。
http://digital.asahi.com/articles/ASHD66560HD6PTIL00P.html

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(インタビュー)「平和と繁栄」の後で シカゴ大名誉教授ノーマ・フィールドさん(2014/03/01朝日新聞)

日本社会はどこへ行こうとしているのか。日米双方の心と言葉で語り続ける研究者は、胸を痛めていた。戦後の繁栄が過去のものとなり、さらに平和すら手放そうとしているのでは……。

二つの国の間で「宙づりになっている」と、著書「天皇の逝く国で」に書かれていますが、その日米両国の今をどう見ていますか。

「米国生活が長くなりましたが、この国の政治のひどさが身に染みるようになりました。オバマ大統領に期待しただけ余計にそう感じます。日本も、米国流の格差社会に追いつけ、追い越せといわんばかりですね。日本社会がかろうじて残してきたものが壊されていると思うと、いたたまれません」

居場所がなくなるという感覚でしょうか。

「いえ、そんなことはありません。同僚の大学教員たちは、ひどい政治家が大統領になったら米国を脱出するよ、などと言いますが、大学があるシカゴのサウスサイドに住む貧困層の人たちは、国が嫌になったら国外に出る、なんてことはできない。逃げたくても逃げられない人たちがいるのです。余裕があるから『国を捨てる』などと言える。運命を共にするというと大げさですが、軽口はたたかないと決めました」「一方、日本は何年たっても『帰る』という感覚なんです。大切な人がたくさんいるから。でも、このままいくと、いずれ帰れなくなるのでは、という恐れも感じます。私は父親が米国人、母親が日本人の日本生まれで、当時の国籍条項では米国籍しか得られなかった。今の状況が続くと、最悪の場合はビザがおりなくなることもあるように思えて」

日本での原点は何ですか。

「団塊の世代の66歳ですから、私の原体験は質素な日本なのですが、そこには戦争が終わった解放感が確かにありました。『めだかの学校』に歌われてるような、誰が生徒か先生か分からない、そんな空気です。空襲で防空壕(ごう)に逃げなくてもよくなったという喜びは、たびたび母に聞かされました。あの感覚が日本では次第に薄れているのを感じます」確かに、戦後的なものが急速に崩れてきています。「知人によると、日本のある小学校での講演で『平和』という言葉を使わないように言われたそうです。プロレタリア文学を研究していると戦前の伏せ字を扱いますが、戦前、戦中に平和は『××』とされたことが多かった。いまや、戦後と地続きではなくなったというか、敗戦直後に日本人が真剣に議論したことがゼロになりつつあるように思います。安倍首相も靖国神社参拝を強行しました。米国従属から一歩踏み出ようとしているのでしょうか。米国を中心とした考え方が良いとは思いませんが、大国の制止も気にしないような空気が漂いつつある。それは非常に怖いですね」

「いわゆる『普通の国』イコール戦争ができる国ということなのでしょう。戦争になって最初に犠牲になるのは、若くて生活に困っている層だということは米国の歴史が証明しています。東京都知事選の結果からは、そんな若い人たちも『強い国』を主張する田母神俊雄さんに投票したように見えます。最初に戦場に出る若者が右傾化を支持する。それは、近代史の忌まわしいパターンの一つだと思います」

今の若者は「戦争を知らない子どもたち」ではなく、「戦後を知らない子どもたち」ですね。

「戦後を知らないし、バブルの頃すら知らない世代です。自分たちに戦後民主主義と繁栄の恩恵がもたらされているとは感じられないのだと思います。細川護熙さんは都知事選立候補の会見で『腹七分目の豊かさでよしとする成熟社会を』と語りました。就職できない若い人たちはこれをどう感じるだろうか、と日本の知人が心配していました。細川さんの考えが間違っているとは思いません。でも、その言葉が届かない」「2000年に発行した『祖母のくに』の中の論考で『繁栄感覚が希薄になったとき、その代わりに何が出てくるのか』と書きました。それがいよいよ現実になってきたのを感じます。まず繁栄がなくなり、そして、平和すら犠牲にしようという流れになっている。8月15日に『平和と繁栄』とだけ唱え続けてきた欺瞞(ぎまん)はずっと気になっていましたが、今聞くと懐かしくすらあります」経済の衰退が人々の意識を変えていく、ということですか。

「経済的に一番弱い立場に置かれる人は、自分の生命さえ犠牲にしないといけないようになります。私は『生活と生命の乖離(かいり)』と呼んでいますが、明日の生活のために5年先、10年先の命を顧みられなくなる。マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』で、トニー・ベンという英国労働党の政治家がこう語っています。人が押しつぶされそうになっている状態というのは、支配層にとって、とても都合がいい、と。『戦争ができる国』にしようとしている政治家を若い世代が支持するのは、まさに生活と生命の乖離だと思います」

「生活と生命の乖離」の例は、ほかにもありそうですね。

「ええ、これは格差にあえぐ若い世代に限りません。広い意味では、原発を誘致した地域や原発作業員にも当てはまる。生活のために自分の存在自体を懸けなければいけない構図はいたるところにあります。細川さんの文明論は、明日がどうなるか分からない人には、抽象的でぜいたくなものに聞こえたかもしれませんが、この乖離を乗り越えようと言っていたようにも思えます」「原発に反対しようとするなら、反対できない人々のことを考えなければいけないと思います。選択肢がない人は情報すら欲しくなくなる傾向があります。さらに心配の種になるからです。そういう意味では今後、現実を伝える言葉すらタブー視されるのではないでしょうか」

戦後の繁栄と平和を知らない世代に届く言葉を、どう紡ぎ出せばいいでしょうか。

「都知事選では、宇都宮健児さんも若者の支持率が高かった。田母神さんと宇都宮さんの若い支持層は逆の方向を向いているように見えるけれど、実は同じ層から来ているのではないでしょうか。希望を託す先が違うだけで。この双方の若者層に、時代のしわ寄せをすべて負わされている『我々』という意識が生まれたら、可能性があるとも思います」「小林多喜二は、『中央公論』で『党生活者』という作品を書いています。舞台は満州事変後で、軍事産業の景気が良くなり、工場がガスマスク製造を始めるために臨時工を雇います。戦争のために臨時工が職にありつき、一生懸命働いたら正社員になれるかも、と考えて働きます。そこで、運動家たちが臨時工と普通工の共闘を仕掛けようとするのです。劣悪な労働条件を改善すると同時に、臨時工の雇用をもたらす戦争にも反対しようとする。戦争が始まった状況で、それでもこんなことを目指していたのがすごい」

「08年の『蟹工船』ブームの際には、物語を現代にあてはめても、非正規労働者と正社員は一緒に闘えないだろうと繰り返し指摘されました。そこをどう橋渡しするか。多喜二の作品でも結局は失敗しますが、その失敗を丁寧に描いている。だから次があると感じられます」

どこに希望を見ますか。

「私は『希望派』ではないんです。自分が実感できない希望を、自分が信じていないものを、人に伝えることはできません。一方で、希望と聞くと、先日亡くなったフォーク歌手のピート・シーガーを連想します。シーガーは、決して諦めない人でした。どんな場で音楽を奏でても、聴衆との関係を作り上げ、全員を参加させる。体を使って模索する行為自体が希望だという気がします。結果よりプロセスを重視するということでしょうか」希望は見えにくいけれど、諦めない、と。

「井上ひさしさんは多喜二を描いた戯曲『組曲虐殺』で『絶望するには、いい人が多すぎる。希望を持つには、悪いやつが多すぎる』というセリフを主人公に託しています。いとおしく思う人や譲れない理念があるからこそ、愛情と共に怒りが生まれる。私にとって怒りは原動力です。これほど人間を馬鹿にした政治を押し通すなんて、放っておけるものか、と考えています。希望とは、外にあって元気づけられるものではなく、主体的に作り上げるものではないですか」 Norma Field 47年東京生まれ。65年に渡米。シカゴ大教授として日本文学・文化を教えた。源氏物語や小林多喜二の研究で知られる。

 <取材を終えて>

ふと振り返って、ずいぶん遠くに来てしまったことに気付く。ノーマ・フィールドさんの言葉を咀嚼(そしゃく)しながら、そんな思いにとらわれた。自身の一部である日本社会に対して、彼女の思索は厳しく、そして温かい。戦後の繁栄と平和はすでに過去のものである。そんな覚悟から始めなければ、新たな希望は生まれない。(ニューヨーク支局長・真鍋弘樹)

http://digital.asahi.com/articles/DA3S11005077.html

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ノーマ・フィールドさんが問いかけるもの(グリーン九条の会2013・2・23会員M)

先日札幌で、ノーマ・フィールドさんと小野有五さんの対談がありました。小林多喜二が天皇制ファシズムの白色テロに倒れて80年。多喜二の視点でフクシマにどのように向き合うのかを問いかけるノーマさんの問題意識が新鮮でした。ノーマさんは多喜二の作品から与えられた大事な視点として、運動を最も必要としている人々が、実は、その運動に参加することが困難な立場に置かれていること、そのような人々をどのようにして運動に加わってもらうのかが、多喜二の最大の関心事だったことを挙げています。「1928年3月15日」の留置場の場面。浜の現場から引っ張られてきた労働者が、幹部にとって拘束されるのは「名前が出て偉くなったり、名誉」かも知れないが、自分がこうして働けないと、すぐさま妻子が食べられなくなると訴えます。「新女性気質」では、オルグの山田がお恵について語る場面。「日暮らしの重み」につぶされそうなお恵を「立ち上がらせることができなければ、この運動は本当の根」を持つことはできないと語ります。浜の労働者やお恵こそ運動を最も必要としているのですが、その運動に参加することが困難な立場に置かれている人々です。彼らを運動に参加させるために、どのように向き合っていくのか。多喜二の問題意識はつねにこの一点にありました。フクシマの現実はどうでしょうか。ノーマさんは、「不安の格差」という表現で、フクシマの現実に迫っています。いわゆる「安全」な食品に手が届かない人が無関心になり、脱原発を主張する人を迷惑がる状況。原発が立地している地域の人々は、健康を案じながらも脱原発を主張しない状況。ノーマさんはこうした状況を「不安の格差」現象と指摘しています。・・・

http://green9zyo.blogspot.jp/2013/02/blog-post_23.html

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