ヒューマニスト46
<その人の指向性、価値観、生き方、考え方>


<天野祐吉>

 


天野 祐吉(あまの ゆうきち、1933年4月27日 - )は、日本のコラムニストである。雑誌『広告批評』主宰者、マドラ出版社主でもある。東京市足立区(現東京都足立区)出身。愛媛県立松山南高等学校卒業、明治学院大学中退。創元社、博報堂を経て独立、雑誌「広告批評」を創刊。広告に対する批評で知られる。2002年11月から2007年3月まで、中学・高校時代を過ごした愛媛県松山市にある松山市立子規記念博物館館長を務め、2007年4月より名誉館長に就任している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/天野祐吉

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天野祐吉作業室
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(CM天気図)「別品」の国へ 天野祐吉(2013/10/09朝日新聞)
明治神宮外苑の国立競技場をぶっ壊して、8万人を収容する“世界一”の巨大な競技場をつくるんだそうで。かと思ったら“成長最優先”なんていう首相の言葉が、派手に新聞に躍ったりして。待てよ、この風景、どこかで見たことがあるぞと思ったら、そうだよ、50年ほど前の東京の空気にそっくりじゃないか。あのときは、オリンピック向けの工事で東京は騒音と粉塵(ふんじん)だらけになり、その中から池田首相の「高度成長で所得倍増」なんてかけ声が景気よく流れていたっけ。でもなあ、オリンピックはいいが、時代はあのときとすっかり変わっている。いまどき成長なんて無理があるんじゃないの?「“成長は善である”とはなんたる言い草か。私の子供たちが成長するのなら至極結構であろうが、この私がいま突然、成長し始めようものなら、それはもう悲劇である」と、経済学者のシューマッハーさんも言っている。成長から成熟へ。すぐれた哲学者や経済学者の人たちが言うように、基本路線を大きく変えるときだと思うよ。これは前にも言ったが、むかしの中国では、品評会などでの入選順位を、1等・2等・3等……ではなく、1品・2品・3品……と呼んだそうな。で、その審査のモノサシでははかれないが、すぐれて個性的なものを「別品」と呼んで評価したという。

別品。いいねえ。世界で1位とか2位とか、何かにつけてそんな順位を競い合う野暮(やぼ)な国よりも、戦争も原発もない「別品」の国がいいし、この国にはそれだけの社会的・文化的資産もある。そうそう、別品の国に8万人の競技場はいらない。え? いつ国の路線を切り替えるかって? そりゃあんた、いまでしょ。

http://digital.asahi.com/articles/TKY201310080553.html?ref=comkiji_redirect&ref=reca

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(CM天気図)どうする貧困大国 天野祐吉(2013/09/25朝日新聞)
「エリジウム」というアメリカ映画を見た。1%の富裕層と99%の貧困層で成り立っていると言われるいまのアメリカ社会が、100年後にはどうなっているか。この映画では1%族は地表から400キロの宇宙空間に楽園をつくって贅沢三昧(ぜいたくざんまい)の生活を送り、99%族は環境汚染と人口増加でぐちゃぐちゃになった地表でどろどろになって生きているのだが、これが絵空事の世界じゃなく、かなりリアルに感じられるところがこわかった。30年ほど前に見た「ブレードランナー」も、似たような設定が強烈だったが、そのころといまじゃ切実さが違う。国民一人ひとりの所得のまん中になる人の所得の半分に満たない人の割合を“相対的貧困率”というそうだが、先進国を国別に見るとアメリカはその第1位、そして日本は第2位なんだって。アメリカも日本も、経済成長第一主義でやってきた結果が、仲よく貧困大国の上位をも競うことになったらしい。ところで「これを買えばいいことがありますよ」という一般の広告に対して「これを買わないとひどい目にあうよ」とおどかすやり方を“恐怖アピール”と言うが、この映画は格差問題への恐怖アピール広告とも言えるだろう。もっとも、映画が始まるとすぐに大活劇になり、めくるめく映像と耳をつんざく大音響で格差問題なんかはどこかへぶっ飛んで、近ごろはやりのハリウッド製SF娯楽大作になってしまう。警告が警告としてもうひとつ届かないのは、それが前にも言ったような“人類”の危機に終わって“人間”の危機になっていないからだろう。格差のひどさを嘆いたり怒ったりしているのは、人類じゃない、人間だからね。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201309240592.html?ref=comkiji_redirect&ref=reca

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(CM天気図)ばかにしてはいけない 天野祐吉(2013/07/10朝日新聞)
参院選の広告合戦を見ていたら泣けてきた。「この国は危ないぞ」「この国は持たないよ」と、日本維新の会のCMで石原慎太郎さんが例のえらそう節で嘆いている。が、そのCMもふくめて各党のCMのレベルを見ていると、ホントにこの国はあぶないんじゃないか、もたないんじゃないか、という不安でつい泣けてきたのだ。「日本を、取り戻す。」という自民党のCMの表現の貧しさ。とくに「進む、総裁篇(へん)」で、安倍さんがビルの通路や農地の間や工場の現場や路地の中をただ歩いて行くなんて映像は、いまや小学生でも作らないような単純な絵解きで、ひまで散歩してるみたいに見える安倍さんが気の毒というか、こっちは笑ってしまうしかない。
 同じ笑ってしまうなら、生活の党の「小沢一郎、炎のセーブ」のほうが、ばかばかしさに徹しているところがまだいい。ゴールキーパーに扮した小沢さんが、目からぎらぎら炎を燃え上がらせながら、消費増税やらTPPやら、次々に飛んでくるボールをはじき飛ばしていく。最後にドロだらけの顔で笑う小沢さんの笑顔が、おかしいというか悲しいというか。ほかの党のも似たり寄ったりなのだが、日本のテレビCMづくりのレベルはけっこう高いのに、どうしてこんなことになるのか。一般に企業の広告には、その企業が大衆のレベルをどう見ているかが正直に現れる。大衆をばかにしたようなCMをつくっている企業は、大衆をその程度のばかだと本気で思っているのだ。ま、政治家がみんなそうだとは思わないが、ぼくら大衆がそんなにばかかどうか。この際ちゃんと知ってもらうためにも、21日の選挙にはぜひ行かなくちゃ。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201307090521.html?ref=reca

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(CM天気図)野暮はヤだね 天野祐吉(2013/09/11朝日新聞)
オリンピックだそうで。地球村の運動会を若い人たちが楽しむのは大いにけっこうだが、いいトシをした大人が、やれ経済効果がどうの株がどうのと、カネの話にばかり夢中になっているのは、野暮(やぼ)だし、みっともない。ま、儲(もう)けるのは悪いことじゃないが、みっともないのは困ったもんだ。日本のど真ん中の日本橋。前の東京オリンピックの時に、あの日本橋の上に高速道路をかけてしまったのは、いくら突貫工事だったからって、みっともない。こんどのオリンピックの儲けで、いまの高速道路は地下に移し、日本橋に元の空気を吸わしてやりたいもんだ。それと、オリンピックに便乗するCMが、これからどっと出てくるんだろうね。便乗はCMのお家芸だから、悪くはない。が、問題は便乗の才気だね。オリンピックにおんぶにだっこの、みっともない便乗は、野暮だし、オリンピック精神にも反する(かな)。それで思い出したが、作家の山口瞳さんがサントリーの宣伝部にいた年、ちょうど前の東京オリンピックがあった。観光客であふれる東京。そんなとき、山口さんはトリスウイスキーのこんな新聞広告を書いている。「みんな、山を見る/オレ、川を見る/みんな、東京に集る/オレ、旅に出る/テレビで観る/トリス飲む」そのコピーに、旅先の宿でトリスを飲みながらテレビでオリンピック中継を見ているアンクルトリスの絵。そこにあるのは、オリンピックブームに背は向けてもオリンピックはちゃんと見てるぜという男の姿だ。粋だねえ。便乗をするなら、このくらいカッコよく乗らないと、CMのメダルはとれないんじゃないの?
http://digital.asahi.com/articles/TKY201309100551.html?ref=comkiji_redirect&ref=reca

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(CM天気図)目をそらすな 天野祐吉/ 映画の「少年H」を見た。(2013/08/28朝日新聞)
 近ごろは「人類の危機」とか「地球の崩壊」とか、資金力と技術力にモノを言わせたハラハラドキドキ大作がハヤリだが、いま切実なのは「人類の危機」より「人間の危機」であり「地球の崩壊」より「人間性の崩壊」だろう。で、戦争はそんな人間性の危機や崩壊をもたらす最大のものだということを、「少年H」はあらためて実感させてくれる。ゲリラ豪雨みたいに降ってくる焼夷(しょうい)弾の恐怖より、人が、言葉が、人間を容赦なく壊していく怖さである。こういう映画を見ると、「人類の危機」や「地球の崩壊」といったアクション大作は、目の前の切実な問題からぼくらの目をそらさせようとしてるんじゃないだろうかと、疑い深いぼくはつい思ってしまう。地球が崩壊するというのに憲法9条や原発の問題を考えるヒマなんてないもんね。もちろんそれは邪推というものであって、げんに「少年H」は健闘しているし、同じように人間が生きにくい時代を描いた「風立ちぬ」もヒットしているから、余計な心配はおのれの髪の危機を増すばかりだろう。むしろその点では、映画よりCMだ。強引な成長経済で歪(ゆが)んでしまったいまの「生活の危機」を、どう組みかえ、どう乗り越えていくか。それがCMにとっても切実な問題のはずだが、現実はそこから消費者の目をそらさせるようなものが多い。CMにもいいものはあるけれど、あまりにも空騒ぎが多すぎるように思う。ま、文句ばかり言っていても始まらない。まずはぼくら一人ひとりが目先の景気につられて、戦争や原発や憲法から、目をそらさないようにしなくっちゃ。ついでにCM天気図からも。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201308270498.html?ref=com_top_pickup

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(CM天気図)求むスポンサー 天野祐吉
 金だ金々 金々金だ
 金だ金々 この世は金だ
 金だ金だよ 誰が何と言おと
 金だ金だよ 黄金万能
   
 金だ力だ 力だ金だ
 金だ金々 その金欲しや
 欲しや欲しやの 顔色目色
 見やれ血眼 くまたか眼色
   
 一も二も金 三・四も金だ
 金だ金々 金々金だ
 金だ明けても 暮れても金だ
 夜の夜中の 夢にも金だ
   
まだ延々と続くんだが、このへんでやめとく。演歌師の添田唖蝉坊(あぜんぼう)さんが1925年ごろにつくった「金々節」だ。亡くなった小沢昭一さんに教わってぼくもちゃんと歌えるんだが、新聞で歌っても仕方ないから、それもやめとく。それにしても、なぜこの歌を再び長々と紹介するか。ここはCMについて書く欄だろうと言われそうだが、実はこの歌はCMソングにならないかなと、前からひそかに思っているのだ。先週の土曜日の朝日新聞に、橋本治さんも1ページ丸々使って書いていたが、いまこの国は景気さえよくなれば、憲法を変えようが原発を再稼働させようが「ええじゃないか、ええじゃないか」の空気にあふれている。昔はこういう情けない空気を新聞やテレビは痛烈に批判したもんだが、いまはアベノミクスがどうしたこうしたと、金勘定のニュースが最優先みたいだ。だったら、せめてどこかの企業が「金々節」をCMソングに採用してくれないかと思うのだが、だめかなあ。それともいっそ、東電さんあたりが自己批判も含めて「金だ金々この世は金だ」とやってくれたら、日本も変わると思うけどなあ。

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(CM天気図)原発無用 天野祐吉(2013年6月19日朝日新聞)
 これはこれはこれはことしの熱さかな(子規)
 暑い。夏がどっと来た。こういうときは暑苦しいCMは困る。「夏はICEカップヌードル」と水原希子さんが踊るCMをネットで見た。この人はきれいなだけじゃない、おかしい人だ。♪ア〜〜氷入れすぎた〜ア〜失敗だ〜と思ったらそれが成功――っていうぐらい氷を入れて、夏はICEカップヌードル。(踊り終わって水原)「想像と違う」――テレビでももうすぐ始まるそうだが、たったこれだけのことを、ヘンチクリンな踊りで面白く見せてしまうんだからすごい。日本と外国のサラリーマン勢が戦うカップヌードルのCMもグローバル化を茶化(ちゃか)していて面白かったが、夏はやっぱりあっさりさっぱりがいい。「氷、始めました」というビラを、そのまま絵にしたような、これは涼しいCMだ。それでまた思ったのだが、カップ麺をアイスにしたりお茶漬けに氷を入れたりするのも、クーラーの節電になるよね。百貨店の冷房もひかえめになっているし、電力危機と聞けばみんなすすんで節電に協力する。いいなあこの国は、と思えてくるではないか。こういう気持ちがあれば、原発なんかなくてもやっていけるんじゃないかと思うけれど、政府や経団連のえらい人たちはどうしてあんなに原発が好きなんだろう。好きが高じて、外国にまでおすそわけするなんて、ICEカップヌードルを食べている国民には信じられない話だ。そうだ、この際、外国には原発じゃなく、ICEカップヌードルや氷茶漬けをさしあげたほうが、地球の温暖化対策にもなって、八方めでたしの夏になるんじゃないだろうか。

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(CM天気図)「強い国」か「賢い国」か 天野祐吉(2013年6月12日朝日新聞)
 自民党のスローガン「強い国」に対抗できるのは「賢い国」しかない。そう言っていたなだいなださんが亡くなった。とても大切な人を失ってしまったという思いが強い。なださんは、この前の総選挙で、このスローガンを野党に使ってほしい、それも野党の共同スローガンにして戦ってほしいと思っていたようだ。そうはならなかったが、だが、どうしてそうはならないのか。もちろん、全野党でなくていい。原発問題や改憲問題で同じ考えを持つ野党が「賢い国」を共通スローガンにして選挙を戦うことは、本当にできないんだろうか。そういうことはできないと、決めてかかっているからできないんじゃないだろうか。安倍さんは、先日のフランス大統領との共同声明で、原発技術の共同開発を進めるとか、原発の輸出や武器づくりにも協力してあたるとか、威勢のいい発言をしていた。が、驚くにはあたらない。原発も武器も「強い国」には必要なものばかりだ。まず、「強い国」になるには、最先端の武器をそろえるお金がいる。それには強引な経済成長が必要である。それには原発の再稼働が欠かせないというのが、強い国の宰相の考えなんだろう。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201306110652.html?ref=comkiji_redirect&ref=reca

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(CM天気図)空気変わった? 天野祐吉(2013年6月26日朝日新聞)
 おかしい。「三本の矢によって、日本を覆っていた暗く重い空気は一変しました」って、信じられない。空気が明るくなったのは、兜町と永田町の一角だけで、ぼくの所は何も変わっていない。むしろ、ますます暗くなっているくらいだ。そんな暗く重い空気を変えてくれるのは、よくできたCMくらいじゃないか。さっき見たtotoのCMなんかも、一瞬だけど気持ちが明るくなった。トトと言っても便器じゃない、日本スポーツ振興センターが資金集めにやっているスポーツくじのCMである。高校のバスケット部の吉田(野村周平くん)は、けんめいにがんばってきたのだが、なかなか正選手になれない。が、努力が報われて最後は正選手になる……という話かと思ったら、最後まで補欠で終わってしまう。「でも、その挫折が、その悔しさが、その痛みが、いつか彼を強くする。……吉田のシュートは、いつか決まる日が来る。」野村周平くんの演技がみずみずしくて感じがいいし、ドキュメンタリー風の演出(吉田大八さん)もいい。吉田くんのシュートがいつか決まる日が必ずくるとはかぎらないが、きてほしいとつい思ってしまうCMだ。でもなあ、一瞬明るくなる空気も、柔道連盟の汚れたお金のニュースなんかを思うと、またぞろ暗くなってしまう。こういうCMを見ることで、明るくなるどころかかえっていまの暗さが重く意識されてしまうのだ。どうしていまの世の中、こうお金の話ばっかりになってしまったんだろう。お金お金お金お金。日本を覆っている暗く重い空気をお金で変えることができるなんて、本気で思っているのかね。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201306250631.html?ref=comkiji_redirect&ref=reca

 

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