ヒューマニスト35
<その人の指向性、価値観、生き方、考え方>


<曽我逸郎>

 

国旗に一礼しない村長 曽我逸郎さんに聞く(2012年9月21日朝日新聞)
入学式などで、国旗に向かって一礼する。すっかり見慣れた光景だが、長野県中川村の曽我逸郎村長はあえてそうしない。人口5千人ちょっとの小さな村で起きた論争から考えた、この国の姿は――。

■意見ぶつけ合わず現実に流される国 誇りを持てますか


――中国や韓国との間で領土問題がこじれていますね。この穏やかな村からどう見ていますか?
「人々の愛国心に火をつけて、自分の人気取りや都合のために利用しようとする人たちが問題です。日本も相手国も同じ。私たちも軽率に踊らされず、『国を愛する』とはどういうことか、こんなときこそ冷静に考えるべきだと思います」

――村長自身はどう考えますか? 
公の式典で国旗に礼をしないことについて、6月議会で答弁していますが。「国旗に敬意を示すというのは、国家が上にあり、その下に自分がいるという問題設定です。本当の国民国家であれば、持つべきは敬意ではなく誇りであるはず。『日本は素晴らしい国だ。私は誇りに思う』というのが自然でしょう。これが愛国心だと思います。ただ、私も誇りを持ちたいとは思うのですが、とてもそんな状況でありません」「憲法前文で『全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する』とし、『国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成すること』を誓ったわけじゃないですか。それをなおざりにし、周辺国の脅威をあおり、軍事力を増強し、さらには沖縄県民が基地問題で迷惑をこうむっても我慢してもらおうという姿勢です。『そうは言っても……』と、現実を前に妥協してしまっている。問題点と理想の間をどう埋めるかという努力をしていないのです」

――より具体的には?
「数年前、長野県の戦没者遺族大会と追悼式に参列したとき、あいさつした方々が『みなさまの犠牲のおかげで、いまの日本の繁栄があります』『恒久平和をお誓いします』といったことをおっしゃっていた。そのころは、まだイラク戦争の最中です。自衛隊派遣が問題となり、劣化ウラン弾で子どもたちが犠牲となっていました。でも、そんな話には触れない。『恒久平和』なんて、まったく上滑りな、口先だけの言葉です。その場の空気にふさわしいことばかりを考えておられるのではないでしょうか。式典に限らず、日常の会話でも『さしさわりのない話をしておこうかな』みたいな風潮が広がり過ぎているような気がします」「私が国旗に礼をしない理由を端的に言えば『こういう場では礼をしなさい』『それが大人だ』という雰囲気がいや、ということです。目に見えないプレッシャーは危険な気がします。『まあいいや、これぐらい』と従うことが、いやな空気をつくり、長い目で見たら怖い結果につながりかねない。戦時中、派手な格好の人がいたら『この非常時に』と後ろ指を指していたわけです。でも『こういうときだからこそ、私はおしゃれするのよ』というあまのじゃくがきっといたはず。そういう存在は大事ではないでしょうか」


――村のホームページに主張を載せ、コメントも受け付けていますね。批判はありますか? 
「関東や関西など各地からメールがあり、電話もきます。提起した問題そのものについてより、むしろ『公私をわけろ』『立場をわきまえろ』といったものが多いんです。匿名が目立ちますね。国旗の件については『敬意は和を生み出す尊いもの』と書いてきた方がいました。それは、1937年に当時の文部省がつくった『国体の本義』にある『和』の考えに似ている。それぞれが身分や立場をわきまえ、分を忠実に守ることによって、美しい和が生まれると書いてあります」「広告会社で働いていたころ、しきりに『和』を口にする上司がいました。批判されるとか、部下からいろんな意見が出てくるのがいやな人でした。ダイナミックな変化が怖い人ほど『和』と言うんです」「でも、他人と違う意見はそれ自体に価値がある。異なる意見はお互いに物事の見方の幅を広げてくれるじゃないですか。だから、あえて私は本当に思っていることを公言し、一石を投じているつもりです。実際、私の意見に批判的なコメントへの返事を書いていると、自らの論理の飛躍に気づき、手が止まることがあるんですよ」


――では、国に誇りを持つには?

「先日、元・航空幕僚長の田母神(たもがみ)俊雄さんがツイッターで『我が国では核兵器保有を訴える言語空間は閉ざされたままなのです』とつぶやいていました。私は『言語空間のせいにせず、ご自身でがんがん主張されればいいのでは?』とコメントを書き込みました。愚かな言説はその愚かさゆえに駆逐されるはずですから、少数意見か多数の意見かは関係ない。民主主義とはとにかく意見をぶつけ合うことです。思っていることを、だれもが本気で言えるようになったら、それだけで日本はずいぶん変わるんじゃないでしょうか。誇りを持つ国にする最初の一歩だと思います」 

――福島第一原発の事故を機に多くの人が声を上げるようになり、デモという行動にも出ていますね。
「私も7月29日の国会包囲デモに個人的に参加しました。一連のデモは歴史の変わり目を示している気がします。どんな人が来ているのか実際に見て、思いを共有してみたかったんです。ただ、いまのデモは整然としすぎていますね。本気で怒りを見せるには、もう少し『収拾のつかなさ』みたいなものが必要ではないでしょうか」「中川村は静岡県の浜岡原発から約100キロ。もし大事故が起きれば、村の暮らしだって根こそぎだめになります。別にぜいたくはできなくてもそこそこ食べていくことができ、それぞれの人が仕事や暮らしに誇りを持ってやっていくことができる。そういう村であり続けたいとの思いが脅かされる。それを阻止したいというのは、村長としての気持ちでもあります」 

――広告会社に勤めていたころ、電力会社の担当になるのを断ったと聞きました。
「入社して十数年たったころでした。原発のPRはしたくありませんと告げたら、上司が『電気を使っているのに何を言っている』『お前もサラリーマンなんだから』と言うので『じゃあ会社を辞めます』と答えました。結局、会社には残りましたが、せめて私が消費する電力のうち原発に依存する分を減らそうと、意地で階段を上り下りしていました」「学生時代に、原発施設での被曝(ひばく)労働者の話を小耳にはさんでいたことが背景にあります。そんなものの宣伝をするわけにはいかないと思ったんです。誰にも、踏み越えられない一線があるじゃないですか。それをしてしまったら、自分を許せなくなってしまう気がしたんです」


――理想主義者と言われませんか。
「それはないですね。現実主義者とも言われません。でも、頑固だとは言われますね。自分では柔軟だと思っているんですけど」
(聞き手・磯村健太郎) 

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そが・いつろう 55年長崎県生まれ。電通で営業部長などを経て、02年に退社して、中川村に移住。05年、村長に初当選。現在2期目。
     ◇
〈中川村〉長野県南部の上伊那郡にあり、中央アルプスや南アルプスに臨み、天竜川が流れる。リンゴやナシなどの果実栽培が盛ん。周辺自治体との合併の是非をめぐり、05年の村長選で合併反対派が擁立した曽我逸郎氏が当選。農山村の景観・文化を守るためのNPO「日本で最も美しい村」連合に参加。

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村議会での「国旗についての認識は?」との一般質問に対する村長の答弁(一部)
私は、日本を誇りにできる国、自慢できる国にしたいと熱望しています。日本人だけではなく、世界中の人々から尊敬され、愛される国になってほしい。しかし現状はまったくほど遠いと言わざるを得ません。一部の人たちが、国旗や国歌に対する一定の態度を声高に要求し、人々をそれに従わせる空気を作り出そうとしています。声高に主張され、人々を従わせようとする空気に従うことこそが、日本の国の足を引っ張り、誇れる国から遠ざける元凶だと思います。

人々を従わせようとする空気に抵抗することによって、日本という国はどうあるべきか、ひとりひとりが考えを表明し、自由に議論しあえる空気が生まれ、それによって日本は良い方向に動き出すことができるようになります。誰もが考えを自由に表明しあい、あるべき日本、目指すべき日本を皆で模索しあうことによって、誇りにできる日本、世界から敬愛され信頼される日本が築かれる。日本を誇りにできる国、世界から敬愛される国にするために、頭ごなしに押しつけ型にはめようとする風潮があるうちは、国旗への一礼はなるべく控えようと考えております。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201209200568.html?id1=2&id2=cabcajcb

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