ヒューマニスト13
<その人の指向性、価値観、生き方、考え方>


<小出裕章>1sankaku2

 

 

小出裕章生出演!「日本の原子力発電所は自民党が全て作ってきた」〜第1回放送【1】
聞き手(パーソナリティ) 石丸次郎、今西憲之、西谷文和(ジャーナリスト)
ラジオ放送日 2013年1月12日〜18日


小出さん:
こんばんは、小出です。よろしくお願いします。

石丸:
いつから「たね蒔きジャーナル」に出られましたか?

小出さん:
2011年3月14日だったと思います。事故が起きて3日たった時から呼んでいただいて。それ以降、連日のように話を聞いてもらえるようになりました。

石丸:
「たね蒔き」が打ち切られると聞いた時、どう思いました?

小出さん:
私自身の発言ができなくなるというよりは、大変良質なジャーナリズムというものを背負ってきた番組がなくなるというのを聞いて、大変残念に思いました。そのため、毎日放送にうかがった時には私はもう出させてもらえなくていいから、「たね蒔きジャーナル」を存続させて下さい、と私からお願いもしました。

今西:
日本の原発政策は自民党政権の歩みとともに数が増え、発展していった側面があると思うのですが、自民党政権に戻るというのは原発を推進する政策が掲げられていくのではないかと思うのですが、小出さんはどのようにお考えですか?

小出さん:
日本の原子力発電所は自民党が全てつくってきた。今、福島を中心に大変な苦難が存在しているわけですが、福島第一原子力発電所の原子炉に対しても、それが安全だといってお墨付きを与えたのが自民党だったのです。あの原子炉をつくったことに一番の責任がある政党なわけでその政党が未だ事故も収束もしていない段階でさらにまた原子力発電を続けるという道を開こうとしているわけで私から見ると大変あきれた人たちだし、大変あきれた政党だと思います。

今西:
民主党は2030年代までに廃炉にすると言っていたのですが、安倍総理は「違う原発をつくればいい」などわけのわからんことを言っているのですが、その辺りどうでしょうか?

小出さん:
もともと民主党政権の時にパブリックコメントというのを求めて2030年に原発をゼロにするのか、15%にするのか、25%にするのか聞いたのですね。それに対して、たくさんの国民が意見を寄せて、2030年にゼロにしろ、それどころか、いや即刻ゼロにしろ、という意見が多かったのです。ところが、その国民の意見を求めたにも拘らず、2030年ではなくて2030年代という、ひとつの「代」という言葉をつけた。そのため2039年12月31日まで10年間インチキでサバを読んだのですね。そのインチキをしたにもかかわらず、それを閣議決定すらできないそういう政党だったわけで、私は大変情けない政党だと実は思ってきました。しかし、その民主党よりもさらにまた原子力に対して悪い政策をとろうとしているのが自民党ですから、これから国民はどれだけ苦難を抱えなければいけないのかな、と私は思います。

今西:
自民党は「今までと違う原発をやればいい」ということを言い始めているのですが、どうでしょう?

小出さん:
原子力発電所と言うのも機械ですので年が経るに従ってさまざまな改良をしていくということは当たり前のことなのですね。福島の第一原子力発電所だって、1号機と2号機は違う、2号機と3号機もまた違う、3号機と4号機もまた違うというふうに、少しずつ改良していくというものなわけですから、これから作る原子力発電所が今までのものと全く同じでないというのはむしろ当たり前のことなのです。しかし、原子力発電所というものが、ウランを核分裂させる、核分裂生成物という放射性物質を生み出しながら原理は全く同じものであって基本的には同じだとみなさまにも思っていただきたいと思います。

今西:
今にも再稼働しそうな雰囲気があるのですが、どう思いでしょうか?

小出さん:
この前の選挙で自民党が圧勝してしまったということがあるわけですから、今の状態を維持しながら、原子力発電所をどんどん再稼働させる。可能であれば新しい原子力発電所を作ろうとするだろう、と私は思います。ただし参院選がもうすぐ来る、もし、負けるようなことがあれば、大変やりにくくなるでしょうから、私は参院選が終わるまでは静かにしているのだろうと思います。

今西:
六ケ所村のプールももうすぐ空きがなくなるという現状があるにもかかわらず、自民党政権はそうしたことも無視していくような政権なんでしょうかね?

小出さん:
原子力発電をやってしまうと、ウランを燃やす、ウランを核分裂させるわけで、使用済みの燃料、つまり放射能まみれの燃料が残ってしまうということは当たり前のことなのです。もちろん、原子力を進めてきた人はみんな知っていたわけですが、いつか誰かが何とかしてくれると思い続けてここまで来てしまった。残念ながら、科学の力ではどうすることもできないまま、70年の歴史が流れてしまったのです。これからもどうできる、という見通しは残念ながらないのです。そうであれば、私は自分が始末できないような毒物を生む行為はまずは止めるというのが本当の選択の仕方だと思うのですが、残念ながら、自民党あるいは財界というものは、とにかく自分たちが金を儲けたいということでここまで来てしまったわけで、その流れが簡単に彼ら自身の手で止められるとは私には思わないのです。

石丸:
その使用済み核燃料の問題で西谷がモンゴルに行って来たのですが、いつ、行って来たのでしょうか?

西谷:
11月14日から10日ほどモンゴルに行ったのですが、埋められそうな場所はおそらく、ノモンハン事件ってありましたよね。旧満州とモンゴルと、今のロシアの国境あたりなんですが、そこに大きなウラン鉱山がありましてね、そこのウラン鉱山、今は使っていないのですがその辺りではないか、と思って取材に行きましたね。

石丸:
そのウランをかつて掘っていた鉱山の近所に新たに廃棄物のゴミ捨て場をつくろうという計画があるんじゃないか、ということですね。

西谷:
一応、この問題は水面下に潜っているのですが、どんどん出てくるわけですが、ゴミが。それを埋める場所が日本にもアメリカにもないので。ここで問題になってくるのは、いわゆる「包括的な燃料サービス」。日本がベトナムとか、トルコに原発を売り込みにいってますが、そのときにベトナムで出た核のゴミは引き取ります、と言っているんです。つまりベトナムに売る際に、売り込みセールスであなたとのところに核のゴミは残しません。引き上げます。でも、日本に引き揚げても日本に埋めるところはないですね。パッケージにするんですよ。ウランは生産地に送り返す、という。ウランの生産量でいうとたくさん埋まってますので、モンゴルは貧しい国ですから、ウランを輸出して儲けて、核のゴミを輸入して儲けたい、と。日米政府は埋めるとこがないし、これから海外に原発を売り込みにかけるときにロシアや韓国と競争ですから、だから、そう意味でセールスポイントとして、核のゴミは残しませんよ、とこういう売り込みをしてますからね。

石丸:
モンゴルは今もウランを生産、輸出しているのですか?

西谷:
かすかには生産輸出してます。埋蔵量は1位と言われてるんですが、輸出は13位です。そういうウランを精製したり、採掘する技術がないので中国とかカナダの資本がやっているわけですけど、日本やアメリカと組むことによってそれでそういう技術をモンゴルとしては得たいと。ゆくゆくはモンゴルに原子力発電所をつくりたい。こういうことです。

石丸:
どういうとこですか?
西谷:
予算は付いてるんですよ。そこの村に予算が付いちゃってるんですよ、モンゴル政府は。どんなとこかと言うと、ウランの露天掘りです。旧ソ連が1980年代から96年まで掘ってたんです。ソ連の崩壊でソ連が引き上げまして、現在は中国が採掘権、権利は持ってます。

測ったら、ウラン残土のところで24μSv出ましたから、いきなりピーピーなってましたから。

小出さん:
24μSv/hという量だと思いますが通常、このスタジオだと0.05ぐらいしかありません。0.6を超えると放射線の管理区域にしなければなりませんし、私の実験所には放射線管理区域がありますが、その中でも20μSvを超えるところでは、高線量区域として立ち入りを制限するというところですから。西谷さんが行かれたところでは、私のような特殊な職場でも高線量区域として立ち入りが制限されてしまうところに普通の人々が生きている。

西谷:
何の囲いもない大草原です。人口密度が極めて低く、少数民族が住んでいるんですよ。ブリアート人というモンゴルの少数民族が住んでいて、ものすごく、ウランバートルから離れています。日本の構図と同じですよね。大都会から離れていて、少数民族が住んでいるところに反対運動は起こらないだろう、そういうところに持っていくのではないか。現実に予算がついてますから。モンゴル政府の投資計画に、日本円にして30億円ぐらいの予算がついてます。モンゴルにとってはものすごい予算がついてるというのは、ビッグビジネスですから。そういう意味ではやるんじゃないかな。フランスのアレバとかも支援しているんです。

石丸:
日本が関わっていく可能性が高いと?

西谷:
間違いなくかかわっているんですよ。極秘文書があるというスクープ記事が毎日新聞で出たんですよ。でも、明らかになってないですけど。そういうのが決定してると思うんです。

石丸:
福島第一原発の現状はどうなっているのか? 考えていこうと思います。

今西:
優秀なロボットがいるというのは?

小出さん:
優秀なロボットというのはないのです。これから、なにがしかのロボットを開発しないといけないというのは本当だと思いますが。特に、日本がこのようなことが起きるということを全く想定していなかったので、ロボット開発ということもほとんどやらないまま事故に突入してしまったのです。そのため、世界から何を日本はやってきたと言ってお叱りを受けている状況です。


今西:
例えばアメリカだとかフランスとか、ほかにも原発をやっている国はあるんですが、そういう国々は、最悪のことを考えて多少なりロボットを開発するかとロボットが必要だとか何らかの研究はしていたということですか?

小出さん:
日本以外の国は日本よりは真剣に取り組んできました。しかし、残念ながらそういう国々が開発してきたロボットも今、福島で起きていることに関してはほとんど対応すらできないというそういう状態になっているのです。

今西:
それだけとんでもない大事故だったという裏返しということですか。

小出さん:
こんなことが起きるなんて日本の原子力関係者も思っていませんでしたし、米国にしてもフランスにしても、これほどひどい事故が起きるということはほとんど誰も予想もしてこなかった事故が今、現在進行しているのです。

石丸:
間もなく2年がたちますけど、今の状況は?

小出さん:
2011年3月11日に地震と津波に襲われて、原子力発電所が壊れてしまったわけですが、1号機から3号機は運転中でした。4号機は定期点検検査で止まっているという状況でした。1号機から3号機は運転中だった、それらの原子炉の炉心は全て溶け落ちてしまった。ということになっているのです。そして、この事故が起きているとこが、これが火力発電所ならば、事故現場に行ってどんな事故が起きているか見ることができるわけですが、原子力発電所の場合は現場に行くことができないということになってしまいます。そして、このような事故を予想もしていなかったということで、人が行く代わりに情報を得るための測定器の配置すらないのです。まがりなりにも、通常運転時の状況を知ろうとして設置してあった測定器があるのですけれども、それも過酷な事故の進行の中で次々と壊れてしまって、何がどう進行しているのかわからない。そしてロボットも送り込むのですが、次々と壊れてしまって戻ってこれなくなっている。そういう状況になってしまっている。何よりも、一番は人間が現場に行くというのがこれまでの技術だったのですがそれを許さないのが、原子力発電所の事故なのです。

西谷:
あえてロボットをつくらなかったのは、それを開発すると原発がばれてしまうというのを聴いたことがあるのですが…

小出さん:
そういう思惑もあったかもしれませんけども、それ以上に原子力を進めてきた人たちがそんなロボットが必要なほどの事故は起こらない。彼ら自身が安全神話に乗っかってしまっていたということだと思います。事実が安全神話というものに根拠がなかったと示しているわけです。

今西:
チェルノブリやスリーマイルなどのほかの事故と比べて、4つも起こしてしまったのというのが決定的に違いますよね?

小出さん:
人類が初めて遭遇する原子力開発史上最悪の事故が今、まだ進行中だということです。

今西:
今、循環冷却システムで冷やしていますがこれもトラブルの多い代物で、汚染水が溜まっていき、福島第一の中はタンクだらけです。こうした綱渡りのような方法でいいのですか?

小出さん:
やるしかないのです。原子力発電所を動かしてしまうと核分裂生成物という放射性物質が大量にできてしまいます。それ自身は発熱体ですのでとにかく冷やさない限り溶けてしまう。なんとしても、冷やし続けなければいけないというものなのですから、水を入れるという手段しかないのです。ただそれをやってしまうと、大量の汚染水が発電所の中にどんどん溜まってきてしまう。敷地中タンクで埋まりそうになっているわけですね。でも、止めることができないのです。

今西:
その汚染水どうしたら止められますか?

小出さん:
処理ができないのです。汚染の正体というのは同一物質ですね。つまり、(使用済み燃料棒も汚染水も)汚染の正体はウランを核分裂させてしまってつくってしまった放射性物質が使用済み燃料棒の中に溜まっているわけですし、それが溶けてしまったところに水をかければ、今度はそれが汚染水として出てくる。人間は放射性物質を消す力がないのですから、いずれにしても放射性物質がどこかに残ってしまうということになるのです。

今西:
放射性物質を除去する方法を発明するとノーベル賞とれますか?

小出さん:
放射性物質を放射性物質でないようにできないか、という研究は70年前から続いているのです。原理的にはできるということもわかっているのですが、それを実際上に適用しようとすると、厚い壁があって成し遂げることができないということが、70年たった歴史の今であるわけです。それをなんとか壁を超えたいというのは、もちろん、多くの研究者もあるし、私もありますけども、70年間越えられなかった壁というのは相当厚いと思わなければいけないと思います。原子炉というのは、米国という国が原爆を作ろうとした時に、原爆の材料を得るための道具として作った。1942年なのですけども、去年でちょうど70年になりました。科学が進歩すればいつか誰かがなんとかしてくれると思いながらここまで来てしまった。非常に愚かな選択だったと思います。

今西:
足尾銅山の田中正造さんの没後100年に当たります。

小出さん:
今年2013年に正造さんが倒れてちょうど100年になる。それに向けて、栃木の人たちを中心に様々なイベントを積み重ねてきています。私は去年、没後99年にあたった集会に呼んでいただいて栃木県佐野市に行ってきました。

石丸:
田中正造さんにどうしてそこまで思い入れがあるのですか?

小出さん:
私は1968年に大学に入ったのですが、当時は公害問題とういうものが日本中で起きていた時代で、私自身も公害問題の深刻さに気付いたのですが、それを勉強していたら、それどころではない、もっとずっと前に公害という言葉はあまりに適切じゃないけれども、国家、企業の金儲けのために人々が大変な困難を負わされるという歴史があったということに気が付いたのです。その問題にひとりの人間として、国家を相手に孤立してでも戦い抜くという人がいたということを知りました。すごい人だな、と思いましたし、私から見ると破格の人だと思います。私も国家を相手に戦っているつもりではありますけど、あまりにも力が違いすぎる、絶望しかけることだってあるのですけど、正造さんがいてくれたということを思えば諦めることができない、いつも励まされます。

石丸:
「真の文明は山を荒らさず川を荒らさず村を破らず人を殺さざるべし」というのは田中正造さんの言葉ですよね。戦争に反対するという考えもしっかり持っていた方ですよね。

小出さん:
当時は、日清・日露の戦争が起きていたわけですけども、正造さんは国会議員として、そんな問題よりも足尾鉱毒事件で苦しんでいる人を助けるというのが国家の仕事だとして抵抗を続けました。

石丸:
話は変わりますが、小出さんはなぜ助教なんですか?京大原子炉実験所ってどんなところですか?

小出さん:
私の個人的な性格だと思いますが、誰かに命令することが嫌いなんです。そして、誰かから命令されるのが嫌いなんです。ですから、組織を私が背負うということは大嫌いなわけですし、教授というような立場に立って人々に命令していくというのは私が一番嫌なことなのですね。私はひとりの私なのであって、私のやりたいことをやるというのが何よりも私にとって大切なわけで。一度も教授になりたい、と思ったことはありません。現在のポストが一番私にとって快適なポストです。本当は助教というのは教授・准教授・助教という教員の中の最下層の立場ですから、本当であれば、教授や准教授が私に命令してくるはずなのですが、私が39年前に原子炉実験所に就職した時からずっと私の上に立つ人たちは、私に関しては一切の命令をしないというそのような立場を貫いて下さったので。

石丸:
それは実験所がそういう良い環境だったのですか?


小出さん:
そうではありません。私が所属した研究部門の特殊性があったと思いますし、それに加えて、放射線測定という仕事なのですが、その特殊性のために一切の命令を実験所の方から命令をしないという、その代わり、私は私の責任を果たすというお互いの合意のもとに命令を受けなかったということです。

石丸:
それは危険だからということですか、どういうことなんですか?

小出さん:
私が属したのは放射性廃棄処理設備部門というところでしたが、放射能のゴミの管理をするというところだったのです。学問的な専門性でいいますと、いわゆる土木工学であるとか、衛生工学であるとか水処理であるとかそういう専門家のいるところだったのですが、そういう専門家は逆にいえば、放射能の専門家ではない。ということになってしまって。私は放射能に関しては責任を追うという立場であった。私が放射能に関してきちんと責任を取る限りにおいては私に命令をしない、ということになったのだと思います。

http://www.rafjp.org/program-archive/00/

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〈ニッポン人脈記〉石をうがつ:6(2012年9月7日朝日新聞)
熊取6人組 ムラと闘う
京都大学の原子炉実験所は、大阪府南部の熊取(くまとり)町にある。助教の小出裕章(こいで・ひろあき)(63)の部屋には、田中正造(たなか・しょうぞう)の写真が置かれている。農民とともに、足尾銅山の鉱毒被害を告発した正造。小出は時折、この写真を見つめる。昨年3月、福島で原発事故が起きた時もそうだった。東京出身の小出は、高校時代に見た原爆展で被害のすさまじさを改めて知った。そのエネルギーを人類の未来に役立てたいとも思い、東北大の原子核工学科に入った。入学翌年の1969年1月。小出は学内の生協のテレビに映った東大紛争の映像に息をのむ。安田講堂に立てこもる学生、攻め込む機動隊。東北大でも学生運動はあったが、別次元の激しさだった。小出は活動家たちの主張に耳を傾けた。学問の役割とは何か、彼らはそれも問うていると小出は思った。

問いかけは自分の専攻分野に向かった。広島の原爆で核分裂したウランは800グラム。これに対し、標準的な原発は1基につき年間1トンのウランを燃やしている。いったん暴走すれば、このエネルギーは人間を襲う。本当に安全なら、なぜ電気を大量に消費する都会に原発を置かず、過疎地にばかりつくるのか。この問いに答えられる教員はいなかった。「国がやっていることだから」「我々にも生活がある」。こんな言葉が返ってきたこともあった。小出は原発の建設計画が進む宮城県内の女川(おながわ)町に赴き、住民と語り合った。公害の歴史も勉強し、明治天皇に直訴まで試みた田中正造の生涯をくわしく知る。「少しでも近づきたい」。小出は女川の反対運動に加わった。大学院の修士を終えた74年、「反原発の立場で研究を続ける」と選んだ進路が、京大の原子炉実験所だった。そこにはすでに、小林圭二(こばやし・けいじ)(73)、海老澤徹(えびさわ・とおる)(73)、川野眞治(かわの・しんじ)(70)、94年に53歳で亡くなった瀬尾健(せお・たけし)がいた。

小出の2年後には今中哲二(いまなか・てつじ)(61)が入ってきた。この6人は後に、反原発の「熊取6人組」と呼ばれる。小出、今中以外の60年代に入った4人は当初、容認派だった。だが、愛媛県の伊方原発1号機の設置許可取り消し訴訟にかかわり、考えを改める。73年提訴のこの裁判で原告から協力を求められ、勉強を重ねて危険性を確信した。原発は運転を止めてもずっと熱を出す。炉心溶融を防ぐには冷やし続けるしかないが、緊急冷却装置がうまく機能しないという実験結果が当時、米国で出ていたことがわかった。裁判でこの点をつくと、国側は「実験結果が実用炉にあてはまるかどうかはわからない」。原発の設置を認めた審査部会のあり方も問いかけた。開催は半年で7回。9人の委員のうち1人は全て欠席し、他に6回欠席が1人、5回欠席も1人いた。結果は敗訴。裁判所は「国の安全審査に手続き上の問題はない」と結論づけた。

「司法はあてにならない、反原発の活動をやめるわけにはいかないという原点になった」と川野は振り返る。6人は毎週金曜の午後、所内の一室に集まった。今中がいれたコーヒーを手に、外国からの報告や論文を分析し、考えを深めた。主義主張がもとで職場で嫌がらせを受けたことはない、と彼らは言う。しかし、ほとんどがずっと助手、助教のままで、教授になった者は一人もいない。
 「6人組」は一般には無名だった。しかし、昨年の3月を境に変わった。ずっと懸念してきた原発事故が福島で現実のものとなり、取材や講演の依頼が相次いだ。国会の事故調査委員会の調査員にも選ばれた。小出がこの1年半で出した本は約30冊、講演は100回を数える。 小出は「原子力政策は戦争のようなもの」と感じる。両方とも国家がやることを決め、社会が一体になって進める。「その時代の中で自分がどう生きたのか、一人ひとりがちゃんと説明できるように生きていくことが大切だ」。小出は、そう思っている。(大久保真紀)

http://digital.asahi.com/articles/TKY201209060339.html

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これ以上のエネルギー消費拡大は犯罪 
原発がすべて止まっても決して停電は起きない 小出裕章さん講演

11月 19th, 2007 by taketake in インタビュー一覧
原発で温暖化は止められない

8月12日、東京・高尾山エコラボキャンプで京都大学原子炉実験所の小出裕章さんが原発・エネルギー問題について講演。森の中で多くの人が耳を傾けた。

私は1968年に大学に入学しました。エネルギー開発に人生を賭けようと思い、原子力の世界に踏み込んだのです。あれから間もなく40年が経とうとしています。昨日からこの会場にお邪魔して、山を歩き素晴らしい音楽を聴き、美味しい酒をいっぱい飲ませていただきました。みなさん様々な活動に取り組まれていて、とても心が休まりました。豊かな自然に囲まれたこんなに天国のような場所で、なんでわざわざ原子力の話をしなければいけないのかと思うと申し訳ない気持ちが半分です。しかし昨夜上映された『六ヶ所村ラプソディー』でも描かれていましたが、今や原子力は皆さんの日常生活そのものを破壊しようとしています。事態はそこまで深刻化しているのです。

<人間は自然の一部でしかない>

昨夜私は、草の上に寝転がって星空を見ました。そして宇宙について考えました。この世界で一番スピードの速い光でも、宇宙の果てに行くには100億年以上かかります。それほど広大無辺な宇宙は、人間の知能を超えて広がっています。この宇宙の中に私たちが暮らしている地球があります。地球はどうやら46億年前に誕生したようで、当初は火の玉でした。その地球に海と大気ができ生物が生まれたのは40億年ぐらい前。広大無辺な宇宙の中でも、地球は生命が根付ける大変希有な星です。その後様々な生物が生まれては絶滅し、長い歴史をたどって今日に至っています。人類が誕生したのは400万年前。地球の長い歴史のなかでは、私たち人類は極々新参な生き物です。

昨日私がバスに揺られてきた高尾駅からこのキャンプ場までは、おそらく5キロ弱だと思います。地球の46億年の歴史をこの距離に当てはめると、人類が生まれた400万年前はどの辺りだと思いますか? 私の座っている位置が現在だとすると、人類が生まれたのはわずか4メートル先です。人類も当初は、自然と一体になって生きていたのですが、狩りを覚え農耕を学び段々に文明を発展させました。人類がエネルギーを大量に使う転換点となったのは産業革命です。それはわずか200年前。私の唇の先ほんの0・2ミリです。

ジェームズワットの発明により、蒸気の力で機械が動くようになりました。奴隷や家畜を使って行われていた様々な仕事は、産業革命後は機械に代わりました。以降人類は、エネルギーを使えば使うほど豊かになると考えてきたのです。地球上に人類が誕生してから今日までに消費したエネルギーのうち、約6割は産業革命後の200年の間に使われました。僅かな期間にこれほど膨大なエネルギーを使って私たちは今の生活をつくり上げたのです。しかしそのために、他の生物は次々と絶滅に追い込まれています。高尾山には1300種類以上の植物が生えていて、昆虫等は5000種類以上いるそうです。地球には6000万種類以上の生物が存在すると考えられていますが、環境破壊により毎年50万種類ぐらいは絶滅しています。私たちは他の生物の莫大な犠牲の上に生きているのです。
 
<日本は先進国ではなく後退国>

私は、日本や米国を先進国と呼びません。ずいぶん前から私は、後退国と呼んでいます。地球環境を破壊し他の多くの生物を絶滅に追いやるような国は、後退しているとしか思えないからです。しかし多くの後退国では、今以上にもっとエネルギーを使いたいようです。日本もまた莫大なエネルギーを浪費する東京のような異常な街をつくりましたが、まだ足らないと主張する人がいます。この高尾の森にもトンネルを掘り、高速道路を延長する計画がありますね。私はもともと東京生まれの東京育ちです。上野と浅草の真ん中あたりに地下鉄の稲荷町駅がありますが、その近くで生まれ育ちました。私が生まれた頃は、江戸の下町情緒が溢れ道路は子どもの遊び場でした。それが劇的に変わったのは、東京オリンピックからです。

車が増え、子どもの遊び場はなくなりました。私は失望して東京を離れましたが、それ以降も多くの人々は、エネルギーをたくさん消費する生活が幸せだと思い込んできたのです。実はかって私自身、人間が豊かに生きるためにはエネルギーが必要だと考えました。だから私は、原子力の世界に足を踏み入れました。しかしそこで目の当たりにした現実は、私の期待を粉々にうち砕いたのです。私が原子力の世界に入った時、日本の原発は1基だけでした。茨城県東海村に東海1号炉があっただけです。今日では55基の原発がこの狭い日本で稼動しています。しかし最も電気を消費する東京にも、今、私が住んでいる大阪にも原発は1基もありません。

東電の原発は、東北電力の管内である福島県に福島第1、第2原発があります。先日の地震で大きなダメージを受けた新潟県柏崎刈羽原発も同様に東北電力管内です。関西電力は、福井県の若狭湾に原発を11基も林立させて長い送電線で関西圏に電気を送っています。原発で万一重大事故が起きれば大変なことになるから、東京や大阪の大都市には原発を建設しないのです。その万一の事故は、既に起きています。1986年4月26日、旧ソ連のチェルノブイリ原発で重大事故が起き、広島原爆約800発分の「死の灰」が環境中に放出され、広大な地域が汚染しました。数十万人の人たちが避難を強いられ流浪化しました。本当はもっとたくさんの人々を避難させなければいけなかったのですが、ソ連邦は崩壊してしまいました。その結果、未だに14万5千平方キロメートル(日本の本州の約6割に相当)もの汚染地域に500万人を超える人たちが生活しています。

<再処理工場は日本全土を汚染する>

原発はウランを燃やして「死の灰」を作ります。100万キロワットの原発は1年間稼動すると1トンのウランを燃やします。広島で何十万もの人々を熱線で焼き殺し被爆させた原爆は、約1キログラムのウランが燃えたものです。それでさえ通常の爆弾に換算したら、約2万トン分に相当します。私の生まれた頃、東京の下町にはあちこちらに焼け跡が残っていました。1945年3月10日の東京大空襲のつめ跡です。344機の巨大爆撃機B29は東京に1600トンの爆弾を落とし、市街地の40%を焼き尽くして10万人を焼き殺しました。広島、長崎に落とされた1キログラムのウランやプルトニウムは、東京大空襲をはるかに超える破壊力を持っていたのです。

みなさんは原子炉と言えば原発を思い浮かべるでしょうが、原子炉は長崎に落とされた原爆の材料であるプルトニウムを生み出すために考えられた装置です。そして生み出されたプルトニウムを原子炉から取り出すための技術が再処理です。米国はマンハッタン計画により、世界で最初にこの技術を開発しました。合計10万人を超える科学者、技術者、労働者を秘密都市に閉じ込め、当時の日本の全国家歳出に相当する約20億ドルを投じて原爆を製造したのです。現在世界で公式に核兵器を保有しているのは、国連常任理事国の米国、フランス、イギリス、ロシア、中国の5カ国です。これ以外に、実際にはインドやパキスタン、イスラエルは既に核を保有しています。

しかしインドは原子炉と再処理の技術を、パキスタンは濃縮の技術を持っているだけです。日本は核兵器を持っていないにも関わらず、原子炉、濃縮、再処理の中心的な3つの技術をすべて持っています。私は、日本が国策として再処理政策を掲げ続ける最大の理由は、核兵器開発にあると思います。青森県六ヶ所村の再処理工場は、既に稼動しています。昨年3月31日から実際の使用済燃料を使ってアクティブ試験を始めました。なぜ3月31日かと言えば、会計年度の関係で地元に交付金が落とせるからです。日本原燃はこの11月以降本格運転を開始すると公表していますが、なんとしても止めなければいけません。

再処理工場は、万一事故が起きなくても膨大な放射能を環境に放出します。日本はこれまで原発で燃やした使用済燃料の再処理をイギリスとフランスに依頼していました。そのイギリスやフランスでは、再処理工場周辺で深刻な放射能被害が出ています。イギリスのウィンズケール再処理工場はグレートブリテン島の西海岸にあり、アイリッシュ海をはさんだ対岸にはアイルランド島があります。このウィンズケール再処理工場は今日までに、広島型原爆400発分の「死の灰」をアイリッシュ海に流しました。チェルノブイリ原発事故で放出された「死の灰」の半分に相当する量が、通常の運転によって放出されたのです。六ヶ所村再処理工場が本格稼動すれば、これと同様の深刻な放射能汚染は日本全国に広がるでしょう。決して稼動させてはならないと思います。

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<原発は巨大な「海温め装置」>

7月に柏崎刈羽原発が地震で深刻なダメージを受け、原発の安全性は根本的に問い直されています。国や電力会社は日本の電力の30%を供給している原発が止まったら大変なことになると宣伝していますが、すべての原発が停止しても電力供給には何の問題もありません。

日本の発電設備の量と実績(2005年度)

日本には火力発電所を含めて膨大な数の発電所があります。それらの年間を通しての稼働率(=設備利用率)は5割にも満たない状態です。原発を全部停止して火力発電で代替したとしても、火力発電の稼働率は7割にしかなりません。こうした事実に対して国や電力会社は、「電気は貯めておけないから、真夏の一番暑い時の電力消費ピークに対応するために原発は必要だ」と反論します。しかし過去のデータを調べれば、火力発電と水力発電だけで十分に最大需要電力量を賄えることが分かります。確かに90年代初頭の数年だけ、原発がなければ足らなかった年はありますが、それ以降はまったく問題ありません。しかも最大の電力需要は、真夏の一番暑い3日間ぐらい、午後数時間にしか必要とされません。もし、原発がなければ電気が足りないというのであれば、その時間だけみんなが仕事を休めばなんのことはないのです。

国や電力会社はもう一つ、地球温暖化防止=CO2削減のために原発が必要だと主張しています。しかし地球温暖化の原因が炭酸ガスかどうかは科学的には証明されていません。私は可能性はあると思いますが、本当のところを突き詰めていくと未だ不明です。もし炭酸ガスが温暖化の原因だとしても、原発は解決策にはなりません。少し前まで国や電力会社は、「原発は炭酸ガスを出しません」とPRしていました。しかし現在は、「原発は発電時に炭酸ガスは出しません」と修正しています。原発を動かすには、ウラン鉱山からウランを採掘し、それを製錬・濃縮・加工して燃料にする工程や、生み出される「死の灰」を100万年にもわたって管理する仕事が必要です。それらすべてのプロセスで膨大な炭酸ガスが発生することは明らかです。

さらに私は、発電時にも炭酸ガスを出していると思います。原発は膨大なコンクリートと鉄の塊です。これを動かすためには膨大なエネルギーを必要としますから、当然炭酸ガスを出しています。科学的には、「核分裂反応は炭酸ガスを出しません」が正しい表現です。何より温暖化対策を真剣に考えるのならば、膨大な温排水を出している原発こそ真っ先に停止すべきです。100万キロワットの原発の原子炉の中では、300万キロワット分のエネルギーが出ています。電気になっているのはたった3分の1で、残りの200万キロワット分のエネルギーは海に棄てています。私の恩師である水戸巌さんは、「原子力発電という名前は正しくない。正しい名前は『海温め装置』だ」と指摘されました。私はこれを聞いて、目から鱗が落ちる思いがしました。確かに原発のエネルギーの3分の2は海に棄てられ、海を温めているのですから「海温め装置」と呼ぶのが正当です。

これは海の生物にとっては大迷惑な話です。100万キロワットの原発1基は、1秒間に70トンの海水を7℃温めます。東京の主要河川である荒川でも、1秒間に30〜40トンの流量だと思います。1基の原発は、荒川以上に巨大な川の水を7℃も温めて海に流しているのです。日本にある55基の原発全体からは、1年間に1000億トンの温かい水が排出されます。日本全土に降る雨の量は1年間で6500億トンで、そのうち川に流れるのは4000億トンです。つまり原発は、毎年日本の川を流れる水の4分の1に相当する量を7℃温めて海に戻しているのです。温暖化対策を真剣に考えるなら、炭酸ガスを問題にする前に真っ先にこの「海温め装置」を止めるべきです。

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<エネルギーで幸福は生み出せない>

私は中学、高校時代に、「石油はあと30年で無くなる」とさんざん聞かされました。しかし歴史を紐解いてみれば、いつの時代にもエネルギー危機は叫ばれていました。1929年の世界恐慌翌年の30年には、「石油はあと18年で無くなる」と宣伝され、1940年には、「石油はあと23年で無くなる」と危機が煽られました。そして米国、イギリス、中国、オランダによるABCD包囲網で石油の禁輸制裁を受けた日本は、南方の石油資源確保のために太平洋戦争に突入したのです。1950年には「あと20年」、70年、80年には「あと30年」と言われ、90年には「あと45年」になりました。一番最近の石油可採年数推定値は50年です。勿論石油はいずれ無くなります。この地球の長い歴史のなかで蓄えられた資源を、私たちは湯水のように使っているからです。

だからと言って、原子力は石油の代替エネルギーにはなり得ません。原発の燃料であるウランは、石油と比べても数分の1ぐらいの量しかありません。石炭と比べたら数十分の1です。実に貧弱な資源なのです。ゆえに原子力はどうがんばってもそう長くは持ちません。

図の外枠は1年毎に地球に到達する太陽エネルギー
再生不能エネルギー資源の埋蔵量 単位は10×10の21乗J

根本的な問題は、人類はエネルギーを使い過ぎていることです。一体どのぐらいのエネルギーがあれば、人間は平和で豊かな生活を送れるのかを考えてみましょう。今から100年前の日本人の平均寿命は50歳未満です。当時は1人1日当り食料を含めて数千キロカロリーのエネルギーしか使えませんでした。人間が生きるためには、1日当たり2000キロカロリーの食料を採る必要があり、それ以外にも様々なエネルギーを使います。1日数千キロカロリーでは食料すら満足にまかなえないので、寿命は短かったのです。日本は高度経済成長期以降、1日当たり4〜5万キロカロリーのエネルギーが使えるようになり、その結果平均寿命は70歳、80歳と伸びてきました。現在では、1人当たり平均12万キロカロリーのエネルギーを使っています。

私は日本のエネルギー消費を、現在の2分の1にするように提唱しています。12万キロカロリーの半分、6万キロカロリーです。これはほぼ1970年代の消費レベルです。冷蔵庫、洗濯機、テレビなどほとんどの電化製品は揃っていました。しかも今日の省エネ技術は70年代よりも良くなっています。白熱灯ではなく蛍光灯が普及し、冷蔵庫も10分の1ぐらいのエネルギー消費で動きます。ですから6万キロカロリーでも、70年代よりもはるかに豊かな生活が可能です。贅沢を切り詰めれば十分に命を維持し、人間的な生活をおくれるレベルです。

加えて重要なことは、日本のエネルギー消費を半分に減らしても、まだ世界平均を上回っていることです。現在世界の平均エネルギー消費量は、4〜5万キロカロリーです。今世界65億の人口のうち、先進国に住んでいる人は4分の1、約16〜17億人です。残りの50億の人たちは、未だにエネルギーをほとんど使えない生活を強いられています。そのなかでも特に11億の人たちは、「絶対的貧困」と国連が定義する状況に置かれています。1日に1ドル、つまり約120円以下しか使えない人が11億人いて、そのうち5億人は飢餓に直面しています。劣悪な衛生・健康状態のなかで、2〜3秒毎に子どもが死亡しているのです。

未だに多くの人たちが飢えに苦しんでいるにも関わらず、私たちはそれを顧みることなくさらに大量のエネルギーを使って贅沢を享受する社会をつくろうとしているのです。この極めて差別的な世界を一体どうすればいいのでしょうか?宮澤賢治は、「世界がぜんたい幸福にならないうちは 個人の幸福はありえない」と記しました。私は「世界ぜんたい」とは、人間のみを指すのではないと思います。人間を含めたこの世界全体が幸せになることを、賢治さんは願っていたはずです。またそう考えなければ、この地球という星を守ることはできないところにまで私たちは追い詰められてしまったと思います。賢治さんは続けてこう記しています。「個性の優れる方面に於て、各々止むなき表現をなせ」。

たまたま原子力の世界に入ってしまった私は、なんとか原発を止めるために自分が持っている力を出し尽くします。みなさんも、それぞれが取り組んでいる場所で、それぞれの力を発揮してください。

私たち誰もがそれぞれに「止むなき表現」をする場所があるはずです。

PROFILE▼こいで・ひろあき
1949年生まれ。京都大学原子炉実験所。被曝や放射能汚染の実証データをもとに日本の原子力行政を鋭く批判。著書に『放射能汚染の現実を超えて 』、共著に『人形峠ウラン鉱害裁判』『原子力と共存できるか 』『浜岡原発の危険 住民の訴え』など。

(1252号 2007年9月25日発行)

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小出裕章 (京大助教) 非公式まとめから転載。

3月6日【ペイフォワード環境情報教室】「国は、福島の事故をすべて忘れ去らせてしまおうという戦術で来ている」小出裕章先生 第20回(文字起こし)

2013年3月6日、8bitnewsインターネットラジオ【ペイフォワード環境情報教室】第20回目に小出裕章さんが出演されていましたので、このブログでも共有させていただきます。 以下、小出さん出演部分を文字起こししました。

▼出演者
聞き手:ロッキー沢田
ゲスト・小出裕章(京都大学原子炉実験所助教)

▼文字起こしは以下。

第20回目の今日は、京都大学原子炉実験所の小出裕章先生をお迎えして、福島原発事故から2年、核のゴミと原発安全審査について、ご意見をいただきました。

◆沢田
京都大学原子炉実験所の小出先生をお迎えしてます。
よろしくお願い致します。

◆小出
よろしくお願いします。

◆沢田
小出先生、あの今度迎えます3月11日で、えっと〜、福島第一原発の事故から2年を迎えることになります。

◆小出
はい。
◆沢田
で〜、その後、その間いろいろな動きがある中で、やっぱり原発の問題というところで一番言われているのが核のゴミと言われてるところでして、まあこちらが無毒化できないというこの技術の限界というものがありますが、まあこちらについてどう処分していくのか、所持していくのか、保管していくのか、というところが一番の本当に課題なんですけども、この頃フィンランドですね、最近出て来たニュースで、フィンランドのほうであの〜中間貯蔵なのか最終処理なのかという形で、一つの方向性が出たというお話がありますけども、あの全世界、日本の抱える問題もそうなんですけども、全世界で出る原発の核のゴミ、これ、どう扱っていけばよいか、またお話いただけますか?

◆小出
え〜、一言で言ってしまえば、誰もどうしていいか分からないというのが、昔もそうだっだし、現在もそう、その状態が続いているのです。
人間が原子炉を動かしたのは、米国という国がマンハッタン計画という原爆製造計画を立てて、その中で長崎原爆の材料にするためのプルトニウムを生み出したいという動機で、原子炉を始めて動かしました。
え〜、日本の皆さんは、原子炉というと、原子力発電、発電のための道具だと思われるかもしれませんが、もともと原子炉というのは、発電なんかに興味があったわけではなくて、原爆材料を生み出すための道具だったのです。
え〜、どうしても原爆を作りたいということで、それを動かしてしまいました。

そして、動かしてしまえば、核分裂生成物という放射性物質が出来てしまうということは物理学的に当たり前なことなわけで、え〜、その当時から、なんとかその生み出した放射性物質を消さなければ、たいへんなことになるということが分かっていたのです。

え〜、すぐにそのための研究も始まりましたけれども、既に70年経ってしまっています。
いずれなんとかなるだろう、いずれ科学の進歩によって、いい手段が見つかるだろうと、思い続けながら来たのですけれども、残念ながら未だに生み出した放射性物質を消すという力を人間は持っていないのです。

もうそうなれば仕方がないと、ほかに隔離をするしかないということで、その隔離の手段もさまざまに考えられてきました。
宇宙に捨ててしまおうという案もありましたけれども、捨てに行くためのロケットが失敗して落っこって来たときには取り返しがつかないことで、技術的にそれは出来ないということになっています。
そのほか、深い海の底に埋めてしまえばいいのではないかとか、南極に持って行って捨ててくればいいのではないかとか、さまざまな案がありましたけれども、え〜、どれもこれなら大丈夫と確信を持てるような案ではありませんでした。
そのため、今現在としては、仕方がないのでどこか地底に埋めようということになっているわけですし、日本でも地底に埋めるという案が、唯一の案として既に法律で決まってしまっているとそういう状態になっています。

しかし、日本というのは、世界一の地震国で、安定な地下なんていう場所はありませんので、どこに埋めてもたいへんなことになりそうだということで、私はずうっとそう主張して来ましたし、昨年の9月11日には、日本学術会議という学者の国会とも言うべき団体が、地下に埋め捨てにすることはやはり正しくないと、いう提言を出したりしているのです。

え〜、どこの国もやはりどうしていいか分からないという状態のままここまで来ているわけで、最近になってフィンランド、あるいはスウェーデンという国々が、なんとかやはり地底に埋めるしかないということで、その〜どこに埋めるかという場所の選定作業などを続けてきて、フィンランドはようやくにその埋め捨てにする場所を確定したというのが最近の動きなのです。
しかし、本当にそれをこれからですね、埋めようとするわけでしょうけども、本当に出来るかどうかということを考えると、私自身はまだまだ難しいだろうなというように思っています。

◆沢田
そうですか。
自民党政権に変わりまして、基本的になんか原発の再稼働とまあそういう形で動いて来ているという話がある中で、再稼働の要件として安全であればと安全審査が行われるかと思いますが、これもまた日本の原発という立地自体がですね、もともと活断層、玄海を除いてっていう形になりますけれども、あの活断層の上、もしくはすぐ近くにあの〜立地しているというところが歴然たる事実かと思うんですけれども、また今度それをもってまだ安全だと言い切る可能性が今後も出てくるかと思いますが、これについては先生はどのような見解をお持ちでしょうか。

◆小出
皆さん、もうご承知だと思いますけれども、思いますし、先ほど私、聞いていただいたように、日本という国は世界一の地震国なんですね。
え〜、この地球という星は、プレートというものが動いているというのが最近の定説なんですけれども、プレートのちょうどぶつかり合うという場所に日本というこの国がありまして、安定している場所というのは、残念ながらこの日本という国にはないのです。
そんな国に原子力発電所を50機を越えて作ってしまったというそのこと自身がたいへん異常な、世界から見ればたいへん異常なことなわけですし、未だにそれを反省しないでまだまだ原子力をやるというようなことをまあ考えている人がいるのですね、日本には。
私から見れば、本当に呆れた話だと思います。

◆沢田
そうですね。
また、いろんなですね、各種あの委員会、政府のします懇談会から委員会からですね、脱原発派と呼ばれる方々が、メンバーから外されてくるというような流れがある中で、311以降ですね、市民の活動も増えておりますし、まあいろんな方が活動を始められてます。
ですが、2年、今度経過するにあたりですね、なかなか結果が出ない、あの〜皆さん見張っていく中で憤りがあるかと思いますが、長年活動、反原発として活動されてきた小出先生から見て、ずいぶんこの前の311以降変化はあるかと思うんですけれども、どう見られていますか。

◆小出
はい、私自身はかれこれ40年原子力を止めさせたいと思って活動してきましたけれども、私の力などは、国家の力、あるいは巨大産業が集まった力、マスコミもみんなグルになった力の前からすれば、まったく無力と言っていいほどのもので、原子力を止めることが出来ないまま、福島の事故も起きてしまいました。
え〜、自分の人生がいったい何だったのかなと思わないでもありませんし、今現在、苦難のどん底に突き落とされた人々がたくさんいるということを思うと、本当に無念の一言です。

で〜、事故が起きてしまってから、まあそれなりに多くの人たちが、原子力の問題に気が付いて、私の話なども聞いてくださるようになったわけですけれども、私から見ると、私のことなんかもう聞いてくれなくてもいいので、とにかく事故が無ければよかったなと思い続けてきました。
私を呼んでくださる集会に行って、たくさんの人がその会場に来てくださって、いたわけですけれども、私はまったくうれしいとは思わないで、今日まで来ました。

え〜、しかし、つい最近ちょっと私の中で、思うことが変わってきたこともあります。
というのは、事故から2年経って、国のほうはもう福島の事故を忘れさせようとする、そういう戦術に出て来ているわけで、マスコミも含めて、福島のことを報道しない、未だにたくさんの人が苦難のどん底にいるということについても報道しない、すべて忘れ去らせてしまおうという戦術で来ているわけですが、でも、忘れない、決して忘れないという人たちが、日本中にあちこちにやはり残ってくださっていて、私の話を聞きに来てくださったりするわけですから、最近はああありがたいなあと、こういう人たちがまだ居てくれるのであれば、私もその人たちと一緒になって原子力を止めるためにまだ働けるかもしれないと思うようになっています。

◆沢田
そうですか。
ありがとうございます。

◆小出
はい。

◆沢田
けっこうですね、たね蒔きジャーナルもそうでしたし、あの〜愛川欽也さんの番組もっというようなお話の中で、なかなかですね、あの、スポンサーがある番組ですとなかなかこう継続するのが難しいと、いうようなところで、長い闘いになって来ていますけども、こちらのペイフォワード環境情報教室ではですね、スポンサーもまったくありませんし、あの先生のボランディアでやっていただいておりますので、これからもずうっと継続してですね、長い闘いを勝ち抜いていきたいと、一緒に勝ち抜いていきたいと思っておりますので、ぜひ小出先生にはですね、私たちの心の支えとしてご登場していただきたいと思っておりますので、ぜひともよろしくお願い致します。◆小出
はい、こちらこそよろしくお願いします。

◆沢田
はい、どうもありがとうございました。

◆小出
ありがとうございました。

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小出裕章氏、〈ふくしま集団疎開裁判〉にメッセージ(2012/10/07janjanBlog)
◇◆◇ 被ばくし続ける子どもたち ◇◆◇

子どもたちが、被ばくし続けている――。9月28日、文部科学省前の集会(毎金・17時〜19時)で、郡山から参加した女性は、呆(あき)れたように、その実態を語った。「けさ9時半の時点で、郡山の空間線量は0.8〜0.9マイクロシーベルト/時もありました。にもかかわらず、その線量の中で〈子ども祭り〉が平然と行なわれているのです。『ここまでやるか、郡山…』と思い……悲しさや怒りを通り越して愕然(がくぜん)としました。子どもたちは〈被ばく〉について十分な知識を持ち合わせていません。子どもたちの健康は、おとなが責任を持つべきなのに、このあまりのひどさには言葉がありません」(注)

(注)下記矢ヶ崎氏の計算によれば、「年間1ミリシーベルト」の被ばく限度を守るには、1時間当たりの線量は、0.114マイクロシーベルト/時である。郡山での線量0.8〜0.9マイクロシーベルト/時というのは、その8〜9倍もの値である。後述の小出裕章氏も、0.6マイクロシーベルト/時を超えるようなところは〈放射線管理区域〉にしなければいけないと語っている。

◇◆◇ 矢ヶ崎氏、都内で記者会見 ◇◆◇

10月5日午後、自由報道協会主催の記者会見が行われ、矢ヶ崎克馬琉球大学名誉教授と「市民と科学者の内部被曝問題研究会」の〈モニタリングポスト検証チーム〉メンバーが、福島県内の〈モニタリングポスト〉の“不正確さ”について改めて詳細な報告を行なった。同氏は、そもそも被ばく許容量が原発事故後に「20ミリシーベルト/年」に突然引き上げられたことについて強い怒りを隠さない。「ひとたび放射能事故が起きたら、放射線に対する人の抵抗力が20倍になるというのならともかく、事故後に、許容量がいきなり20倍にも引き上げられるようなことに対して、すべての国民が怒りを発しないといけません。同時に、マスコミには、〈国民のいのちを守る〉という視点で、この問題を報じてほしい。」

「モニタリングポストによる放射線の測定で、福島県民の健康が守られることが大事なのに、調査していくと、これほどまでに県民の健康が足蹴(あしげ)にされ、切り捨てられているのかということに驚きを禁じ得ませんでした。」「基本的には、住民の集団移住などの健康保護策を最優先すべきです。それなのに、線量が高い中を『帰還して、ふるさとの“復興”をしなさい』と言うのは、まさに、住民の〈いのち〉切り捨てそのものです。」

記者会見の席上、放射線計測に対する、意図的な操作の可能性も指摘される中、矢ヶ崎氏は、引き続きモニタリングポストの検証を継続していくことを述べた。

◇◆◇ 「どこに安心・安全があるのか?」 ◇◆◇

17時からの文科省前集会(10月5日)では、光前弁護士から、10月3日付の毎日新聞スクープ記事、つまり、「健康管理調査」に関する“秘密会議”の存在をすっぱ抜いた記事についてコメントがあった。「こういう内部告発はとても意味があるし、この告発をした人を私たちみんなが守っていかなければいけません。〔庁舎を見上げて〕文科省で働くみなさんも、社会正義のために告発をできる人はどうぞしてもらいたい」

福島県中通りから上京したKさん(71)もマイクを握る。

「いったい、いまの福島のどこに安全、安心があるのか?国や東電がついてきた数々のウソは、まさに犯罪です。こういうウソを私たちが信じて来たことも問題です。これからは、私たち全員が、原発について、そして復興について、深く考えて行かなければいけないと思います」  

◇◆◇ 山本太郎さん「みなさんスッキリしましたか?」 ◇◆◇

〈ふくしま集団疎開裁判〉の支援者らは、20時前には、集会場所を潮見坂(注:脱原発テントから国会方面にのぼる坂)上の交差点に移し、21時半過ぎまで、おもに官邸前抗議行動を終えて帰る人たちに向けて、呼びかけを行っている。10月5日は、俳優の山本太郎さんも駆けつけて、マイクを握った。その第一声がふるっている。「官邸前で、《原発反対〜!》と大きな声で叫んで来て…どうですか、みなさんスッキリしましたかぁ〜?」そこで大きな拍手と歓声があがると、すかさず山本さんはこう続けた―。「でもね、みなさん――。大きな声を出してスッキリするだけでは困るんですよ。みなさんが、スッキリしたまさにこの瞬間にも、福島では子どもたちは被ばくさせられているんです。」

「放射線管理区域にしなくてはいけないようなところに、子どもたちを閉じ込めておく――これは、国が子どもたちのことを見殺しにすることを決めたということでもあるのです!」「子どもたちに、もう(被ばくの)結果は出ていますよね?平成24年に福島県のおこなった〈健康管理調査〉の結果では、43%もの子どもたちの甲状腺に、しこりやのう胞ができていることがわかりました。まだ1年半で、すでにこれだけの結果が出ているのです」「大手マスコミは、こういう重要な事実を伝えようとしません。だったら、私たちが一人ひとりで、伝えて行きましょう!福島の子どもたちが見殺しにされているこの現実を、どうかみなさんの友だち、知り合いに教えて、〈ふくしま集団疎開裁判〉を支えてください」 

◇◆◇ 小出裕章氏との電話中継 ◇◆◇

山本太郎さんのあとで、京都大学原子炉実験所の小出裕章氏と電話中継があり、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」の森園さん、柳原弁護士、光前弁護士、それに山本太郎さんらが電話をつないだ(以下、敬称略)。

〔森園〕町内会の運動会のことですが、グランドは“除染”をして、線量が0.25マイクロシーベルト/時ぐらいなのですが、まわりの(除染していない)場所は0.7とか0.8ぐらい線量がありました。こういう現状をどうお考えですか。

〔小出〕放射線量が毎時0.6マイクロシーベルトを超えるような場所は、本来〈放射線管理区域〉にしないといけないところなのです。一般の人々は、そんなところにいてはいけないし、子どもは放射線に対する感受性が高いので、早く避難しないといけません。

〔柳原〕そういう〈放射線管理区域〉にしなくてはいけないような場所からの避難について、〈ふくしま集団疎開裁判〉の第1審(2011.12月判決・原告敗訴)で、郡山市は「転居は自由である」と言いました。つまり、簡単に言えば「逃げたい人が、勝手に逃げればいい、どうぞご自由に」という姿勢です。こういう郡山市の姿勢についてどう思われますか。

〔小出〕(苦笑)まったくあきれた話です。現在、福島県のかなりの地域が「1平方メートルあたり6〜10万ベクレルの汚染」があると推定されます。日本の法律によれば「1平方メートルあたり4万ベクレル」を超えるところは〈放射線管理区域〉にしないといけないのです。そういう場所であれば、子どもはいてはいけないし、おとなだって逃げなければいけない。それを「逃げたい者は勝手に逃げろ」式の言い方は、まったくひどい話です。

〔光前〕いま、放射線量の測定結果が(矢ヶ崎氏らによって)問題になっています。この測り方ですが、どういうところに注意すればよいのでしょうか。

〔小出〕みなさんがお使いの測定器は、いわゆる簡易型のタイプだと思います。それらは、たとえば10台機器を並べれば、10台値(あたい)が違う…というようなものです。ですから、その測定器で出た値そのものを気にするというよりは、相対的な線量の高低を知る目安にするとよいでしょう。つまり、この機器で向こうを測ると高い数値が出た、それに対してこちら側は比較的線量が低い…というような具合です。

〔森園〕福島のある場所では、除染をしたあとに、モニタリングポストを設置して「1マイクロシーベルト/時あったものが、0.4まで下がりました。よかったですねぇ〜」なんてことをやっているところがあります。

〔小出〕「除染」という言葉を、原発事故以来よく聞くのですが、放射性物質を人間の力でゼロにすることはできません。「除染」という言葉でおこなっているのは、単に、放射性物質の“場所を動かしている”だけです。(注:場所を移すだけであるから、当然移した先の場所で被ばくの問題が出てくる。また、小出氏は別のところで、一部だけ汚染されているような場所での「除染」は一定の効果はあるかもしれないが、山も川も田畑も汚染されてしまっているような場合は、そもそも除染の意味がないという趣旨のことを述べている)

〔柳原〕10月3日付の毎日新聞で、福島県の「健康管理調査」にかかわる〈秘密会議〉のことがすっぱ抜かれました。こういう裏での〈秘密会議〉のありようをどうお考えですか。

〔小出〕相変わらずだなと思いました(苦笑)。原子力ムラの人たちは、このようにして、これまで自分たちの好きなようにものごとを進めて、現在まで生き延びて来ているのです。

〔山本〕そういう原子力に関わって来た人たちは、いま現在、福島の子どもたちがたいへん危険な状態にあることを知っているのですよね?

〔小出〕学問的には(注:科学的な知識としては)わかっているでしょう。ただ、彼らは、できることなら今まで通りに「安全、安全…」と言いたがっているのだと思います。子どもたちを救うことについて(そういう原子力推進派の)研究者たち(の学問的な良心が目覚めること)に期待することは…むずかしいでしょう。私は、これまでそういう原子力推進を進めて来た人たちは(その罪悪の大きさから)刑務所に入れるほうがいいと思います。

〔山本〕小出先生…これからもどうか力を貸してください!

〔小出〕……。私はこれまでの原発訴訟での体験から、裁判に絶望して来た人間です。…ですから、できることは限られていますが、その中でできることはしたいと思います。

〔柳原〕今日はお忙しいところありがとうございました。

 大手メディアでは報道されない、子どもたちの〈いのち〉を守るための活動は、司法への提訴(2011年6月)以来、確実に支援の輪を広げつつある――。

(了)

http://www.janjanblog.com/archives/82612

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