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グランブルーなひとたちへ

 

 

2002年

 

 

2002/10/16 映画、heart and soulを見て

Heart and soul. 緑色のトロリーバスが走る1959年のサンフランシスコでのお話です。訳ありの四人がそれぞれの思いを胸に秘めて同じバスに乗り合わせます。ところがとんまな運転手の脇見運転で、バスは事故にあい四人は死んでしまいます。でも、人生でやり残した事への思いが強すぎる四人の魂は、そのまま昇天せず、同じ夜に生まれた子供(トーマス)の魂のまわりに集まり、彼を通してそれぞれが人生でやり残したことを成し遂げて行くと言う物語です。

こそ泥のマイロはある時、切手収集家の金持ちのために、ある子供の大切な切手を盗みます。でも、良心がとがめるマイロはその切手を取り戻して子供に返し、自分も泥棒を止めようと決意します。観衆の前で一度でも歌を歌いたいと考えるハリソンは、何回もオーディションを受けますが、肝心の時に緊張して声が出ずにいつも目的を果たすことが出来ません。

都会を夢みて郷里に恋人を残してきたジュリアはウエイトレスとして働いています。ある夜恋人が訊ねてきて求婚されますが、決心がつかず恋人は帰ってしまいます。ジュリアはやっぱり恋人の方が大事だと悟り慌てて彼を追いかけます。貧しいけれど女手一つで3人の子供を育てるペニーは、深夜の仕事を早く止めて昼の仕事について、子供達と一緒に過ごせる夜を夢みています。

そんな四人がそれぞれの思いを胸に抱いてバスに乗り合わせたのです。そしてあの事故です。同じ夜にある夫婦に子供が産まれそうになって、必死で病院へ向かう車がありました。バスの事故に巻き込まれた夫婦は結局車の中で無事男の子を出産します。彼が主人公となるトーマスです。トーマスには四人が見えるし、話も出来ます。彼にとって四人はかけがえのない友達でした。でもゴーストの四人はある日トーマスのために彼の生活から消える決心をしました。

行かないでと泣いてすがるトーマスから、あなたのためだからと四人は離れるのです。四人はその後もトーマスをやさしく見守り続けました。でもトーマスは彼らの事をもう忘れています。彼はもう立派な大人になっていました。ある日天国から魂を迎えるトロリーバスがやってきます。そして四人は自分たちが何故、昇天せずに現実の世界に関わっているのか、その理由を知りました。やり残した思いを実現するために彼らの魂はこの夜に残っていたのです。そしてそれを実現する唯一の方法がトーマスの体を使う事だったのです。

理由を知った四人は、天国からのバスの運転手にもう少し時間をくれと言って、それぞれのやり残した事を実現するために奮闘します。最初嫌がっていたトーマスも四人の心を知るにつれて彼らのために積極的に協力します。そしてマイロは切手を取り返し、今はもう家庭を持って貧しく暮らしているあの時の少年に切手を返します。盗まれた切手のことを思い続けていた彼は大喜びです。

緊張して歌が歌えなかったハリソンもトーマスと他の3人の励ましで、大観衆の前で歌を歌うことが出来ました。歌ってみると彼はすごく歌が上手かったのです。苦労して消息を探し当てるとペニーの子供達も幸せに暮らしていました。そして最後にジュリアの恋人に会いに行きます。自分は事故で死んでしまったけれど、あの夜あなたを追いかけていたし、愛していたことを伝えたかったのです。

訊ねてみると、彼は七年前に死んでしまったと言うことです。四人のうちジュリアだけが思いを果たすことが出来なかったのです。トーマスはあまりにも気の毒で彼女に声もかけれません。その時彼女は言いました。「トーマス、これで良かったのよ。彼は亡くなってしまったけれど私の思いはあなたに伝えられる」「こうして、あなたに伝えることが出来たら同じ事よ」

トーマスにはその時彼女がいたのです。でも煮えきらずにぐずぐずしていたのです。ジュリアは言います。「傷つく事をおそれる人は、いつまでも孤独よ」今私が魂の仮の姿ではなく実体のある人間だったらこの手であなたを抱きしめて、そう言いたい。そう言ってすり抜けるのを承知でトーマスを腕に抱こうとします。すると、彼女はすり抜けないで生きている人間のようにしっかりと彼を抱きしめることが出来たのです。トーマスもまた彼女をしっかりとその腕に抱きしめます。

思いを果たした最後の一人、ジュリアが緑色の天国行きのバスに乗り込むシーンは、大好きなペーパームーンの最後のシーンのように僕は一生忘れないと思います。

もちろん、トーマスはジュリアの忠告通りしっかり彼女を抱きしめました。

 

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2002/10/14 年老いた恋人達

路上にちょこんと座る年老いた二人。恋人どうしのように肩を寄せ合っている。疲れ切ったおじいさんとおばあさんの目の奥の光はとてもやさしい。一体どこからこの街に来たのだろう?訊ねるとおじいさんは四国の奥深い山間の村からだと言う。おばあさんも一緒ですか?と訊ねると、おばあさんは遠く九州の海辺の村で生まれたと言う。

長い年月を経て、遠いこの街で二人は出会い一緒に生きていると言う。山間の村と海辺の村。二人の手の中には数え切れないほどの涙や想いが染み込んでいるのだろうなと、僕は思う。握り合う二人のひび割れた手と手の間を魂が行き交うのが見えたような気がする。二人は僕に訊ねる。あなたには奥さんや子供さんはいるのですか?

僕は正直に数年前に離婚したのですと答える。二人は、人生いろいろあるからねと言って、やさしい笑みを浮かべて僕を見つめる。お子さんは?と聞かれて、はい、21才になる娘が元気でやっています。漫画を描く仕事をしてるんです。

おばあさんはにこっと笑ってポケットから小さな人形を出した。「これをその娘さんにあげておくれ」そう言って僕の手に人形を握らせた。きっとおばあさんも若い頃漫画を描くのが好きだったのかも知れない。何かかけがいのないものをもらったような気がして、「ありがとう」と小さく言って、その場から立ち去った。

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2002/10/08 全ての人の願い

惨状を目のあたりにした阪神大震災から時は流れ、神戸の街も何事もなかったように復興しています。しかし、まだ多くの人が心の後遺症に悩まされ、そして現実の住居や生活の面でも苦しんでいらっしゃいます。大した被害を受けなかった僕でさえあの時のショックは今もはっきり残っています。肉親をなくされた方々にとってどれほどのものだったでしょう。

今、北朝鮮の拉致問題や中国の残留孤児の問題がさかんにマスコミで報道されています。戦争というもっとも悲しい暴挙の爪痕です。被爆者の方々の耐えがたい痛みや苦しみは当時も、今も未来へも続いていきます。中国に残されている多くの孤児の方々は今なお自分が誰なのかさえ分からずにいます。親も分からず名前も分からない苦しみ。

僕には計り知る事さえ出来ません。もし自分の子供が拉致されて消息も分からなかったら?不安と苦しみで何も手につかないでしょう。何十年もの間、不安と苦しみの中で生き続けることがどんなに残酷なことか、考えるだけでも恐ろしいことです。

一見平和に見える日本の社会の中には、今なお多くの戦争が行われている(継続している)と考えなくてはならないような気がします。たまたま自分が、そして自分の家族が巻き込まれていないだけなのです。

天災、交通事故、病気、犯罪、など人生にはあらゆる災厄があります。しかし戦争の痛ましさと、その長く続く後遺症は、本当に恐ろしいものです。停戦してのちじわじわと人を苦しめ続ける戦争。そしてそれは人為的なものであり、作為的なものです。決して許されない犯罪です。

あれだけの犠牲者、そして現実の後遺症を目のあたりにしても、今なおイスラエルとパレスチナは戦争をしています。アフガンもまだ戦火の中にあります。仮に今世界中の全ての戦争や紛争が終結しても、失われてしまった命への思い、そして恐怖や人間への不信など、計り知れない苦しみが延々と続くのです。

全ての人類が願いつづけ、そして目標にしなくてはならないのは戦争のない世界、そして平和です。

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2002/09/24 父と子

水が好きな父でした。海を見るとすぐに服を脱いでじゃぶじゃぶ入って行くのが癖でした。条件反射です。冬の薄く氷の張った川でも泳ぎます。池や沼地、水があればどこでも泳ぐ父でした。カッパだったのかも知れません。そんな父に不思議な事があります。人工のプールでは決して泳ごうとしないのです。今考えると不思議です。

僕は子供の頃そんな父によく海や池に連れていってもらいました。あまり泳げない僕には、殆ど恐怖の体験でした。2回溺れて死にそうになりました。父はぎりぎりまで助けてくれず、水を飲んで気を失ってしまったのです。「可愛い子には旅をさせろ」と言うのは聞いたことがありますが、「可愛い子には溺れさせろ」と言うのは聞いたことがありません。おかげで池の底で竜宮城を見ました。本当です。今でも記憶に残っているのです。

父は自分が遊泳禁止の場所でも平気で泳ぐのに、子供達が溺れないようにいつも気を使っていました。(もちろん僕は別らしいけど。)危ない川や海の近くにたくさんの立て札を作って立てました。絵の上手だった父は、いつもその立て札にカッパが溺れている絵を描いて、「たすけて〜」という吹き出し文字が入っていました。「ここは泳ぎの得意なカッパでも溺れるよ」そんなメッセージのこもった立て札を見て、子供心に父の優しさを知ったものです。水の好きな父は、水の怖さを知っていたからでしょうか。

 今僕は、父と違って風が好きです。岬に吹きつける激しい風、公園を流れるやさしい風、そして穏やかな浜辺で感じる、塩の匂いの混じった風。僕は風が大好きです。それなのに、扇風機やエアコンの人工的な風は嫌いなんです。父がプールを嫌ったように。遺伝でしょうか?

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2002/09/13 本当の教師

教育の問題があれこれ論じられる昨今、ついつい考えてしまいます。

これはバースの忘れられない教師のことです。

その先生の授業は、1週間に一度。みんな胸をときめかせてその日を待っていました。僕は小学校の2年。学年でも一番小さくて体の弱い子供でした。先生の受け持つ範囲は広く、よちよち歩きの子供から、大きな中学生まで一人で教えるのです。先生は巧みな話術と、豊富な人生経験を語ります。そして、よりわかり易いように、自分で描いた絵を使って子供達に教えるのです。先生の名は「紙芝居やさん」 素晴らしい教師でした。

生徒はいつも20人ぐらい、やんちゃな生徒も、落ち着きのない幼児も、その先生の前では、魔法にかかったように大人しい生徒になります。体の弱かった僕も安心して授業を受けられるのでした。先生はいつもにこにこしています。いつも集まるお地蔵さんを背にして、子供達はしゃがんでぐるりと取り囲みます。小さな子供は前で、もっと小さな子は、大きな子供に抱っこさせるのが先生のやり方。

先週の話の続きを聞きたくてうずうずしてる僕達に先生は言います。君達が今日までいい子にしてたら、「健太くんはお母さんに会えるかもしれないよ」そう言って、僕達を微笑みながら見つめるのです。僕はちょっとドキドキします。「いい子じゃなかったかもしれない」みんな少し不安げな気持ちになります。そして紙芝居は始まるのです。

お話は山あり谷ありで、健太くんが悲しい目にあうと、「もっといい子にしてればよかった」と思い、健太君が喜ぶと「いい子だったんだ」と思わせながら進んでいきます。そしてちゃんとハッピーエンドになるんです。先生は最後に言います。もし健太くんがこの町に来たら、君達はどうする?もちろん僕たちは声をそろえて答えます。「一緒にお母さんを探すよ!」先生は目を細めてうなずいています。これは今になって思うのですが、先生にはお母さんがいなかったのかも知れません。

自転車の後ろに木箱を何段にも積んで、近畿各県を教えて歩く先生は、いろんな村や町で出会った子供達から学びながら、それをまた次に出会う子供達に伝えていきます。そのやさしさと行動力は、僕にとって一番の先生。「これが教育じゃないかな」と今でも思わせる先生でした。

「紙芝居やさん」は僕には忘れえぬ教師なのです。

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2002/09/11 あの日から一年

2001/9/11日、世界中の誰もが我が目を疑った日です。そして近代社会の闇を知った時です。あれから一年、今貿易センタービルで亡くなった遺族の方の中にさえアフガン攻撃に反対してる人々がいます。アメリカの正義が一面的であることを考えずにはいられません。

 

貿易センタービルに航空機が突っ込んだ映像を見たとき、それはまるで現実離れのしたものでした。映画のシーンではないかと思った人も多かったのではないでしょうか。でもそれは現実でした。あの日から一年、ほとんど知らなかったアフガニスタンの実体や、イスラムの事がだんだんわかりだしました。

アメリカの報復戦争を頭から肯定していた人も、何故このような非人間的なテロが起こるのかを考えるようになりました。そして今は、テロを生む原因を修復しない限りテロはなくならないのではないかと考える人も多くいらっしゃると思います。表面的に見ればテロは許せるものではありません。

そしてアメリカの唱えるテロ撲滅は正しいように聞こえます。しかし、そのテロを生み出す原因がアメリカや先進諸国にあるとするなら、それは決して正義ではなく単なる力の論理ではないでしょうか。国と国との貧窮の格差。そしてイスラム諸国の目に余る貧富の差。そして利用され孤立し続けるアフリカの国々。

「一体何故争いは起こるのでしょう?」人間はみな平和に暮らしたいと願ってるはずです。特に自然環境が厳しく貧しい国ではその思いが強いはずです。生きるだけでも大変なんですから。争いには原因があります。そして誰かがそう仕向けてる感がしてなりません。

どんな争いでも殆どの人は能動的じゃないはずです。流れでそうなってしまった、不本意だけれど銃をとっている人が多いはずです。全ての争いが民族や宗教や人種から来る避けられないもののように言う人もいますが、僕は違うと思います。

何億種もいる生物の中で人は人類と言う「くくり」の中で仲良く生きていけるはずなのです。

 

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2002/09/02 イルカの心

イルカは何故人とコミュニケーションをとろうとするのだろう?疾走する船の先を先導するように泳ぐイルカはよく映画やテレビで見る光景です。サーファーのまねをして波乗りをするイルカもいます。ブラジル東南のラグーナという港町では200年も前から漁師さん達の魚をとる手伝いをするイルカがいるのです。

イルカ達と漁師さん達との息のあった仕事ぶりは信じられないほど見事なものです。そして驚くべき事に漁師さんもイルカ達も代々その技術を子孫に伝え続けてると言うのです。

一人の年老いた漁師さんが「イルカよここに魚を連れてきておくれ」とつぶやくとまるで魔法のようにイルカが小魚を追って漁師さんのそばまで連れてきてくれます。そして、網を投げるタイミングの合図までするのです。驚くべきことです。でも人間と自然の連携は本来あらゆる所にあるのかも知れない。

ただ放漫になった人間がその心を失い、自然の偉大なる営みと知恵をどんどん壊しているだけかも知れません。僕がイルカに強い関心があるのは、イルカという生き物が私達人間に対して自然への謙虚な心持つ大切さを一番伝えていると思うからなのです。

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2002/08/07 海 青き大自然

魚が空を舞い、鳥が海の中を飛んでいる。錯覚で何がなんだか分からなくなる、そんな驚くべきシーンを見ました。NHKで放送された「海、青き大自然」と言うイギリスのBBCとアメリカのディスカバリーが5年以上の歳月を費やしたドキュメンタリーフィルムです。

小魚の大群を追って、何百匹のキハダとマイルカがまるで空を飛ぶように水中を駆けめぐります。そして空から水中へあめあられのようにオニミズナギドリが突進してきます。マイルカとキハダそして鳥が同じ水中で舞ってるのです。不思議と言うか幻想的と言うかただ呆然と画面に見入るほどすごい映像でした。

大自然の営みの偉大さと、この映像を撮影したクルーのすごさ。自然も人間もなんて素晴らしいんだろうって改めて思いました。

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2002/08/06 命と心

風は音、音は光、光は心

深海の漆黒に咲く閃光は、生命の印

そしてどんな生き物にだって心があるという事の証し

けっして自分だけが生きてるわけじゃない

けっして人間だけの地球じゃない

全ての生物が心を持ってるという事を忘れてはいけないと思う

なぜなら命そのものが心だから

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