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弥生/3月/MARCH


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美しい桜と川の流れ、かけがえのない人の命
2013/03/29 桜並木が心地よい阪神西宮の夙川界隈。川沿いのベンチでよくぼんやりとしていました。久しぶりに訪れて座ったベンチは同じだけれど、あの頃ほどのんびりできない自分がありました。たった2年余りだけれど原発事故の前と後、あれだけの被害と今もこれからも続く災厄があるのだからあたりまえだけど多くの人の心持ちが変わったのだろうと思います。天災と人災。防げないものと防げるもの。事故の可能性が分かっていてやるのはやはり犯罪だろうとあらためて思います。美しい桜、きれいな水。世界を見渡してもこれだけの緑と、川と海とに恵まれた国は少ないでしょうし、太陽も風も水も地熱も海流も全て恵まれた自然資源にあふれた国で、何故に危険な原発を54基もつくったのか。

自然を生かす経済力も技術力もあるのに、むしろ自然エネルギー開発を阻止して来たのは何故なのか。あまりにも馬鹿げていて怒りと悲しみが混じるけどそれが日本の現実。もう一度事故が起こって壊滅的な状態にならなければ目がさめないのではないかと思うけれど、その時は手遅れだから今一人一人が目をさますしかないのだけれど・・・福島の南相馬から原発事故のために避難した人の死。移動にともなう疲労とか仮設住宅での精神的疲労とか原因は幾つもあるかも知れないけど、はっきりしているのは原発さえなければ死ななくてもすんだ人がいると言う事実です。おじいちゃんもおばあちゃんも福島の美しい桜をのんびりと観ていたに違いありません。


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想像してみて下さい。イチローやキムタクが・・・
2013/03/26  もしメディアへの露出度の大きいイチローやキムタク、吉本の有名な芸人が社会意識を持ち、核兵器や原発はいけないと唱えたら、一般の人の意識も大きく変わるのは必至です。よこしまな政治家も慌てるでしょう。そんな意識が乏しいからこそテレビなどに出まくっているのは分かってますが夢のような光景を想像します。同じ先進的な欧州諸国に比べて国民の社会意識が低いと言われる日本ですが、その感はテレビの番組欄を見ると明らかです。原発事故と言う現在進行形の災厄がそこにあり、しかも同じ過ちが繰り返されかねない状況にあって、まるで何事もなかったかのような番組の編成。悲劇の根は深く、今もこれからも様々な問題が起こると予想されるのにあまりにも脳天気、と言うより無神経に過ぎると思われる番組で埋め尽くされています。福島の震災後、その現実を日本のメディアでなくドイツやアメリカのメディアで知らなくてはならないと言う考えられない事態もありましたが、2年経った今を見ると、さもありなん、です。

著名人で人間として当然の声を上げたのは大江健三郎や坂本龍一、山本太郎、愛川欽也 、沢田研二、吉永小百合さんなどごくごくわずかで、真摯な科学者や哲学者の声などは一般にはあまり届いていないのが現実です。どんな職業であれ1人の人間として意見を言うのは当然の権利でましてや正しいことを言うのは義務でもあると思うのですが、「正しいことを言えない事情」が大企業が支配するマスコミ界にあって、芸能人のその萎縮した意識が社会全体に「正しいことを言えない空気」をもたらしていることは否めない事実だと思います。

明らかに間違っていることに対して目をつむり意識をそらさなければ仕事ができないとしたら、それは精神的には奴隷状態と変わらないのではないでしょうか。野球でも音楽でも芸能でも人を楽しませる、本来それは人を幸せにすることと同義だろうと思いますし、だとすれば人を不幸にするものに対して無関心でいること自体矛盾しています。ヒューマニズムが原点であるはずの音楽家などの芸術家。自然と環境を考えなければならない建築家。そしてイチローやキムタクが「ヒューマニズム」を持てば一般市民も変化し、社会もいい方向へと変化する。結局一人一人のヒューマニズムがどれだけにじみ出るか、そしてそれがどれだけつながるかでしか社会は変わらないのだろうと思います。

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サユリストではないけれど
2013/03/25  原爆詩の朗読をライフワークにされている吉永小百合さん。今月24日、瀬戸内海の療養所「大島青松園」で開かれた、吉永さん主演の映画「北のカナリアたち」の上映会。2003年春、ハンセン病患者で詩人の塔和子さんの詩集に心を打たれ映画「風の舞」の中で詩を朗読しました。映画は塔さんの半生を描いたドキュメンタリー。09年に始めて大島青松園を訪れた吉永さんは入所者と話をし、いつか療養所で上映会をしようと思いをあたためてきたそうです。女優としてもすてきだけれどそれは人間として他者への愛があるからこそなんだと思います。2012年4月には福島市で40年以上にわたり原発の危険性を警告してきた南相馬市の詩人・若松丈太郎さんが事故後に書き下ろした「ひとのあかし」を朗読。ヒューマニズムは一貫しています。

国際連合児童基金(ユニセフ)のユニセフ親善大使に就任し、当時内戦が続いていたソマリアやスーダンを訪問したオードリー・ヘプバーンは「わたしは、ユニセフが子どもにとってどんな存在なのか、はっきり証言できます。なぜって、私自身が第二次世界大戦の直後に、食べ物や医療の援助を受けた子どもの一人だったのですから」と語っています。レオナルド・ディカプリオは環境保護運動に力を入れる中で「動物は声を出せない。人間が声を上げないとね」と語り、人間のエゴや傲慢を指摘しています。

アンジェリーナ・ジョリーは国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の親善大使を努め夫のブラッド・ピットと設立した“ジョリー・ピット基金”は世界中の弱者に寄付を続けています。吉永小百合さんのような女優や俳優、スポーツ選手もそうですが、文化人、著名人にもっと多く現れれば社会は変化するだろうと思いますが、残念ながら日本の著名人には社会意識を持った人が少ないのが現実。欧米のスポーツ選手、俳優、歌手、芸人には社会意識の強い人たちがいくらでもいます。それに考えれば一般の人たちもそうなのかも知れません。エゴイズムとヒューマニズム、同じカタカナでも死ぬほどの違いです。

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戦争、原発事故の責任のあり方と国民性の今
2013/03/24  ナチスドイツの恐ろしすぎる行為に対して、ドイツ国民は戦犯を徹底的に追及し、時代の流れとは言えヒトラーを選択した国民自らにも反省と戒めを課しました。「同じ過ちは繰り返さない」戦後のドイツのあり方を見てそれは強く感じます。一方同じ敗戦国の日本はと言えば、戦犯の罪の訴求も曖昧で、多くのかけがえのない命を奪った戦争と言う間違った行為に対する国民自らの反省も不完全な気がします。

それは原発事故のその後を見ても明らかで、これだけの被害、悲しみをまき散らした張本人が誰一人、責任をとっていないと言う現状がその意識の継承を物語っています。それでも一部被害者や道義心のある人たちが責任追及の訴えを起こしていますが、本来これは国民全体が追求すべき問題だと思います。政府や電力会社の巧妙なプロパガンダがあったとしても、あまりにも安易にだまされたこと、原発立地以外の人の無関心がもたらした結果だからです。重度の被ばくはなくとも放射能汚染が日本全土に及んだことも事実で、これから長きに渡って無関係な人はない話だからです。

同じ過ちを繰り返さない、その決意はドイツと日本ではずいぶん違うように感じるのです。悲惨な戦争の後、経済も教育も同じように発展を遂げたように見える両国ですが、経済の中身、教育の性質に違いがあるとしか思えない現実があります。原発に対する意識、自然に対する意識、命に対する意識。動物の殺処分ゼロのドイツ。古い街並、伝承文化を保護するドイツ。動物の殺処分、食品廃棄物、自殺者数など恥ずべきことに関しては日本は群を抜いています。何故なのか?もうそろそろ一人一人が立ち止まって考えなければいけない時期にあるのではないかと思うのです。

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17兆ベクレルの放射性セシウムを含む汚染水
2013/03/23  東京海洋大の神田穣太教授の試算によると汚染水の海への流出が止まったとされる2011年6月からの1年四ヶ月間に17兆ベクレルの放射性セシウムを含む汚染水が海に流れ込み現在も地下水や配管を通じて流出が続いている可能性があると指摘しています。(23日共同通信)東京電力福島第1原発の港湾内で海水の放射性セシウムの濃度が下がりにくい状態が続いていることに関しての試算と指摘ですが、東電の発表とはずいぶん差があります。原発事故後も事故以前と変わらず重大な情報が小出しにされたり過小報告が続いたりすると、まだまだ隠蔽されている事実がいくつかあるのではないかと思うのは当然のことです。過小評価しようが隠蔽しようが放射能汚染は自然界や人体に確実に影響を及ぼすのですから、全てを事実通りに発表するのは絶対的な責務です。とにかく何が何でも原発を稼働させたい勢力があり、そのためには不都合な真実が隠蔽されるとしたら、同じ過ちが繰り返され全てが手遅れになることも容易に予想できます。メディアや学究の徒が目を光らせ監視して事実を隠せない状況をつくり出すことと、一人一人ができる限りアンテナをはるしか更なる悲惨な事故を防ぐ手だてはないように思われます。


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美しい御堂筋
2013/03/21  梅田から難波、難波から梅田。何回歩いたか分からないほど往復しました。中之島界隈と御堂筋。大阪の数少ない景観です。御堂筋の景観は原則50メートルのビルの高さ規制にあることは明らかで、これだけは商業主義の強い大阪にあっても永遠に守られるだろうし、守るべきだと思っていました。ところが経済至上主義の橋下市長が高さ制限の見直しを指示。3月19日の都市計画審議会専門部会で条件付きながら実質的に規制を廃止する案が承認されました。軒先の後退分が20メートルなら、ビルの高さは140メートルまで可能で容積率も最大1300%まで認めると言うことですが、あの落ち着いた景観が損なわれることは必至で情けなくなります。経済を活性化する方法を古いものを新しく、低いビルを高く、採算性の低いものを廃止などと言う風にやるのは簡単で知恵も要りませんが、先見性も、過去からの継承性もないあまりにも薄っぺらい方策だと思います。経済に変えられない価値のあるもの、その歴史や精神性を大切に保護しながら、経済の潤滑を考えるのが専門家としての度量ですし政治家の努めです。市民が知らない間に小さくても重要な問題が安直に進められたり、大飯原発再稼働のような大きな問題が強引に進められたりしています。もう一度大阪市民と国民は市政と維新の会の本質をじっくり見つめる必要があるように思います。

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宇宙の果ては分からないけど、人間が守るべきものは明らかです。
2013/03/19  「宇宙の年齢は138億歳、惑星や恒星などの観測可能な物質が宇宙に占める割合はわずか4.9%で間接的にしかとらえられない現象の暗黒物質が26.8%。残りはさらになぞの多い「暗黒エネルギー」でできている。」とNASAが発表しました。どこまで真実にせまっているのか分かりませんが、人類が存続してその謎を解ける時が来るのだろうかと果てしない未来を考えてしまいます。戦争、核兵器、化学兵器、そして原発。一つ間違えば人類そのものを壊滅させかねない負の科学は十分にそろっている現代。さまざまな差別や搾取が数えきれない犠牲の中で是正されては来たけれど、グローバル世界の中で形を変えてそれは継続、拡大の感すらあります。多国籍企業の後進国に対する仕打ちは新手の搾取ですし、結局それはテロや内紛などを引き起こし、あげくの果てに加害国の軍事強化の理由付けにされたりもします。平和とか共存とか調和とか人間が目的とすべき生存の形は圧倒的多数の人の願いだと思いますが、どこの国にもお金や権力に心を失った人がいて、国民が油断すれば危うい方向へ引きずられていくのも歴史が証明しています。

「二度と同じ過ちを繰り返さない」戦争で筆舌に尽くせない体験をした人々、その恐ろしさ、虚しさを伝え聞いた世代は「自由の大切さ」が何にもまして大切だと分かっています。いかなる理由があっても戦争に向かうような流れ、自由が侵害されるような気配に対しては抵抗します。どんな些細な兆候でも放置すれば後戻りできない事態になることが予想できるからです。この宇宙にあるたった「4.9%の物質」しか認識できていない現代の科学。人間はまだまだ謙虚に過ぎなければならないはずです。驕り高ぶり盲信盲従、目先の損得勘定で政治家がそろばんを弾くのも惨めですが、平和とか命とか絶対的に大切なものは一人一人が強く意識しなければなりません。古い建物や伝統文化がないがしろにされていくように、人間そのものもまたないがしろにされて、結果、戦争とか原発事故とかにつながり、もっとも大切な「自由」と「命」が奪われて行くことになりかねません。

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春うらら
2013/03/17  体がほっとします。若い頃なら感じなかったけれど、それだけ寒さにダメージを受けていたのかと思います。と言えば年長者にまだ62歳なら若造じゃないかと叱責を受けますが、病気由縁もあるから実感です。春うらら。気候は明るく朗らかでのどかだけれど、気候以外はとてものどかなどとは言えない情勢です。反省も想像力もない政府が原発を動かそうとし、憲法まで変えようとしています。「何故に?」と聞きたいけれど彼らもまた何故か分かっていないのではと思えるぐらい、硬化した心と思考を感じます。春の陽気ぐらいでは彼らの頭は柔らかくなりそうもありません。目先の経済施策はそのうちまた破綻して、社会的弱者はますます追い込まれるだろうし、それにしても何度同じことを繰り返すのか、ため息がでます。

春うらら、ハルウララ。何年前だったか高知競馬で有名な馬がいました。連戦連敗であまりにも負け続けるので逆に注目を浴び多くの人に愛された馬です。競馬を引退したハルウララがどこかの牧場でひっそりと生きていると何かで聞いたことがあります。連戦連敗。もしかしたら彼女は勝つことが嫌だったのかも知れません。勝ち負けよりもっと素敵なことが世の中にはいっぱいあるのだと負け続けることで人間に教えたかった、、勝ち負けと損得勘定だけの人間、特に施政者にはハルウララの蹄の垢でも飲ませたくなります。


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自然災害と人為災害
2013/03/15  自然災害の恐ろしさは阪神大震災の時に体感して思い知りました。同時に街などの復興の早さにも驚きましたが、精神的なダメージは長く癒えないことも知りました。東北大震災から2年余り。阪神大震災の時とは違う不安と苦しみがあります。今なお15万人以上の人が避難を強いられ長きに渡って帰れない土地ができました。海や土地の汚染は回り回って生態系にどのような影響を及ぼすかさえ予測がつかず過去に置き去りにすることもできない問題です。地震の予知も防御にも人力には限界があって、もっとも現実的な対策は災害が起こった時にあらゆる救命、救助手段を準備しておくことだと思います。大地震の確率が千年、万年に一回だと言われてもそれは明日かも分からないのが真実です。膨大な予算を予知に費やしても規模もエリアも明らかに分からないのが今の科学です。でも、原発事故は予測も安全対策も要りません。

動かさなければいいだけです。過去に不具合や小さな事故をが多発して来た原発に「絶対に安全」などというものはあり得ませんし、他の施設と違って原発だけは「絶対に事故を起こしてはいけない」ものです。それはチェルノブイリの実態を見れば誰でも分かりますし、福島を見れば否応なく分かります。人智を超えた自然災害には覚悟するしかありませんが、人為的な事故に対して何故に覚悟しなければならないのでしょう。人為的なもの、中でも戦争は絶対悪ですし、原発も同じ要素があります。野蛮人でなければ人為的な災害は避けるのが当然の行動ですし、壊滅的なことにつながるものは最優先のこととして意識しなければならないと思います。人為的なこと。いくつもあります。日本は他の先進国と比べても異常なことが多過ぎます。動物の殺処分、食品の廃棄、自殺の多さ、殺人、虐待やいじめ、ネット難民にマクド難民・・・どの国にもある問題だろうとは思いますが数が異常です。平和憲法を固持し経済大国であるはずの日本ならば「変」な話ですし、一人一人が意識して「変えていかなければならない」事態だと思うのです。

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となりの火星とW3
2013/03/13  400年前の遠い時代、ティコ・ブラーエやケプラーなどの天文学者が根気よく夜空を観察し想像し導き出した惑星の運動法則。火星の軌道を肉眼で観測したと言うティコの眼には宇宙の構造が見えていたのかも知れません。火星まで2億3000万キロ。ぐるっと回って4万キロの地球感覚からすれば気の遠くなる距離ですが冥王星は59億キロの彼方、太陽は、約10万光年の直径を持つ銀河系と呼ばれる銀河を構成する、約2000億個の恒星の中の一つと考えると火星はまさにとなりの星です。そんな火星にかつて生命の存在が可能な環境があったことが分かったと米航空宇宙局12日に(NASA)が発表しました。火星探査機「キュリオシティ」の探査の結果を受けての発表ですが、科学はここまで進んだのかと思うと同時に、火星すらまだほとんど分かっていない科学の実力にも気づかされます。

1965年に発表された手塚治虫の漫画「W3」は無益な戦争を繰り返す悪評高い地球を見かねて銀河連盟から調査のために3人の銀河パトロールを送り込まれるという話ですが、彼らの報告しだいでは、地球は消滅させられるかもしれないと言うストーリーです。2013年現在、ワンダースリーのメンバーはまだ地球にいてまだ判断をしかねないでいるかも知れませんが、地球人は進歩しないなと思っているに違いありません。特に日本の姿勢、原発事故であれだけの被害を出し、その危険性をいやと言うほど分かったはずなのに反省もせずまだ原発を動かそうなんて低級にもほどがあるとさじを投げるのではないかと不安です。ボッコ、プッコ、ノッコのW3は面白いし人間的だけれど、日本のW3、なぜ人命を軽視するのか?なぜそこまでお金に執着するのか?なぜ他者に無関心なのか?は恥ずべきワンダースリーです。

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少数がつなぐ希望の光
2013/03/11  福島原発の事故から2年。数十年に渡って警鐘を鳴らし続けて来た人たちの無念と、関心を持たなかった人たちの反省とが培って来た原発廃止への思いはデモやネットを通じて根気よく続けられています。全体から見れば少数かも知れませんがロンドンでもフランスでもドイツでも危機感を持つ人が様々な形で反原発の意思表示をしているのは必然的な流れだと感じます。真実を認識しさえすれば人間として反対するのは当然の責務だと思うからです。どこの国にも金の亡者がいて、原発の巨大な利権に良心を失ってしまった人たちがいるのも現実ですが、原発は人類と全ての命にかかわる最重要の問題ですから、利権や私欲などの短絡な目論見で左右されてはたまりません。目先の景気回復策で大企業や一部投資家は大もうけして喜んでいるようですが、そのつけはしばらくしてまた弱者や一般の人に回って来ます。

何故そのような人物や政党を支持するのか、分かりません。安倍首相、猪瀬知事、橋下市長。国と2大都市の施政者の姿。原発問題とからめて考えると彼らの人間性が見えて来ます。権力に陶酔しているのではないかと思える言動には共通性があります。自らの権力を保全するためには背後の巨大権力に従わなくてはなりません。巨大権力とは財界、官僚、アメリカの思惑などです。大阪の小学生が大阪市立海洋博物館「なにわの海の時空館」の閉館を残念がっている記事が朝日新聞に載っていましたが、子供の小さな夢を経済の天秤にかける前に、全ての子供の未来に暗雲を投げかける原発こそ権力を行使して止めるのが選ばれた施政者の姿ではないでしょうか。少数がつなぐ希望の光は施政者にも向いています。

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100万人規模のデモ
2013/03/09  パリの中心部などでは反原発団体の代表者らが「フクシマの教訓を忘れてはいけない」と訴え、手をつなぎ「人間の鎖」をつくりドイツでは中部のグローンデ原発の周り40〜60キロを囲む人間の鎖をつくったと共同通信のニュースにありました。日本でも9日、東京都新宿区の明治公園で開かれ、主催者発表で約1万5千人が集まったけれど、原爆や福島の大事故を経験した日本なら100万人規模のデモが行われなくてはならない気がします。ドイツやフランスなら今回の福島原発事故の責任問題、嘘を重ねて原発を造り続けて来た歴代の施政者と原子力村の関係者はただでは済まないはずですが、日本では張本人たちがまるで何事もなかったかのように事故前と同じ暮らしをしています。おかしな国です。それどころかまだ原発を推進しようとしています。おかしすぎる国です。国民が騙され続けて来た、無関心にさせられて来た経緯はありますが、騙されることも罪です。そして何よりも無関心なことは大きな罪だと思います。

子供たち、愛する人の無事を思わない人はいないはずです。原発事故と言う災厄。原発を造る過程の理不尽。事故が起こっての更なる理不尽。現地の人の不幸、作業員の人々の被ばく覚悟の労働。除染やがれき処理にまつわる不透明な経費。ゼネコン、ましてや暴力団にまで渡っていると言う巨額の費用を何故被災者にまわさないのか。原発にまつわる問題はどこをどう切っても悪しか見えません。そして何よりも問題なのはいったん事故が起これば現代の科学技術では修復ができないことです。放射能汚染の影響は未知の部分も多く、人体への影響に関しても未来へ持ち越さざる得ません。その時には手遅れの要素もあることを考えれば「原発との決別」は一刻を争う決断です。無責任ではすまない原発稼働。100万人どころか全ての人が原発を止める思いをつなげなくてはならないと思うのです。


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なるべく携帯を使わない運動
2013/03/08  便利だけれど逆に束縛感もある携帯電話。電車に乗るとざっと半分ぐらいの人が携帯を操作していて異様な感じがあります。携帯がない時代、乗客の半分が何か同じことをしていたらどきっとしたに違いありません。半分が本を読んでいたり、半分が寝ていたり、半分が鞄の中身を出し入れしたり、何か同じ行為をしていたら変に思います。そこまで携帯に依存する理由?居酒屋などで飲んで話している時でさえ携帯に見入る人もいます。新聞で女子高生が「食事している時ぐらいメールを見ないで」と訴えていましたが、それはマナーの問題としても失礼です。人間関係が希薄だからだろうか。それとも癖のようなものだろうか。

理由がどうあれ携帯に依存してしまう心理には問題がありそうです。家族、会社、友人などそれぞれの関係に携帯が影響を及ぼしているのは明らかで、考えてみれば細やかなコミュニケーションの喪失につながっているのだと思います。それは他者に対する思いやりや人と人との信頼関係にも影響していて、良いこととはとても思えません。携帯に取り込まれている時間を他のことに使わないともったいないですし、依存が度を超えれば、人が携帯を使っているのではなく、携帯が人を操っているようにさえ見えます。指令で動くロボットにはならないでしょうが、思考力を弱めてしまうかも知れません。友人と話し込む、本を読む、映画館で映画を観る、自転車に乗る、何でもいいけれど携帯を使えない環境に身を置くのは気持ちのいいものです。

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あの恐ろしい津波の光景からもうすぐ2年
213/03/07  ゆらゆらっときて、思いました。どこか遠くで大きな地震が起こったのではと感じました。いそいでテレビをつけてその後はただ画面に見入るばかりでした。船や車や家屋が木の葉のように浮かんで、津波の恐ろしさをまのあたりにしました。あれから2年。もし原発事故が無ければ助かった命もあっただろうし、被災地域の現状も全く違っていたいただろうと思うとむなしさと怒りが心をよぎります。原発事故が起こってその実態を知るにつけ思いました。数十年にも渡って原発の危険を訴え続けて来た人たちがいるにも関わらず、積極的に関心を持たなかった自分が恥ずかしくなりました。原発をつくって来た国や企業の非人間的な動機も分かり、お金にまみれた歪んだ構造も分かりました。

原発は国民の無知につけ込んだ類を見ない背信行為です。経済的苦境にある地域の人々をお金で買収し、反対すればいやがらせや暴力すら辞さないやり方。巨額の費用をかけてメディアを操り原発神話をつくりあげたやり方。心を失った学者や役人、政治家をお金でがんじがらめにしてしまうやり方。それだけ巨額のお金が動かせること自体に原発の闇があります。嘘に嘘を重ねて平然と危険な原発を造り続けて来た人たちは原発事故は絶対に起こらないと自分に言い聞かせて来たのでしょう。それでも人間ならば一抹の不安は拭えなかったに違いありません。そして福島原発事故。その後の放射能汚染による深刻さの中でいくらなんでも「これはいけない」原発だけは造ってはいけなかったと反省し、今からでもまともな日本に戻そうと思った人は少なくないはずです。現在進行中の原発事故。今も避難を余儀なくされている人たちが大勢います。

被災者の救済も被ばくに対する徹底的な対処も取られない中、国と東電は無視を決め込んだかのようです。一部の新聞はある程度真実を報道していますが、テレビに至っては「まるで原発事故がなかった」かのような雰囲気をつくっています。電力会社を始めとする大企業のしばりを強く受けざる得ない、テレビのあり方には問題があります。もしテレビしか見ない人がいれば原発の真実など分かりようもありません。スポーツも好きだし、お笑いも、ドラマも好きだけど、少しは国民を啓蒙するような番組を企画しそれに共感を持つ意識の高い企業がスポンサーにつかないものかと思ったりします。テレビでは報道されないけど、福島原発の現状も不安定で危険な状態からはとても脱してはいません。浴びないにこしたことはないのが分かっている放射線被ばくの問題もうやむやにされています。一人一人が関心を持ち意識し一つ一つ伝播していくしか手はないのだろうかとも思いますが、とにかく原発事故によって今、避難を強いられている方が15万人、農家や漁業関係者など放射能汚染に苦しめられている人がどれだけいるか計り知れない現実があります。

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滅と破壊にブレーキをかける人たち
2013/03/05  世界の歴史。太古の時代から現代まで世界中のどの国でも、どんな場所でも、いかなる時代にあっても権力や暴力にブレーキをかける人たちがいます。科学者、芸術家、文学者、宗教家・・・生きる道は違っても非人道的な状況や行為に対して人間としての理性と感性が揺り動かすレジスタンス。彼ら尊い命がいくつも奪われて来たけれどそんな人たちがいなければ今ある世界はどうなっていたかと思います。まだまだ不気味で不安定な国々もありますが、やはりそこにも抵抗の精神は点在しブレーキをかけつづける人たちがいます。たとえ少数であってもそんな人たちがいることが未来に対する命綱です。点在する個人、連携する個人、共鳴する個人、形は変われど人間一人一人のヒューマニズムが闇を照らし、社会の歪みを正して行くしかありません。

雄大な阿武隈山地に魅せられ福島県で第二の人生として自然農法を目指した元宇宙飛行士の秋山豊寛さんは原発事故でその夢を破壊され、やむなく京都の造形芸術大学に職を得ていますが、学生たちにフクシマの事故は、科学技術や政治の「専門家」、「プロ」の実態を暴き出した。だとしたら、私たち自身が素人の等身大の判断力を研ぎ澄まし、政治や世界と関わることから始めよう。愛情の反対語は憎しみではなく「無関心」だ。世界ときちんと向き合うことの大切さを、出来るだけ多くの若者に伝えたい。」と語っています。「等身大の判断力を研ぎすます」「愛情の反対語は憎しみではなく<無関心>だ」ヒューマニズムを集約したすてきな言葉です。

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カエルもアイナメも声無き被害者
2013/03/03  先月28日に東電が明らかにした福島第一原発の専用港で採取したアイナメの放射性セシウムは51万ベクレル。仕切りのない海ですからやれやれと言う思いです。1日の環境省の公表で福島県の真野ダム(飯舘村)のコクチバスから、国が定める一般食品の基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を大幅に超える1キログラム当たり4300ベクレルを検出。福島第1原発から西に約40キロ離れた福島県二本松市の山林で、カエルから1キログラム当たり最高6700ベクレル超のセシウム137が検出。自然に生きる動物たちに何の落度も責任もないのだけれど、ひどい話です。時間が経つにつれて食物連鎖の上位の生き物に高濃度の放射性物質が蓄積するのは当然のことですが、最上位にいるのは人間ですから考えてしまいます。

食品からの内部被ばくを完全に防ぐのは現状を見ればとても不可能で、せめて子供たちには厳密に検査された食品をと思いますが、それもまた国が徹底した対策と体制を作らない限り無理な話です。魚やカエルに降り掛かった災厄は結局人間に戻って来ます。風評でも大げさでもない原発事故の後遺症について、一人一人がもっと関心を払い、もう二度と事故を起こさせないためにも、政府や電力会社の巧言を見抜く力が必要だと思います。何度も書いているけれど原発を廃止することはヒューマニズムの問題すなわち人間一人一人の意識と心の問題に他ならないと思うのです。


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原発作業員の涙
2013/03/02  一個約1000トンのタンク。放射能汚染水の貯蔵量は現時点で26万トンにのぼり、1日400トンもの汚染水が出続けています。東電は最終的に海へ放出すると言っていますが漁業関係者が許すはずもありません。一体どうするのだろうと思います。現場では高い放射線量の中で多くの作業員が命がけで働いています。作業員の1人は報道陣の取材に対して高い放射線量や気象条件と闘いながら続く作業の実態を語った。「臭いも色もなく、慣れるとだんだん恐怖感がなくなってくる」・・・それこそが放射能の恐ろしさだと思います。未だ原発を動かそうとする推進派の人たちが「ここで働けばいい」と思います。自分たちは安全なところにいて再稼働や原発輸出などと言う無責任なことを考えれる人間性の無さ。何とも情けない人たちです。

2月の28日には川内村で実施している国直轄の除染現場で作業をしていた浜通りの男性(54)が死亡したとの記事がありました。放射能が原因かどうかは別として、そのような原因不明の突然死の報道は過去に幾つかありました。原発事故のために失われた命、失われた土地、失われた家族、失われた人間関係、失われた未来、・・・もともと電力の足りているこの日本で明らかにエネルギーとは別目的でつくられてきた54基もの原発。異常すぎます。「人類の誰も経験したことのない作業に使命感を持ち、技術を駆使して挑んでいる。何とか役に立ちたい思いで作業していることを分かってほしい」と現場で作業するエンジニアの人が涙ぐんで訴えたそうですが、こんな悲しく、残酷で馬鹿げたことを2度と繰り返してはならないと思います。誰も無関係ではいられない問題に対して無関心はあんまりです。これは生きている人全ての問題です。そして子供たちの未来を守るための大人としての義務です。一人一人が福島の現実に目を向け、想像力を働かさなければ、悲劇は止められません。

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「正しく考えて、その考えを明らかに話す」
2013/03/01  「正しく考えて、その考えを明らかに話す」美についての精神の持ち方としてフランスの画家プーサンやミレーが理想とした姿勢です。正しく考えること自体難しいことですが明らかに話すとなると難度はずっと増します。はっきりとものを言わない曖昧さは自己防御のためなのだろうかとも思うけれど正しいと思えるだけの、あるいは信じるだけの考えを練っていないだけのことだとも思います。原発の問題などは少し考えれば「つくってはいけないもの」だと言うことが分かるはずなのですが、事実を知ろうとしない、考えようとしない風潮が根強くあります。身近な問題にしても社会問題にしてもその多くはヒューマニズムの問題です。人間として持たなければならない感性の問題です。愛の問題です。「そんなことは関係ない」とか「難しいことはいいんです」と言って逃げる人、はぐらす人もいるけれど、それは思考停止あるいは思考放棄であって、愛が無さ過ぎます。少なくとも生きることが好き、想像することや創造することが好きな人間ならば看過できないことはいくつもあります。原発も沖縄基地も政治問題の前にヒューマニズムの観点から一人一人が「正しく考えて、その考えを明らかに話す」ことが大切だと思うのです。


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