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師走/十二月/DECEMBER/想像しよう、あなたが愛する人のために


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オードリー・ヘップバーンとドストエフスキー
2012/12/30  「私を笑わせてくれる人を私は大事にしますわ」とオードリー・ヘップバーンは言ったそうです。ドストエフスキーは「人は笑い方でわかる。知らない人に初めて会って、その笑顔が気持ちよかったら、それはいい人間と思ってさしつかえない」と笑いを重要視しています。ユーモアがある人といれば気楽だし、言葉のニュアンスを感じ合えます。魅力ある人にはその存在自体にユーモアと笑いがあることは確かです。他者に対する窓が開かれている、あるいは自分を自分でいっぱいにしていないからこそのやさしさのようなものなのでしょう。ル・ルー・ド・ランシーの名言「つまらぬ職業はない。つまらぬ人々がいるだけだ」には誰でも思い当たる節があるのではないでしょうか。どんな職業にあってもつまらない人間はいて、どんな職業にあってもすてきな人間はいます。そして多くの場合、「笑いと笑いの質」にその根元があるような気がします。ルネ・デカルトは「最高の学問とは、世間という厖大な書物から学ぶことである」と言いましたが、その書物の中には「笑い」の奥義がいくつも書き込まれているのかも知れません。あの天才物理学者アインシュタインのユーモア「無限なものは2つある。宇宙と人間の愚かさだ。そのうち、宇宙については、私には分からない」は強烈過ぎますが・・・

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い〜しやき〜いも、おいも、おいも、おいも〜だよ〜
2012/12/29  満月の夜に、ピーっという音とともにかけ声が聞こえて来ます。目をつむれば大阪の原風景が浮かんで、いくつかの記憶がよみがえります。遠い淡路島から大阪の下町まで自転車で魚を売りにきていたおじさん。荷台に積んだ木の引き出しの一番下には魚介類ではなく大きな大福餅が入っていました。お菓子屋さんのと違って特別のおいしさがありました。チャルメラの音が魅力の夜鳴きそばの移動屋台、感動のおいしさのわらび餅は特製リヤカー。大きな台車をロバが引っ張って歩く「ろばのパン屋」もありました。駄菓子屋さんにはあやしい食べ物や、当たれば一生幸せだと思うぐらいの景品がもらえるくじ引きがあって、子供たちは5円玉に願いを込めるのだけれど大抵は無情にもハズレ。

それでもめげずお金の要らない遊びを次々と考えだす時代でした。路地の奥には自転車の紙芝居がとまり、20人ぐらいの子供たちが取り囲みます。幼児から中学生までおっちゃんの名演にぞっこんで、紙芝居を見る切符代わりに買うお菓子はどれもゲーム性があってまさに夢中になりました。石焼き芋も今は車で流しているのだけれど、姿は見えず遠く風に乗って聞こえてくれば、原風景がよみがえります。考えてみればたった50年でこれだけ町や文化が変わってしまうのだろうかと思うぐらいの変化です。原っぱや路地裏を多くの子供たちが走り回っていたあの光景。やんちゃな子供は下町の大屋根の上をネズミ小僧のように走り、飛んでいたのですから今の子供たちには想像もできないでしょう。子供にとって、街全体が巨大な遊園地、垣根のない遊園地だった時代が確かにありました。

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呆れ返ることばかり
2012/12/28  原発に関しては次から次へと呆れ返ることばかりで絶句します。多くの有識者が原発の危険を訴えて来たのにもかかわらず、耳を貸さず福島の大事故。途方も無い被害を出して、原発村を始めさまざまな悪事が露出して、推進して来た自民党や電力会社が謝罪し責任を取るかと思えば、何食わぬ顔で責任どころかまだ原発を動かそうとするのですから、人間かどうかさえ疑わしい存在です。罪も無い農家の人が絶望から自殺し、数十万人の人が生活を奪われ、混乱し、海も山も取り返しのつかないほど汚染され、食の安全や子供の未来に大きな不安を残すような事態を起こしたのだから推進して来た人たちは刑事責任を問われるのは当然です。今日もまた呆れる事実が新聞に載っていました。電力会社の広告宣伝費が1970年度から計2兆4千億を超えているとのこと。家電メーカーや自動車メーカーのように企業競争があるわけでも無い地域独占企業が一体何のためにこんな巨額の広告宣伝費がいるのでしょう。

スリーマイル島事故やチェルノブイリ事故の後、広告費が倍増しているのを見れば原発反対を恐れたプロパガンダのためだと言うのは明らかです。福島原発事故の後東電はテレビ、ラジオ放送費に70億円、広告広報に46億円、PR施設運営費に43億円を使ったと明らかにしましたが、それで電気料金値上げはむちゃくちゃです。なぜこんな理不尽が次から次へと見逃されるのか。国民ももう目を覚まさないと悪の巣窟を温存するだけでなく、更なる過酷事故が起こってしまいます。他の事故と違って「絶対に起こってはならない事故」それが原発事故です。今の日本、大小の理不尽や矛盾は幾つもありますが、まず原発だけは廃止しなくてはその次がありません。寒空の下、大切な時間を割いて原発デモに参加している人も全国各地にいらっしゃいます。全ての人の未来がかかっている問題に関して、関係ない人は1人もいないはずです。

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国のあり方、どの国を参考にすればいいのか
2012/12/27  213万人を上回る日本の生活保護受給者。多いのか少ないのか、社会的背景や実態は複雑で簡単には判断できないものです。しかし貧困と格差が広がる条件下で「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」が憲法によって保障されている以上、セーフティーネットをもっと充実させる必要こそあれ、給付水準の引き下げなどあってはならないことです。もとはと言えば配慮の無い国策に因することで、社会的弱者に責任転嫁するのは筋違いです。果たして日本が先進国なのかどうかは判じかねますが、例えば先進国であるドイツの生活保護利用者は793万人(2009年)、フランスは372万人(2010年)、イギリスは574万人(2010年)だといいます。ドイツの人口は8177万人、フランスは6503万人、イギリスは6200万人で、日本の人口は1億2806万人(2010年)もあるのですから各国条件が違うとしても考えさせられます。

しかもドイツでは生活保護の基準が引き上げられたというのですから尚更です。何度も書いている動物の殺処分数が日本では31万匹以上、約100秒に1匹の猫や犬が殺されている現実があります。そしてドイツでは「ゼロ!」あまりの較差に訳が分からなくなりますがほんとうの事です。国のあり方のいろいろな問題、環境、社会、教育、福祉、医療・・・一度ヨーロッパの先進国と比較検討する事が必要ではないかとつくづく思います。経済大国、技術大国である日本がその内面においてどこかおかしい。一体何を目標にして、何を基準に国を組み立てているのかよく分からない点が多々あります。個人としての人間の場合も、会社や学校にしても、目標とする、あるいは参考とする対象がなければ考えようがないではありませんか。ヨーロッパの街並、映画、音楽を目にし、耳にし感じる事は人も、街も、芸術もお金に優先して存在していることです。生活保護の問題も、原発廃止の問題も、何が本当なのか?とことん突き詰める必要があります。

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「知る」権利、「知らせる」義務。無関心と無意識が育ててしまう悪しき権力
2012/12/25  マスメディアが報じず、知らなかったのですが12月9日に阪南大学経済学部の下地真樹准教授が、大阪府警によって逮捕されました。下地准教授ら市民有志は、小さな子どもを持つお母さんたち、とりわけ福島・東北・関東から関西に避難移住して来られた人たちの不安な気持ちに寄り添い、放射能汚染の拡散を阻止するために活動してきた経歴があります。2ヶ月前の10月17日、大阪市の震災がれき試験焼却に反対する市民有志(下地准教授含む)は、午後3時 、大阪駅・東北角の歩道上に集まり、大阪市役所にむけて三々五々歩いて移動しました。その際に、大阪駅構内の東コンコースを北から南へ通り抜けており、この行為を根拠に逮捕されたようです。

当勾留中の下地さんからの声明文に「逮捕状の被疑事実は、すべて、事実ではありません。当日現場にいた公安の警察官もすべてを見ていたはずなのに、堂々と事実と異なる被疑事実に基づいて逮捕を行ったことに、とても驚いています。 なぜ警察がウソをついてまで私を逮捕するのか。それは私が、原発の再稼働に反対し、放射能の拡散に反対する市民運動に参加してきたからであり、とりわけ、運動の中で出会った警察の不正行為についても厳しく批判してきたからです。悪いことはなにもしていません・・・」この後に声明文は若い学生の未来に対する思いや、同じように大学で教えている教師や医師、科学者に対しての呼びかけが続きます。これだけ大切な事件が大手メディアで報じられないのか?ジャーナリズムの「知らせる」義務と国民の「知る」権利が守られなければ国家のあり方は極めて危なっかしい方向へと進みます。大多数の民意に反して右傾化する今の情勢を早いうちに正さなければブレーキを踏むタイミングを逸してしまうような気がします。<事件詳細>

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クリスマスイブ
2012/12/24  「クリスマスはとても楽しいが、同時に深く内省すべき時でもある。私たちはつつましく貧しい馬小屋の光景から何を学べるだろう。」2012/12/19日にローマ教皇がフィナンシャル・タイムズへ寄稿した言葉の一部です。キリスト教徒ではない多くの日本人には馬小屋の光景から学ぶことは出来ませんが、現実の光景、福島原発事故で今なお20万人以上の人が安定からほど遠い生活を強いられている事実。寒風の中、クリスマスイブのこの時も路上に縮こまる人が各地にいる事実。孤独死寸前の人、自殺を思い詰める人などの現実は噛み締めることができます。近代国家を自認する国なら、民主主義を誇る国なら、すみやかに解消しなければならない問題です。しかも現在の国力を持ってすれば、国民一人一人の意識が高まり、国を動かすだけのエネルギーが行き渡れば悲しい問題の多くは解決するに違いありません。教皇はこうも言っています。「・・・貧困と闘わなければならない。資源を公平に分かち合い、弱者を助けなければならない。強欲や搾取には反対すべきだ。・・・」当たり前のことですが楽しいクリスマスの夜だからこそ今一度見つめ直さなければならないことだと思うのです。

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ジャーナリズムの存在価値
2012/12/23  日本では数少ない偏りの無いメディア「週刊金曜日」の1993年の創刊の言葉に『歴史学者J・E・アクトンの有名なことば「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」に象徴されますように、権力の腐敗がほとんど法則的であることを前提として、近代の国家は腐敗を構造的に防ぐ手段たる「三権分立」を創出しました。しかしこの三権はいずれも国家権力に属するために、しばしば癒着あるいは独裁化に陥りやすい現象がみられます』そして「この「癒着あるいは独裁化」を監視して未然に防ぐための最も有効な働きを示してきたのがジャーナリズムです。腐敗しつつある権力は、国民に「知られる」ことをまず最もおそれます。知られなければ国民の怒りも起きようがないはずなのですから」・・・ほんとうにその通りだと思います。特に福島原発事故以後の政府や電力会社の絶対的権力の横行を見ていると、ジャーナリズムの消極性と、癒着が真実に曇りをかけていることは明らかです。国民一人一人が真実を知ろうとする姿勢は必要ですが、ジャーナリズムが逆宣伝のような事をすれば、それを看破するのはますます難しくなります。金曜日のことばにあるように腐敗しつつある権力がもっとも恐れるのが「知られる」ことならば、大義を失ったジャーナリズムに依存する事無く一人一人が真実のかけらを知らしめなければなりません。そして数少ない週刊金曜日などのメディアを賢く見分け応援することも大切です。

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グローバルとか言うけれど、比較検討するものがなければ
2012/12/22  情報化時代とかグローバル社会とか言葉は踊るけれど、今の日本のでこの広い世界の情報がどれだけ入っているのだろうと思う時があります。経済大国、技術大国の日本が何故に矛盾をいっぱい抱えた国家になってしまったのかを考えると、やはり情報の操作、閉鎖を国策としてやって来た事が分かります。40年ほど前から映画やテレビの世界からヨーロッパの文化が消え失せました。ハリウッドの映画と同じようにイタリアやフランスの映画が封切館で上映されていた時代が確かにありました。ファッションも家電製品もヨーロッパ製が結構あって、アメリカの感覚とヨーロッパの感覚をよく比較したものです。周知の通りヨーロッパの国は、街並にしても、芸術にしても古い物をとても大切にします。

環境や伝統が人間の精神に与える影響を経験上よく分かっているからです。一方アメリカは新しい国です。もともと守り保存すべき文化が無いのだから次々と新しい文化に邁進します。それは当然です。しかし日本はヨーロッパ諸国と同じ歴史と文化があります。しかもそれはアジア独特の文化でもあります。ヨーロッパ各地に残る中世そのままの街並は日本にもあって戦争で破壊されたと言っても再生する事は十分可能でした。でも実際は運良く戦火に遭わなかった街並をもほとんど破壊しつくしたのが日本の戦後です。僕が実際に知るこの40年あまりでも、悲しくなるほどの破壊がありました。芸術的な建築や情緒ある街並が、ただ経済効率と言う理由で遠慮会釈も無く壊され、その都度悲しい思いをしました。精神的価値を経済的価値に変換する想像力も知恵もない人間の仕業です。あまりにもアメリカ的な価値観です。

そのアメリカだってシェーンの時代があり、ウッドストックの時代もあってヒューマニズムが前面に現れた時もありました。アメリカの今を見れば明らかに何かが狂ってしまった事が分かります。戦後の日本がアメリカのいい部分と、ヨーロッパのいい部分を同様に取り入れていればどれだけすてきな国になっていたかと想像します。教育、福祉、芸術、環境。今、オランダにしてもデンマークにしても、フィンランドにしてもドイツにしても、スペインにしても日本が学ぶべき点は幾つもあります。南米やアジア諸国だって、参考になる政策や考え方は幾つもあります。この広い世界だと言うのに比べる物が無ければ何が正しいか何を目指せばいいか分かりようもありません。人も会社も国も比べる物がなければ、どれだけ危険か。それは今の政治情勢を見れば恐ろしいほど分かる事です。

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何度でも深く考えなければならないこと、国家の背骨である憲法
2012/12/21  憲法学者、樋口陽一さんの言葉です。

「公正な社会をつくろうというのは、第2次世界大戦後、日本も含め、戦勝国にも敗戦国にも共通した流れでした。日本国憲法はその一つとして生まれました。この憲法のもとで私たちは、外国から「日本ほど平等な社会はない」とまで評価された社会をつくってきました。それがどこでどう変わってしまったのか。大震災、そして原発事故という大きな試練と合わせ、一度、戦後の出発点に立ち返って考える時期だと思います。」

「日本国憲法が想定している人間像とは、一人ひとりが自分自身の主人公であり、主人持ちではいけない、というものです。誰かがではなく、自分で自分のことは決める。」

「民主主義という制度は、選挙という民主的な手続きによって、独裁者を生んでしまうおそれがあります。民主的に生まれた権力であっても、国民が作る憲法によって制限する。それが憲法の役割です。政治家の側が、選挙で多数を得たのだから白紙委任で勝手なことをしていい、などということにはなりません。」

「近代国家における憲法とは、国民が権力の側を縛るものです。権力の側が国民に行動や価値観を指示するものではありません。」

これは朝日新聞のインタビューからの抜粋ですが、一人一人が憲法の意味と、憲法の重みを考える時に指針となる言葉です。この憲法の精神を国民がもっと噛み締めていたなら、原発の濫立も、格差社会を深めた配慮の欠けた規制緩和も歯止めがかかっていたに違いありません。国民が権力に歯止めをかけるもの、ゆえに乱暴な権力者は憲法を変えたいのでしょう。日本の平和主義、日本の民主主義にとって最後の砦である日本国憲法の尊さを全ての人が常に意識し固守することが未来を守るための大きな条件だと思うのです。

インタビュー《戦時世代が語る憲法といま》 憲法学者 樋口陽一氏
        (2012年5月2日朝日新聞朝刊「オピニオン」掲載)<全文>

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17才の高校生の涙
2012/12/19  「戦争放棄を定めた憲法9条の行方がとても心配だ。総選挙で改憲を訴えた自民党などが大勝したからだ。選挙中ふと目にした『9条改正』という言葉を目にした時は驚いた。台所にいた母に大声で尋ね説明を受けた私は泣いた。9条が将来変えられてしまうかも知れないと思った。これまで一度も、何かに心を動かされて泣いたことがなかった私が泣いたのだ。・・・」松山市の女子高生が朝日新聞のコラムに寄せた言葉の一部です。彼女のように憲法9条を誇りに思う日本人は多いと思います。金権主義がはびころうが、競争主義が蔓延しようが、右傾化を煽動する輩がいようが、「平和主義」を明確に規定した憲法9条があればこそ、日本の今があるのだと思います。この尊い憲法だけは絶対に触ってはいけない、その思いが彼女に涙を出させたのだと思います。彼女は言います「私は医師志望で将来医者になってアフリカなどの貧しい国々で医療活動する夢を持っている。日本人ならではの平和的方法で世界とかかわりたい。

私はこの誇りを失いたくない」・・・未来ある若者にこんな危惧の涙を流させるような政治家はすぐに立ち去れと思いますが現状は薄っぺらな顔に笑みさえ浮かべて空恐ろしくなります。安倍氏、石原氏、橋下氏の口から福島原発事故で苦難を強いられている人々への心配の言葉も聞いた事がありませんし、社会的弱者への思いやりも聞いた事がありません。しかもアフリカや中東、ヨーロッパなどへの世界的な視野、関心もなく、芸術性も哲学的素養も科学的見識も何もありません。彼らがつくろうとする社会は一体どんな社会なのだろう?彼らに低次元の権力欲以外何もないと感じる人は僕の周りには多いし、みんな危険な感じを抱いています。とにかく彼らを注意深く見続けなければなりません。原発事故も戦争も絶対に起こしてはならないもの、起こってはならないものです。そして賢くさえあればどちらも完全に防げるものなのですから。

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ワイン農家と大学生
2012/12/18  1975年に撤回されたドイツフライブルグ近郊に計画された原発建設計画。ワイン農家からフライブルグ大学生まで幅広い市民が反対運動を戦いました。86年にはミュンヘンのヴァッカースドルフ核燃料再処理工場建設に反対するデモに10万人が参加し、建設は中止に追い込まれました。そしてチェルノブイリの事故、福島原発事故を受けて原発全廃を決定したのは周知のことです。日本では、1971年から1979年の間に福井県に8基、福島県に6基、静岡県に2基、島根、愛媛、佐賀、茨城県にそれぞれ1基、<計20基>もの原発が稼働しました。1975年と言えばベトナム戦争が集結し、三億円事件の時効が成立し、プッシュ式の公衆電話が登場した時期。沢田研二「時の過ぎゆくままに」がヒットした年です。

1981年から89年にかけては福島県4基、福井県3基、鹿児島県2基、静岡、佐賀、愛媛、新潟、島根、北海道にそれぞれ1基の<計16基>。呆れ返る数です。1986年はスペースシャトルのチャレンジャー号の爆発事故や伊豆大島の三原山が噴火した年、テレサテンの「時の流れに身をまかせ」が流行っていた年です。その間、1973年3月に関西電力美浜発電所燃料棒破損事故があり、1974年の原子力船「むつ」の放射線漏れ事故、1978年には東京電力福島第一原子力発電所3号機事故などがあり、原子力の危険性は認識されてはいましたが、ドイツのような大きな反対運動もなく信じられないような数の原発が造り続けられました。1990年以降も執拗に造り続け総数は51基に上ります。原発が動けば必ず出る使用済み核燃料。

その安全な処理法が無い中でのことですから無謀で無責任な政策であった事は否定しようもありません。しかも日本はドイツやフランスと違って、大きな地震が多発する国です。津波の被害もあります。なおかつ原発は複雑な装置です。装置である以上設計ミス、製造ミス、チェックミス、操作ミス、故障などが起こり得るのは避けられません。そして他の機械や装置と決定的に違うのがいったん事故が起これば制御不能で致命的な放射能汚染をもたらす事です。チェルノブイリや福島原発事故のその後を見れば明らかな事です。世界で唯一恐ろしい原爆の被害を受け、非核三原則を国是として再生を誓った日本が、原爆と本質的に同じ危険性を持つ原発で国を衰退させたなら、それはあまりにも愚かすぎる事ではないでしょうか。

「時の過ぎゆくままに」も「時の流れに身をまかせ」も好きな歌ですが、原発や戦争だけは「時の流れにまかせてはいけない」ものです。ドイツのように農家の人と学生が力を合わせ、さまざまなジャンルの人が手を携え、声を上げすべての原発を即時廃止するような国にならなければ、原爆や原発事故で犠牲になった人たちが浮かばれないと思うのです。

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日本を劣化させた自民党政権に逆戻りだけれど
2012/12/17  選挙はマスコミの事前の予想通りの結果に終わって危機感を募らせている人も多いのではないかと思います。長年にわたる自民党の悪政から出た社会的歪みを短時間に正すのは民主党でなくとも無理な事ですが、官僚の言いなりになった野田政権の失墜が大きくリベラル派の足を引っ張ったのは事実です。実際に国を動かしている官僚がアメリカの国策に左右されているのも周知の事で自民党はもともと官僚の指示で動いて来た政党ですから、その意味では野田政権と大差はありません。

今後原発を固持しようとする勢力に拍車がかかることも明らかですが、これからが主権在民である民主国家の真価が問われる事になります。大きな問題が山積する現在の日本の状況を考えれば今回の投票率の低さは異様な感じがありますが、政治不信が極限にまで達した結果だとも感じ取れます。日頃から社会や政治に対する意識が低い日本でこつこつと真実を伝えるために日々努力している人々も少なからず存在する現実に希望の光は見えますが、市民一人一人がその光の大切さ、未来の子供たちや若者を守る光だと言う事に気づいて欲しいものです。

経済のキャパを増やしたり、競争社会を煽る事で国がゆたかになるような時代ではないのは世界を見渡せば分かる事です。急伸するアジア諸国との連携を深め、ヨーロッパの賢明な国々の優れた施策をいかに学び取り入れて行くかがこれからの政治の鍵になるのは明白です。そして国民一人一人の意識を少しでも高めて行く事、福島原発事故を受けてドイツの国民の2/3が原発廃止に声を上げたのも、長い時間の中での成熟したディスカッションのたまものです。

一人一人がこの社会のあり方を対岸の火事ではなく自らの生存に照らして考えるようになれば自ずからおかしな政治家も政治も霧消するに違いありません。とにかく原発を動かして次の事故が起こったら、どうなるかだけは全ての人が想像力を働かせて判断すべきだと思います。今日であれ、明日であれ数年後であれそれは起こる可能性がある事です。天災であれ人為ミスであれそれは絶対に起こってはならない事です。福島原発事故で未だ30万人以上の人が苦しんでいる現実に対して加害者がまだ誰も責任を取っていないと言う異常な国のあり方にストップをかけなければ国家そのものが崩壊すると言うのは決して大げさな言い方ではないと思うのです。

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待つ犬飼い主を待ち続ける犬の崇高さ
2012/12/16  東京新聞の地方版に掲載されていた記事です。「飼い主待ち続けて 長野で10日以上、保健所が保護」長野県飯田市の山中を通る大平(おおだいら)街道で、一匹の雑種犬が十日間以上も飼い主を待ち続けた。首輪がなくどこから来たかは不明で、十四日に保護されたが、飼い主の名乗りはまだない。標高千メートルほどの道路わきでじっと座り、雨や雪が降っても街道筋に居続けた。・・・記事は短文投稿サイト「ツイッター」などで紹介され、全国に広がり、ホームページの記事にはこれまでに百四十万を超える閲覧があった。・・・掲載されている写真には雪の積もる寒空の下で、やせ衰えた体できちんと姿勢を保ち遠くを見つめる犬の姿がありました。何ともいじらしく、気高い表情です。動物の美しさや気高さにはまぎれもなく精神性があります。人間が失いつつあるひたむきさや謙虚さ、そして信ずることの崇高さをこの写真は教えてくれます。この記事を見た140万人の人が同じような思いかどうか分かりませんが、動物の殺処分が年間30万にも上る日本の現実。自殺者数が3万人にも上る異常な現実には大いに抵抗、疑問があるはずです。危険で不合理きわまりない原発に対して、右傾化する政治に対して、ひろがる格差社会に対して持つ抵抗感や疑問とそれは通ずるものがあるはずです。それらは共にヒューマニズムを大切にするか否かの問題だと思うのです。今の日本に欠けているものがこの犬の姿勢にあるのだと思うのです。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012121502000120.html

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政治家の選択。いっそ人相で選べば・・・
2012/12/15  コラムニストの天野祐吉さんが、口先だけの候補者にあきれ果てて選挙はいっそ候補者の顔で選べばと言ってましたが、確かに顔にはその人の人格が浮き出ているのでその方が選択の間違いは少ないでしょう。権力欲や金銭欲で生きて来た人間はまさにその生き様が顔に描かれています。それでも視覚で人物の善し悪しを判断するには感性が必要です。となるとそれもまた無理な相談です。感性こそ理性を超えて高度な素養ですから。それにしても政治家の顔は何故にあんなに悪いのか、不思議な気さえします。中には人間的ないい顔した人もいますがほんと少数で、悪いのは見ての通りです。

野田氏、安倍氏、石原氏、橋下氏、今回の選挙の代表的な面々にはため息がでます。ドイツのメルケル氏、フランスのオランド氏、イギリスのキャメロン氏、スペインのマリアーノ氏、イタリアのモンティ氏、それにオバマ氏にしても少なくとも知的な感じは伝わって来ます。厚顔、傲慢、浅薄、短絡、強引、下品、冷血、独断、などあってはならない要素がプラス材料になるなんてどう考えても選挙民側に問題があります。政治家は賢くなければなりません。想像力がなければなりません。博愛的でなければなりません。そして何よりも自己犠牲の精神がなくてはなりません。権力とか金儲けとかの個人的な性癖が活力になるような人間はそもそも政治の舞台に立ってはいけないと思います。選ぶのは大変ですがリベラルで慈愛に満ちて、未来を見通せる人に一票を、もしいなければ白紙でもいいから意思表示は必要です。

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未来のために、一人一人の理性と想像力を発揮しなければ
2012/12/13  社会のあり方、政治のあり方を見ていると教育こそが全ての根もとだなとつくづく思います。国民の多数がリベラルで博愛的な感性を身につけるような教育がなされたら、日本は一変するだろうにと思うけれど現実は逆。それにしてもこの国を一体どうしようというのだろう?と首を傾げざる得ないような口先だけの政治家や企業が自分たちの都合のいいように世論をリードします。片棒を担ぎ偏った報道に終始するマスメディアの姿勢、体質も大きな罪だとは思いますが、テレビや体制的な新聞の情報を鵜呑みにする人が多いのには空恐ろしくもなります。ほとんど報道されない福島の現状や避難した人々の生活。収束どころか深刻度を増す放射能汚染の実情。稼働中の大飯原発に不測の事態が起こったらと思うとぞっとします。

原発に安全と言う事は絶対にない事。自然災害や原発以外の事故とは全く違うものだと言う事は福島原発の現状とこれからを見れば誰にでも分かる事です。平和憲法を絶対に変えては行けない事。戦争への可能性を生むような流れなど望む人間はいないはずです。自民党やそれに追随する公明や維新が政権を担ったら間違いなく日本は下降します。今の日本が直面している問題(社会的歪み)はもともと自民党が長期にわたって作り上げてしまったものです。官僚やアメリカ主導の計略にそのまま引きずられて来た結果です。時間はかかってもリベラルな政党と政治家が本当の民主主義を目指さなければならないのが今だと思います。自民党に政権が戻るような事になれば、まさに悪夢です。短絡的な景気対策と威勢のいい言葉が消えた時、日本は取り返しのつかないほどダメージを受けるでしょう。ダメージはすでにもう十分受けているのですから。

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「立ち止まりなさい」
2012/12/11  レイチェル・カーソンの読書会続ける上遠恵子さん(83)。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」は化学物質の危険性を説き、環境問題を世界に伝え、原発事故への警鐘にもつながる人間の未来へ向けての書です。上遠さんはもしカーソンが生きていた「立ち止まりなさい」きっとこう言うだろうとおっしゃっています。これだけの事が明らかになって、立ち止まらなければ人間は愚かすぎます。ドイツやイタリアが立ち止まったように日本が立ち止まれない理由はありません。原発が動く限り作業員が被爆し続けるという事実。疲弊した原発立地の人々をお金で買収し、地域の自然と人々のコミュニケーションを壊して来た事実。交付金がもたらしたものは原発への麻薬のような依存症です。間違っています。もっと健全な産業を国策として地方へ誘致する必要があります。誰も原発のそばで暮らしたくはないのですから。

電力不足の嘘も目にあまります。2012年5月5日に全国の原発50基がすべて止まった時の安堵感こそが真実です。代替エネルギーの火力発電の燃料コストであたふたするのも盲目的な原発依存の結果ですから、当然国と電力会社の責任です。他国と比べて高い燃料を買わされている事実も報道されています。原発以外のエネルギー整備と開発を怠って来た先見の無さに呆れるばかりです。短絡的な利権と核兵器への野望だけで次々と原発を造りつづけてきた自民党政治は国民の生活を下降させただけではなく、国民の意識を劣化させた罪もあります。科学的に安全などと言う事が絶対にない原発をもう二度と動かさない事が、これからの日本を再建する上で最も簡単で、最も効果的な方法です。原発を二度と動かさずに明日の日本を考える事こそ、日本にはびこるあらゆる病巣への治療であり、ゆたかで人間的な日本をつくるための真の構造改革になると思うのです。レイチェル・カーソンは「立ち止まりなさい」に続けて「目を覚ましなさい」とも言うに違いありません。

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戦争の語り部、時代を伝える者
2012/12/10  「恨みのない人同士が殺し合い、子供が親より先に死ぬ。戦争ほど理屈にあわんものはない」と真珠湾攻撃に参加し旧日本海軍の航空整備兵だった瀧本邦慶(91)さんは語ります。戦争の悲惨な実態については書物や記録映画など何度読み返しても、観ても、心が震撼します。知人、親戚縁者の幾人かの老人が思い出したくない記憶を重い口調で話してくれた事もあります。想像しただけで体に震えがくるような恐ろしい戦争。その真実を知れば何があっても、どんな事があっても戦争だけは嫌だと人間ならば誰でも思うはずです。5年前から戦争の語り部として10代の学生たちに向き合う瀧本さんは「国民が賢くなって行動しなければ、また若者が戦場に送られる日が来てしまう」と危惧します。そして「無関心はダメ」と学生たちに静かに語りかけます。憲法改正、国防軍、核のシュミレーションなどと言う言葉が軽々しく口をついて出るような政治家。

今の日本に戦争など起こりえないと思っている人もいるかも知れませんが、いつの時代も国民の無関心や愚かさを戦争へと誘導する政治家や資本家はいます。戦争ではありませんが、多くの人が家と土地を奪われ、被爆までさせられている原発事故も原発ありきを誘導して来たものたちの仕業です。彼らが今なお反省も罪の意識もないのには絶句しかありませんが、戦争犯罪と同じ要素があります。それぞれの時代、自分の20歳の時の出来事、市民の反応、そして社会風潮など一人一人が時代を伝えることはとても大切な事だと思います。身近な子供たち、若者に記憶をつなげなければ同じ過ちは繰り返されます。「国防軍」とか「お国のため」とナショナリズムを煽るような政治家は決して愛国者ではありません。国を愛する人は穏やかでなければなりません。人を愛する人は戦争に向かう一筋の予兆さえ見逃してはいけないと思うのです。

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競争社会から共助、共存社会へ
2012/12/08  高度成長期を経て、低成長時代、人口減少社会へと向かう日本。やみくもに拡大成長社会を目指して来た今までの国のあり方を見直すのは必然的なことだと思います。日本の一都市ぐらいの人口しかないノルウェー、デンマーク、フィンランド、スウェーデンなどの北欧諸国ですが、その先進性も国家としての存在感も強くあります。そして世界をリードするイギリスやドイツ、フランスも人口は日本の半分ほど。リベラルな政策で存在感を誇るオランダは1632万人で東京都は1316万人。文化や伝統を大事にするのはヨーロッパの共通点ですが、文化や伝統を守る事をプライオリティーの重要項としてやって来たからこそ、今の各国の存在感があるのだとも言えます。美術や音楽などの芸術、科学や哲学においても創造的な人材が次々と育つ土壌。環境、教育、人権、エネルギー問題などに対してそれぞれ独自の創意工夫があります。

これからの時代。これからの日本。文化伝統の歴史の乏しいアメリカならいざ知らず、そのアメリカに追随して多くの文化、環境を壊してしまった日本。経済大国にも関わらず色々な部分で貧しさが漂う社会を作り出してしまった結果は大いに反省しなければならないと思います。一部の思慮に欠ける人たちが提唱する競争とかグローバルだとかの発想はあまりに貧困で、逆行でもあります。「それをやったから、こんな社会になったのです」ブラック企業も、経済格差もうんざりです。これからはもっと質の高い、文化の香りのする人間性あふれる社会を目指さなくてはなりません。十分な科学技術があります。経済力もあります。無駄な公共事業に費やした巨費、そして想像するもおぞましい超巨額の原発事業に費やしたお金を考えれば、国をゆたかにするほとんどの計画は実現できたでしょう。本当に馬鹿げた事をやってしまったけれど、もう同じ繰り返しをしてはなりません。ヨーロッパ諸国のいい部分を賢く見習って、新しい日本をつくるために一人一人が毎日の生活を含めて目覚めなければならないと思うのです。競争ではなく一人一人が気高い目標を持って生きれるような社会を目指さなければ、「理念ある政治家」も「人格ある学者」も「まともな企業家」も生まれようがありません。

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若者を蝕むブラック企業
2012/12/07  朝日新聞に「使い捨て、俺は奴隷か」、何とも胸の悪い見出しがありました。ブラック企業、英語ではSweatshop、中国語圏では血汗工場と呼ばれる企業体質の事ですが、記事では25歳の若者が東京のアパレル商社の実態を語っていました。若者は命の危険さえ感じNPO法人のPOSSEに援助を求めて悪徳企業と戦っているそうですが、一人で落ち込んで病んでいる若者も多くいるはずです。長時間労働、暴言、暴行、パワハラ、賃金未払い、何でもありのブラック企業。業種を超えた企業のブラック化の広がりのもとはあの小泉政権がやらかした行き過ぎた規制緩和の結果です。

自由化とか自由競争とかの「自由」と言う言葉に騙されますが、市場を無規則に解放すれば資本の力学が働いて弱肉強食、人と物の区別すらつかない非人間的な世界が生まれるのは当然です。もともと競争にはルールと公正なスタートラインが要ります。長年の自民党政権がじわじわ広げた不公正と憤懣やるかたない現状にメスを入れるがごとく煽って人気を取る橋下氏は小泉流を自認しているのですから、問題外としてその他の政治家にも小泉政権がもたらしたこの恐ろしい現状を認識できていない人間がまだいます。短絡的な小手先主義がもたらした結果が今です。原発しかり、個人や中小の企業、店舗の消滅しかり、教育の劣化もしかり、ブラック企業が広がって社会がブラック化しているのもしかりです。

スイスのある若者が言ってましたが「日本人は政治や社会に無関心すぎる」。確かにその通りですが、日本は政府と企業が一体となって、テレビを始め強力なマスコミを使って「物事の本質を考えない人間」を意図的につくって来た事実があります。意識の低いお笑い番組、歌謡番組、スポーツ番組でテレビは埋め尽くされ、まさに無意識を生み出すブラックボックスと化しています。ヨーロッパや優れた国の情報もほとんどなく、何かを考える時に「比べる物が無い」状態に置かれているのも事実です。自民党の安倍氏がテレビ広告で「日本を取り戻す」と真顔で言ってますが、もう少しきちんと言うべきです「大企業と多国籍企業、そしてアメリカ政府と自分の私欲のために日本を取り戻す」と。日本も国民も「モノ」ではありません。取り戻したり投げつけたりできるようなものではなく、ビジョンを持って育て、愛を持っていたわらなければならないものだと思うのです。

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ここに至ってなぜ自民党?
2012/12/06  20年ぐらい前に友人たちと交わした会話を思い出します。「GDPが世界トップクラスと言うけど、その経済力はこの国のために使われているのだろうか?」「なんかおかしいよね、ヨーロッパ諸国の文化や暮らしぶりと比べてどこか後進国の感がぬぐえない」「どこか変なところへお金が流れているとしか思えないね」・・・ビールをぐびぐび飲みながらそれぞれ疑問を投げ合ったあの時。その後この国の問題点は改められることなく続き、2009年の政権交代が起こった時、僕もその時の友人たちも「もしかしたらこの国が良い方向へ向くかも知れない」と期待したのは当然の事です。

しかしながら自民党政権が長期にわたって蓄積してきた負の遺産はあまりにも巨大で、2年やそこらの改革で是正する事などとても無理な上に加えて、資本権力とアメリカの都合主義が思いきり足を引っ張った結果、自民党のような野田政権が生まれ、改革は失速と言うより崩壊してしまいました。それでも長年の自民党政権がもたらしたもの、文化破壊と言っていいほどの経済至上主義は結果的に経済をも悪化させ「ゆたかさとはほど遠い」国情であるのも明らかです。原発に象徴されるように、考えられないような巨費を無駄な公共事業に投じ、教育や福祉など国民生活をゆたかにするための必須事項には何らプランも立てずに来た事は北欧やヨーロッパ諸国の現状と比較すれば一目瞭然です。自殺者の多さ、町並みや文化など古いものを大事にしない風潮、日本人が大切にしていた情や、礼節、わびさびの精神もどこへやらです。

動物の殺処分一つ取っても恥ずかしいほどの数で、食品廃棄物もしかり、ガンジーの言う「国の偉大さ、道徳的発展は、その国における動物の扱い方で判る」のもその通り。いじめ、虐待、格差、無関心、エゴイズム。全て自民党が行って来た政治政策ゆえです。そんな自民党や同じ思想を持つ日本維新の会に何かを期待するのはあまりの「愚」です。緩やかでも少しでもいいから逆行しない選択が大切です。民主党の一部、日本未来の党、みどりの風など小さな力だけれど正しく前を向いた政策を掲げる人たちに一人一人の力を伝えたいものです。本当に「ここに至ってなぜ自民党?」「なぜ維新の会?」です。

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情けない発言、日本維新の会代表の石原氏の街頭演説
2012/12/05  日本維新の会代表の石原氏が横浜市の街頭演説で「原発は高いところに作らなきゃダメ」、、と言ったそうですが、貧困な言葉です。これだけの事が起こって原発の危険性はあらゆる角度から検証され、「安全など皆無」と言う事が常識になっているのに本当に情けない発言です。原発がダメだと言う理由が地震とか津波の問題ではない事がここに至って分からないような人が、一体この日本をどうしようと言うのでしょう。13年間の都知事の仕事で一体何をやったのか?圧倒的な税収と商業力が集中する東京都ならば出来る事は限りなくあると思うのだけれど・・・13年間ですから!財政難の他県の知事が苦戦するのは分かりますが、富が集中する東京都ですから考えてしまいます。以前首相だった小泉氏もそうだけど役人とか既成権力を攻撃するふりをして市民の共感を得る手法はもう通用しないと思います。小泉氏が結果役人の思うままに政権を運用した実績で明らかなように、それは詭弁です。本当にこの国の役人体質を否定し変革しようとするなら、まず原発を止めるべきです。アメリカ一辺倒の立ち位置を変えるべきです。東電とか役人とかと密接に結託しておいて、それを攻撃するふりをして市民を騙す。当選すれば結果多くの市民がひどい目に遭う。役人も大企業もダメージが無いどころかまたしても私欲を肥やすと言う馬鹿みたいなパターンを繰り返すのはあまりにも情けないと思います。市民一人一人が政治家の口先の言葉ではなく、その人間性と今までの生き様ぐらいはチェックして、想像力を働かせて「果たしてこの人間は本当に国民の事を思っているのか」「もしかして自らの我欲や権力欲だけが目的ではないのか」などを判断したいものです。

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世界が注目する今回の選挙
2012/12/04  英国の作家クリストファー・ロイドさんが想像力を駆使して自然と人類の進化をたどった「137億年の物語」。そのロイドさんが3.11の原発事故後の福島を訪れ確信したといいます。「自然と人間、資源と消費の新たなあり方を考えて世界に示すチャンスが今の日本にはあるのです」・・・経済一辺倒で今日まで来た日本がこれだけの大惨事を受けてどう軌道修正するか、世界は注目しています。主張の明確な「日本未来の党」の出現のおかげで、不明瞭な第三極の構図が見極めやすくなったことは有権者にとってとてもいいことだと思います。世間受けのためだけではないかと思われるぐらいコロコロ変わる日本維新の会の政策。脱原発への意思も偽りだと言う事がよく分かります。

ガンジーがいうところの「理念なき政治」そのままの自民党と日本維新の会。福島の人たちの現状と長く続く苦しみを目のあたりにしながら、原発に対して真摯な姿勢で向き合わないような党はもともと今回の選挙に参加する資格さえないと思うのですが、「道徳なき商業」の先棒担ぎはとどまる事を知りません。原発は単なるエネルギー政策の問題ではなく、日本の経済構造と精神構造を正すべき大問題です。ひとたび事故が起こればあらゆる分野に影響を及ぼす事も重々分かったはずです。憲法問題や沖縄の基地問題もすべて「命」の問題です。それぞれ重く大きな問題です。日本未来の党が掲げる未来に投票率の低い若い世代がこぞって関心を示して欲しいなと心から思います。巨大権力が根を張るこの日本で本当の改革をするのは至難だとは思いますが、嘉田由紀子滋賀県知事の勇気ある行動を国民一人一人が応援しなければと思います。世界の注目にこたえられるかどうかは一人一人の真偽を見抜く力とヒューマニズムにかかっていると思うのです。

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グローバル時代に求められる人間性
2012/12/03  民俗学者の石毛直道さんは言います「・・・国家や民族など関係なく民衆同士が直接触れ合っている。環境は整っているのだから、若いうちに海外へ出て、どしどし異文化を体験して欲しい」「これからは国家の単位で物事を考えず、人類という発想に立って欲しい」・・・本当にその通りです。拡大主義でも保護主義でもない人類共存主義こそグローバリズムの本質です。石毛さんのいうように特に若い人はどんどん海外へ出て国家とか文化とかがなんであるかを体験して欲しいものです。渦中の政治騒動、矮小な政治家がグローバリズムとか国益云々をテレビなどで語っているのを聞くと寒々しくなります。

民衆をリードし啓蒙するのが政治家の役目ならまず自ら海外の文化を肌で感じ、そこから日本が進むべき道を考えて欲しいものです。石毛さんは将来に対してこうも言っています「資源をあまり使わず、人々が生きがいを感じ、楽しくなるためにはどうしたらいいのか。心の中に植えつけられる豊かな文化やスポーツ、芸能などを考えるべきでしょう」人類という発想に立てば、核兵器や原発がいかにおろかな選択であるかは明らかです。自民党や維新の会の主張は戦後日本の間違った部分の政策を反省すること無く、失敗の上塗りをするだけだと言うことに気づかないほうがおかしいと思うのです。同じ過ちを繰り返すのはあまりにも理性と感性が無さすぎます。

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imagine 想像しよう
2012/12/02  これさえあればと思うぐらいいい言葉です。過去のことも未来のことも何かを感じ取れるのは想像力があってのこと。過去からの教訓も未来への啓示も想像力をなくした心や頭には意味もなさなくて無力です。人の痛みを感じ取れる心。明日の危険を察知する感性。身近な暴力は想像力が無くても問答無用だけれど、もっと恐ろしい戦争を事前に防止するためには想像力が要ります。40年も前から想像力のある人は原発が危険だと感じて廃止を求めて来たけれど、福島の原発事故が起こった今は想像力がなくとも危険は分かります。ものごとを正しく判断するには科学的な知識も大切だけれど人を愛する心と想像力が知識に融合しなければいけないと思うのだけれどそれは知識を得ることよりもはるかに難しいことかも知れません。使えばこの地球上の全ての生命が死滅する絶望的な「核」さえ想像力の無い人は核武装などと言う馬鹿げたことを口にします。

想像力は何よりも大切です。政治家の善し悪しは言動や人相、指向性、生き様、などを見ればある程度判断がつきますが、やはりそれも想像力がなければ判断を誤ることもあります。口先のパフォーマンス、マスコミの煽動もあります。未来のために、愛する子供たちのために大人は想像力を全開にして悪しき芽は何としてでも摘み取らなければなりません。権力や威圧は行動力とは無縁のものです。何かを「良き方向」へと変えようとするなら根気がいります。それは静かにゆるやかにしか進行しないものです。一人一人の精神の伝播です。原発の絶対的危険性、沖縄の人たちの長きに渡る苦痛に想像力が働かないような政治家は問題外です。たとえ実際に政治を動かしているのが官僚だとしても、その背後にアメリカがあるとしても、政治家一人一人の人間性を国民が精査して選べば、ことは緩やかではあってもいい方向へと向わざる得ないと思うのです。

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国の大動脈に芸術が流れているような国に
2012/12/01  何ともいい感じだなと思う。スペイン在住の画家、堀越千秋さんが「芸術こそスペイン人の大動脈なのだ」と言っていたけれどそれなら日本人の大動脈はなんなのかと考えてしまう。かって情緒や人情、自然を敬う心が際立っていた時代もある。質実剛健、わびさびの心もあって哲学も科学も西欧にひけを取らない国でもあったはず。戦後の混迷の中でもなんとか日本を日本たらしめていたのは日本国憲法の三大原理、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つがあるから。今、日本の精神の最後の砦とも言える憲法を変えようとするもの、自民党や維新の会は日本を一体どうしようと言うのか?大いなる疑問です。国民主権とは指導者の独裁を許さない事、基本的人権の尊重とはただ穏やかに生きたいと思う願いを踏みにじらない事、平和主義とは戦争や暴力につながる要素に対して厳然と歯止めをかける事。

芸術や哲学に培われた国なら、必然的に守られるべき事ですが、大動脈にお金が流れているような国になってしまった以上、安心は出来ません。「核のシュミレーション」などと言う恐ろしい言葉が石原氏から出ても異変を感じない鈍化した世相は危険すぎます。居直ったように右傾化を全面に出す自民党に追随する維新の会の正体がはっきりしたことで、政局は判断しやすくなりましたが、国民一人一人の血管の中に、お金より大切なものを流さなければ誤った判断も起こりえます。先述の堀越さんいわく「スペインのアンダルシアではお金よりもユーモアが大事にされる」日本の社会がそんな風潮になればどれだけゆたかで楽しいだろうに!

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