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卯月/4月/APRIL


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規制緩和の悲惨な弊害
2012/04/30 ツアー客ら39人が重軽傷。群馬・関越道のバス事故のニュースを聞いて7年前の衝撃的なJRの脱線事故の紙面を思い出しました。激突してビルに巻き付いた列車の映像は脳裏から消えず、未だ電車に乗る時に頭をよぎります。過当な競争に晒される交通各企業。航空業界や鉄道、バスなどの人命を預かる産業が自由競争の原理に組み込まれていいのだろうか?と思います。学校などの教育の問題も同じですが、世の中には市場原理に任せていいものと行政の正しい指導、保護がいる分野があるはずです。高速ツアーバスなどを運行する貸し切りバス業者1つを見ても、国土交通省によると2000年の規制緩和後、99年度の2336業者から2010年度に4492業者に増えています。

当然のことながら激化する料金競争から運転手には過酷な労働条件が課せられ、保守整備などの部門にも影響がでます。何とも恐ろしい事です。まるで資本主義の呪文のように自由化を叫び、規制緩和、市場原理しか能のない政治家や経済学者がやってきた事は間接的な殺人行為につながっていると言う事を国民が再認識してこの風潮を変えなければ、今回のバス事故のようにかけがえのない命があまりにも無惨に奪われてしまいます。スピードが速いとか、料金が安いとかより格段に大切なものが安全である事に異論がある人などいないはずです。


想像力と認識力
2012/04/28  世の中には原発のように明らかにこれは間違っていると判断できる事があります。科学的に考えても、経済的に考えても、道徳的に考えても多くの事実が認識できるからです。長きに渡って事実隠蔽し、あらゆる手を使って原発に有利なプロパガンダを行ってきた政府や電力会社によって多くの国民は騙されて来ましたが福島の原発事故があって、事実は露呈しました。今、原発の危険性と不合理性が分からない人はまだプロパガンダに翻弄されているか、思考停止しているか、それとも未だ推進を進めようとする人たちのように人間性を失ってしまったかのどれかだと思います。

原発の脆弱さと危険性は今や明らかですが、事実認識に加えて想像力を働かせば原発を全否定するに十分足りるものです。ひとたび事故を起こせば地域はもちろん人体や環境に対する汚染は地域的にも、時間的にも計り知れないリスクを伴うことはもう明らかですし、もう一度事故が起これば手の打ちようがない事態も考えられます。ストレステストや安全対策うんぬんの次元でない事は誰にでも分かると思うのです。4人の若者が科学者の小出裕章さんの協力をあおいで作った原発に関する寸劇「推進レンジャー」はとてもよく出来ているし、視聴率も上がるだろうしテレビで放映してくれないかなと思うのですが、この国の現実を見ればそれは無理だと言う事も理解できます。


善良な人が沈黙すると「悪」がはびこる
2012/04/24  日本の自然に惹かれ日本国籍を取得して森の再生などに取組んでいる作家のC・W・ニコルさんが西洋のことわざを引用して「善良な人が沈黙すると悪がはびこる」と言っていました。ほんとうにその通りだと思います。身近にある小さな出来事から原発事故のような重大な問題まで、思いある人が沈黙してしまえば厚顔な人間や短絡的な人間がはびこってしまいます。大小はあるけどそれらはみんな「悪」で無関心や無意識が成長させる怪物のような存在です。そして最後には必ず善良な人や弱者に災厄をもたらします。生命の破壊、環境の破壊、伝統の破壊、自由や信頼の破壊・・・短絡的な思考やエゴイズムがもたらす災厄はどれも恐ろしいものです。

僕は思います。悪に対して沈黙している人を善良だと言えるのだろうか?沈黙や無関心は悪の片棒をかついでいることですし、ならば善良な人の沈黙はあり得ないとも思うのです。嘘に嘘を重ね、隠蔽とプロパガンダで国民を騙し続けてきた国や東電の悪事は取りかえしのつかない大惨事が起こるまで発覚しませんでした。それでも先見性のある学者やジャーナリストは何十年にも渡って警鐘を鳴らし続け、それに耳を傾け原発建設に反対してきた人も大勢いらっしゃいます。反対してこなかった人も危険性を知らなかったからではすまないけれど「知った以上」はもう誰も沈黙や無関心ではいられないはずなのです。


異なものであるとしか言いようがない
2012/04/22  国歌斉唱に関して、朝日新聞に作家の大西巨人さん(92才)の話が載っていました。大西さんの大長編「神聖喜劇は」兵の一挙手一投足を規則でがんじがらめにして、自ら窒息していく日本陸軍を描いた傑作。・・・大西さんは「兵が声をそろえて歌っていたのは、23連隊の営門で/ハンカチくわえて目に涙、といった厭戦的でもあるような歌だった。君が代の時は斉唱のマネさえしていれば息を抜けると、私などは思っていた。斉唱についての細かな軍規定もなかったように記憶する」と話し「斉唱チェックの記事を読み「昔の軍隊でも、軍隊の論理と地方(軍隊外の社会)論理とは別であり得たのだが」と半ばあきれた。「私の生きているうちにこういうことがあるとは・・・。異なものとしかいいようがない」悲しく恐ろしい戦争を経験し体得した平和と自由に対する感性は尊重しなくてはいけないなとあらためて思います。


ゆたかな自然を汚す権利は誰にも絶対になくて
2012/04/20  北海道から沖縄までどこの県を訪ねても、美しい緑があります。山があり谷があり平野が広がるゆたかな大地。幾筋もの川が流れ、湖があり、多くの県は日本海、瀬戸内海、太平洋に面して青い海と潤沢な海の幸にも恵まれています。ほんとうに自然豊かな国です。反面、地震や津波、台風による災害で大きな打撃にも幾度となく見舞われてきました。北海道十勝沖地震、阪神淡路大震災、そして東北大震災。立ち直れそうもない過酷な被害。それでも自然と人は繰り返し再生し、調和は保たれてきました。そして思います。自然災害ではない今回の福島原発事故の根深さ。人間の傲慢と無責任、想像力の欠如が起こしてしまった悔やんでも悔やみきれない原発事故。人の暮らしを根こそぎ奪い、自然界のバランスを狂わせてしまった事故に対して原発建設を止めれなかった心ある多くの人が慚愧の思いになりました。

「もうこんな事はこりごりだ」と多くの人が強く思い反対を表明していますが、そうでない人もいます。無関心な人もいます。今なら明らかに嘘と分かるプロパガンダにまだ騙されている人もいます。人間として考えられないけれどまた原発を動かそうとする人がいます。原発の拭いきれない危険性と原発にまつわる過去の理不尽がこれだけ明るみに出て「どうしてだ」と怒りと悲しみの入り混じった気持ちになります。ストレステストが信ずるに足りない事を福島の原発事故が恐ろしい代償をもって証明したと言うのに、何と言う想像力の無さ、理性のなさでしょう。山も森も川も湖も海もそして人間も放射能で汚染してしまう可能性があるのですから、全ての原発は一刻も早く廃炉して、すでにつくり出してしまった核廃棄物をどうするかを考える事が先決です。せっかくもうすぐ全原発が停止するのですから、「もう2度と動かさない」ことへのターニングポイントにしなければならないと思うのです。


メディアの使命と影響
2012/04/19  今年50周年を迎えるドイツ国営ラジオ局DWFはドイツ社会を支える識者層から高い支持を受けている局だそうですが、福島原発事故についての報道姿勢も翻訳報道されたいくつかを見ましたが日本のメディアよりその真摯さが伝わってきます。国内の情報を知るのに海外のDLFホームページを見なければならないなんておかしいことですが、ドイツに限らず欧米のメディアの方が福島原発事故について詳しく報道しているのが現実です。日本のメディアでは今年に入って福島関連のニュースがめっきり少なくなりましたが、ドイツではフクシマ報道を続ける10局以上の公共テレビ局、さらにテレビ局よりはるかに多い公共ラジオ局があると言う事です。この差は一体なんなんだ?と考えてしまいますが、メディアが権力者のプロパガンダに利用された歴史(これは日本も同じですが)の恐ろしさをドイツメディアと国民が真剣に反省しているからでしょう。


まず福島の被災者と避難で苦しむ人の救済を全力で!
2012/04/18  放射能汚染で土地を奪われ、遠隔地で慣れない生活を強いられている人。放射能と向き合いながら帰宅するかどうかに心揺れる人。国や東電の賠償や被災者へのサポートはマスコミを通して知る限り、歯がゆい限りです。絶大な力のある東京都の最高責任者で、発言力の強い石原都知事も福島原発事故の責任と補償に対して国や東電の背中を押してもらいたいものです。尖閣諸島の買い取り交渉は政府すら知らなかったようですが、朝日新聞のコラム「素粒子」に書かれていた一文を読んで、「ほんとうにな」と思いました。こんな文章です。「そろそろ黄門様の役回りのお年だろうに。自ら物議を醸す石原氏。『政府に吠え面かかす』と。一体誰と争ってる?そんなことしてる間に、人口は減るわ外国人は逃げ出すわ。世銀総裁も韓国系。ますます存在感薄くなるこの国。・・・


しっかりと見つめ想像力を働かせなければ
2012/04/17  長きに渡る独占政権で癒着と腐敗が表面化して、様々な矛盾が繕えなくなって、これから自民党政治も少しは浄化されるだろうと思っていた矢先に扇情的な小泉政権が発足し「自民党をぶっこわす」と言うフレーズに踊らされた日本。結局想像通り自民党は壊れもせず、日本そのものが大きくダメージを受けました。郵政民営化の意義も分からず、聖域なき改革はまじめな会社や労働者を追いつめ益したのは大企業とアメリカで弱者と地方の衰退は一気に加速しました。民衆にある程度不満を感じさせ、かつ反発力のない組織、個人をやり玉にあげ一見弱者側に立つように見せかけて実は権力には水面下で迎合するやり方は見え見えでしたが、小泉政権当時は反論すら出来ないような異様な雰囲気が社会に蔓延していたのを思い出します。そして小泉政権がもたらした負の遺産は後継首相では受け止めきれず政権交代をもたらしましたが、民主党政権もまた蓄積した負荷に右往左往し政治家への信はあきらめにも似た感があります。そして新たな登場人物、橋下徹。まさに小泉劇場が始まった時と様子がよく似ていて気味が悪いほどです。

そしてよく似た手法。もともと市民がある程度不満を持つ役所や教育の現場をやり玉にあげ、民意を煽る手法。二分する民意を総意のごとくすり替えて権力を行使するのはあまりにも強引で危険な方法です。確かに今の日本の現状は変えなければ行けませんが、日本の未来を思い、よりよい社会を目指すなら過去の失敗、教育における競争原理や経済絶対の政治方針をあらため、弱肉強食の世界を変えなければなりません。国民の人生に対する意識と価値観を変えるぐらいの大きな発想が必要です。何故なら行き過ぎた競争原理と利益優先社会への偏重がこのような現状をつくったのですから。たとえ時間がかかっても未来に向けて1人1人が生き生きと個性を発揮できる土壌をいかにつくるかが施政者の想像力と腕の見せ所だと思います。間違った方向へ進めば小泉政治のダメージにとどめを刺してしまうほど今の日本は危機的状況です。ですから国民1人1人もまた施政者の言動とその向こうにあるものをしっかりと想像力を働かせて見つめなければならないと思うのです。


平和とはほど遠い世界情勢
2012/04/15  闘争や紛争のニュースは連日後を絶ちません。「アフガニスタンの首都カブール中心部で15日、国会議事堂や外国大使館を狙ったとみられる爆発が相次いだ。」「パキスタン北西部バンヌー市の警察当局者は15日、イスラム反政府勢力タリバーンの武装集団300人が同日未明、刑務所を襲い、受刑者384人が逃亡」「中東バーレーンの人権擁護団体などによると、同国サルマバードの街頭で13日、数千人規模の住民と機動隊が衝突、複数が負傷」「3月にクーデターが起きた西アフリカのマリで12日、ディオンクンダ・トラオレ前国会議長(70)が暫定大統領に就任」・・・毎日どれだけの人が殺され、血を流し、不安におびえているのかと思うと、やりきれません。政治、民族、宗教など複雑過ぎる背景があって、理解すらできませんが、どの国の誰であっても「平和に普通に暮らしたい」と言う人間として当たり前の思いは共通なはずです。政治的に安定した先進国が智慧を結集し協力すればできる事はまだまだあると思いますが、もともとさまざまな争いの要因の1つが先進国のエゴイズムにあるのを考えると2重にやりきれない思いがします。


人間としての責務
2012/04/14  農薬や食品添加物の問題だけでも将来の人体への影響は危惧されるのに放射能が加わり、食の問題は暗澹たるものがあります。先日宮城県のヤーコン茶を販売する会社が自社製品を自主検査し、食品に含まれる放射性物質の新基準値100ベクレル/kgに対して1万ベクレルを超える放射性セシウムを検出し業者が自主回収しているとの記事が朝日新聞に出ていましたが、これはまさに氷山の一角だと思われます。国と生産者と消費者の意識が徹底されなければとても防ぎようのない問題ですが、まず国が総力を挙げて緻密な検査体制を敷かなければ話になりません。

この期におよんで原発の再稼働などに時間と労力を払う国や電力会社の無責任には呆れ果てますが、国民は怒りを持って政府や電力会社に責任を問わなければおかしいと思うのです。原発事故は決して地域の問題ではありませんし、福島であれ福井であれ事故が起これば放射能汚染に境界はありません。日本全体はおろか、世界にとっても大きな迷惑です。今さら取りかえしのつかない福島原発事故の放射能汚染ですが、せめて食品を通して起こる内部被曝だけでも最小限に抑えるための必死の努力は政府と東電の絶対的責務です。そして多かれ少なかれ放射能の影響を受けざるえない子供たちへの大人全ての責務でもあると思うのです。


「こんな村の光景を奪ったのは誰なのか」
2012/04/13  原発事故の放射能で大きな被害を受けた飯館村で撮りためた41枚の写真。写真家の菅野千代子さんは震災前の「人情厚く、美しかったころの飯館」の姿を通して「こんな村の光景を奪ったのは誰か」と言う怒りを伝えたかったそうです。震災後はとてもカメラを手にできない心境で、それでも「被災者だからこそ伝えられるものがある」とふたたび荒廃した故郷にレンズを向けている菅野さん。政府や東電、そして推進してきた関係者たちの目先の欲とエゴイズムから生まれた福島原発と言う施設が奪ったもの。多くの人の過去を塗りつぶし現在を奪い未来をも暗雲に包んでしまう大罪です。どう反省しても謝っても取りかえせない過ちですが、その責任感さえないとしたら、彼らはもう人間としての最後の良心さえ放棄したと見なさなければならないのでしょう。だとしたらそんな彼らがまたしても原発を再稼働させようとしている現実に対して、国民1人1人が厳しく立ちはだからなければ、同じ過ちが必ず起こります。そしてその結果の恐ろしさはもう誰にでも想像がつくと思うのです。


地震大国は仕方ないけれど無神経や無関心大国は願い下げ
2012/04/12  インドネシアのスマトラ島沖で11日午後に起きたマグニチュード8.6と8.2の巨大地震。12日にはメキシコ・カリフォルニア湾付近でマグニチュード6.9と6.2の強い地震。日本でも頻繁に地震が起こっていて気象庁のサイトを見れば今年だけでもマグニチュード5以上の地震が9回起こっています。マグニチュード5以下の地震は頻繁で、まさに地震大国です。そんな中、あの大事故で破壊され補強もままならない福島第一原発は大丈夫なのだろうかと不安がよぎります。収束どころか連日のように不具合を起こしている福島第一原発。管理や補強も十分にできない現状でどこの原発にしろ再稼働など問題外だと思うのですが、政府や東電の神経は一体どうなっているのでしょう。ヒューマニズムと想像力があまりにも無さ過ぎます。汚染水の海への流出、瓦礫の処理、食品による内部被曝の問題。

的確な判断と処置のために全力で取組まなければいけない事が、山積しているのに危機感が伝わってきません。生活基盤を奪われ人生設計を根こそぎ狂わされてしまった被災者の人たちへの責任感も稀薄で、政府や電力会社のモラルの低さに情けなくなります。原発事故にまつわる不安な情報や理不尽な話は連日のように起こっていますが、テレビはほとんど現実を伝えず、新聞はごく控えめで、ネットでも意識を持って検索しなければ記事が出て来ない有様。日本のメディア、ジャーナリズムのあり方は国民にとって大きなネックです。福島の真実を知るためにドイツなど他国のメディア番組を見なければならないなんて民主国家として恥ずかしい事です。とにかくお金や出世欲にまみれてモラルを無くした人を変えるのは不可能かも知れませんが、彼らのエゴイズムにつき合って避けようのない致命的な被害を受けるかも知れないのが原発です。


映画「フクシマ2011〜被爆に晒された人々の記録」
2012/04/11  事故から1年。映画監督の稲塚秀孝さんは広島と長崎で2度の被曝を受けた人に迫った映画「二重被爆〜語り部・山口彊(つとむ)の遺言」を昨年4月ロサンゼルスで上映したところ「フクシマでなにが起き、住んでいる人がどういう状況か真実を伝えているのか」と問われ同じ核の被害を受けている福島に足を運ぶようになったそうです。60回以上ものロケを重ね南相馬市や飯舘村の住民らに取材して作り上げた作品には放射能が原因で「回復しない日常。離婚や倒産、転職をした人、迷う人・・・」が描かれていて、日本中の人が見て考えなくてはいけない映画だと思います。映画の中で元高校教師が福島事故前に訪れたチェルノブイリ近くの町を見て作った詩「神隠しされた街」は「デパートもホテルも/文化会館も学校も/集合住宅も/崩れはじめている/すべてはほろびへと向かう/人びとのいのちと/人びとがつくった都市と/ほろびをきそいあう」とつづられていて、なんとも言えない気持ちになります。映画の公式サイト


飛鳥の里、いにしえの心
2012/04/10  のどかな空気が漂う飛鳥の里。1400年前に文化の中心であった帝都の面影はないけれど、点在するユニークな巨石が過去を語りかける場所です。文化施設と駐車場が完備し今やすっかり観光地にはなっているけど少し脇道に入ればいにしえの香りがそこここに感じ取れます。浅い水路のような彫り込みのある酒船石。巨石を積み上げた有名な石舞台。正確な起源は分からないけど、長い時を超えたこの石の回りにどのような光景があったのだろうと思いはめぐります。飛鳥の過去に思いをめぐらせ田舎道を歩いていると要所要所でみかんやイチゴなどが置かれた木の台座に遭遇します。

缶に100円玉を入れて勝手に持っていくのですが、電気も要らず故障もない究極の自動販売機です。果物網に3つ入ったはっさくはとても美味しく、飛鳥ではのどが乾いて困ることはないなと思いました。巨石の造形感覚、巨石の加工技術、1400年前の人たちの知識や精神性が相当高かったことは間違いありません。時とともに進化するもの、退化するもの・・・智慧と想像力が人間の取り柄だとしたら、退化などしてはいけないと思うのですが、加速度的に進むテクノロジーに対して、人間の精神性が歩調を合わせて高まるどころか、うかうかしていたら退化して、せっかくの科学技術さえ暴走させて取りかえしのつかない暴挙をやってしまいそうで、恐ろしくなります。咲き誇る桜。のどをいやすはっさく。素敵なものがいつまでも変わらずあり続けられるために人は智慧と心を使わなくてはならないと思うのです。


狭い日本、そんなに急いでどこへ行く、ではないですが
2012/04/08  リニアモーターカーのニュースを見て思ってしまいました。縦横無尽に整備された道路が走り、鉄道は在来線に新幹線。長距離バスも頻繁に運行され、空路も充実しています。リニアの技術を海外の国、国土も広く交通網の不備な国に輸出するならともかく、この日本にはもう要らないのではないかと思う人も多いのではないでしょうか。1960年頃に世界に先駆けて研究に入ったと言う日本のリニアモーターカーですが、当時と今では国情が大いに違います。新幹線はどんどん時間を短縮し、空路も随分と便利になりました。しかも人口は減り、経済成長も見込めないこれからの日本で10兆円とも言われている巨額を投じるのはあまりに馬鹿げています。

しかもドイツのように最初から鉄道網の全体システムを考えての計画ではありませんから、もしリニアが開通したとしても、負の要素がいくつも出て来ることが想像できます。福島第一原発の事故で援助を必要としている人たちを中途半端な状態にしておいてリニア計画に巨費を投じるのは無神経過ぎると言うものです。ダム、道路、原発。計画が浮上すると利権や癒着でがんじがらめになって、闇雲に進めてしまう日本の政治体質。ただ進むのではなく、止まるのもまた人間の叡智であり、勇気であると思います。


ふりかえることの大切さ、先を見つめることの大切さ
2012/04/06  原発事故から1年あまりが過ぎました。阪神大震災の時の「その後」を思えば大震災の打撃から立ち直るだけでも時間的、精神的な大変さが分かります。そして起こるべくして起こった原発事故。「原発さえなければ」の思いは原発周辺に暮らす人々のみならず日本中、世界中の人々の原発に対する意識を変えました。1年以上経った今も、福島第一原発から放射能は出続け、「海に汚染水が漏れ出た」と言うようなニュースがたびたび報道されます。収束どころではなく、この先どうなるのだろう?と思うのが当然の現状です。

にもかかわらず放射能科汚染からの避難を強いられ根こそぎ生活を奪われた人たちへの補償はあまりにも微少で、国や東電は自分たちのおかした大きな罪に対して責任を感じるどころか、まだ原発を動かそうとしています。過去を反省し、未来に責任を持つ多くの人が脱原発を訴え、行動していますが、この問題だけは全員は無理としても圧倒的多数がヒューマニズムを守ると言う一点で一致しなければならない問題だと思います。経済力と科学力に加えて恵まれた自然環境を持つ日本が世界に対してこれからのエネルギービジョンを示し、全力をあげて脱原発の姿勢を知らしめることが、世界に対する日本のあるべき姿だと思うのです。


春の嵐
2012/04/04 風の力は恐ろしいものです。学生の時、襟裳岬で体験した事のない風を受けて体ごと飛ばされそうな怖い思いをした事があります。その体験から想像するだけでも巨大な台風や竜巻に遭遇すればどれだけの恐怖だろうと思います。今、全国で台風並みの被害が出ている春の嵐。宮城県大崎市では5日正午までに住宅24棟や学校など公共施設13棟で屋根が吹き飛ばされるなどの被害が出ました。秋田との県境に住む70才の男性は「風が色んな方向から吹いてきて、竜巻のようだった。ずっと住んでいるが、こんなことは初めて」と話していますが、風の力は恐ろしいものです。東北大震災で津波と言う水の力もまざまざと見せつけられました。噴火と言う火の力も想像を絶します。人間がどうおごっても自然界のあらゆる力の前では人間の科学力は小さく見えます。巨大で計り知れない自然のエネルギー。

時に人間にとって不安と災厄をもたらす力ですが、反面、謙虚さを持って自然の力を利用すればこれほど頼もしい味方もありません。人間の叡智、科学力を自然に添う形で用いれば自然界の摂理やバランスを壊す事無く人類は必要なエネルギーを享受することができます。1つ間違えば制御不能、再生不可能な汚染状況をつくり出す原発のような野蛮な火から人類は一丸となって卒業しなければならない時期が来ているのだと痛感します。風と水と火の力。そして光と言う最大のエネルギーもあります。もし現代科学を高度と言うのなら、一刻も早く再生可能エネルギーで全てがまかなえるような未来に向かうのが当然のことだと思うのです。そしてもし現代科学が自然エネルギーを利用するには未熟過ぎると言うのなら、それこそ危険な原子力を扱ってはいけないのではないでしょうか。


Earth Hour
2012/04/03  2007年3月にWWFの温暖化防止キャンペーンの一環で始まった「アースアワー」はオーストラリアのシドニーで始まったイベントです。3月31日の午後8時30分から9時30分まで、同時に電気を消すアクションを通じて「地球温暖化を止めたい」と言う思いを示すための試みです。今日の朝日新聞のコペンハーゲンでの特派員の体験記事です。「コペンハーゲンのホテルのレストランでデンマーク名産のポークを注文したところ照明が突然消え、小さなランプがテーブルに追加され(アースアワーの時間です。1時間ご辛抱ください。ご用があれば大きな声で呼んで下さいね)夫婦連れの客はほほえんだ」・・・

今や世界中の多くの国でこのイベントが行われていると言うことですが、時差の関係で東から順に消灯が地球をめぐっていきます。高空からの地球を想像すればとてもロマンチックな映像が浮かんできます。たった1時間の意志行動だけれど、世界中の人が同じ意識を共有すると言うのはとても大きな事だと思います。1人1人の小さな行為、小さな意識。それが地球規模で起こればまさに大きな力です。温暖化のみならず戦争にしても核や原発の廃絶にしても、1人1人が心の波長を合わせる事ができれば世界は少しずついい方向へ進んでいくのではないでしょうか。


エイプリルフール
2012/04/01  小学生の頃仲のよかった友人の中に4月1日生まれが1人いて、誕生日が近づくと、回りの友人達はみんな作戦を練ったものです。中身のない空っぽの箱。ガラクタを包んだ風呂敷。偽の切符に招待券など、毎年手を変え品を変え、友人を騙すのです。「去年はふざけたから、今年こそは最高のプレゼントをみんな用意したよ」なんて言って当日はまた例年通り。「ああ、また騙された!」と呑気な友人は再度騙されるのだけれど、誕生会は妙に盛り上がってケーキをぱくぱく。毎年この日に思い出す懐かしいエピソードです。その友人は案外いまだに騙され続けているかも知れません。嘘にも許されるものもあります。罪のない嘘、可愛らしい嘘、気遣いからの嘘もサービス精神いっぱいの嘘もあります。

でも「原発の嘘」はいけません。それは犯罪です。多くの人を苦しめ、子供たちの未来に暗雲を投げかけるような嘘をこともあろうに政府や大学や企業の人間がつくなんて、一体どうしたことだろうと思います。「原発は安全」「原発はクリーン」「原発は低コスト」「電力が足りない」「地域再生」・・・原子炉の5重構造より嘘の壁の方が厚いのではないかと思うぐらい嘘を重ねてきた原発推進関係者。福島の悲しい事故が収束するのはまだまだ遠い先です。生活を無茶苦茶にされた人の暮らしと心が癒えるのは遠い道のりです。重大な事故の責任も取らず、まだ再稼働させようと蠢くのはとても人間の心を持っているとは思えません。原発稼働はエイプリルフールの嘘だとしても笑えません。とにかく1人1人が意志を持って、国が全原発を廃炉決定するまで粘り強く戦わなければなりません。これは明らかにヒューマニズムの問題ですから。

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