弥生/3/March
すがすがしいもの・水俣の竹細工 しかし、手作りの実用品の多くは既成のプラスチック製品に取って代わられ、そして、それらを一つ一つ手間暇かけて編む職人も、今では少なくなりました。現代の竹細工の多くが工芸・芸術の方向を取る事で生き残ってきた一方、ここ水俣の竹カゴ・竹ザルは、生活の道具として人々の暮らしに根ざしてきました。 私は地元の職人に三年間弟子入りして、籠作りの技術を習いました。今は独立してここ水俣の山里で民家を借り、師匠の技を受け継いで籠を編んでいます」・・・どの竹細工も合理的で造形的にも美しくすばらしい作品です。数少ない古老の細工師の写真も載っていましたが、あらためて人間とか文化とか生き方を考えさせられます。 敗戦のどさくさ、貧しさから高度経済社会を追いかけ、古いものはまるで邪魔物のように切り捨てて来た側面は否めない日本の戦後。敗戦からの復興のためにはいたしかたない部分もありますが、その結果国情が回復しても切られた舵を元に戻す事を忘れ一体どこに向かっているのか、何が目的なのか分からないような歩みを続けて来た日本だと思います。 分からないと言うより、経済一神教になってしまったかのようで、「人間にとって何がいちばん大切なのか」「人間はどうあるべきなのか」と言うもともとの基本的な問いかけが、家庭でも学校でも稀薄になって来た事は事実です。今回の大災害の対応、人災である原発事故。全ての根っこはそこに通じるような気がしてなりません。
義援金と心 人間一人一人が普段から何を考え、どう行動し、未来に向けてできる限り悲惨なあやまちを繰り返さない。一人一人が自分の生活や生きる意味を考え直し謙虚な姿勢を義援金に込めるならば、1000円の募金も大きな意味合いを持つに違いありません。まるで免罪符のように寄付だけすればそれで終わりと言うような人もいるけれど、本当に被災者の困難を思うならば、これから延々と続く被災者の苦悩と苦労を思うならば、応援する心も、一過性ではなく延々と続かなければ意味がありません。 自然災害の被害の大きさの中には人災の部分が必ずあって、それを無くすためには常日頃からの一人一人の意識や見識を洗練させること、そして個人として社会をかたよりなく見つめる目と、どんなに小さくてもいいから干渉、行動する習慣を付けねばなりません。人災の原因、根っこには社会、他者に対する無関心、自分だけよかったらいいと言う偏狭な姿勢がもたらす無知があるのは明らかですから。
あまりの被害の深刻さに情報も考えも混乱するけど そんな状況であるにも関わらず震災を利用してお金儲けを企む人間が少なからずいて怒りでいっぱいになります。心ないと言うか非人間的と言うか、そんな連中だからゆえ放射能は怖くないなどと言うデマまで流布しているけど、罪は深すぎます。そんな中、農作物への放射能被害で福島の野菜農家が自殺した報道がありました。なんとも悲痛な事件です。 読んでいて原発がもたらす被害のすそ野の大きさを今更ながら考えてしまいます。この先日本のそして世界の科学力を結集して原子力に変わるエネルギーを考えなくてはいけません。ドイツで25万人もの人が原発反対のデモをしたニュースが流れていましたが、これはどう考えても世界全体の問題です。 地震や津波のような人智を超えた破壊に対しては予防する限界があるのは分かりますが、被害が起こってからの対処、対策は限界無く行えます。それに対して放射能被害は取り返しがつかない恐ろしさがあります。「原発」の危険性は普遍的なものであり、いったん放射能に汚染されたらどうなるかは今や多くの人が認識している事実です。太陽や海や地熱や風のエネルギーを効果的に取り入れる研究開発はまだこれからですが、現代の科学力なら実現可能だと信じますし、未来のために脱原発への方向転換は今切らねばなりません。
天声人語 被災者に対して少しでも足しになる事はどんな小さな事であっても協力するのは当然の人情ですが、失われてしまった尊い人命、あまりにも大き過ぎる深い悲しみに対して、たまたま災難に遭わなかった僕としては「命」に対してもっと真摯に向き合う事、そして他者に対し社会に対し常日頃からもっと意識、関心を持たなければいけないと強く思いました。 東北の人たちに対して阪神大震災で大きな被害を受けた人々の同情や支援は日ごと大きくなっています。個人ができる事、国や大きな企業でしかできない事、さまざまですが、国や組織を動かすのも国民ひとりひとりの意識と声の結集ですから、それぞれが正しい自意識をもって頑張らねばなりません。
単純な疑問 陸路が寸断され、海上からの援助活動も難しいのは分かりますが、こんな時こそヘリコプターがもっと活動すればいいのにと単純に思ってしまいます。一体日本にはどれだけヘリコプターがあるのかとネットを検索したらこんな頁にあたりました。97年に書かれたその頁の言葉を少し引用させて頂きます。 もしも今、東京や横浜が阪神大震災のような大災害に襲われた場合、ヘリコプターは都市火災や人命救助のために、どこまで有効に使われるか。私の見るところ、阪神大震災の教訓はいっこうに生かされるようすもなく、再び神戸の二の舞が起こるような気がしてならない。これが杞憂に終われば幸いである。(西川渉、97.10.2)」
誰もが読んで欲しい記事 少しだけ引用させて頂きます。全文はここをクリックすれば見られます。「原発がどんなものか知ってほしい」(前略)・・・・・最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、北海道の泊原発の隣の共和町で、教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、およそ三百人くらいの人が来ていました。 その中には中学生や高校生もいました。原発は今の大人の問題ではない、私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。私はその顔を見に来たんだ。どんな顔をして来ているのかと。今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、運動するふりばかりしている。 私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、イギリスのセラフィールドで白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは、本を読んで知っている。私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。でも、誰も答えてあげられない。 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。 「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。・・・・・チェルノブイリで原発の大事故が起きて、原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。 原発は確かに電気を作っています。しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、反対だと割れて、心をズタズタにされる。出来たら出来たで、被曝させられ、何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。だったら、事故さえ起こさなければいいのか。平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。それに、安全なことと安心だということは違うんです。原発がある限り安心できないのですから。 それから、今は電気を作っているように見えても、何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。 そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。 だから、私はお願いしたい。朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのかどうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。
もう少し早ければ せっかく全国から現地入りした医療チームも水や食料が不足して(ヘリには薬と医療機器以外積めないでしょうし)医者の1人は「自分たちが現地に居ると貴重な被災者の食料を奪う事になるので、医療をあきらめていったん帰るしかない」と無念そうに発言していましたが、ここでも何故医療チームの食料を自衛隊のヘリが運べないのか疑問がわきます。 阪神大震災の時に「もうすこし早ければ」と救助活動の初動の遅さが問題になって大きく改善されたはずなのに、一体どう言うことなのか、被災地の1人でも多くの命を助けるために最善の策が取られているのか、国民は見つめ続ける必要があります。
震災の大きさと原発の怖さ 災害の大きさはいまだ全体が把握できないほど大きなものですが、加えて12日に起こった福島原子力発電所の事故も不安定さが増すばかりで付近の人々の不安はどれだけのものだろうかと察すると心が重くなります。原子力の怖さについては多くの有識者が指摘して来ましたが、原発推進派の関係者は聞く耳持たずという姿勢で「原子力は安全」だと繰り返し主張してきました。 「原子力は安全なはずがない」と言うのが当たり前の考え方だと思いますが、ドイツが今回の事故を受けていち早く原子力発電の見直しを発表したように日本も考え直す必要があります。災害対策、エネルギー対策、人命の安全と人間の未来に対して早急に改変しなければならない事は幾つもあるとは思いますが、今はとにかく被災された人達を守り救う事に一刻の猶予も許されない状況です。
あまりの衝撃 自然災害の力は計り知れないのは仕方ありませんし予知も防御も万全を期せないのは分かりますが、それでも日本の危機管理意識の甘さには憤りを感じます。阪神大震災の時と同じく、自衛隊の出動は遅かったですし、たとえ迅速だったとしても日頃からレスキューの専門訓練を受けていない隊員には救出活動の限界があります。 災害が起こるたびに思う事ですが、せめて自衛隊の半数ぐらいは戦争ではなくて災害救助のための組織に改変できないものだろうかと歯がゆい思いがつのります。住民避難の初期誘導の甘さ、原発の不測事態に対する対応処置能力のなさ……不安がいっぱいです。被害規模と深刻さは日ごと想像を絶するほどに拡大していますが、1人でも多くの人命が救助され、恐怖と寒さの中、避難されている方々が最低限の安息を取れるよう救助活動のすみやかな進展を願います。
乗りものと心理 身近に商店や施設が無くなってしまった地方で暮らすには車が不可欠だというのはよく分かりますが、交通網が整備された都会での車が絶対に必要かと言うと疑問があります。仕事で必要なら致し方ないしそれは僕も乗って来ましたが、すぐそこのお店に行くのにわざわざ車に乗る馬鹿らしい人間もいて閉口します。 同級生、友人、知人に関して車人間と歩行人間を大別するとある種の傾向性がある事に気づきます。必要以上に車にたよる人間は一緒にいても落ち着きが無く短絡的な考えの持ち主が多い事。逆に出来る限り車に乗らない人間、歩く事をいとわない人間は比較的深く話せる人間が多いような気がします。 原因はおそらく運転のストレス、移動時間への過剰な意識、閉鎖空間によるエゴイズム(実際ふだん温厚な人間の運転する車に乗せてもらってその性格の変貌に驚いた事が何度もあります、他の車の運転に対して暴言を吐くのです。確かに窓を閉めていたら何を怒鳴っても聞こえませんから独り言のようなものですが)もちろんその人間にはその言葉遣いの乱暴さ変貌ぶりをジキルとハイドじゃないんだからと注意しましたが、意外と本人は気づいていませんでした。 僕自身仕事で10年近く車を運転していた時期がありますが、先述の事はある程度思い当たります。とにかく車を運転して心が柔らかくなったり精神が落ち着いたりする事はまずありませんから誰もが必要最小限に車を使用すると言う心がけは大事だと思います。心と思考の問題も大きいですし、何より事故や環境問題を考えても一人一人がそうしなければなりません。 乗り物と心理。飛行機から見る地上。船上から見る陸地。新幹線から見る景色。在来線から見る景色。自動車運転中の意識と視界。低速の自転車ならではの思考。そして歩いている時の視野の広さと意識の多彩さ。一考が必要です。
ニュージーランド地震 阪神高速道路の倒壊も誰が見ても構造上の欠陥か手抜き工事でもあったのじゃないかと思わせましたし(付近の古い住宅が無傷で立っているのを見て一緒にいた友人とこれはおかしいなと話しました)新築やそんなに古くもない倒壊ビルにも同じような感を抱かせるものが幾つもありました。 おかしな倒壊をした構造物の撤去作業の早さにも驚きましたが、まさに証拠隠滅ではないかとさえ感じたものです。痛ましい犠牲者を多数出したニュージーランドのビルの映像を見た時に阪神淡路の時の様子が浮かんだのも共通のニュアンスを感じたからです。予知も出来ず抗う事の出来ない自然災害ですが、万が一にも経済優先の結果起りえる[人災]の可能性だけは絶対に無くさないと奪われたかけがえのない命に対してあんまりと言うものです。
コンピューターと心 アトムの話も人間が科学の進化に対応できるような正しい心を持たなければ文明が破滅してしまう事に対する警鐘ですが、ジュールベルヌを始め先見の明のある人たちの多くは同じ危惧を持っていると思います。 実際人間の能力や想像力も知識や経験の解析と再構築から得られる部分が多い以上、その部分に置いてはコンピューターも実行可能なことは理解出来ます。と言うよりデータに基づく演算能力に置いて進化したコンピューターに勝てるわけもありません。人類が永遠にコンピューターに勝らなければならない事、それはまだ多くが謎で包まれている「心」を鍛え進化さすしか方法はないように思えます。 「愛」「情」「ひらめき」「悲しみ」「慈しみ」……心にまつわる言葉、概念は抽象的ですがそれは確かに存在します。どちらにせよ人間がコンピューターのように計算づくになってしまっては元も子もありません。
モノと人と時代と精神 本屋の子供は同級生だったのですが、漫画が見放題と言う環境がうらやましかったものです。当時多くの子供は月一回発行される「少年」とか「ぼくら」とかの雑誌を買ってもらうのがせいぜいで単行本の漫画を買える家は少なく、貸本屋さんは無くてはならない存在でした。 今思えば一冊借りて家中の者が読んでから返す事もしばしばでみんな漫画に飢えていた感があります。モノの乏しかった時代です。それでも空き地や原っぱがあちこちにあって、日が暮れるまでは子供たちは家に帰りません。 野球、戦争ごっこ、忍者ごっこ、ビー玉遊びに、べったん、缶けり、秘密基地づくりなど、遊びは満載で漫画本を見るのは夜のひととき。大人たちも夜は将棋やら酒宴やら読書やら習字やらに没頭していて家の内外、昼夜を問わず活気ある時代でした。 時代はそんなに下ってはいないのだけれど、あっという間に経済が成長し、モノがあふれ、貸本屋さんなどは気がつかないうちに無くなってしまったけれど、考えれば子供たちの活気も大人たちの好奇心もかなり失速して「豊な時代」に大きな疑問符、一体何が豊なんだろう?と言う時代になってしまいました。 人がモノを求め作りだしたのだけれど、逆にモノが人を変質させ、時代はそれを反映しているだけのような気さえする時があります。
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今や自然エネルギーを有効に使えるだけの科学力があります。原発を完全に無くし、
化石燃料をなるだけ減らして行くことが未来に対する人類共通の責任です。