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2009

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クリキンティの心
2009/09/09  ナスカの地上絵の中で一番好きなハチドリの絵。何回見ても魅力的な造形です。エクアドルの先住民ケチュア族の民話にクリキンティと言う名のハチドリの話があります。ある時山火事があってクリキンティは小さなくちばしで水を運んで消火に努めたのです。火から逃げまどう動物達はその姿を見て無駄な事だと思いました。でもクリキンティはこう言いました「私は私に出来ることをしているだけです」どんなに小さな事に見えても本質的に限りなく大きな行為があります。クリキンティの心。ケチュア族の大人からこの話を聞いて目を輝かせる子供達の姿が目に浮かびます。

 

煙のごとく
2009/09/10  夕暮れの公園。ベンチに仲良く座る老夫婦、いや恋人かも知れません。おばあさんはしきりに笑い時折おじいさんを肘でつっつきます。携帯灰皿を持ったおじいさん。灰皿を持たないおばあさん。2人は心地良さそうに煙草をふかしています。穏やかな笑い。人生の黄昏のひととき。「も一度子供の頃からやり直そうか」じいさんはそう言っているように見えます。ばあさんは笑ってぷかぷか。ベンチは遊園地の乗り物のように見えます。乗り物が止まってじいさんは几帳面に吸い殻を灰皿に入れます。ばあさんはちょっと惜しそうにじいさんの持つ灰皿へ吸い殻を入れます。夕暮れのひととき、空を見てベンチへ目を戻すと2人は煙のように消えていました。

 

三日月と金平糖
2009/09/13  くっきりと凛とした三日月。思わず見とれてしまいます。今日はめずらしく星もたくさん。いつか見た満点の星を思い出します。四国の山中、能登半島の田んぼ、北海道の浜辺、怖いぐらいの星が迫って来た夜を思い出します。空気がきれいなところだったらいつでも空は怖いぐらい星が輝いているのは分かっているのについつい忘れがち。でも今夜は月と一緒にちらほらだけど星が輝いています。

金平糖のような星。実際は太陽よりずっと大きな星が金平糖のようにちかちか輝いています。小さな地球より小さな月は随分大きくて巨大は星は金平糖。今どこかの美術館で展示されているどんなだまし絵より巨大なだまし絵です。人が思うもの。実際にあるもの。もし僕が天体の知識がなければやっぱり星は金平糖だと思います。実際に見えるもの。人が知ってると思うもの。星と金平糖に限らず真実と本質は星の彼方のように難しいなと思う夜です。


 

自分を分かってくれる人
2009/09/14  学生時代に読んだ本の中に自分を分かってくれる人が2人いれば人は生きて行けると書かれていました。当時2人ぐらいは誰にでもいるだろうと簡単に考えていましたが、人生が進むにつれ自分の性格、価値観を分かってくれる人はそうそう出会うものではないかも知れないと思うようになりました。まだこれからと言う若者、家族を抱えて働き盛りの人、ただ残りの人生を静かに生きたい老人、それぞれ極限の事情があるのでしょうが自殺者は増え続けています。

自分を分かってくれる人が2人。親でも伯父さんでも祖父母でも先輩でも後輩でも友人でも教師でも猫でも犬でも小鳥でも誰か自分を分かってくれる人はいるだろうと思うのだけれど・・・人間一人一人性格も価値観も違うしそれはとても微妙で他者に理解する事は難しい事だと言う事は分かります。だから分かってくれると言う事は分かろうとしてくれるその心持ち、自分に目を向けてくれると言う行為そのものではないでしょうか。どんなに違いがあっても人と人は対等です。自分を分かってくれる人が2人存在するためにも自分もまたせめて2人の人間の心を分かろうとつとめなければいけないと思うのです。

 

自然と子供
2009/09/15  西宮の香櫨園浜。馬鹿げた埋め立て計画で破壊されるまではそれはきれいな海岸だったそうです。人工の内海となった海、静かな海面にたくさんのカヌーが浮かんでいます。カヌーやヨットの練習には最適な巨大プール。いつもは高校や大学の生徒が練習しているのだけれど今日の漕ぎ手は小学生。赤い色、青い色、黄色に白、濁りのない原色のカヌーが水面に映えます。

海上を目で追いかけると40隻あまりの数。1人乗り、2人乗り、3人乗り、みんな苦戦しながらそれでも楽しそうにカヌーを操っています。そう言えば子供の頃大阪市内でもボートに乗れる場所がいくつもあったなと思い出します。そればかりか川べりで遊んでいると小さなポンポン船のおっちゃんが「おいぼうず、乗せてやろうか」と声がかかって心わくわく乗り込んだ事もあります。

ほとんどの川が道路になってほとんどの空き地にはビルが建って、船も野良犬も昆虫も見かける事が無くなった町。おっと!3人の海賊が岸に近づき過ぎています。3人乗りのカヌーは苦闘のあげく浜に乗り上げてしまいました。小さなロビンソンクルーソー達はあきらめて上陸、くったくのない笑い声が上がります。子供達にも大人達にも自然は必要です。可能な限り壊してしまった自然を回復させること、よほどの確たる理由がない限り自然は壊さない事。小さな海賊もロビンソンもそんな意識を培いながら大人になって欲しいものです。


新しい政治の始まり
2009/09/16  5年前に壊れかけていた自民党を扇情的な選挙で延命させた小泉氏の罪はこの5年の現実を見ればとても大きいけど当時小泉ばんざいと叫んでいた人達、自民党へ票を投じた人達の意識がいまだに分かりません。どんな理想的な政治でも功罪はつきまとうものですが小泉政治からの5年間はほとんど罪だけと言ってもいいような状況が続いて政治不信は限界に達しました。結果、政権交代が実現したのですが民主党への過度な期待は明らかでちょっと心配になります。

鳩山首相、各省庁の大臣の話ぶりと顔つきは明らかに自民党時代のそれに比べて真摯なものでほっとしましたがもともと政治家と言うのはこれが当たり前で、今までがいかにひどかったかがよく分かります。政権が変わって自民党が50年に渡って隠蔽してきた悪行の数々がどれだけ表面化してくるのか期待があります。老人の切り捨て、若者の失望感、医療の閉塞、経済格差、どの問題を取り上げても根は一つです。それはまさに人間としての大きな条件「情」をなくせば社会は恐ろしい事になるんだと言う教訓です。目先の損得だけを優先させた小泉政治。あれだけ扇動した郵政民営化は一体何のため?誰のためだったのか、規制緩和は?張本人はさっさと逃げてしまったけど国や国民にとってはひどい話です。新しい政治の始まり。過去の政治があまりにも悪すぎたので新しい政権に好感を持ちますが、これで当たり前だと言う事を踏まえて国民一人一人がしっかりとこの国を見つめて行かなければなりません。

 

静かなるエネルギー
2009/09/18  とある高校の運動会。出番を待つ学生達が歓声とともにグランド周りを駆けて行くともうもうと砂が舞い上がります。凄いエネルギーです。グランドではリレー競技の選手が疾走。みんな早いなと思わず感心しながら同じように走っていた学生の頃を思い出します。頭と体があのようにはとても走れない事は分かっていても心のどこかに今でも走れそうな気持ちが残っているけれどそれは錯覚。体の限界を気遣う事なく運動できる事はなんと素晴らしい事なんだと改めて思います。

運動に限らず旅行でも勉強でも無謀とも思える行動が出来るのが若者の利点です。最低限の旅費と荷物を持って野宿覚悟のあてのない旅。ポケットに入れた一冊の文庫本がお守り代わりのような旅が体も心も元気だからです。椅子に座り布団に潜り昼夜無視して不眠で長編小説を読み切るのも心と体が元気でなければ出来ません。若さゆえ可能な事。とは言え逆に年期を経て可能な事もあります。ゆたかな経験からしか出ないようなやさしさや勇気。そんな先輩や老人に出会うと元気な若者に対するよりまぶしい時があります。人の持つ静かなるエネルギーは年を経て失われて行くものではなく高じて行くものなのでしょう。

 

連休と街
2009/09/19  普段は車と人の波で酸欠状態の市街地。連休や正月の時だけは一部繁華街を除いては排気ガス25%削減がすぐにでも実現出来るだろうなと言うほどの静けさです。長く大阪の人口密度にさらされていると東京は別として地方都市に行った時に感じる静けさ。人も車もあまりに密度が違うので「何か異変があったのだろうか」とさえ思った事があります。でも異変が日常になってしまったのが東京と大阪。主要駅の構内を抜けるだけでも疲れてしまいます。自己防衛のため人は自ずから無機質な感覚になってしまうのも分かります。見た事や聞こえた事に反応し心に思った事をいちいち言葉にしていたら確かに危険だし神経が持ちません。でもやっぱり見ざる言わざる聞かざるの姿勢は非人間的で嫌なものです。少しでも出来る事はやるの姿勢しかありません。秋の大型連休。多くの人が大阪を離れ街は静かで散策の出来る場所になります。


生と死
2009/09/22  今日は母の月命日。連休のさなか寺へと続く参道にはいろいろな屋台が軒を並べているけれど人出は思ったほどではありません。歩き慣れた天王寺の道。14才の時に逝ってしまった父の事や母と相次いで急逝した3人の友人の顔が相次いで浮かんできます。先日父の親友を訪ねて岡山まで行ったけれど病院のベッドに座って笑うおじさんの顔を見て何とも不思議な気がしました。親友の父が急逝して40数年、おじさんも相談したい事、一緒に飲みたかった夜は数え知れずあったに違いありません。人の生は人のためにある。そんな言葉が浮かびます。と言っても命の予定は人智の計り知れない事でもあります。与えられた生としか言いようがありませんが、人は人のために生きている事を意識して生きて行こうと思います。もうもうと立ち上る線香の煙の向こうに懐かしい顔が浮かぶけれどやはり実在しないのは寂しいものです。

 

核兵器の廃絶
2009/09/23  オバマ大統領が提訴する核兵器廃絶への道は限りなく遠いだろうけど人類とこの地球上のすべての生命そして地球そのものをも脅かす兵器は廃絶するしかありません。現実の世界を見ればそれは不可能にしか思えないけれどいい意味でも悪い意味でも不可能を可能にして来たのが人類です。アフリカの現状、中東の現状。強国の身勝手な思惑に翻弄され内戦と貧困にさらされて来た人々の悲しみと怒り絶望を思えばテロへの流れも分かるけれど先進国がこぞって自らのエゴイズムを改めれば酷いテロも減って行くはずです。歪んだ歴史の流れで経済や教育は遅れているけれど現在、後進国と言われる国々はもともと高い文化を誇った歴史があります。

その知性と人間性はそこに暮らす民に根強く残っているはずです。先進国と言われる国々は彼らの文化、暮らしを奪った責任があります。科学を征服と支配に使った責任があります。核兵器はその象徴的なものだと僕は思います。核兵器廃絶の意識を持ち続ける事はすなわち不条理な戦争をいかにしたらなくせるかと言う事と同じ次元です。100年前、200年前のように地球は広くはなく元気でもなく人間同士がいがみ合ってる場合ではないと思うのです。自然に対しても苦しんで来た人々に対しても先進国は借りを返さねばなりません。

 

猫と人間
2009/09/24  マンションの高所で進退窮まった猫を救助する様子がニュースで流れていました。延々2時間の救出劇で何とか猫は保護されましたが冷や冷やものでした。マンションの窓からのぞく人、路上から心配そうに見上げる人。救助隊の人は懸命にロープやら網やらで捕獲しようとするけれど猫は恐怖を感じて逃げ回ります。猫のいる階のベランダにちくわかかまぼこでも置いてベランダの窓を開けておけば猫は勝手に部屋に入ってくるものを大げさです。あんなに騒げば狂乱した猫を殺しかねません。昔家の前の高い木に猫が登って降りれなくなりどうしようかと思案したあげく一計を案じました。

竿竹の先に買い物かごをくくり付け中にちくわを入れて近づけたのです。すると猫はかごにおそるおそる入りました。ちくわが功を奏したのです。猫に限らず猿とかあざらしとかの救出劇はよくニュースになります。懸命の救出劇に多くの人は拍手を送るけど何の罪もない子猫や小動物を身勝手から捨てる人も後を絶ちません。行き場をなくした多くの動物達が殺される現実。今日何とか助けられた猫もその後はどうなるのでしょう。猫と人間、そんなに差がある生き物でしょうか。海辺や山や公園に平気でゴミを捨てて立ち去る人、行儀悪さを注意すれば悪態をつき下手をすれば暴力を振るう人間。どうやったらこんなに野蛮な人間が育つのだろうと悲しくなる事があります。


 

政権交代の後
2009/09/26  鳩山政権になって間もないけれど長く退廃した自民党政権、特にこの5年間の澱みきった政治に比べれば目をみはるものがあります。各省庁の大臣の言動、表情にも政治家らしさが戻りこれで当たり前なんだとは分かっていてもよく頑張ってると思ってしまいます。今までの政治がいかにひどかったかが改めて分かりますがその政治を許容して来たのが民意だったのですから油断は出来ません。天下りを始めありとあらゆる癒着と利権で拘泥して来たこの国の施政を一気に正す事は不可能ですが今の流れが1年でもいいから続いて健全な土台が築かれれば日本は少しずつ変わるでしょう。

ただ我欲から脱し得ない人達が苦々しい思いで現状を見ているのも確かで、あらゆる手で政権の足を引っ張ってくるのも目に見えています。マスコミ報道の正確さにも不安がある以上出来る限りの情報を吟味して国民一人一人が考え判断する力を政権交代を機に培わないといけないと思うのです。

屋根裏のポムネンカ
2009/09/28  芸術性とは何だろう?と言う一つの答えがこの人形アニメーション映画にあります。現在主流のコンピューターシステムを駆使した映画がつまらないとは言えないけど明らかに心と想像力に訴えかける力には歴然たる差があります。屋根裏の古びた旅行鞄の中に暮らすポムネンカとその仲間達の物語。主役の人形達も活躍の背景も全て古びたガラクタから出来ていてボタン一つの「モノ」にも見事に命が宿っています。古さ故の色合い、

古さ故の味わい。それにしてもガラクタで出来た人形達の動きはどうやって撮影しているのだろうと不思議さが募るほど見事な人形アニメです。チェコで大切に培われた伝統があるから出来る技でしょうが素晴らしいとしか言いようがありません。こんな映画を観たらどんな子供も道ばたや部屋でボタンを見つけたら嬉しくなるでしょう。古い布は大切にするでしょう。大事なのは新しい事ではなく、便利な事でもなく、心ある事なんだと誰でも気づくはずです。

 

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