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2009

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テポドンとノドン
2009/04/02  衛星か長距離ミサイルか分からないけど危機感がマスコミを駆け巡っています。長距離ミサイルしか届かないアメリカではなくノドンの射程距離にある日本は今回の発射問題よりも既にある危機に対して北朝鮮に対してコミュニケーションを取って欲しいものです。数は定かではないですがノドンには核ミサイルが搭載されているかも知れずそれは日本を射程距離内に置いています。

考えるだけで恐ろしい事です。迎撃とか防空体制とか言う問題ではなく国際社会が核そのものの廃絶を急がないと一つのボタンのかけ違いで世界そのものが終わるかも知れません。そんな事はあり得ないと言い切れるでしょうか。今生きるために経済対策も人道政策も絶対必要だけど人類が未来に生き残るため、この地球にしかと存在する無数の命のために核廃絶の国際社会の協調は何にもまして最優先されるべきです。

 

愛する人
2009/04/03  小さな小さな虫にも名もない雑草にさえ心を配る人もいます。その人にとって存在、命あるものへの慈しみは当然のことなのでしょうがたとえ意識だけでさえ持つのは難しいものです。時に科学者や芸術家が自然から霊感を得たり癒されたりするのはそこに無数の命の存在があって人間の知性や理性では到達し得ない深遠なる合唱が聞こえるからだと思います。

歴史上、数多くの音楽家や美術家、文学者、宗教家、科学者、医者、教育者、農業家、牧畜家、漁業に従事する人達など数えきれない道と営みがあって現代に至っています。それで思うのです。画家であっても芸術家と呼べる人は一握りですし、音楽家や文学者もしかりです。科学者や宗教家にしても芸術家と呼べる人はいますしそれはいかなる生き方においてもごくごく少数ですがいつの世にも存在しているのだと思えてなりません。内なる声に耳を傾け外なる命に心を馳せ、小さな小さな命にさえ心をくだきながら生きているような人。僕はそんな人を「藝術家」と呼びたいです。


 

侍ジャパン
2009/04/04  プロ野球が開幕です。WBCの盛り上がりで低迷気味だった人気が少し復活するのは間違いないでしょうが長嶋対村山、江夏対王の時代のようには戻りません。王長嶋だけではなく個人がチームより輝いていた時代です。それはメジャーも同じで、今と比べ当時は走攻守が揃う事が基準ではなく守備は下手だけどバッティングが凄いとかとにかく肩だけで魅了する選手とかスペシャリストがいて彼らはまさしくファンタスティックな存在でした。勝負優先のあまりメジャーリーグがまず走攻守の揃ったある意味平均的な選手起用を決め、後を追う日本は同じように走攻守揃った選手を優先しだしました

。凄い守備の選手もいない、凄いバッティングの選手もいない、韋駄天のような選手もいないけど取りあえず三拍子揃った選手なら穴がない。実際先のWBCの結果を見れば明らかなように勝つだけなら投手を含め守備が堅く、コツコツ当てればホームランはなくとも勝てます。でもどうしても思ってしまいます。打つだけならもっと凄い選手がいるし、守備だって、走塁だっているのに現実はそれではプロにはなれない。チームの勝ち負けより個人の能力の凄さを見た時に子供達の心はときめくのじゃないかなと思います。ゴロを打って勝つより、ホームランを狙って負ける方がずっと侍ジャパンにふさわしいでしょう。

 

唯一の核使用国と被爆国
2009/04/06  オバマ大統領はプラハで「唯一の核使用国であるアメリカは核全廃に向けて努力する責任がある」と強く演説しましたが、唯一の被爆国でその悲惨さを体験した日本の代表である麻生首相はもっと強く核の全廃を訴え続けなければいけないと思います。拉致問題にしても核問題にしても当事者である日本の首相としてはどこか魂の入っていない発言が多すぎて情けなくなります。

問題解決の難しさ複雑さは誰にでも分かりますが、何があっても常にそれを世界に向けて日本国民に向けて訴え続けるのが首相として最優先の責務のはずです。今なお被爆の後遺症に苦しむ人々の日々の訴え、拉致被害者家族の痛ましいほどの日々の努力。過去に起こった、そして今まさに現実の問題に対して風化と言う言葉のかけらさえ出ないように、首相は当然ですが政治家、役人、教育者、医療従事者、宗教家、科学者をはじめあらゆる人々が常に口にするような国にならないといけないと思います。世界で唯一の被爆国である日本は世界に対してそれを訴える責任と権利があると思うのです。

 

さくら、人、ゴミ
2009/04/07  平日の昼下がり、そんなに人はいないだろうと考えて缶ビールを片手にしばしのんびりしようかと思いきや、花見の季節、桜あるところ人ありで名所はどこもあふれる人です。数週間前まではジョギングか犬を連れた人が時折通るだけの静かな場所も桜の開花に比例するように人も増えて来ました。そして満開。白と桃色の花がところ狭しと咲き誇って青空の下、延々と連なっています。

きれいと言えばきれいだけど少し華やかすぎるような気もします。対岸の土手にはビニールシートを広げた人々が桜の木の数ぐらい展開していて何とものどかな風景です。花見を楽しむのはいいけれど自分の食べたゴミぐらいなんで持ち帰らないのだろう?と言うのも普通のゴミ入れではあふれて汚いのでこの季節特大のゴミ箱が用意されているのです。何とも興ざめな風景だけどそうでもしないと無神経な人が桜の木の周りにゴミを置いて帰ってしまうとか。そんな人間はごく一部だと思うのだけどゴミ問題に限らず一部の馬鹿な人間の仕業が世の中全体を悪くしてしまうのも現実。マナーの悪い人間、エチケットを理解しない人間はどうしたら出来るのだろうと考えながら飲み終わったビールの空き缶を鞄に入れます。


共鳴、共感、調和
2009/04/09  スポーツや政治など身近で端的な話題なら共鳴したり共感出来る人と出会う事は時々ありますが、人生観や価値観が一致する人と出会うのは人生で数えるほどかも知れません。「この人となんでこんなに感じる事や考える事が一致するのだろう?」時にそんな人と出会いますが相手を知るにつけ育った環境も出会うまで生きて来た状況もかなり違う事が解って不思議な気持ちになる時もあります。

環境も状況も人格形成の大きな要因だとは思いますが遺伝子や血液型などの要素を加えても全く違う場合にはお互い笑ってしまいます。この共鳴感はなんでしょうね?読んだ本や聞いた音楽、旅行、出会った人、病気や怪我、あらゆる体験が近しい感性を創りだすのでしょうけどやはり不思議です。十人十色、千差万別。一人一人は違って当たり前、共鳴したり共感したり出来る人はめったにいないけど「調和出来る人」と考えればかなり多くの人とコミュニケーションが持てます。この部分は合わないけどここは全く同感だなと思える人はいっぱいいます。そう考えても絶対に嫌だと思う人が少なからずいる事も現実ではありますが。

 

月と星
2009/04/11  月がきれいに見える夜は何となくほっとします。子供の頃よく相手してくれたおばあちゃんが月の事をいろいろ話してくれたからでしょうか。形や大きさや陰影の変化に観る時々の心の変化が加わって飽きさせません。潮の満ち引きや生命に対する物理的な影響の大きさはもちろんですが月と言う近くて不思議な天体は太古から心理的な影響も与え続けて来ました。月には思いを集中させる力があると感じます。そして星。都会ではまばらな星空ですが澄んだ場所では怖いほどの星の数。恒星、惑星、衛星。見えない天体が全て見えたらどうなるんだろうと思う事があります。星には未知の世界への想像力をかき立てる力があります。

 

同じ一つの思い
2009/04/12  好きな人の事を思えば世界は平和であってくれと強く思います。大事な人がこの日本で旅先の異国で暴力に巻き込まれるなんて想像するだけで不幸だからです。戦争や紛争のない世界、歴史を見ても現在を見つめてもそんな世界はあり得ないとほとんどの人が悲観的でしょうが少なくとも今、戦争や民族紛争で多くの命が奪われている国とそうでない国があるのは確かです。

もし平和的に暮らせている国々の人々がアフリカや中東で暴力にさらされ続けて生きる人達の事を思い続けるならばいつの日か悲しい国は無くなるでしょう。同時に戦争のない国での自殺や殺人も少なくなることでしょう。地球の裏側の悲惨な人達、目の前で家族を殺され生活を略奪され難民として生きざる得ない理不尽を抱えた人達、生きたくても生きれない人達が数百万人もいる事を思えば自殺を思いとどまる人は少なからずいるはずです。自分の事、身の回りの事だけしか意識になければ不幸感や虚無感が増幅されるのは当然の事です。教育が何にもまして最優先で教えなければいけない事、人類共通の「同じ一つの思い」を家庭でも学校でも教え続けなければ行けません。


シナベニヤとドイツビール
2009/04/13  友人と作業台にするためのシナベニヤを買いに出かけたけれど結局目的に合ったものが見つからずがっかり。歩き疲れてのどが渇いてふと見ると小さなドイツビールのお店があります。ドアを開けると感じのいい店員が二階の席へ案内してくれました。メニューを見れば飲んだ事のないドイツのビールが十数種類あってとりあえず違う種類を二本。しばらくするとドイツらしい固めのデザインラベルが貼られた美味しそうな小瓶とそれぞれの専用のグラスが来ました。

細めの背の高いグラスとジョッキ型のグラス。グラスのロゴマークがきれいです。「おつかれさま」乾杯してごくっと飲むと体にしみ渡ります。一息ついて周りを見るとドイツ語の辞書やドイツの地図が店の隅に置かれていて神戸元町がしばしドイツの町になりました。居酒屋で飲むビールも悪くないけどこうやって本場ドイツに思いを馳せて飲むビールは格別。シナベニヤを見つけていたらこの店には出会わなかっただろうなと考えながらまた別のビールを二本注文。後は次回に置いておこうと味わって飲むと小瓶のビールも飲みごたえのあるものです。

 

電通、博報堂、大広
2009/04/16  とあるショットバーで飲んでいると精悍な感じの心のやさしそうな人が一人。なんだかんだ話して名刺交換すると彼は懐かしい広告代理店勤務。感じのいい人だから初対面だけど何かと話しましたが、考えれば彼のようなポジションの人が今の下らないテレビの現状をつくっているのも事実だし、ちょっと考えてしまいます。おそらく彼は悩んでいるに違いないです。

だってくだらない吉本の芸人が支配するようなバラエティー番組はあんまりです。ちゃんと頑張って来た役者やスポーツマンが食べる事が出来ないと言うただその理由で、吉本の芸人と同じ場にいるのは変です。松竹でも吉本でも素晴らしい芸人はいます。でも今のさんまや紳介の流れはちょっと違います。彼らだって泳がされてるだけでしょう。確かに広告代理店は企業に依頼されて商品を売るために企画するのが仕事で短絡的には国民を馬鹿な脳にすれば確かに商品は売れるでしょうがそれは犯罪です。かって電通に勤める学友が言いました。だってみんな賢くなれば商品売れないじゃん。この馬鹿とは二度と会わないけどメディアを操作する事が出来る人間としてそれはあんまりでしょう。広告代理店とは確かに矛盾をはらむ企業ですが、企業や人々を啓蒙するのも一つの仕事だと僕は思います。何のためにデザインやメディアの事を学んで来たんですか?せめてアメリカの洗脳資本主義ではなくて、メディアを扱えるならヨーロッパの事を伝えて欲しい、だってテレビを見てる人達はイギリスやフランスやドイツやイタリアの事等、ほとんど知らないではないですか。

いつの頃からか街の映画館ではハリウッド映画しか上映されないようになりました。フランスやイタリアの映画が同じように上映されていた時もあったのになんか変です。同じようにテレビもアメリカ一辺倒。メディア学者のマクルーハンがテレビは国民を洗脳する最強最大のツールであると言ってた言葉はますますその通りだと思わずにはいられません。

 

園児とみみず
2009/04/17  海外ニュースで見たフランスのある幼稚園の風景。自然教育の一環でミミズの事を教えているのですが子供達が手のひらにミミズをのせ愛おしそうに見ているのが印象的でした。「田畑に養分を与え植物に適した土壌をつくるミミズはとても大事な生き物なんだよ」と教える女性教師は何ともおしゃれな風貌でその言葉に聞き入る園児達も一人一人個性的でおしゃれなスタイルです。

教師も園児も土だらけになってミミズを観察しているのですが、きれいな洋服をものともせず土をいじる様子が素敵です。普段気づかないで歩いている地面の下に色々な生き物がいてそれぞれが役割を担っていること。外見は気持ち悪くてもそれはミミズの事を知らないからの偏見である事。園児達は教師の話でミミズが大好きになったようです。幼稚園に限りませんが世界で行われている教育の有意義な部分はもっと積極的に模倣したらいいと思いますがミミズの話も日本の幼稚園では受け入れられそうにありません。

うちの子供にそんな不潔な事をさせないで下さいと言うような無知な親も少なからずいるでしょう。みんな同じ格好をして画一的な教育現場はどこかの独裁国家のようで嫌なものです。自由で個性があって偏見のない人間を育てる事、それこそが教育の原点だと思うのです。


リアルタイム
2009/04/18  王選手のホームラン記録の瞬間を見る事と記録ビデオで見る事の違いはその時の社会背景の一端として目撃すると言う事実と自分がまさにその時生きている年齢や感情と共に記憶に残ると言う事にあるのではないでしょうか。それぞれの時代のそれぞれの出来事。小中の友人だった丸山君が甲子園で優勝投手になった瞬間など個人的に関わりのある出来事はより記憶に鮮明です。皆既日食や流星群等の自然現象からその時々の流行。ケネディー大統領の暗殺など恐ろしい事件や事故なども数知れずあります。

ボクシングでファイティング原田がジョフレに勝った世界戦。アフリカで行われたモハメッドアリとフォアマンの試合。シュガーレイレナードとマービンハグラーの試合もサッカーのマラドーナ選手のドリブルも伝説ですがリアルタイムで見れた事は幸運です。ビートルズもヒッピーも路上生活者もその時代を映す鏡のようなものだと思います。世の中をすっかり変えてしまったパソコンがなかった時代と今の端境期を経験出来たのもある意味幸運でした。

これからも歴史的瞬間をどれだけ目撃できるだろうかと好奇心が動きますが戦争や抗争などの負の出来事は目撃も体験もしたくありません。と言っても認知していないだけで今現実にアフリカでも中東でも戦争で命を落としている人も数知れずいますし、栄養失調で死に行く子供達も大勢います。この日本ですら路上生活を余儀なくされる人もいるわけですから見れる限り、知れる限りの現状はリアルタイムで意識して、自分なりの反応をしていかないと生きてる事自体がリアルではなくなります。 

 

介護と子育てそして仕事
2009/04/19  17年間寝たきりの夫を介護し続けた祖母は時代背景もあってそれが当然で苦にする事なく祖父が亡くなるまでまっとうしましたがそれでも長男夫婦が同居しかなりの協力が必要でした。長男夫婦は近所の人が「あそこの息子さんと嫁さんは子供の鏡だ」と言うほど親孝行で通っていましたが、祖父の介護を補助し祖母の介護をし夫の介護をしたおばは数年前夫が亡くなった時、天をにらんでぼそっと言いました。「私の人生はなんだったんだろう?」そのおばがあまりにも気の毒なので祖母が寝たきりになった時は僕の母が小さなアパートを借りて一緒に住んで死ぬまで介護したのですが並大抵ではありません。施設に入れるにしても経済的な問題もありますし本人の自覚の問題もあります。

福祉の行き届かないこの国でどれだけの人が介護で苦しんでいるのだろうと思うと悲しくなります。テレビで介護の問題を取り上げた番組が最近多くありますが中には介護を美談のように扱った番組もあって怒りを覚えます。介護にしても子育てにしても仕事をしながら出来るようなものではなく、もししている人がいるなら協力してくれる人が周りにいるはずです。親や夫や兄弟、お手伝いさんやヘルパーさんなど誰かの力がなければ不可能です。

国や自治体が全力をあげて介護を補助する施設や専門家を養成しなければ不本意な家族の歪みや悲しい事件が多発する事は目に見えています。介護とは情とか愛情が深ければ出来ると言うような問題ではありません。必要なのは国、行政の情なのです。


理想ではあるけれど
2009/04/20  戦場カメラマンとして知られる写真家のロバート・キャパ。戦争の虚しさ、残酷さ、非人間性をジレンマと使命の葛藤の中で撮り続けたキャパは41才の時にベトナムの戦場で地雷に触れて亡くなりました。彼の手記「ちょっとピンボケ」と題された本の冒頭に弟のカーネル・キャパが兄を思って書いた一文があります。「‥‥キャパのこの世界への貢献は一言でいうならば非常にとらえがたいものでした。それは多くの人びとに永く議論されることでしょう。

しかし、私たち家族にとっては彼のことはまことに明瞭でした。彼は私たち家族のものを友達として扱い、友達たちを自分の家族ときめこんでおりました。」家族と友達へのスタンスは人間すべてに対する関わり方の原点になるのではないかと思いながら生きて来た僕にとってはキャパの心の持ち方に深いものを感じます。非常に難しく理想ではあるけれど家族も友人も他人も同じような心で対峙出来たら素晴らしい社会になるだろうなと思います。  

 

遊びと装飾
2009/04/22  整備されてすっかりきれいになった大阪の街ですが風景とすれば味気ないものになりました。これは大阪に限らず全ての街に言える事ですが。それでものんびりと市内を歩いていると無機質なジャングルで命あるものに出会ったような遺跡にすら見える建築物に出会う事もあります。古い家屋、古いビル。建築方法や様式にすぐれたものではなくとも何か心惹かれるものがあります。面白さがあるのです。

これは人間にも等しく言える事だと思いますが魅力ある人には面白さがあります。友人達の誰もがこの考えには共鳴するけれどそれは彼らもまた面白い人間であるから当然のこと。面白さってなんだろうと考えると、四角四面でない、常識に偏らない、ウィット、ユーモア、好奇心・・・やっぱり遊び心のようなものでしょうか。年齢、性別、育ち、職業に関係なく面白い人と面白くない人はいます。古い建物を見れば必ずと言っていいほど見かけるもの。

何気なく施された壁面やアプローチの細工。石や木やレンガと言う素材の魅力もありますが打ちっぱなしだってやろうと思えば出来る事。無駄と考えれば出来ない事の中にこそ設計者のなんたるかがあると思うけどそれは先述の遊び心が設計者になければ出来ません。マンションやビルの無駄な装飾。装飾であって遊びではありません。「誰も使わないために」造ったのではないかと思えるような豪華マンションのロビーをよく見かけますが、それは装飾にすらなっていません。装飾は虚栄につながるもの遊びは人間性につながるもの。大きすぎる違いです。

 

我が子人の子近所の子
2009/04/24  子供の頃近所の遊び仲間の両親に幾度か旅行に連れて行ってもらった事があります。向かいに住むおじさんが「こんばんは」とやって来て「明日から子供を連れて琵琶湖に遊びに行くけど一緒に連れて行きましょうか?」こっちの両親は仕事で旅行どころではないので「それはおおきに、じゃあお願いします」簡単な会話で琵琶湖行きは決定です。二泊三日、僕以外はみんな他人の旅行だったけどいまだに琵琶湖で泳いで遊んだ事はいい思い出です。うちの父も近所の子を連れてハイキングやキャンプによく行きました。我が子人の子関係なしです。近所には生活が苦しく旅行どころか電車にさえ乗った事のないような子供もいましたが、誰か近所の大人が自分たちの旅行に交えて人の子を連れて行ったので親の生活水準に関係なく子供達は有意義な経験をする事が出来ました。

「あそこのお父ちゃんはやさしいけどうちのお父ちゃんの方が面白いな」と旅行での体験をもとに親の比較などえらそうにしたものです。小学校の教師の中にも「今度の日曜山へ絵を描きに行くけど、一緒に行くか?」と生徒を誘ってくれる教師もいてあちこち見聞するには別に自分の親に頼らなくてもいい時代でした。今の時代ではめったに見られない状況が日常的にあった時代。大人はどの子供にとっても共通の親みたいな風潮がありました。中にはろくでもない大人もいましたがそれは周りの大人がいさめていました。核家族とかマイホーム主義で無くしたもの。孤立、エゴイズム、無関心。それは大人達にとっても生きづらい世の中、子供達にとっては致命的な風潮ではないかと思います。せめて旅行ぐらい閉鎖的な空間のまま移動する車ではなく他人と接触する機会のある電車や徒歩で出来ないものかと考えてしまいます。


 

同じ価値観
2009/04/26  一本の映画を見て同じ所で感じて泣いて笑える人。数十万冊の中から同じ本を選んで感動しあえる相手。それぞれの体験の中で不思議だけれど共感出来る人。人生を共に出来る人は偶然か必然か分からないけど共有、共感出来る事柄が同じようにあって同じように感じて、同じように反応して生きてる人だなって思います。かって若狭の海辺で星空を見て共に語った学友達。満点の星を見て「人間は小さいな、だからせめて勇気を持って生きよう」と共鳴した夜。それからしばし、まるでインディアンゲームのように一抜け二抜け。勇気と夢をなくして自己保身に走った学友に寂しさを感じます。

医者であったり、教師であったり、社長になったりしていても若狭の星空を見たその心を忘れているならば社会や若者に対する害毒ではないだろうかと僕は思います。これを読んでそれは違うと言うなら電話でもメールでもして欲しいと思います。愛される事は少ないけど愛する事はいっぱいありたい。勇気とはそう言うものであると僕は思います。あの時の価値観が変わってしまう?若気のいたり?そんな事あり得ないではないですか。だって人間は幸せに生きたいし相手を幸せにしたいですから。

 

喫煙と排気ガス
2009/04/28  山深い岡山の美作での事。とあるショッピングセンターの前にある喫煙のベンチでサンドウィッチを食べながらお茶を飲んでいると横に座ったおじさんがもじもじしています。「煙草なら遠慮しなくていいですよ」と言うと「なんか最近妙に気遣って人がいると煙草を吸えないんです」僕は煙草大好き人間だからどうぞと言うと遠慮がちに煙草を加えておじさんはこう言いました。

「煙草より排気ガスの方がよっぽど悪いと思うんだけど時流だからね」「私は以前大きな車に乗っていたけどせめて今は排気量の少ない軽四に乗ってます」本当にそうだと思います。つい最近昔の知人と会って彼は言いました「これからは自分だけの事ではなくて環境問題や人間としてのマナーに気をつけないといけません」素晴らしいなと思って話をしていたら三人家族の彼は大型車を二台持っていて本人と嫁が1人でそれぞれ乗っているとの事。何が環境だと思います。

口先だけで何も実行していない人。軽四かリヤカーで十分ではないかと言ってしまったけど本当の思いです。人を思いやる心、環境を気遣う心があるならば自分の生活はおのずから変わるはずです。美作のおじさん。人間らしいおじさん。煙草は幾ら吸ってもいいけど、おじさんのような人は長生きして欲しいから半分ぐらいに減らして下さい。環境のためではなくおじさんのためです。

 

親友
2009/04/30  父が山から転落死した時、一番先に駆けつけてくれたのは親戚でも兄弟でもなく父の親友でした。今のような交通事情ではない時代に岡山の山奥から魔法のように現れたのです。ショック状態で危ない母を励まして自らのショックをこらえていた姿を思い出します。あれから44年余り。高校生の時おじさんに会いに行き若かりし頃の父のエピソードを聞いた事、酒を飲み奇行に走るおじさんに悩んでいたおばさん

。鮮明です。おばさんと母は15年ぐらい前までは文通をしていたようですがおじさん夫婦もこちらも病気に怪我に起業に倒産など紆余曲折があって、それはこちらも変わらず疎遠になっていました。4年前に母が亡くなった時、母の遺言「誰にも知らせないでね」の言葉通りおじさん夫婦にも悲報は知らせませんでしたが、もしかしたらもう亡くなっているかも知れない、そんな思いが心をかすめました。そして今やっぱり会いに行ってみようと電車に飛び乗りました。

ローカルなワンマン電車に乗って古びた駅についたけれどさて、昔訪ねた住まいの場所すら定かではありません。家すらもうないかも知れないと思いながら年配のタクシーの運転手さんに話しかけると「ああ、その家なら知ってますよ」との事、案内をまかす車中でおじさんが長い事入院してる事、看病でおくさんが毎日病院へ行く事を知りました。ああ、2人ともとにかく生きているんだと安堵しましたが状況を考えると会うのが怖くもありました。

ありました懐かしい家。

タクシーに待ってもらって呼び鈴を押しました。反応がないのでドアに手をかけると開いていました。半開きにして中を見るとおばさんがこちらへ来ます。「どなた?」怪訝な顔のおばさんに「僕ですよ、大阪の」と言うと一気に記憶が戻ったのか不自由な体で僕をぐいとつかんで中へひっぱります。なんて言ったらいいやら。台所に僕を座らせて長年の苦労を堰を切ったように話すおばさん。

現状と過去の入り混じった会話だけど今の僕にはよく理解出来ます。病気の事、介護の事、累積されたストレスの事。自身も癌の手術を受け松葉杖がないと歩けない体なのにより重症のおじさんの看病をしなければならない事情。あらためて夫婦ってなんだろう、人生ってなんだろう、と思います。しばし話して病院へ向かうタクシーの中で「おじちゃんはぼけてしまってあなたの事がわかるかな」と言うので「きっとわかりますよ」と答えたけれど不安です。おそるおそる病室に入ると懐かしい顔があります。近寄って「正樹ですよ、会いにきましたよ」と言うときょとんとしてしばらくの沈黙の後、あふれるような笑みで反応してくれました。「おうおう、こんな遠くまで来てくれたんかい」手を握るとおじさんの目に涙が光ります。

おばさんが「今日は特別調子がいいみたい」手をさすってひたいをさすって僕にはそれしか出来ません。言葉が出ないのです。以心伝心、親の友の笑顔。戦後のどさくさ、おじさんが大阪で丁稚奉公をしていた頃に貧乏画家だった父とひょっこり知り合って以来の親友。その後岡山に帰ってからも父はよく訪ねていました。2人で絵を描いて酒を飲んで川で泳いで、笑ったり泣いたり、子供心に親友っていいなとその時の2人を見て強く思いました。「おじさん、もう一度元気になってどっか行こう」

 

 



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