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2006

 

月の見え方

2006/12/28  きれいな半月の夜です。満月や三日月とはまた違った美しさがあります。実際はまあるいお月さんの見かけの変化ですが見上げる人間には毎日の変化を教えてくれるある種の灯台です。「今日はちゃんと生きたかい?」「今日のあなたの目には私はどう映る?」と問いかけているように僕には思えます。

自分の心が澄んでる時には月もきれいに見えます。楽しい時には月も笑っているように、悲しい時には月もさみしそうに見えます。「あの人も今この時この同じ月を見て同じ思いを抱いているかもしれない」そんな考えに気持ちを救われた事もあります。月にメッセージを送った事も月を睨みつけたこともあるけど月はいつもやさしい光で受け止めてくれます。太古の昔から人々を見続けて来たお月さん。

太陽ほど生命に対して決定的な影響はないけれど精神的には太陽より大きな影響を与えて来た月は今も昔も神秘の衛星です。お月さぁ〜〜ん!あなたの目には今の日本はどう映りますか?「私に聞かなくても現実をちゃんとみれば分かるでしょ」「昔から私は感性のある人間にはヒントを与えたり導いたりしてきたけど、どうしようもない人間は人間がどうにかしなくてはいけません」おっしゃる通りです、お月さん。


 

人はみなそうあるべき

2006/12/26  今日は夢のような一日でした。料理を作り食事をして街へ出かけ街を歩く。ありきたりな日常が輝きに包まれる事もあります。ショットバーのいつものジンがとびきり美味しく感じられるのはまぎれも無く君の笑顔のせいでしょう。流れるジャズだって上の空です。質素な食事がこの上なく美味しく、安いお酒が年代ものの味に変わるのも全ては人の存在。素敵な人がいるからです。

やさしい笑顔も機智にとんだ会話もお金では買えないもの。古びた公園のベンチだって虹色のカフェテラスに変わります。人間とはなんて魅力的な生き物なんでしょう。慈愛に満ちた存在。人間はそうあるべきだしそう努力するべきだと思います。それなのにどう考えたって魅力とはほど遠いエゴイストや傲慢で無慈悲で凶暴な人間がいる。悲しい事だけど今の日本にはそんな人が増えつつあるような気がします。美しい人間が住まない美しい国なんてあるはずもできるはずもありません。


 

パラパラ漫画ではなくて

2006/12/25  「そんなに急がなくってもいいじゃないか」と「時」に話しかけたくなるほど時間は早く過ぎて行きます。365枚の日めくりがまるでぱらぱら漫画のワンシーンのよう。「もっと時間を大切にしないからだよ」時はぼくに諭します。確かにまだまだ時を大切にしていないのかも知れません。いろんな事がこれでもかと言うぐらい起こった2006年でしたが、過ぎ去って見ればもっともっとできる事があったかもしれません。人はその時に気づかなければいけないこと、その時にやりきらなければいけない事をついつい見過ごしたりやり過ごしたりしがちなもの。そう考えれば今この時もまたその時で、ちゃんと時を噛み締めて生きなければいけないと言う事です。


夢と情熱の食べ放題

2006/12/24  雑踏をかき分けて昼間の用事を済ませ、友人の待つビアホールへ。今日はクリスマスイブです。人が一杯だろうなとの予測は外れて店内はガラガラです。こんなに人気の無いこの店は初めての事。思わず店長に事情を聞いたらクリスマスはいつもこんな感じで暇と言う事でした。年齢層の高いこのお店の客は今夜はマイホームクリスマスと言う事でしょうか。ケーキを下げて家路に向かう人々。

多くの人がキリスト教徒ではないこの国でクリスマスやバレンタインに何故にこれほど熱中するのだろうか?などという野暮な疑問は脇へ置いて、「生ビール」そして「乾杯!」人気のない静かなビアホールもなかなかいいものです。定番の唐揚げと枝豆。

色々な料理があるけれど、生ビールにはこれが一番。思い出せば学生の頃、唐揚げを頼むお金が無くて、一本のフランクフルトを4人で切り分け、小さなソーセージをまるで宝物のように口へ運んだ事もありました。ビールのあては無かったけれど、夢と情熱、笑顔と元気がテーブル一杯に広がっていました。食べ放題です。数少なくなったけれど「変わらぬ友情に乾杯!」


同じなのはうわべの経済だけ

2006/12/22  節度のないリストラなど切り捨て中心の安易な効率化と併合を進めて来た日本企業。銀行を筆頭に大企業は莫大な利益を上げています。時流に乗った一部中小企業の好調さもあってマスコミは好景気をあおってはいますが全体をちゃんと見たらそれはまさに表層景気です。

その浮かれた裏で医療や教育、福祉に関する悪法とでも言うべき法律が次々と成立しています。恐ろしい事です。現状の日本を見ていてもどこか人間性喪失の感があるのにそれを是正どころか加速するような法律。先進国の旗を掲げまるで欧米と肩を並べているような錯覚を国民に与える政府やマスコミのあり方にも問題がありますが、この日本、歴史と伝統のある日本が同じような歴史を持つ国、ドイツやフランスやイギリスやイタリアと本当に同じでしょうか。現実は、うわべの経済の動きをのぞけば全く違う国のあり方です。

不思議だけれどほとんど報道されないヨーロッパ諸国の現実。大きすぎる影響を持つテレビからの情報はアメリカの偏った文化と現実の報道がほとんどでテレビを見ていてもほとんどヨーロッパ諸国の現実は伝わって来ません。国民をだまし続ける日本の権力者達が、同じ先進国と思わせているヨーロッパの国々が日本のあり方とあまりにも違いすぎる事実に気づかれるのが怖いからでしょうか。この事はバースの友人たちも口を揃えて発する疑問です。


決断しないことを決断したくはない

2006/12/21  同じように見えても全く違うそれぞれの日々。何かが消え何かが顕われ何かが積み重なって肉体も心象も常に変化し続けて行きます。前進、回転、逆行と感じる事があっても同じ軌道は二度と無く心臓が脈打つ限り変化は続きます。「今何をするべきか」人は意識的であろうが無意識であろうが、常に選択と決断を繰り返しまるで阿弥陀籤のように歩を進めて行きます。たとえ優柔不断で決断できないとしても「決断しない」事を決断しているのが実際の心の動きだと思います。

「今しかできない事」そんなできごとに出会ったら逡巡する事無く行動する事。それは一度しか通れない分岐点を迷い無く通過する方法でもあります。行動する連鎖。行動しない連鎖。どちらにしても盲目的に連動しないよう時に鎖は断ち切らなければいけません。行動と行動の流れの中に「間」を作る事が僕にはとても重要な事のように思われるのです。


 

シクラメンの同意

2006/12/19  得意先から届いた素敵なお歳暮。燃え立つようなローズ色のシクラメンが部屋をぱっと明るくしてくれます。粋な贈り物です。添付のメモを見ると上手に手入れすれば春を越して来年もまた花を咲かせるとか。無機質なこの部屋では美しい花に申し訳ないような気がするけど眺めている僕は幸せな気分になります。たった一つの植木鉢から漂う静かなエナジー。

パソコンにも書物にもない生きた波動が部屋中に伝わります。この花のように美しくはなれないけど、この花のようにやさしくはなれる。たった一人の人にさえやさしさのエナジーを送れないようでは生きてる意味がないじゃないか。「そうだよね」とシクラメンの花に話しかけるとバラのような花弁が一枚ぽろっと床に落ちました。彼女はうなずいてくれたのでしょうか。



本当にいるものは?

2006/12/18  街中を彩るイルミネーションがいやがおうにも年の瀬を感じさせるこのごろ。どこを歩いていてもクリスマスソングが聞こえて来ます。人波に背を押されるように歩くのも嫌だけど、逆らって歩くのは本当に骨が折れます。人と人じゃなくて車どうしならそこらじゅう事故だらけだろうなと思いながら歩いていると後ろからガツン!常識はずれの自転車です。

「こんな場所を自転車で走るなんてむちゃだろ」と言うもつかのま、謝りもせずに走り去る自転車。大阪は自動車のマナーも最悪らしいけど、自転車のマナーも最悪です。徒歩専門の僕にはどちらも迷惑です。確かに便利かも知れないけど本当に必用な人がどれだけいるのでしょうか。そう考えると車だけじゃなく目に入る半分ぐらいのものは不必用じゃないかと思えて来ます。過剰生産に過剰消費、過剰広告に過剰衝動。世の中過剰だらけなのに意識だけは不足しています。

あまりの意識過剰はともかく少々の自意識過剰は歓迎したい気持ちになります。右を見れば過剰と飽和、左を見れば無意識と無神経なんて最悪です。



無敵の言葉

2006/12/17  言葉って本当に難しいものです。多すぎるとよけいなものが混じるし、少なすぎるとどこか寂しい。思いのこもった一言をさりげなく伝える事ができたならすばらしいけど言葉って本当に難しいものです。情熱と愛と信念と行動と持てる力全てで裏打ちされた吐息のような言葉を伝えられたらどんなに幸せでしょうか。誤解も偏見も嫉妬も寂しさも寄せつけない黄金のような言葉。風化も酸化もしない飾り気のない裸の言葉がいつか口からこぼれるように前進したいものです。


 

ロマンチックすぎて

2006/12/15  街のあちこちに輝くイルミネーション。12月の夜は演出された雰囲気が街中に充満して何やら楽しげです。中でも木々に仕掛けられたまめ球の光は何ともロマンチックで光と並走して好きな曲でも流れれば涙だって出て来ます。青に赤に白。点滅する光は宇宙の星のようにも見え川面に揺らぐ光の反射はそのまま天の川です。体いっぱい電球を背負わされた木々には迷惑な季節でしょうけど、しばらく人間の勝手な夢を叶えてください。



脳の能力

2006/12/14  生活空間のあらゆる場所、あらゆる機器にコンピューターが埋め込まれた現代社会。人間はもう好む好まざるに関係なくコンピューターに関わって生きています。便利さ豊かさの多くはコンピューターによってもたらされているのは確かですし実際有益なテクノロジーだと思います。

もともと人間の脳の情報処理機能をモデルにして作られて来たコンピューターは面倒な計算やシステム管理から人間を解放してくれてはいますが、その恩恵で人間が創造的になったとか、より情緒的になったとはとても思えません。煩雑な計算や技術にとらわれる時間と労力を著しく取り除いてくれているはずのコンピューターなのに。

現代人はコンピューターによって使わなくなった人間の脳のある部分を補充する事なく生きているのではないか?それは脳の退化を意味するのではないか?などと言う疑問と不安さえ感じる昨今の社会状況です。「電脳」と言われるコンピューター。でも、もしかしたら人間の脳が「電脳化」され単純化されてしまっているのではないかと、思うような事件が多すぎます。「切れてしまった脳」電源であろうが、心源であろうが切れてしまうのは恐ろしい事です。



父に恵まれる幸せ

2006/12/12  深夜のタクシー。初老の品のいい運転手さんとしばしの会話です。「もう長く乗られているんですか?」「いいえ、まだ3年ほどなんですよ、以前は店をやっていました」流れるような運転にベテランだと勝手に決めつけた僕には意外な答えでした。

「奥さんはお元気にされてるんですか?」「いいえ、妻はもう亡くなりました。今は息子と二人で暮らしています」最愛の奥さんを愛おしむ温かい響きが言葉にあります。「そうなんですか、でも息子さんと一緒なら心づよいですね」「さあどうでしょうか、息子はカメラマンをしています」カメラマンと聞いて仕事柄少しうれしくなりました。「カメラの世界もデジタルが主流になってしまって、アナログの時代とは違う難しさがあるでしょうね」このお父さんの息子さんならきっとやさしい写真を撮るんだろうなと勝手な思いにふけっていると目的地へ到着。

「この辺りでいいでしょうか?」「はい、ここで結構です」支払いをしながら「運転手さん、いいお父さんに恵まれて幸せですねと息子さんにお伝え下さい」やさしい笑顔の運転手さんは「はい、ありがとうございます。帰ったら息子にそう伝えます」しばしの会話だけれど「こちらこそありがとう」の思いで去り行くタクシーを見送った夜です。

 

2006/12/10  大好きな言葉「調和」[HARMONY]は古代ギリシャの神殿づくりなどにおいての大理石と大理石がぴたっと合わさった状態を表す言葉が語源だと知りました。ならばあのインカの石積み、形も大きさも違う石をぴたっと合わせて積み上げたあの壁はハーモニーの極致と言えるのではないでしょうか。写真や映像で見るたびにわき起る感覚。

「この感覚は一体なんだろう?」とずっと思っていたのですが、やっと分かりました。あの石積みは「究極の調和」なのです。美しいものには必ず調和があります。十人十色、千差万別の人と人がぴたっと合う時、それもまた究極の調和です。そしてインカの石積みのようにそれが連なったら世界はどれだけ美しいでしょう。全てとは行かなくても部分部分で人と人の小さな調和が進めば、あちこちから光が放たれて世界は少しづつ輝きをまします。

夢のような事だけど世界が調和に満ちた時、人類はこの美しい地球と調和できるのだと思います。


人間はあまりにも違いすぎて

2006/12/08  個人的問題、難題をいくつも抱えていても人に対する愛情、社会に対する意識を忘れない人がいます。人間として当たり前の事なんだろうけどそんな人を僕は尊敬します。大した事もないのに自分に埋没するような人も多い中、「この人のエネルギーは一体どこからくるんだろ?」と驚くような人もいます。自分の好きな事に邁進しながら決してまわりを見失わない情熱と気配り。

素敵な人は存在します。動物をネコ科とかイヌ科とか種をくくるのはいいと思いますが人間だけはひとくくりにはして欲しくないです。あまりに違いすぎるからです。月とスッポンどころではありません。目を疑うような素敵な人もいれば目を閉じたくなるような下劣な人もいます。何故に?と疑問はふつふつと湧き上がりますが、それが人間の現実です。果たして人間は「人と何の間の存在なのでしょう」


神秘は人間の中に

2006/12/06  今日は大好きな6の日。毎月6日は誕生日だと決めているので今日は今年12回目の誕生日。秋空にくっきりと浮かぶ月が「明日からまたがんばりなさいよ」と言ってくれているようで暖かい。人生は一回きりだとは言うけれど何回も生まれ変わる事ができるとも言えます。全ては心の持ようだけれど考え方やちょっとした努力で誰でも自分を変える事はできます。

もちろん素敵な恋人でもできたなら自分も世界も一変するのだけれどそれは限られた人生そうそうある事ではありません。「月を見つめる2つの視線が月に反射して交差してお互いの瞳に届いてる」もし同時に月を見上げたならそんな事もあるかも知れません。人と人の神秘。人と宇宙の神秘。現状の科学で解明できてる事より数億倍も神秘は人間の中に、そしてこの宇宙の中に満ちているんだから何が起こっても不思議ではありません。


 

こんな素敵な月に感動しないなんて

2006/12/04  それはないだろうと思うほどきれいなお月さん。僕にはまんまるに見えるけど暦の上では違うかもしれない。でも、大好き。この同じ月を見て心が通じた人がいるから。一生懸命生きてる君も好きだけど、もうダメって生きてる君も好き。人なんていろいろな面があるから魅力的なんです。それでも偉そうに言う人は嫌い。馬鹿みたいな奴も嫌い。

さっき人っていろんな面があるって言ったじゃない?確かにそうは言ったけど面とは同じ次元なんです。次元の中のいろいろ。次元が違えばそれは面でもないし心でもない。ならば改めて聞きましょう。今日のこのお月さんを見てあなたはどう思います。バースさんしんどい事いっぱいあってもこのお月さん見たらまた頑張ろうと思いますよって、君は言うに違いないんですから。でも次元の違う奴がいる。それは今日のきれいなお月さんが目に入らない人です。


自然体と真実の匂い

2006/12/01  脳天気なのに見た目は雨。バースの親友のことです。はたして内も外も自然体で生きている人なんているのでしょうか。深い悲しみを柔和な心で包んでいる人、あふれる感情を無表情な仮面で覆っている人、エゴイストな性根を軽薄な笑いでごまかす人。

真顔で嘘をつく人もいればさりげなく真実を語る人もいます。できることならばユーモアをもって真摯に生きたいなと僕は思うのですが、結局人は内面からにじみ出る匂いを消す事はできません。それを感じ取り、嗅ぎ取る事ができるのは人それぞれの感性によるものでしょうが、もしそれが鈍ったり、なくなってしまったら世の中は汚臭に満ちてしまいます。アレルギー性鼻炎でカレーライスやすき焼きの匂いすらしない。バースの親友の事です。でもそれは単なる臭覚ですからいいのです。

 

 


 


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