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2005/11/30  11月も最終日。動き続ける事をテーマに体力の限界まで動いた一ヶ月でした。無理がたたって、この二日間、腰痛と同時に風邪を引き込んで、かなりやばい状態でしたが、アリナミンAとEX、いろんな人に教わった風邪対策、漢方の五虎湯、甘草湯、大正ゴールピゴン、卵酒にベンザエース、指圧のツボを駆使してなんとか峠を越えました。あわただしかった11月。師走はゆっくり、じっくり物思うこと、考える月にしたいものです。えっ?師走は昔から師匠もちょこちょこ走り回るぐらい忙しいから師走だって?確かに、ゆっくりするのは無理かも知れませんね。

 

2005/11/29  小さな町や村がどんどん統合されて、その土地固有の名前が消されていきます。小さなエリアを指す独特の名前があればこそ、思い出や思い入れが湧くと思うのですが、どうでしょうか。小さな川や古い建物が壊滅してしまった都会ならいざ知らず、まだまだ自然が色濃く残る地域では、その名前も大切に残してほしいものです。町中の小さな商店、町角の木、温かい方言、その土地がはぐくむ気質。みんな歴史ある文化そのものではないでしょうか?


 

2005/11/28  建築の構造計算の偽造が大きな社会問題になっています。建築オーナー、設計会社、施工会社、そして国の検査機構。追求すれば現在渦中の事件以外にも山ほどずさんな実体が浮かび上がってくるのではないでしょうか。食品にしても建築にしても人の命に直結する問題です。だからこそ国家レベルの検査基準が設けられているのですが、今回の事件を見ていると、国はどこか逃げ腰で、民間の問題にすり替えようとしています。この問題が氷山の一角ではないかと、多くの国民は思っているはずです。

思い出せば、阪神大震災の時、まだ新しい商業ビルやマンションが腑に落ちない倒壊をしていました。もしかしたら今回と同じような状況で建てられた物件ではないでしょうか。あの時倒壊した阪神高速道路もそうでしたが、あまりに撤去が早く、これは証拠隠滅の意図が働いているんじゃないかと、友人と話したほどです。一個人がどうしようもない問題、でも、結局個人が犠牲になる問題。施政を行う人達が正しい心を持たない限り、悪は確実に蔓延します。コスト削減、利益優先の資本主義だからこそ、民間企業を厳しくチェックする姿勢が国には必要だと思うのです。


 

2005/11/26  紅葉に包まれた美しい山々を見続けていると、突然遠くに巨大な山が現れます。標高1.709mの大山です。別名伯耆富士と呼ばれる所以がよくわかります。ふつうの山を見ていた目には異次元のスケールです。中国地方の最高峰ですが、ずば抜けた感じがします。よく登った兵庫の六甲山(931m)の何倍も大きな気がします。周りのロケーションとの対比がそう見せるのでしょうか。古代から霊山として崇められてきた理由がよくわかりました。広大な海と壮麗な山、どちらも人間のあこがれと畏怖を同時に感じさせてくれる存在です。


 

2005/11/25  おだやかな瀬戸内の海から神秘の国出雲へ。伯備線からの景色は延々と山また山。紅葉した落葉がぱらぱらと渓流に降り落ちています。「なんてきれいなんだろう」我を忘れて見入ってしまいます。緑、黄緑、黄色、だいだい、赤・・・まさに色変化です。車中で読もうと一冊本を買ったけれど、本どころではありません。次から次へと魅力いっぱいの景色がつづきます。秋は素敵な季節です。


 

2005/11/23  またまた祝日。晴天です。一体休日って年間何日あるんだろ?壁のカレンダーを見てざっと赤い数字を数えると27日。土曜が休みの会社なら足して年間39日。サラリーマンでないバースには関係のない数字ですが、かなりのものです。祝日の繁華街、巨大なクリスマスツリーの周りには若者がいっぱいです。日が暮れるとそこここにイルミネーションの花が咲いて、雰囲気はすっかりクリスマス。ブーツとワインの季節です。


 

2005/11/22  朝の4時半、牛乳屋さんのトラックが荷を下ろしています。新聞を配達する自転車が勢いよく走っています。「おはようございます」変わらない光景。冷えきった空には小さな半月と星が寒そうに輝いています。そう言えばこの時間、町中でも鶏の鳴き声がしたものです。知らぬ間に消えていくもの。忘れ去ってしまうもの。意識して努力すれば甦らせれるものもあるけど、二度と戻らないものもあります。


 

2005/11/21  幼稚園の娘が台所で何か作っています。もう深夜なのに何時間もやっています。「明日遠足だろ」「早く寝ないと」「もう少しだから」。しばらくして音が止みました。気になって見に行くと「お父さん、出来たよ」そこにはプラスティックの容器にきちんとレイアウトされたお菓子が入ってました。「これ、明日持っていくんだよ」得意そうです。なるほど上出来。


オレンジのゼリーにプリン、ショートケーキにチョコレートケーキまであります。持ってみると重たいぐらいです。「おまえ、これおおすぎやしないか」その時です、手が滑って容器は下へ・・・「あああ!!」お菓子はぐちゃぐちゃに!娘は瞬間凍り付いて、それから絶叫です。「何とかしなくは!」パニックになりました。汗が噴き出して目がさめました。夢だったのです。現実の娘はもう24才。なんで、こんな夢見たんだろう?結婚してマイペースで生きてる娘のことがちょっぴり心配になりました。それにしても恐ろしすぎる事件。夢でよかったと胸をなでおろしました。


 

2005/11/19  考古学の本にこんな一文がありました。「民族が消え去るとき、大気もまた退く」はっとしました。民族と言うような大げさなものではありませんが、古い建物が壊されたり、長くあるお店が閉じてしまったのを見ると、それらと一緒にあった空気までもが消えてしまったような気がするからです。

ものには物理的存在以外に、それらにかかわった人の手の温もりや呼吸が染みついていて、それが一緒に消え失せてしまうように思えるのです。古い町並み、古い樹木、たとえベンチひとつでもあるべき場所からなくなると、なにか大切なものが消えたようです。ましてや思慮のない海の埋め立て、森林の伐採。物理的尺度優先で行われるにはあまりにも事が重大です。


 

2005/11/18  寒くなりました。北海道ではもう雪が舞っているとか。北国に比べれば大阪はまだ秋そのものですが、夜は寒さを感じます。公園や路上で暮らす人達を思い浮かべるとやるせない気持ちになります。教会の炊き出しに長い列を作って並ぶ日雇いの人達。仕事が少なく人が減ったからでしょうか、労働者用の簡易ホテルの一部は今、海外からのバックパッカーのための施設に様変わりしています。

なんで労働者の町にこんなに外国人が多いのだろうと言う疑問は格安のホテルがあるからだったのです。テレビをつけると相変わらずグルメや飽食の番組が後をたちません。中には食べ物をそまつに扱う番組もあって、悲しくなります。「食」は大切な文化の一つです。すべての食材には命があります。安易なプロデューサーやタレントの行為を見てると、あなた達は本当にその伊勢エビやキャベツより値打ちがあるのか?と訊ねたくなることがあります。


 

2005/11/17  いかにも人のよさそうなおじいさんとおばあさんの豆腐屋さん。「あの、うすあげと糸こんにゃく下さい」「はいはい、糸こんにゃくは大きいのと小さいのがありますけど」とおじいさん。「大きい方下さい」「あげは50円のと100円のがありますけど」とおばあさん。「50円のを5枚ください」係りが決まってるのだろうか?袋も別々に入れてくれます。お金を払って帰ろうとすると、「兄ちゃん、これ持っていき」とおばあさんがねぎをひと束あげの袋にねじ込んでくれました。スーパーでは考えられないコミュニケーション。やっぱりこんなお店がいいなと思いました。


 

2005/11/16  イラクに派兵されたアメリカ州兵のインタビューを見ました。異口同音にイラク戦争のむなしさ、理不尽を語っていました。無事帰国して勲章をもらった兵士は「勲章より、死んだ友人を返してくれ」とつぶやいていました。ある兵士は「テロ撲滅のために戦えと言うけど、そのテロをつくり出しているのは俺達自身じゃないか」と悔しさをにじませていました。

「俺は無事帰国出来たけど、また別の州兵がイラクで何のために戦っているのかさえ分からず死んでいるのです」「アメリカ本土の安全なところであれこれ言う連中は、一度イラクの地に立って見たらいい」「イラクの人達だってみんな戦争はいやなんだ」明らかに間違った戦争、開戦時、そして今も反対し続ける人達の思いはなかなか届きません。


 

2005/11/15  空気が冷えきってとても冷たい夜です。暗い夜道、薄着を後悔しながら空を見上げると、満月がくっきりと輝いています。空気がきれいなせいかいつもは見えない星もちらほら光っています。それでもぐるっと見渡して数えて見ると、たったの6個です。田舎で見るあのこぼれ落ちる程の星は本当に今もあるんだろうかと疑いたくなる大阪の空です。子供達がこんな空しか知らなかったら、地球外での知的生命体の存在なんてとうてい信じる事は出来ないだろうなと思いました。


 

2005/11/14  街路樹が秋らしい色になりました。去年の今頃は一体どうしてたのだろうと思って、手帳を見ると、なんと腰痛で身動き出来ず!と書いてあります。そうそう、あの時はふつうに歩けるまで一週間かかりました。そう考えると今年は快調。ストレッチと節食を始めてまだ2週間程度だけど、効果はてきめんです。弱っていた身体のあちこちに筋肉痛があるけれど、それは前向きの痛みなので、ある種の心地よさがあります。ちょっと気を入れれば出来る事なのに、なんで今までしなかったのだろうと、反省しても過去は過去。遅ればせながらやるしかありません。


 

2005/11/10  ひょいと電車に乗って、ひょいとバスに乗ったら誰もいない海岸につきました。和歌浦海岸、きれいな海です。夏だったら人がいるんだろうなと思いながら、浜辺の大きな石に腰をおろしました。さざ波と風の音だけが聞こえます。青い空にオブラートのようなお月さんも浮かんでいます。来てよかった。こんな風景に出会える事はめったにありませんから。

うっとり。あれっ、浜辺のはしっこに犬がいます。目があうとこっちへ近づいて来ます。野良犬だろうか、ちゃんと食べるものあるんだろうか、などと考えているうちに横に来て座っています。やさしそうな目。「大丈夫かい」「おっちゃんこそ大丈夫?」「この時期ここに来る人なんかいないから」「僕はほら、あの向こうにみえる旅館にすんでるんだよ」「野良じゃないんだ」「うん、この浜が好きでいつもここにいる」「だったら最初にそう言えよ」変な犬との会話がつづきます。


 

2005/11/09  ここは天王寺公園のいつものベンチです。園内の木々も秋らしく色づいて青い空がいっそう青く感じられます。夏場は涼を求めて人が集まる噴水近くのベンチはもう人気がありません。今はぽかぽかと陽の当たるベンチが最適です。バースが好んで座るこのベンチは正面に美術館、正面左に通天閣、そして右には妙なラブホテルが一望出来る場所です。何故妙かと言うとその建物の屋上にお城が建っているからです。意味不明です。もともとこの公園にはもっとたくさんの木々がありました。

美術館までの小道はちょっとした森のようで雰囲気がありました。ある時、公園に住む野宿者を一掃しようと、大阪市のよこしまな企みで公園を潰して花博なるものが行われ、その後出来たのが今の天王寺公園です。口実だけの花博は最低のイベントでした。そんな流れですから公園のデザインも情けないもので、かつ有料150円です。おかげで人が少なく静かです。ベンチに座って公園のもとの姿を思い出そうとしても、もう思い出せません。美術館の建物も森が消えてまるで部下を失った殿様のようにぽつんとしています。


 

2005/11/07  フランスの暴動がますますエスカレートしています。複雑な移民問題の実際は計り知れませんが、悪化する失業率の中でまっ先に疎外される移民の不安や怒りは感じる事が出来ます。それにしてもこの一ヶ月で5000台もの車が焼打ちされると言う事態はあまりにも異様です。死者が出なかった事が救いですが、今日始めての死者が出たと報道されていました。

イラク戦争を正当化する一つの理由がブッシュ政権のでっち上げだったと、今日のニュースで取り上げられていましたが、ヨーロッパの先進国へ移住せざる得ない人達の多くは、強国の身勝手な利権争いの結果から生まれている事も事実だと思います。この21世紀、資本主義の度合いを少しでも緩めて真の民主主義に移行しなければ、世界中が渾沌としてしまうような気がします。


 

2005/11/06  いくつになっても誕生日は意識します。おめでとうと言ってくれる人が一人でもいたら、ただそれだけで嬉しくなります。今回はいろんな人とお酒を酌み交わす事が出来て幸せ。お月さんもことさらきれいだったし言う事はありません。20才でもしっかり目標をもってがんばってる人。28でも、夢に向かう人。36でも原点に立ち帰ろうとする人。45でも若気が抜けない人。50を超えて爽やかに生きてる人。いろんな人と出会った夜から朝でした。


 

2005/11/05  環状線のホームの端に立って数人の人が空を見上げています。はて、何を見てるんだろうとその場所へ行くとホームの屋根ごしにきれいな三日月が浮かんでいました。あまりに印象的なのでみんな見とれているのです。大きくてぽわーっとしたお月さん。一つの星が月と手をつなぐように輝いています。満月も素敵だけれど、こんなお月さんもいいなと電車が来るまで一緒に見続けました。


 

2005/11/04  すがすがしい秋の夕暮れ。ここ四天王寺の境内は静寂に包まれています。日中けばけばしすぎる朱塗りの門や五重塔も暮れなずむ夕日のやさしい光で落ちついて見えます。お気に入りの石椅子に腰かけてタバコをくゆらしていると、生け垣の間からこっちを見ている目があります。猫です。鉄腕アトムのような白黒の猫がじっと見つめています。

「しまった、ソーセージでも買ってくればよかった」タバコならあるんだけどタバコを吸う猫はいないし・・・食欲の秋は、人間に限った事じゃないのに。やっぱりポケットにはいつもじゃこを入れとかなくちゃいけないなと、反省のひとときでした。2005/11/03  プライベートな月、プライベートな空、プライベートな海、プライベートな山、プライベートな町、プライベートな店、プライベートな公園、プライベートなベンチ、人は誰でも自分だけの世界を持っています。自分だけに見える景色、自分だけの情感。半分は想像の産物かも知れないプライベートな場所。例え物理的に消滅したとしても、でもそれは確かにそこにあって永遠に変わらないのです。


 

2005/11/02  今日も素晴らしい秋晴れ。街行く人を見ているとみんな元気そうに見えるけど、この空を病室の窓から憧れを込めて眺めている人も大勢います。ベッドに横たわって空さえ見れない人も・・・難病で、外へ出るのも容易でない人、心の病で自室のカーテンを引いて閉じこもっている人もいらっしゃることでしょう。もしかしたら、街中をまるで川の流れのように歩くのはほんの一部の人々かも知れません。人はとかく大きく動くものに目を奪われがちで、静かなもの、微動するものを見のがすことが多いものです。


 

2005/11/01  今日から11月。霜月です。季節感のあまりない大阪の街も深夜になると寒さが身にしみる季節となりました。ちょうどいいくらいの気候がもう少し長く続けばいいと思うのだけれど、季節は移り行くから印象的。空気がいい場所では、もう真っ白な霜が降りているかも知れません。霜は降りないけど、コーヒーカップから立ち上る湯気とたばこの煙りが妙にとけあって机の上で揺らいでいます。


 


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