bars60

メモトップへ

 

行かないで
2003/08/19 久しぶりの夏空が顔を出しました。異常気象でこの夏は短く終わりそうです。忙しくあるいはのんびりと盆休みを過ごされた人にとって、どちらも夏の終わりはちょっぴりさみしくてセンチメンタルなものです。色鮮やかな山や海にもう少し浸りたかったと毎年この時期になると後ろ髪を引かれます。真夏の太陽は後何日顔を見せてくれるでしょうか。

 

ひどすぎやしないか
2003/08/14 イラクでは毎日血が流され、戦前アメリカが提唱していたイラクの解放や平和はどこ吹く風です。アメリカの兵士達も厭戦気分で今すぐに引き揚げてアメリカに帰りたいのが本音のようです。暴力で何も解決出来ない事が分かっていて戦争を引き起こしたアメリカの目的と大義の嘘はほとんどばれていますが、そのために亡くなった多くの人命と今もなお毎日のように失われている現実はあまりにも悲しいものです。

どんなにこじつけても正義の戦争などというものはなく、そこには悲惨な絶対悪があるだけです。人間はどんな努力をはらっても、どうしたら戦争をしないで様々な問題を解決出来るかを考え続け求め続けなければならないと思います。

 

好きだったものへの思い
2003/08/13 お天気も良く久しぶりのお墓参りです。お墓と言っても墓地ではなく故人の好きだった場所を訪れるのがバースのお墓参り。海と美術館が好きだった父、お月さんと市場が好きだったおばあちゃん、宇宙人と電気屋さんが集まる日本橋が好きだった友人、生前の笑顔や会話を思い出しながら故人が好きだった場所を訊ね歩いていると、ふと横にみんな生きてるような気がします。

 

すごかった盆踊りの夜
2003/08/12 盆踊りの季節。かって大阪の下町では細い路地ごとに小さな櫓を組んで踊っていました。狭い路地では二列になるのがやっとで、進む者と引き返す者が浴衣の袖を触れあいながらの踊りです。小さな子供達は路地から路地を廻ってお菓子やぶどうや飲みものを集めて歩いたものです。

それはハローウィンの雰囲気にも似て、大人達は誰でも子供達にお菓子をあげていました。一つの路地で踊ってる人は数十人ですが、それが街全体ですから今のどんな大がかりな祭より大勢の人が参加していたイベントだと思います。盆踊りの風習一つ取って見てもすっかりコミュニケーションの途絶えた都会が浮き彫りになります。

 

平穏のありがたさ
2003/08/09 台風10号。吠えるような風が屋根を叩き窓をびんびん振るわせて少し怖い思いをしました。大阪でこれだったら四国や九州の人達はとても怖かっただろうと思います。家屋の倒壊や浸水など被害にあわれた方々も多かったこの台風。いつもながら自然の力の脅威を知る度に平穏な日常のありがたさに感謝の気持ちが湧いてきます。

人間なら誰でも分かる事
2003/08/07 昨日の原爆の日。広島市長の静かで意志のこもったスピーチは心にしみいるものでした。核が分散し世界中を暴力の影が覆う今、唯一の被爆国である日本が核の真の恐ろしさを世界中に今一度知らしめることは日本人の義務です。どんな指導者でもどんな国民でも核がもたらす凄惨な結果を広島で目にすれば考えは変わると思います。核兵器は単に威力のある爆弾ではなくもっと次元を超えた恐ろしいものです。

 

緑のガード
2003/08/06 天王寺公園の午後。きれいな空ときれいな緑の中にいるととても大阪の真ん中にいるとは思えません。池の噴水は風に揺られて水面に複雑な波紋を作っています。車や電車や機械の音がこの僅かな緑のガードで遮蔽されるのがいつきても不思議です。隣のベンチのおじさんはこっくりこっくり居眠り。あまり人もいないし横になって寝ればいいのにと思うけれど、あれが一番気持ちいいのかもしれないな・・・

 

南極は大陸
2003/08/05 南極大陸、そこは限りない歴史を秘めた大陸です。平均2000メートルの氷で覆われた下にはこの地球上の歴史を紐解く大地が埋もれています。今、信じられないことですが科学者は簡単な装備とスコップで南極の秘密に挑んでいます。アフガンやイラクに落とした爆弾とそれに関わる非人道的な膨大な経費を南極に費やしたら、この地球の過去は解明できるかも知れません。何故??

 

気絶するほど暑いなんて絵にならない
2003/08/04 あまりの暑さとお天気に誘われて久しぶりに海へ出かけました。だれもいないプライベートな海。焼けるような砂浜を避けて木陰のひんやりとする砂の上で遠く沖合いを眺めているとうとうとしてしまいました。気持ちのいい風と波のざわめき。

目を瞑ると青い青い海に浮かんでいる自分が見えます。しばらくして汗を一杯かいてる自分に気がついて目が覚めました。地獄の暑さです。なんと!海へ出かけたのが夢でした。なんて事だ!この部屋のあまりの暑さに気を失っていたのです。

 

なれるものなら
2003/08/03
 風に吹かれるのではなく風に誘われるのでもなく風そのものになりたい。吹くときに全てが始まる風。青い空を見ているといつもそんな気になります。見えないけれど全身で感じられる風。囁きが聞こえる時もあります。心地よく感じる風は誰かの心そのものかも知れません。

 

青の多彩と深み
2003/08/02
 久しぶりに静かな週末の昼下がりです。きれいな青空と時折窓から入る爽やかな風。心地よい時間がとても貴重に思われるひとときです。古いレコード盤はマイルス・デービスの「KIND OF BLUE」の演奏を忠実に再現してくれます。心に染みいるようなトランペットの音色。それを影のように追いかけるベース、友人のようなドラム、そして泉のようなピアノの音。今日の空にぴったりの曲です。

 

ケセラセラ
2003/08/01 面白い映画を見るようにあっと言う間に過ぎ去った7月。人なつっこい笑顔にも寂しげな心にもたくさん出会ったけど今度会ったときには逆転してるかも知れない。

人の心は万華鏡のように少し触れるだけで変化する時もあるし、岩にくい込んだ錨のようになかなか動かないときもあるけれど、いつかはやっぱりころっと外れてしまう。気楽に生きるのがへたくそな自分だけれどケセラセラも大切な要素なんですね。


 


birth100

バースデザインビアンスアンディムジークプロニティヘキサグラムアロットユニバーソーリドメモランダムラナコルラブソンググランブルーな人々へ
デザイン寺子屋リンク・県別リンク・世界の国リンク・世界のインテリジェンスリンク・ニュースリンク・サイトリンク・ヒューマニスト

サイトポリシーサイトマップリンクについて著作権お問い合わせ