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師走/12/December


 

bluedot

2通の手紙
2010/12/31  今年世話になった友人と岡山の田舎で一人暮らしのおばさんに手紙をしたためて今年最後の日が終わろうとしています。大晦日、新年を迎える町の様相も人々の心境も昔とは随分変化がありますが、一年の区切りは区切りで心によぎるものは普段とは違うものがあります。10年一昔とは言えたった5年を振り返っても世の中は大きく変化した感があります。コンピューターによる各産業における激変が大きな要因だとは思いますが、デジタルの波は余りにも早く大きく、人間が波間に浮かぶ木の葉のごとく翻弄されているような気さえします。それでもパソコンも火星探査船も人類の科学がつくり出したもの、しかと人間が操作操縦すれば目的地に届くはずです。問題となるのはその目的地がいかなる場所に設定されているのか、そのポイントは本当に正しいのか、一刻でも早く精査する必要はあります。修正がいつまでもきくとは限らないからです。夕方に投函した手紙はまだポストの中でしょうがそれでも明日か明後日には目的地に着きます。もう少しああ書けば良かったこう書けば良かったと思う部分はあるけれど、伝えたい思いは一つなので大丈夫でしょう。

 

孤独とは
2010/12/29  年末が近づくと、新聞紙面に孤独死や自殺の記事が増えるように感じます。じっくり目を通してみるとどの記事も胸がつぶれるような内容でこの国はとんでもない方向へ向かっているのではないかと憂慮します。戦後日本の方向性。無益で無謀な戦争と敗戦による荒廃。国の復興のために経済を何より優先させて来たのは仕方ない事かも知れません。でもある程度復興が叶っても経済優先からの進路変更を取らなかったのは政治の責任ですがそれを選択したのは国民一人一人の責任です。どんな宗教であってもイデオロギーであっても、偏る事は恐ろしい事ですが、今の日本はある意味「お金の一神教」見たいなところがあって、人間精神の高邁性や柔軟性を考えた場合に最悪の風潮ではないかと思うからです。お金は物質の対価ですからある程度お金さえあれば生を維持する事は出来るようには思えます。ただし今の経済システムではそのお金を得る事はそう簡単ではなく物欲を優先させるなら普通に真面目に働いたぐらいではとても追いつかないものです。逆に友情とか兄弟愛や親子関係さえそう言う風潮の中では削ぎ取られて行く事が現実です。孤独死や自殺。悲しい事件も後を断たない現実。新聞等の報道もその原因がさも経済にあるように思わせる論調は気になりますが、どう考えてもそれは一因で根元は人間関係の稀薄化と人間形成のための教育システムの矮小にあるのは明らかです。自殺もある意味孤独死です。凶悪な犯罪も人間関係の稀薄、教育の無力化に多くの因はあります。これだけ科学が進み、生産性が上がって物があふれているにも関わらず、多くの人々が孤独感や先行き不安を持っているのは明らかに一人一人がある種の固定概念にしてしまった「お金教」を悪い政治家や資本家に利用されている、と言うより多くの国民が生きる目的や価値観を他に見いだせなくなって来たのではないかと思うのです。教育や福祉や医療、住宅問題など個別な見方をしても同じ先進国であるはずのドイツやフランス、イタリアなどと比べても劣っている部分が多すぎます。グローバル時代、ヨーロッパの情報が余りにも少ないのも気になりますが、まるで日本列島そのものが「孤島」と化しつつあるのではないかと「孤独」の2文字を見るたびに思います。

 

若さと体感そして耐寒
2010/12/28  今年最後の忘年会。電車があるうちに帰らなければと思いつつ、やっぱり終電に乗り遅れ時は午前2時。開いている店もまばらになった凍えるような深夜の街をぶらぶら歩いていると公園の階段に小さな人影がありました。よく見ればうずくまっているのは若い女性でもう1人周りをうろつく男性の姿。もしかして絡まれてるのではないかと思い近づくとどうやら高校生ぐらいの友達どうしのようです。こんな寒い中どうしてこんな場所にいるのだろうと思ったけれど、若いものどうし何か事情があるのだろうと思って商店街をぶらぶらしながらさて、どうしようかと考えていると牛丼の文字が目に入りました。寒いし、とにかく牛丼でも食べて考えようと暖かい店内でメニューを見ていると、先ほどの男女の事が浮かびました。寒空の冷たい階段。何か事情があるとは言え、牛丼は食べたいに違いないと思って、「牛丼の並を3つ持ち帰りで」と注文。急ぎ先ほどの公園に戻ると2人はまだいて、「ねえ君たち寒いから牛丼を買って来たよ」と声をかけると一瞬ぎょっとした2人はすぐ他意がない事が解り、にこっとして「ありがとう」の一言。階段に座って牛丼をぱくつきながら2時間近く話をしました。聞けば女性は仕事帰りで、男性はその彼女の先輩で、わざわざバイクで心配して駆けつけてくれたとの事。まだ17か18の2人だけど、男性は中学を出て仕事を頑張ってるらしくしっかりしています。女性も数ヶ月前から飲食店で働いているらしく、仕事が終わって今日は何か考え事をしていたようです。とにかく感じのいい若者たちで未来の可能性を感じさせる2人でした。それにしてもこっちは震えが来るほど寒いのにそれほど厚着でもない2人は平気。牛丼のお返しに暖かい缶コーヒーを買って来てくれました。別れ際に始発までならネットカッフェがありますよ、と場所まで教えてくれて、実際大いに助かって、保護されたのは僕なんだと実感。冬の冷気も僕と若者の間では体感の差があるようで、今更ながら若さって凄いなと思った夜です。

クリスマスイブ
2010/12/24  贈ったり贈られたり、手渡したり手渡されたり。サンタクロースの実在を信じきっていた子供の頃は靴下を枕元に置いて寝た事もありました。いろいろなプレゼントはありますが、クリスマスのプレゼントは季節もあって心がポワンと暖かくなります。とは言ってもプレゼントどころか1人小さな部屋で孤独に過ごした冬も幾度もあってジングルベルの響きが心にぐさっと刺さる時もあります。さて何もない今年のクリスマス。インスタントラーメンを食べていると小さな荷物が送られて来ました。中からは手紙とDVDが出て来ました。ロシアのアニメーションです。「チェブラーシカ」のタイトルと何とも言えない表情をした人形の写真。一目見て気に入りました。添えられた文面には思いやりがにじんでいて心がポワンとなります。「これでケーキでもあれば最高のイブだな」などと勝手を思っているとまた宅配便が・・・受け取ってみるとクリスマスケーキです。ちょっと緊張してあけてみると美味しそうなショートケーキが小さなサンタの笑顔とともに出て来ました。包丁を入れるにはもったいない出来映え。遠慮がちに小さく切って口に入れると上品な甘さが広がります。「ありがとう」野を越え山を越え感謝、感謝の夜です。

オーケストラ
2010/12/18  京都の祇園会館。いい映画を観るためにはあちこち足を運ばなくてはならない時代です。DVD全盛の時代ですが、どうしても映画館で見たい作品もあります。あの大きな空間とスクリーンが必要です。今年映画館で観た映画は数本ですが、どれも素晴らしく印象に残りました。「マンオンワイアー」「ザビーネ」「ベルサイユの子」「ポムネンカ」「チェチェンへ、アレクサンドラの旅」・・・上映日程も短く劇場も小さなところばかりですが、それでも観客はまばらでこの国は一体どうなっているのだろうか?と客席に座るたびに思います。映画「オーケストラ」は少し宣伝もされていたし、金曜日の祇園だから混んでいるかなと思ったけれど実際は数えるほどの観客でまたまたこの国はどうなっているのだろうと再考。でも映画は素晴らしい出来映えで、京都まで足を運んでよかったと金曜日の午後に感謝です。夢があって厳しい現実があって、でも友がいて他者への愛があって、一人一人の個性と行動、行為があって・・・いい映画には共通の要素とゆえの品格があります。年末の京都。祇園界隈の景色雰囲気もかなり変わってしまったけれど、それでも伝統の香りは強力で石畳を歩く自分の足音さえいにしえの響きがします。

無限大と無限小
2010/12/15  本土5島と6800余りの島々からなる日本列島。小さいと言えば小さな範囲だけれど広いと言えば広い世界です。この小さな日本にもまだ1度も訪れた事もない場所が山ほどあります。そう考えると本拠地である大阪ですら知らない場所はたくさんあって、長く住む家だって屋根裏や縁の下など未知の部分はあります。書物しかり、絵画しかり、音楽しかり、歴史的な作品と言われるものだけに限定しても見聞しているのはごく僅か。一冊の本の中にも一つの楽曲の中にも小宇宙と呼んでもいいような世界がある事を想定すると、知ると言う事に対してなんだか空恐ろしくなったり、無力感に襲われたりします。宇宙の果てが計り知れないように、無限小の世界も計り知れません。地球の母体である太陽系が属するこの銀河系をもし100kmぐらいだとすると太陽系は2mmにも満たない大きさ。その小さな太陽系の規模でさえ地球に比べれば恐ろしく大きなものです。しかも太陽のような恒星を何千億個と有する銀河系すら宇宙の小さな星集団に過ぎないなどと考えると地球は限りなく無限小に近いと考えるしかありません。そんな地球でさえ人類にとっては閉じられた空間で太陽系の範囲でさえ自由に航行出来るのはまだ先の話です。そんな小さな世界で、おぼつかない科学力に酔った人類がかけがえのない母体である地球環境を汚染、浸食していく現状を変えるには一人一人の意識改革しかないと思うけどそれは遠い道のりです。国や組織や家族等のグループ意識から抜けきれず争いごとを繰り返す現実。地球規模で考えれば、今の科学力と生産性があれば全人類がまんべんなく暮らせるだけの富は創出することは可能だと思うのだけど、そうさせない何か。そうできない何か。考えてしまいます。

  
失敗からしか学べない事
2010/12/09  失敗は成功の母、失敗は成功のもと、などと古くから言われていますが、確かに失敗から学んだことは幾つもあります。失敗、あやまち、挫折。聞こえのいい言葉ではありませんが、あえて試みるから失敗もあやまちもありますし、あえて目指すから挫折もあります。「なんて馬鹿な事をしたんだろう」「何で予測出来なかったのだろう」と後悔はあるけれど、もしそのあやまちを犯さなければ、もっと大きなあやまちを犯していただろうと想像する事は過去に何回もありました。「あやまちは自分が認めない時に罪になる」と言っていた人がいますが、あやまちを自ら認識し、反省する事がなければ救いようがありません。安全に生きる、あやまたないように生きる。面白くもない塾に無理矢理行かされてる子供たちの多くは少しでも安全に生きるための親心がそうさせるのでしょうが、あやまたないあやまち、失敗しない失敗もあります。人間は自ら望み、自ら悟らなければ何事も身に付きませんし、個性的な人格は育たないと思うのですが、現状は狂信的と言ってもいいほどの一律教育です。このままだと安全をこえて卑屈になってしまうのではないかと思ったりします。自由度の少ない閉鎖的な教育は人間をひ弱にします。安全な人生どころか挫折や失敗に弱い人間になるのがいちばん危険な事だと思うのですが・・・・。

師走
2010/12/06  寒暖の差が日ごと、時間ごとにあって出かける時の衣服の選択に迷う事も多いこのごろです。12月に入って何やら慌ただしい気がするのは仕事、生活の一年の締めと言う事もありますが、寒さにちぢこまってせかせか早足で歩く姿にも起因するのかも知れません。街は忘年会、クリスマス、音楽会や展覧会などのイベント紹介のポスターやチラシがいっぱい。観たい映画、行きたいところも幾つかあるけど、忙しさに負けて踏ん切りがつかない人も多いのではないでしょうか。小学生の頃の12月、冬休みの開放感とクリスマスケーキ、プレゼント、そしてお年玉への期待。「捕らぬ狸」で友人とあれを買おう、あそこへ行こうと計画を練った事を思い出します。プレゼントもお年玉も期待はずれの上に宿題だけが残って暗澹たる冬休みもあったけど、その後幾つの年齢の時も楽しい事が多い12月です。それにしても小学校の友人宅で今なら売れるとも思わないこてこてのバターケーキを今しかないと食べ過ぎて胸が悪くなった記憶は今も鮮明です。3段重ねで大きなバラの花のクリームがチョココーティングされた上に燦然と輝いていたケーキ。一緒に餓鬼のように食べた2人の友人もきっとバタークリームの呪いはとけていないだろうと思います。

2010/12/03  デザインを「何かを計画し形作る」と解釈すれば、料理は食材のデザイン、医術は病と治療のデザイン、建築は構造と空間のデザイン、芸術は感性と理性と想念のデザイン、スポーツは体力と神経のデザイン、政治は社会と環境のデザイン、教育は知識と分析と応用のデザイン、工学も化学も農学も水産学もやっぱり何かのデザインと言う事には変わりありません。そして全てに共通するのは心のあり方です。「心技体」何事も心はいつも先にありきです。材料の揃った小器用な料理よりも素材の不足を心で補った料理の方がありがたいし価値があります。

心の持ち方、心のあり方。いかなる知識も技術もそれがきちんと育ってその上に乗っからなければ危うい事になります。よくも悪くも社会と個人、それぞれの規範が崩れつつある現在、教育の現場はもちろん、一人一人がまず「心をどうデザインするか」を考えないといけない時代です。現在では絵空事のようですが、幼少の頃には小動物をいたわる心、中学では友人を大切にする心、そして冒険心の発揮。高校では偏らないための知識を得る事と旅行等の体験。大学ではより視野の広い勉学と「何のためにその道を目指すのか」の自問自答。絶対必要な事です。でも現状を見れば一番大切な事が忘れられて人間として枝葉、末節のことばかりが目立つ世の中ではあります。



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