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グランブルーなひとたちへ

 

 

2003年

 

 

2003/01/25 疑問と情報

生きているとしばしば疑問に遭遇します。何故なんだろう?一体誰が?どこから来たんだろう?いつから?どのようにして?・・・とまるで5W1Hのように次々と疑問が湧いてきます。でも深く追求することもなくほとんどの疑問をやり過ごして生きてしまいます。本当はちょっとした日常的な疑問の中にいろいろなアイデアやヒントが隠されているはずなのに、惜しいことをしていると最近気づきました。過去に思った数え切れないほどの疑問。どんな疑問だったかさえ忘れてしまった疑問。別に大したことじゃないし、まあいいや・・・と手放してしまった疑問の中に面白いことがいっぱいあったのではないかと思うのです。

今までは一つの疑問を解くためには人に聞いたり自分で歩いたり図書館を訪ねたり、大変だったことも事実です。でも、今インターネットの検索能力を考えたら、そんなに苦労せずに疑問を解くためのある程度の材料は集まるかも知れません。素材に出来る情報はたくさんあります。もちろん解けない疑問の方が多いでしょうが、これは一度やってみる価値があるなと、バースのコンテンツにこれを加えようと決めました。のどに刺さった小骨のようにどこかで引っかかっている多くの疑問。例え一つでも解けたり近づけたらきっとすっとするに違いありません。

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2003/01/25 今日だけは独り言

どんなロマンティックな人でも、どんな賢い人でも、物事を考えすぎると、うっとうしいと思われて嫌われてしまいます。だって君が、考える人が好きでナイーブなことが一番だって言ってたじゃないと反論しても後の祭り。結局現実しかないんだなと思います。当たり前ですよね。みんな今を生きてるんですから。獏でもないし、仙人でもないから。バースは決して夢を食べてるわけでもないし、仙人でもないのだけれど・・・一言、凍てつく冬の雪があって、氷があって、また夏の川に豊かな水が流れるんだよ・・当たり前の事だけど忘れているかも知れないこと、何か今日だけは独り言。

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2003/01/24 言葉と沈黙

会話とはとても不思議なものです。饒舌に話しているときよりも、ふとした沈黙の瞬間に多くの意味が伝わります。あまり親しくない関係の中で沈黙が気まずくなるのはおそらくそのためでしょう。と言って沈黙がいつも雄弁とは限りません。物事には言葉を発しなければ伝わらないこともあります。よく言われる行間に言葉を読めと言うのも、行があってのことです。白紙からは何も読みとれない。例え書きすぎて真っ黒になったノートでも何かは読みとれると思うのです。へたくそでも、間違っていても恐れることなく書き綴れば、書いた文字からではなくても、残された空白や行間からあなたの真意を汲み取ってくれる人もいるはずです。

心が解け合って、僅かな言葉とやさしい表情だけで、長い沈黙が心地よく感じられる・・・そんな人間関係を持っている人はそれだけで幸せです。そこには相性もあるでしょうし、運命もあるかも知れない。でもなによりも相手を理解しようとする心が一番大切な要素だと思うのです。それは愛かも知れません。たぶん形はいろいろあってもそれは愛だと思うのです。その意味では沈黙は人生の中でも深い意味を持った事だと思います。あたかも真空が何もない空間ではなくて、人間が知っている要素がなにもない空間のことであり、そこには未知の要素がいっぱいつまっているかも知れないと言う考え方、沈黙には自分に聞こえないだけでそこには相手の真実や叫びが満ちているかも知れないと言う事実です。

赤面症で人前では何一つしゃべれなかった少年時代を思い出すと、それは理解出来ます。あの頃僕はいっぱいしゃべりたいことがあった。でも話そうとすればするほど体が硬直して何も話せない。顔を真っ赤にして泣きべそをかきそうな僕を見かねて、やさしいF先生はみんなにこう言ってくれました。「彼は思うことがありすぎるから上手くしゃべれないんだよ」あの先生の一言がなかったら僕の対人恐怖症はもっと長く続いていたかも知れない。F先生は僕の沈黙から言葉をひらってくれたんだと思います。今、僕は当時の先生を越える年になりました。でも僕はまだまだ沈黙から言葉を読みとれない。あっ、先生はこうも言ってくれました。「しゃべれなかったら、何でもいいから紙に書いて僕に渡して」と・・嬉しかったです。書くのも恥ずかしかったけど、人前でしゃべるよりはうんと楽でしたから。

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2003/01/23 してはいけないこと

あまりにも短期でものを考えすぎる人が多すぎます。その色が気に入らない、そんな生き方が気に入らない、私はこんな生き方だ、それは違う・・・私とは合わない・・・お前は間違ってる・・・何故そんなに物事に白黒つけようとするのか、それも短い時間の中で。

僕は人がしてはいけない行為の筆頭が「決めつけ」だと思います。どれだけ自分が正しいと思っていても、人は間違いを犯します。社会的にも個人的にも「決めつけ」は冤罪を生みます。「何かを決めつけたとき」「誰かを決めつけたとき」それは「何かを傷つける可能性」を決定したことです。白黒つけてはいけません。今日、自分を白だと思っているあなた自身が10年後には黒になっているかも知れないからです。

自分が白で相手が黒だと決めつけて否定してしまった人や物事に対してあなたが黒になってしまったら、一体その過去とどう向き合います?長い人生何でもあり得ます。一年のスパンで起こることもあるし10年30年のスパンで起こることもあります。自分自身、将来どんな変化にさらされるか分からないのですから。だから今、何事に対しても誰に対しても決して決めつけてはいけないと思うのです。ともすればあなたが否定し、攻撃したその人は明日のあなたかも知れないからです。あなたの身にだって将来どんな事件が起こるかも分からないからです。

これはバースの私事ですが、9年ぐらい前にある事件で、一人の友人から責められた事があります。彼は僕のことを決めつけて否定しました。その時に僕は「頼むから決めつけるのはやめてくれ」と彼に言ったのです。「どんなことでもいろんな要素があって、それも複雑に絡まって、本人でさえ分からない理屈があるのに、何故お前がそんなに決めつけてものを考えるのか、僕には分からない」そう言ったのです。それでも彼は言いました。全てはお前のミス、失敗だと。彼は自分には僕のようなケースは起こらないとたかをくくっていたのだと思います。あれから8年たって、彼は当時の僕が遭遇したような事件に遭い、困っていると風の便りで聞きました。彼はあの時僕に言った言葉とどう向き合ってるのだろう。自分自身にも同じ言葉をかけているのでしょうか・・・

そして「決めつけ」は「人と人」、「虚偽と真実」の溝をどんどん深めていくのです。自分自身をも、まして他人を決して決めつけてはいけません。例えそれが、自分自身を守る唯一の方法であったとしてもいけないと思うのです。バースが一番恐れ危惧しているのは、決めつけることが最後は無視や沈黙、そして暴力へと発展する可能性が高いからです。現実に今の世界で起こっていること、イラクや北朝鮮の問題、アメリカの姿勢やテロリズムの姿勢、そして連日のように起こっている国内での悲しい事件。

それは、もう話し合っても無駄、そんな「決めつけ」が招いた事だと思うからです。そして最後に、そんなこと言ったって、現実問題、決めつけないとどうしようもないこともあるよ。それはあると思います。いくら歩み寄っても、無視されたり、誤解されたり、とんでもない目に遭うこともあります。僕自身実感としてあります。それでも、僕は「決めつけたり」「無視したり」する事だけはなるだけしないように生きて行こうと思っています。

 

2003/01/18 立場かわれば

人がおかれる様々な立場で考え方やものの見方が全然違って見えると感じたのは中学校二年の時でした。当時は持病の結核もすっかり治って健康いっぱいの体でした。走ったり暴れたり、体が弱くて歩くのも、ゆっくりそろっと歩かなければならない人の気持ちを考えることも忘れていました。ある時体育の授業で左腕を骨折しました。関節の複雑骨折で折れたとき大きな音がして、貧血で歩くことも出来なかったのです。

それでも骨折だから2.3日で首から包帯でつって学校に行きました。通学路や学校の廊下や階段でやんちゃな生徒が僕の横を走ってすり抜けて行きます。その度に体を固くして腕を守ります。体を痛めた人間には健康な人達の動きが恐怖になることをその時に知りました。骨折は直るけれど、ずっと直らない持病を持って不安を抱えながら生きてる同級生の事を始めて考えました。彼らにとって健康な人間がそばをうろつくだけでも負担だったのだと思います。傷ついた体や心は大きな声を聞くだけでもこたえるものです。

その後、電車の中やホーム、町中でもなるだけ走らないように心がけています。体の悪い人間にとってそばを走られるのはとっても怖いことなのです。そう思っていても自分が元気なときはついつい忘れることもあります。そして、怪我をしたり病気になる度にまたその事を思い出すのです。健康は素晴らしいことです。でも時として健康だからこそ、無神経になったり、思いやりがかけたりする事はあることです。

一段の階段を必死の思いで上がるお年寄りにとってばたばたと横をかけ登られるのは怖いし、つらいことです。歩くのがやっとでも家にいることが出来ず用を足すために無理をして電車に乗ったり歩いたりしている人がいるはずです。自分が元気な時、ちょっと周りを見渡してそんな様子の人がいないか観察するぐらいの余裕が欲しいものです。だって元気なときだからそれが出来るはずですから。

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2003/01/17 あの日

どーんと強い揺れが来て、古い木造の我が家はうめき声を上げました。倒壊は免れたけど大屋根の瓦は全部落ちました。てっきり大阪が震源地だと思ってニュースを見ると中心は神戸だということでした。大阪でこれなら神戸は大変だなと思っていると、神戸に知り合いのいる友人から電話が入り、せめて水だけでも運ぼうと思うから手伝ってくれないかということ。

翌日二人で電車が動いている駅まで行って、後は水をかついで線路の上を歩いて神戸に向かいました。あの頑丈なレールがアメのようにぐにゃぐにゃに変形しているのを見て、自然の力はとんでもない力だと実感しました。被災地に近づくにつれ、ニュースの映像とは違い生々しい光景が目に入ってきました。大きなお寺が土の塊になっています。倒れかけた家が電信棒にもたれかかってかろうじて立っています。華やかだった神戸の街から原色のきれいな色が消えて、土の色が全てを被ってしまったような感じがしました。

一見無傷に見える家屋もそこここに残っていましたが、場所によってはほとんどの家が倒壊していました。それは、僕の予想をはるかに越える光景でした。街が、家が、こんなにもろいものだとは思わなかったのです。後に神戸に住む建築家の人と話したときに彼が言ってましたが、ビルや家屋の倒壊は手抜き工事や設計上のミスなど人為的な問題も多々あったんじゃないかと思う・・と言う言葉には僕もそうだと思いました。

大きな問題になった高速道路の倒壊などは実際にこの目で見て、ああこれは人為的なミスだと直感的に分かりました。地震の揺れと言うよりは構造自身の揺れによって倒れたような感じなのです。証拠隠滅のためか道路の撤去作業の速さは驚くべきものでした。あれだけ大きなパニックが起こるといろいろな問題はどこかへ飛んでしまいます。毎年この日が来ると、あの地震の揺れと、目に焼き付いた風景が蘇ってきます。普段、人を守り人にやさしい自然は、時としてとてつもなく怖いものだという真実を忘れてはいけないなと思うのです。

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2003/01/15 単純な疑問

アフリカに屈指の油田とダイアモンドの鉱脈を持つ恵まれた国があります。全ての人がその恵まれた資源の中で悠々と快適な暮らしをしていると誰もが思います。ところがその国は長い内紛の中で、つい最近まで部族同士が殺しあう歴史でした。何故でしょう?冷戦の中、アメリカは油田の開発に力を注ぎました。海底油田です。ソ連は対抗して山岳部に目を付けてダイヤモンドの鉱山を開発しました。何故かその国はまっぷたつに分かれて争いが始まりました。争いのあるどこの国でも同じパターンの政府軍と反政府軍の戦いです。同じ民族同士、何故か分からないまま戦いが続きました。

ソ連とアメリカは冷戦が終わって、と言うよりある程度利益を吸い上げて引き上げました。でも内戦は続きました。両国の武器援助は続いていたからです。ある時海岸縁の油田を持つ政府軍は、その油田からもたらされるお金を使って、ある国から民間の軍隊を雇いました。最新の兵器と軍事訓練を受けた軍隊はお金のためだったら何でもやると言う恐ろしい集団です。当然政府軍は有利になり反政府軍は追いつめられました。そこで今度は反政府軍がダイヤモンドを代償に違う国から民間の軍隊を雇いました。そしてアフリカの一国で先進国の白人同士が先頭に立つ戦争が続いたのです。結果はお互いにぼろぼろになって話し合いが行われたそうですが、恐ろしい数の人達が犠牲になりました。そして、政府軍側、反政府軍側に立って戦争を行った民間の戦争請負企業はそれぞれ巨万の利益を得たのです。

おかしいと思いませんか?もともと油田もダイアモンド鉱脈もその国のものです。争わなくても絶対に豊かに暮らせる条件が揃っているのです。ところが部族同士で争いが起こります。これはアフリカの他の国や今マスコミに取り上げられている中東の世界でも同じです。もともと資源の豊かな国が何故か貧窮と内紛にまみれています。本来ならみんないい暮らしが出来る国なのです。これはどう考えてもおかしいと思うバースの単純な疑問です。

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2003/01/07 テレビと戦争

もうすぐイラクへの攻撃が行われるかもしれない。湾岸戦争、アフガン攻撃、ほとんど定期的な周期でもあるかのように戦争が行われている。情報社会になって、戦争もリアルタイムで伝えられる。空爆の様子がまるでテレビゲームのように茶の間に流される。あの爆弾の下の惨劇を考えたらとても正視できるものではないのだけれど、真実と切り離された報道は、戦争の正体を見せない。どんなに想像力が乏しくとも、あれだけの爆弾を浴びれば、多くの人や動物がばらばらふっとばされていることは想像がつくはず。でも、人の感性の防御本能が、実際自分の目に写らないもの、とりわけ残虐なシーンへの想像は拒否してしまう。

どこかテレビを見る側も、デジタルなゲームのような戦争として、その本質をごまかしてしまうような傾向があるのではないでしょうか。戦争は人殺しですから、何も残虐な実体を生々しくテレビで報道して欲しいのではありません。そんなことは分かっているのですから。ただ、その逆に戦争が残虐な行為ではないと錯覚するような報道は控えてもらいたいと思います。年輩の方々は戦争の悲惨さをいやと言うほど知っていると思います。そして、そのような人から直接、戦争の怖さを聞ける環境にある人も、間接的にその恐怖を感じ取る事が出来ると思います。でも、今の若者の多くは、実際の戦争とは間接的にすら無縁です。ですから、テレビのあのゲームのような戦争から本当の恐ろしさを想像することが、出来ないかも知れません。現実に起こっている出来事がまるで、シュミレーションのように感じているかも知れないのです。

マスコミ、特にテレビの影響は絶大だと思います。ウェブサイトには今起こっている戦争をいろいろな視点から考え意見を述べているサイトがたくさんあります。でも、それらのサイトを見る人は限られています。ですから、もしテレビで、もっといろいろな視点からの報道がなされれば、世論はもっと多様な動きを見せると思うのです。何故テロが起こり、何故戦争が起こるのか・・・今までの歴史や経過を踏まえて、事実を伝えること、これはテレビの使命だと思うのです。

アメリカが悪魔と呼ぶビンラディンやサダムフセインをかってアメリカは擁護し支援していたと聞いたことがあります。もしそうならばそれは一体何故なのか?各国の軍需産業や石油産業の実態はどうなのか?それらは戦争とどう関わり、どう動かしているのか?どう考えて戦争がただテロへの報復や正義のための行動だとは、誰も思っていないはずです。でも、どこかその動機や原因がおぼろげで釈然としない。ですから、今の拉致の問題も同じだと思うのですが、テレビであれだけ時間を割いて報道するのなら、もっといろいろな視点から報道して欲しい。

テレビで同じ1視点からの報道が繰り返されるのを見て、バースはいつもそう思うのです。テレビの影響は絶大です。戦争だけではなく環境問題にせよ、教育問題にせよ、多面的な視点からの報道と番組作りを熱望してやみません。

 

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2003/01/03 自然と人工

自然がもたらす恵みと災害、人工がもたらす豊かさと弊害。もともと相いれない二つの要素を調和させるのはとても難しいことです。自然の災害を人工的に防御し人工の味気なさを自然が補う。本来の出発点はここにあったはずです。子供の頃近くの川で鮒釣りをするのが楽しみだった時代。川は大人から子供まで大いに遊ばせてくれました。釣りをする人もいれば、のんびり川面を眺めて過ごす人もいる。紙や木で作った船を浮かべてレースをする事も出来ました。川辺の風景をスケッチするひともちらほらいました。時に子供が川に落ちても大人達がちゃんと見守ってくれていたように思います。小さな公園ぐらいしか自然と接する場所がない下町では川は唯一の大きな自然でありコミュニケーションの場所でした。

そのかわり大きな台風が来ると川は氾濫し床下浸水、床上浸水と街は無茶苦茶になったものです。大人達は大変だったでしょうが、子供達は梯子を船代わりにして海賊ごっこをしたり、普段道である場所を腰まで水に浸かって歩くのが楽しかった思い出があります。台風の前後は大騒動で、窓や扉には外から板を打ちつけ、停電に備えて懐中電灯やローソク、携帯ラジオなど七つ道具を揃えるのです。近所の人達が協力して台風との戦いです。そんな大人達の姿を見て、子供達は自然のすごさ怖さを実感したものです。「台風が来た」「今台風の目に入った」「通り過ぎた」そんな会話を聞きながら体を固くしていました。それでも考えたら床上浸水するような大きな台風は5年に一度か10年に一度ぐらいしかなかったと思います。

今では高いコンクリートの壁が川を包み、洪水はなくなりましたが川には近づくことも出来なくなりました。もう川を意識して生きてる人は関係者以外ほとんどいないと思います。あんなに身近だった川が、遠く冷たい存在になってしまいました。堤防の上に立って川を見おろすと、恐い感じがします。水面までは遠く、落ちたらはいあがることも出来ない。川はもう人との関係を絶ってしまったようです。

何年、ともすれば何十年に一回の洪水のための堤防。現状の悲しそうな川を見ているとちょっと複雑な心境になります。堤防を作るにしても普段人と川をもっと結びつけるような設計が出来ないものでしょうか。何カ所かゲートを作って、増水時だけ閉門して、普段は解放しておく・・・でも今の汚れた川ではもう意味がないのかも知れません。将来川がきれいになったとしても、今の川には近づくことが出来ないのも事実です。

自然を制御するための人工物を作る場合は、それまでの自然と人間の関係を最大限に考慮して、良き関係はなるだけ残すこと、それを第一コンセプトにしなくてはいけないと思います。単に物理的に取り壊したり、埋めたり、固めたりするのはあまりの荒技、それは設計でも、計画でもありません。相反する要素を何とかとりまとめる努力、もともと計画とはそんな難題があるからやりがいがあるのではないでしょうか?

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2003/01/03 火星の前に

人類はいよいよ火星に進出しようとしています。2006年には高度な探査船が火星に到着するそうです。広大な宇宙へのあこがれは人類永遠の気持ちだと思います。ガリレオが小さな望遠鏡で来る日も来る日も惑星を観察したように、そこには人間の止むに止まない未知への探求心を掻き立てる奥行きがあります。現代ではハワイ島の巨大な反射望遠鏡スバルが何十億光年彼方の銀河を映し出します。目の前の月や火星の知識すらままならない現代の科学ですが、天文学は何十億光年彼方です。理不尽な気さえします。でもそれでいいのかも知れません。小さな光の点を観察し比較し推論する。宇宙の膨張比例や光のスペクトルから星の誕生や距離を算出する。それは壮大なロマンです。

でも足元のこの地球にもまだまだ未知は多くあります。地底の未知、深海の未知、密林の未知、そして過去の文明の未知・・・そしてそれらの未知を解明しようと多くの冒険家や科学者がフィールドワークを続けていらっしゃいます。イルカと共に泳ぎ、未知の部族と接触し、丹念に過去の遺跡を探査する人達。僕には彼らはもっともヒューマンなロマンチストに見えます。コンピューターや電子機器を操るデジタルなロマンもいいですが、人間の五感をフルに使ったロマンは素敵です。

火星を人類の第二の居住区にしようと考えている人達は言います。この地球はいずれ爆発する人口と、環境汚染で住めなくなるから、あたらな居住区がいるのだと・・・。今のままでは近い将来そうなるかも知れません。しかし、世界中の国がヨーロッパや日本のような先進国と同じ環境を持ち得たらどうでしょうか?はたして人口は爆発するでしょうか?もし、今の科学の全力をあげて地球環境の保護に向けたら、環境汚染どころか環境の純化も可能ではないでしょうか?私達の太陽はあと50億年は持つと考えられています。気の遠くなるような年月です。

火星移住を考える前に、この地球をもっともっと住み良い星に出来るはずです。まず、アフリカ、アジア、南米、の全ての国が先進国と格差のない状況にすべきです。クリーンエネルギーの開発と実用をもっと真剣に考えるべきです。そして全ての人種、民族が同じ地球人だと言うことをもう一度認識すべきだと思うのです。さらに動物や植物、この地球上の命ある物は全てかけがえのないものだと言うことを心に止めるべきではないでしょうか。そして、平和や自然を愛する全ての努力が払われて、それでも地球が住めない星になったら、火星の事も考えればいいのではないでしょうか。

僕は人類が力を合わせれば地球は永遠と言ってもいいほど長く長く暮らせる星だと思います。このかけがえのない地球を人類が悪い方向に加速さえさせなければ、人類には火星じゃなくもっと居住性のよい素敵な惑星に出会えるだけの科学力が蓄積されるはずです。そしてその時こそこの銀河系のはずれにあるローカルな太陽系が、いかに大切な故郷であるかがわかる時です。

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