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2001年の最後に思うこと

 
2001/0/12/23/バース/多くの悲しみが未来につながることを期待して

この稿を書き始めるとき、この美しい地球にちらばるヒューマンで心やさしい出来事や、動物や自然風景の一部を僕なりに切り取って、少しでも読んでほっとするようなページにしようともくろみました。しかしその思いは瞬間に吹っ飛んでしまいました。年の初頭から憂鬱になる事件が連続的に起こり、やるせない気持ちの中で何も書けなくなってしまいました。

理不尽な水門による有明海の汚染や、ガラパゴスのタンカー座礁による環境破壊の問題が起こり、愛媛丸の悲しい衝突事故、あちこちで起こる残虐な民族紛争、バーミアンの石仏の破壊など思い出すのも辛い事件が次々と起こりました。

どの事件も理不尽な思いがつきまといました。そして、9月にはあのショッキングなテロが起こりました。とても現実のものとは思われないシーンがテレビに映し出されました。そして、頭がぼーっとしてる間に、今度はアメリカによる報復戦争がはじまりました。

毎日のように報道されるアフガンの難民や罪のない村人の恐怖におびえた表情をテレビでみていると、なんで?と思わず疑問符が湧いてしまうまいにちでした。僕には武力で問題が解決するとはとても思えません。それは新たな憎しみの火種と遺恨を大きくするだけのように思われます。

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それにしても、物質的に豊かになりすぎた先進国と今なお飢えや病気に苦しむ発展途上国とのコントラストは、この地球のハーモニーを完全に狂わせています。先進国のエゴ、貧しさ故の途上国の無知。このことはアメリカを筆頭にヨーロッパ諸国や日本を始めとするアジアの先進国にも多大なる責任があるように思われます。

今や時代はインターネットで世界が一つにつながろうとしています。そんな中で、一つの国がよりエゴイストな政策をとったり、民族が孤立し、いがみ合ったり、宗教が対立を深めるなんて、あまりにばかげた事ではないでしょうか。それは皮肉と言うにはあまりにもむなしすぎます。一体、科学とはなんでしょうか?教育とは何のためでしょうか?

それは豊かな社会と人間としての尊厳を高める為に追求してきたものだったはずです。万物の霊長として、人間はその責任と自負と豊かな未来への夢を込めて努力してきたはずなのです。そして知識や科学こそ、平和や平等、共存を現実のものへと推し進める原動力になるべきものだったはずです。

悲惨な戦争や殺戮を何回も繰り返してきた人類にとって、そのあまりにも尊い犠牲による経験と、日進月歩で進化する科学は、同じ過ちを繰り返さないための抑止力にならなくてはおかしいのです。アフガンでアメリカが使用したバンカーバスターやデイジーカッター等という名前のついた恐るべき爆弾を、実際に人間に向けて投下している現状は、まるで悪夢です。そんなことに科学を使うなんて。

この2001年に起こった悲しすぎる事件の数々をもう一度全ての人々が噛みしめて、少しでも誤らない歩みをこの先期待したいと思います。

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